ジュリアのアメリアさんの災難1 48
男親というのが何を考えているのか、私には計り知ることもできない。
「……ジュリア。おま……お前が嫁に」
モンテール家からナイン家へ婚約の申し込みが終わり、ノワール様とシャインさんと父へ挨拶に行った。その席で、赤鬼と恐れられる父が私の手を取って泣き崩れてる。
「お父様、泣かないで下さい。見苦しいです」
「み、見苦しい? お前はこの父の喜びが分からんのか?」
「……分かりません」
私では話にならないとばかりに手を振り払い、今度はシャインさんの手を握りしめてる。
「シャイン殿。愛想も可愛気も、味もそっけもない娘ですが、どうかよろしくお願いします」
シャインさんは軽く引いてたけど、愛想よく父の手を握り返す。
「こんなに愛らしい女性は他に居ませんよ。僕は果報者です」
「おおおおおお、シャインどのぉぉぉ」
涙と鼻水でグチャグチャ。
まだ婚約が成立しただけなのに、この有様だよ。
ノワール様が冷静に話を進めて下さる。
「ナイン男爵。それで、結婚までの間なのですが。本来なら実家へお返しすべきなのでしょうけれど、彼女の意向もありまして、このままモンテール家で花嫁修行として暮らして頂きたいと思っております」
伯爵の言葉に父が目を大きく見開く。
「は、はな、花嫁。花嫁ですか」
「……はい?」
「もちろんですとも。花嫁修行、良い響きですな! こう、芳しい春の香りが充満するようです!」
ノワール様も軽く引いてる。
「本当に有難い申し出です。これで……私は念願の……花嫁の父に成れるのですな。ああ、でかした、ジュリア! 墓の中のアグネスも安心…ぐぅううううううううう。ジュリアァァァァ」
抱きつこうとする父を思わず避けてしまう。
「鼻水をつけないで下さい。母様にも嫌われますよ!」
「お前、少しは感動してる父に付き合え」
「嫌です!」
どうしてこの人は、こう直情的で騒がしいのか。
本当に——母様はこの人のどこが良かったんだろう。
簡単な昼食会を兼ねていたので、兄と婚約者のアメリアさんも同席してくれた。鼻を赤くして涙でグチャグチャの父を見て、アメリアさんが微笑んでる。
「大げさで申し訳ありません、アメリアさん」
「いいえ。義理父様は私がツリッチャキと婚約した時もこうだったわ」
「!! そ、それは、重ねがさね、申し訳ありません」
兄はケラケラ笑うばかりだ。
「親父も歳だよな。涙腺が弱くなってんだよ」
「兄さん、笑い事じゃない。すみませんね、シャインさん。ノワール様」
二人は苦笑に近い笑みを浮かべた。
「新鮮だよ。良い義理父さんじゃないか」
「ジュリアの結婚を喜んでくれているんだ。感謝しよう」
みんな、人間ができてるなぁ。
私は父のこういう所は苦手なんだけど。
父の騒がしさはともかく、私は久しぶりにビビの料理が堪能できた。アンジュさんも料理上手だけど、ビビの料理は私にとって母の味。すごく、懐かしい。
食事が終わって皆んなでお茶を飲んでいる時、シャインさんが耳打ちしてくれた。
「キッチンへ行ってくるといい。会いたいだろ、君のメイド長に」
「いいんですか?」
「もちろんだ」
私は席を立って、シャインさんに感謝の笑みを送ってから、キッチンへ向かった。ビビは私を抱きしめてくれたし、リリアまで涙ぐんでる。
「おめでとうございます。お嬢様」
「ビビ。私がモンテール家で働けてたのは、ビビのお陰よ。感謝しても全然したりないわ」
「勿体無いお言葉を。お嬢様は私の自慢のお嬢様ですもの」
ふっくらした温かな腕の中で、さすがの私もジンときてしまう。
リリアがエプロンで涙をぬぐいながら。
「でも、あの妖精眼様へ嫁がれるなんて、羨ましくて卒倒しそうです」
「私も信じられないわ」
「ふふ、でも、さすが妖精眼様ですわ。お嬢様の隠れた魅力をちゃんと看破したんですもの」
「そうなのかな?」
「もちろん!」
二人の祝福は、私にシャインさんとの婚約をジワジワと実感させた。
……今でも半分くらい、設定なんじゃないかと思うけどね。
実感が無さすぎちゃって。
皆んなの居る食堂に戻ると、父はノワール様を温室へ案内していて、兄はシャインさんと庭で話をしていた。一人でお茶を飲んでいたアメリアさんが、私を見つけて手招きする。
「席を外してゴメンなさい」
「いいわよ。久しぶりの実家なんでしょう?」
「そうなんですよ。父に勘当されてましたからね」
「ふふ、これで出入り自由に戻れるわね」
——そう言われれば、そうなんだね。
それが一番嬉しいかも。
なんだかんだ、ここは私の生まれ育った家だから。
アメリアさんが、ふっと視線を落とした。
どうかしたのかな?
深い緑色の瞳が、少し不安げに揺れてる。
「ジュリア。実は、あなたに少し相談があるの」
「はい? 私にですか?」
彼女は顔を上げると私の目を見て頷く。
「……あなたにしか相談できないことなの」




