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ジュリアのくるくるワルツ 43

 兄に誘われて食事に行った時にも、シャインさんは三つ揃いだったけど。


 ——夜会服はパンチ力が違うなぁ。


 赤味の強い焦げ茶の色の燕尾服、中のベストは光沢のある赤い色。こういう色目の服を彼が着ているのは初めて見た気がする。まあ、借り物だから、普段は選ばないような色なのかもしれない。


 長い髪を後ろで纏めているリボンも赤茶色で、前髪を油で撫で付けている。こんなにキチンとした正装のシャインさんは初めてだし。白い蝶ネクタイが品の良さを底上げしてるし。


 ——私、並んで大丈夫なのかな。


 借りたドレスは、ミュールさんのお姉さんの物だって言ってたけど、胸の辺りが少し余ってパカパカしそうだし。背中はパックリ開いてて、素肌が出るのは恥ずかしいし。グラマーな人ならいいだろうけど、私はプロポーションがちょーっと貧弱なのよね。


 まあ、シャインさんが気を使って、薄衣を羽織りなさいって言ってくれたからいいけど。


 ヒールの高い靴も履き慣れてないから、転ばないようにしないと。ミュールさんのお姉さんの靴は、少し大きくてね。先に詰め物してる状態だしね。


 辺境伯爵家マルシェ邸につくと、シャインさんが私をエスコートして馬車から下ろしてくれる。


「足元に気をつけるんだよ?」

「……はい」


 そのまま耳に口を寄せて囁かれた。

「ここからは、僕ら、婚約者だからな」


 ……そうなんだよね。


 私は無言で頷く。

 緊張してきちゃった。


「少し待っててくれないか?」

「はい」


 彼は私から離れると、御者の男性にチップを渡して何か話してた。すぐに戻ってくると、いつもの黒眼鏡ではなくて淡い黄色のレンズが入った眼鏡を掛け、私の手を取って自分の肘に捕まらせる。


「お待たせ、ジュリエッタ。行こうか」

「はい。アイアンさん」


 マルシェ伯爵のお屋敷は、大きいと言えば大きい。

 でも、モンテール家を知ってる私から見ると普通かな。


 ダンスパーティーは大広間で行われるようで、立食形式の食事が用意されてる。

 我がナイン男爵家でも、ごく稀に人を呼んでパーティーを開いてたけど、人との距離が近いから好きじゃない。


 ——あちらはどなた?

 ——ミュール家の息子さんですって。

 ——あら、あんなに素敵な方なの?

 ——奥様が美人でいらしたから、お母様に似たのかしらね?

 ——素敵ねぇ。社交界にあまりいらっしゃらないから、初めてお目にかかるわ。


 シャインさんは、ここでも御婦人方の溜息と熱視線を集めてる。

 本当にバレないのか、私はヒヤヒヤものよ。


「やあ、君は……」


 声を掛けてきたのは、マルシャ辺境伯らしい人。

 見栄っ張りの噂に違わず、金糸の使われた派手な夜会服を身につけてる。

 目立ちたがりらしい、大きな目と鷲っ鼻はハンサムとは言い難いな。


「お招きに預かりまして、私はミュール家から参加したアイアンです」

「ああ。三男の方だね? よく来てくれたね。そちらは——」

「婚約者のジュリエッタです」

「サイケロ家のお嬢さんだね? 果樹園をお持ちの」


 私はドレスを摘んで軽く膝を折る。

 マルシェ伯爵が口元に笑みを浮かべた。


「可愛らしい娘さんだ。ぜひ、後ほど、僕と踊って頂きたいな。主催の顔を立ててね。楽しみにしているよ」


 ウィンクしたマルシェ伯爵は、次のお客へと移って行った。

 なんとなく、苦手な感じの人。


 飲み物が配られ、楽団の人達が招かれた。

 楽団を呼ぶなんて大掛かりだな。


 本当に左前なのかな。

 お金かかってそうだけど。


 シャインさんが、私の耳に小声で言う。


「魔法の跡だらけで気持ち悪いよ。家の規模に比べて、使用人が少ないのはモンテールとは違う理由だろうな」

「呪いの影響は出てますか? 箱の場所の特定は出来そう?」

「影響は出てる。だけど、場所は分からないな。せいぜい愛想を振りまいて、情報を集めないと」


 ——なるほど。


 そうよね。

 とにかく呪いの箱の場所を特定しなくちゃ。


 人が集まりきったらしい大広間で、両手を広げた辺境伯が声を上げた。


「紳士、淑女の皆様。今宵は我がマルシェの館へようこそ。飲んで、踊って、楽しい宵をお過ごし下さい。後ほど、我が家に伝わる美しい箱をご覧に入れる余興もあります。お楽しみに!」


 配られた飲み物を掲げた客達に、彼は機嫌良さそうに会釈している。

 目立ちたがりなのね、本当に。


 中央にスペースが開けられ、音楽が奏でられ、何組かのカップルが出て踊り出す。


「僕と一曲踊って頂けますか?」


 シャインさんが、飲み物をテーブルへ置いて私の手を取った。

 淡い黄色のレンズの奥で、小さくウィンクしたのが見える。


 ——ここは踊らないといけないかな。婚約者設定だしね。


 私も飲み物を置いて、少しぎこちなく膝を折る。


「喜んで」


 流れているのは聞いた事のあるワルツ。

 これなら、なんとか踊れる。

 シャインさんにホールドされて、曲に乗ってステップを踏む。


 久しぶりだけど、なんとか踊れてる。

 心の中で胸を撫で下ろすと、シャインさんが面白そうに言った。


「上手いね、ジュリ」

「リードがいいからですね。踊りやすいです」

「それは嬉しい」


 シャインさんは、私の腰から手を離すとクルクルと回して、自分に引き寄せた。

 シッカリと腰を抱かれ、耳元に囁かれる。


「花の精みたいに上手だよ」


 上手い返しなんか思いつかないよ。

 私は必死なんだから。


「余裕ないです。お願い、もう少しゆっくり」

「そう? ちゃんとついて来てるよ。大丈夫」


 ホールドしたまま、クルクルと位置を移動して行く。

 もう、目が回りそう。


「ほら、僕だけ見て」

「無理」


 なんとか顔を上げてシャインさんを見ると、すごく楽しそうに笑ってる。

 シャインさん、踊るのが好きなのかな。


 私は足を踏まないようにステップ踏むだけで、一杯いっぱいなんだけど。

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