シャインのミュート土産 45
部屋の中央に設置された呪いの箱は、ガラスで作られたケースに入れられていた。
「怨念渦巻くって、感じだな」
「このガラスケース、外れないです。どうしよう」
彼女は眉を潜めると、近くにあった椅子を掴んだ。
「椅子?」
「ケースを壊しましょう。こんなのあったら触れないので」
ジュリアってけっこう大胆だよな。
彼女が椅子を振り上げた時、扉から辺境伯が入って来た。
「楽しい宵に喧嘩は良くないよ。仲直り……って、何してんだ、君!」
椅子を振り下ろしたジュリアが顔を顰める。
「椅子の方が壊れるって。これ、ガラスじゃない!?」
「何してる! おい! それがいくらすると思ってんだ!!」
伯爵が騒ぐから、後ろから野次馬が湧いて来た。
くそ、面倒臭いな。
大股で寄って来た伯爵の足を引っ掛けて転ばせ、思い切り頭を踏んでやった。
「グムゥッ!」
ジュリアにベタベタ触った罪だ。
僕は頭を踏んだままで両手を差し上げる。
「な、き、貴様、何をする気だ!」
「あんた以外の人達が呪われるのは、放って置けないもんでね。下がれ、ジュリ!」
ケースの上にぶら下がってる豪奢なシャンデリアに向かって、雷の魔法を放った。派手な音を立ててシャンデリアが落下し、ケースにぶつかったがケースは上部が少し割れただけだ。ただのガラスじゃない。加工された水晶とかなのか? 金がないんじゃなかったのかよ。
少し離れた場所に逃げていたジュリアは、小走りで近寄ってケースの隙間から呪いの箱に手を伸ばす。
「怪我するなよ、ジュリア!」
箱に触れた彼女が僕を振り返った。
色付き眼鏡を外して確認したが、魔法は完全に解除されている。
本当に、さすがジュリアって感じだ。
呆気に取られてた伯爵が僕の足を逃れて、這いずりながら目を三角にして喚いた。
「なんて事をするんだ! なんのためにここまでの設えを作ったと——くそ! 弁償しろよ!」
僕はジュリアの側に行って、彼女を抱え上げて耳元に言う。
「完全解除だ」
彼女は大きく息をつく。
僕は彼女を横抱きにして、辺境伯を振り返った。
「そう喚かないで下さい。伯爵。彼女が焼きもちでヒステリーを起こしただけです。伯爵ならご理解頂けるかと思いますが、女性の焼きもちは手に負えませんからね」
ジュリアを見つめた僕は、彼女の額にキスをした。
「機嫌なおして。愛してるのは君だけだ」
目を見開いて僕を見たジュリアは、凄い勢いで真っ赤になって、僕の首にしがみつくと肩に顔を埋めた。それだけで僕の機嫌も治るんだから、つける薬もないよな。
彼女を抱いたまま歩き出した僕は、マルシェ辺境伯の横を通る時に言った。
「今夜はこれで失礼しますよ。壊した物の対価は、呪い魔法の解除費用ということで相殺しましょう」
返事をする隙なんか与えちゃダメだからな。
僕は扉を出るとジュリアを抱えたまま走り出した。
裏庭の木に馬が繋いである。
御者と打ち合わせてあったからさ。
「え? う、馬?」
「ほら、乗って。早く」
「え? え? 逃げるんですか?」
「当然だ。捕まったら面倒だからね。シッカリ捕まって、落ちるなよ!」
「え、あ、きゃあ!」
僕らは暗い夜道を走り出す。
いつもと違って、全力で馬を走らせた。
暗い夜道を全力で走り抜け、警備隊の寄宿舎に戻った僕は、肩で息をする彼女を下ろして、待たせてあった馬車へ突っ込んだ。
「ば……馬車まで用意させてたの?」
「バンズと打ち合わせてたんだよ」
「初めから逃げる気だったんですね。教えておいてくれればいいのに」
「そんなの、つまんないだろ」
少し頬を膨らませたジュリアの肩を抱き寄せて、僕は思い切って言った。
「ジュリア。僕と婚約しないか」
彼女はキョトンとした後で、クスクス笑った。
「いいですね。そうしましょう。そしたら、泊まる場所にも困らないし」
その笑顔が可愛らしくて、ジュリアの顎を掴んで口付けた。
甘い吐息を感じて、体の芯が熱くなる。
唇を離した僕は、そのまま耳元で囁いた。
「設定の話じゃないし、前言の撤回は受け付けない」
顎を離すと彼女は目を見開いたまま固まってた。
後ろで僕を呼ぶバンズの声が聞こえたから、そのまま踵を返す。
「……え? ま、まって下さい、シャインさん! 設定ですよね? シャインさん、シャインさん!」
ジュリアが喚いてるけど、完全無視した。
バンズが不思議そうな顔をしてる。
「ジュリアさんが呼んでますけど、良いんですか?」
「時間がないからね。辺境伯が追ってくるだろ。少し派手に物を壊したし」
「そうなんですか?」
「まあ、水晶のケースとシャンデリアくらい。あ、あと、椅子も壊れてたかな」
「なんですか、それ」
バンズが苦笑を浮かべた。でも、まあ、魔法解除と相殺って言ってきたしな。
「仕事は完璧に終わってるから安心しろよ。なんか言われても打ち合わせ通り、そんな人間は知らない。ミュールはマルシェ邸に行ってないで通せ」
「分かりました。で、モンテール長官への報告書なんですけど」
「いいよ、適当で」
「え?」
「どうせ戻ったら僕も書かされるんだからさ」
「はぁ。そうですか」
「そろそろ行くよ。僕らがここに居るのを、伯爵に見つかったら面倒だから」
バンズが僕の手を取って頷く。
「ありがとうございました。これでミュートの町は救われます」
僕も彼の腕を軽く叩く。
「世話になったな」
彼は馬車までついて来て、ジュリアに笑いかけた。
「ジュリアさん。お元気で、荷物の積み忘れはないと思いますが、あったら連絡して下さい」
「あ、あの、なんか。バタバタでごめんなさい。皆さんに宜しく」
「また遊びに来て下さい」
僕は御者に声をかけて馬車に乗り込む。
「行ってくれ」
手を振るバンズを後にして、僕らはミュートの町を後にした。
「さ、さっきの話ですけど!」
「前言撤回は受け付けないって言ったけど?」
さんざん喚くジュリアを説得して、結婚の約束を取り付けるのに苦労した。
——けど。
今は僕の肩に小さな頭を乗せて、静かな寝息を立ててる。
ショールで包みなおしてやると、僕の肩に顔を埋めなおした。
柔らかな髪が頬に触れて、甘く香る。
彼女の胸元でルビーのペンダントヘッドが揺れた。
ミュートでの土産か。
僕が一番上等の土産を手に入れたかもしれないな。




