シャインのジュリアしか見えない 44
今夜のジュリアは本当に可愛らしい。
見慣れないドレス姿だっていうのもあるけど、いつもより僕の目を見ることが多い。指示を待ってるのかもしれないし、婚約者という設定のせいかもしれないけど。
もともと、彼女は僕の目を見るのを躊躇しない。
見透かされるようなモノが無いからだろうけどね。
通常、女性も男性も、僕の妖精眼を避けて目を逸らすことが多いから新鮮だ。
その上で、今夜の彼女は微笑みながら目を合わせてくれる。
髪を結って、薄化粧してて、女性らしい表情にときめくなって言う方が無理だ。
腕を回した腰は細く、ホールドしても彼女は軽い。
僕を半分妖精だって言う人もいるけど、今夜は彼女が妖精みたいだ。
仕事でなかったら、一晩中でも踊っていたい気がする。
——が。
一曲踊り終わった僕らに、例の辺境伯が近寄って来た。
「やあ、とても鮮やかなダンスでしたよ。次は僕と踊って頂けますね?」
そう言ってジュリアに笑いかけて手を差し出す。
彼女は少し戸惑ったように僕を見た。
断る理由を作ってやりたいけど……。
「マルシェ伯爵。彼女は僕の婚約者ですので」
僕が微笑みながら言うと、奴はシレッと答えた。
「存じてますよ。まだ、婚約中でしょ? どうとでもなる時期だ。ぜひ、一曲踊りましょうジュリエッタさん」
——コイツ。ジュリアに色目を使いやがった。
断ってもいいよって意味で彼女を見たら、軽く目を瞬かせて小さく頷く。
「上手く踊れるといいんですけど」
そう言って、ジュリアは辺境伯の手を取った。
「大丈夫。僕に任せて下さい」
ヤツは僕をチラッと見て、軽く眉を上げた。
喧嘩でも売ってんのか、この男は。
そのままジュリアの腰に手を回し、抱えるようにフロアへ出て行く。
ムカつく。
——触んな。
そう言いたいのを、グッと飲み込む。スローフォックスの曲が流れ、二人がゆっくり踊り出す。
と、気づけば見知らぬ御婦人方が集まってきてしまった。
「一曲誘って下さいませんか?」
「あら、私と踊って頂きたいのに」
「今夜は、やっぱり箱を見にいらしたの?」
「ミュール様、今夜はお父様の名代かしら?」
適当な相槌を打ちながら、踊る二人から目が離れない。
くっつき過ぎだろ。
ジュリアが何か耳打ちされて、クスクスと笑ってる。
抱き合うようなスローな曲。
くそ、あの男、わざと二曲めをスローにしやがったな。
薄衣に透けて、ジュリアの背中がチラつく。
その背中にあいつの手が添えられてる。
血管が切れそうなくらいムカつくな。
彼女がマルシェに微笑みかけて、何か囁く。
見つめあって話なんかするな。
焦れているうちに曲が終わり、ジュリアが軽く挨拶してマルシェと別れた。
真っ直ぐに僕の元へ戻って来たのに……。
「僕と踊るより楽しそうだったな」
「楽しくはなかったですよ。スローな曲は誤魔化しがききかなくて」
「アレだけくっ付いて踊ってれば、ごまかす必要もないだろ」
軽く嫌味を言ってしまった僕を、彼女はキョトンとした顔で見た。
「……そういう曲でしたから」
「あんな色目で見られてんのに、くっつくとか意味わかってるか?」
「踊ってただけです」
「断っても良かったんだけどね。アイツと踊りたかったんだろ」
ジュリアはムッとしたように眉を上げた。
「主催の申し出を断るのは失礼でしょ? それだけじゃない」
「そうか? アイツを気に入ったんじゃないのか? ベタベタ触らせて」
僕が目を細めて彼女を見ると、真意を探るように僕の目を覗き込む。
ああ、見透かされる気分ってこういうのか。
思わず目を逸らしてしまう。
いい歳をした男が嫉妬なんてみっともない。
分かってるのに、止められない。
彼女が軽く溜息をついた。
「どうして、そういう酷い言い方になるの?」
「言わせるような態度だったんだ。触ってもらって良い気分だったか?」
——ああ、僕は何を言ってんだ。
眉を吊り上げた彼女は、横にあった飲み物を掴んで僕にぶっかけた。
「なによ! 自分は女性に囲まれて嬉しそうにしてたくせに!」
大きな声で叫んだジュリアは、そのまま身を翻して会場を出た。
——怒らせた。
「待て、ジュリ!」
僕は慌てて彼女を追いかける。
ジュリアと喧嘩がしたいわけじゃないんだ。
仲違いなんかしてる場合じゃないし。
——と。
扉を出た僕の腕をジュリアが掴んで引っ張った。
「ジュリア?」
「しっ。声を抑えて下さい。この廊下の先に小さい広間があって、呪いの箱はそこに飾ってあるそうです」
……え?
彼女はクスクス小さな笑みを零しながら、ハンカチを出して僕の顔を拭く。
「飲み物かけちゃってゴメンなさい。でも、真に迫ってたでしょ? シャインさんも名演技でしたよ。意図が分かるまで、私、本気でムッとしちゃいました。会場を出るためだったんですよね。あ、急がないと誰か様子を見に来たら面倒です。行きましょう?」
——名演技。ああ、そう演技か。そうだよな。
僕らは急ぎ足で小さな広間へ向かいながら。
「踊りながら箱の場所を聞き出したのか?」
「え? だって、シャインさんが愛想を振りまいて情報を集めろって」
——言った。確かに、僕はそう言ったな。
「自慢話ばっかりで、長々と話すから苛々しました」
彼女はウンザリしたように首を竦める。
僕は自分の心の狭さにウンザリしながら、彼女の頭を撫でた。
なにしろ僕の方は周りの御婦人から話を聞くどころじゃなく、ジュリアだけを見つめてたからな。これじゃ、どっちが助手か分からん。
「よく聞き出したな」
「ふふ。頑張りました」
ジュリアは嬉しそうに僕を見上げて、高揚した顔で笑った。
その様子を見て、僕は腹を括ることに決めた。
ゆっくり進めようと思ってたけど。
この笑顔を、他の男に向けさせるのは耐えられない。
平常心でいられなくなれば、仕事に支障が出る。
今夜みたいにさ。
「シャインさん、ここです。あ、鍵が掛かってる」
「少し退いててジュリア。今は僕に触らないでくれよ?」
扉のノブを魔法でぶっ壊す。鍵は掛かってるけど、見張りの一人も置いてないってのは、バンズの言う通り使用人達がバタバタ倒れてるからかもな。
部屋に置かれた呪いの箱を見て、僕はそう思う。
そのくらい、強い負のエネルギーが渦巻いて見えた。




