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シャインのジュリアのドレス 42

 ミュートに滞在して三日めの午後、僕とジュリアはミュール家を訪れた。


 結局、バンズが請け負った夜会服の準備は、部下であるミュールに押し付けたらしい。


「ああ、なんとか着られそうですね」

「そうだな」


 ミュール氏はおっとりした気さくな青年で、背格好も僕とそれほど変わらなかった。用意された夜会服は、ミュール氏によく似合いそうな、赤系の茶色を基調にしたもので、ベストは艶のある赤色だ。派手と言えなくもないが、夜会服ならこんなものかもしれない。


「シャインさんは手足が長いから、裾と袖が不安だったんですが」

「いや、許容範囲だ。助かるよ」


 ミュール家は準貴族、ナイトの称号を持つ家だ。ナイトの称号は家に送られる物ではないが、ミュール家は軍へ貢献し、三代に渡ってナイトの称号を受けているという名家だそうだ。


 おっとりした青年は、少しはにかんだ笑顔を見せた。


「いいんですかね? シャイン兵長のような二枚目が僕の代わりなんかで」

「こっちこそ、君の代わりが僕でいいのかと思うぜ?」

「もちろんです。ちょっとした名誉かな」

「口が上手いなぁ。ところで、その辺境伯は君の顔を知らないのかい?」


 彼は苦笑を浮かべて頷く。


「父は何度か会いましたがね。僕も婚約者も会ったことはありません。よくまあ、顔も知らない男に招待状を出すものだと思いますよ」

「はは、よほど人を集めたいんだな。で、父上は?」

「あんな集まりに行く奴は、変人か暇人だって言ってましたね」

「常識のある父上だ」


 そこへミュール家のメイドがジュリアを連れて来た。


「お支度が整いました」

「やあ、ありがとう」


 ミュール氏がジュリアを見て微笑んだ。


「ああ。これは可愛らしい」


 ……確かに可愛らしい。

 というかさ。

 僕は思わず黒眼鏡を掛けた。


 清楚にって言ったのに、彼女のドレスは胸までの生地で肩が出てる。いや、レースに覆われているから、剥き出しではないんだが——。


 ジュリアが頬を染めて、俯きがちに答えた。

「ありがとうございます。でも、ええと。変じゃないですか?」


「とても可愛らしいですよ。嫁いだ姉のお古で申し訳なかったんですが、姉よりお似合いですね。少し回ってみてくれませんか?」


 ミュール氏に言われ、ジュリアは戸惑いがちにクルッと回った。


 ——背中が。


 ドレスは首からウェストまで背中にパックリ切れ込みのあるデザインで、白く滑らかなジュリアの肌がチラチラと見える。首の後ろに大きなリボンがついていて、長く垂れ下がっているので動きに合わせて揺れた。


 淡い黄色のドレスなんだが、なんていうか、可愛らしいというより。

 少し扇情的なんじゃないか?

 結い上げた髪の後れ毛が揺れて、細い首筋が際立ってるし。


 ミュール氏が僕の方を向いて微笑んだ。


「すごく愛らしいじゃないですか、ねぇ、シャイン兵長」

「……ああ。ただ、少し寒そうに見える。上に薄衣を羽織った方が良くないか?」

「大丈夫ですよ。隠しては勿体無い。外では寒くないように毛皮のショールをお貸ししますから。会場はたぶん人が多くて暑いでしょう。夜会ですから、ダンスも踊るでしょうし」


 困ったような顔のジュリアが、僕の方を見て首を傾げる。

「……やっぱり、似合いませんよね」


 似合わないんじゃない。

 逆だ——とは言いにくいな。


 ミュール氏が僕とジュリアを見てクスッと笑った。


「違いますよ、ジュリアさん。シャイン兵長は、可愛らしい貴女を他の男に見せたくないだけです」


 ジュリアが訝しむように僕とミュール氏を見上げる。

 僕は観念して彼女の側に寄った。


「まあ、そういう事だ。背中が派手に露出してるから、人に見せたくないんだよ。できれば、会場でも何か羽織っていてくれないか?」


 ジュリアはキョトンとしてから、少し頬を染めて頷く。

 ——可愛い。


 僕は自分の上着のポケットから、彼女へのお土産を取り出した。


「アクセサリーもつけよう。君の瞳に似合う色だと思うよ」

「え? それ、ペンダントですか?」


 銀細工で花を象ったペンダントヘッドを、銀のスクリューチェーンに繋いだものだ。花の中央にルビーが埋め込まれてる。赤身の強い彼女の瞳にはよく似合うと思う。そこまで派手ではないけどね。日常でも使えるように。


「つけてあげるよ、後ろを向いてごらん」

「あ、あの」

「ミュートに来た記念だ。君へのお土産。町で見かけて買ったんだよ」


 少し俯く彼女の綺麗な頸を眺める。

 僕を振り返った彼女は、小さなペンダントヘッドに軽く触れて微笑んだ。


「ああ。よく似合うね」

「……ありがとうございます」


 僕らを眺めていたミュール氏が面白そうに目を細めた。


「お二人はお似合いですね。そのままでも、十分に婚約者同士に見えますよ」

「……それはどうも」


 そういう気はあるんだが……。

 人に言われると照れるもんだな。


「僕のフィアンセはジュリエッタと言いまして、愛称がジュリなんです。彼女は僕をアインと呼びますので、お二人はそう呼びあって下さい」


 ジュリアは真剣な顔で頷いている。

 響が似ているのは助かるな、咄嗟に本当の名を呼んでも問題が少ない。


 僕は少し息を吸い込んで、黒眼鏡を外した。

 ジロジロ見ないように気をつけながら、ジュリアに手を差し出す。


「じゃあ、仕事に取り掛かろうか。行くよ、ジュリ」

「頑張ります。指示をお願いしますね。シャ……アイン」


 ミュール氏も真面目な顔になった。

「この町の安全を取り戻して下さい。健闘を祈ります」


 僕とジュリアは彼が用意してくれた馬車に乗り込んで、ミュール邸を出た。ジュリアは白い毛皮の肩掛けをし、ふわふわの帽子を被っている。僕の頼みを聞いて、肩掛けの下には白い薄衣も羽織ってくれてる。絹の手袋に、小さなハンドバッグ。すっかり淑女の装いだ。


 馬車の中で、少し緊張してるジュリアに囁く。


「本音を言えば、そのドレス……とても似合う」

「ありがとうございます。えっと……シャインさんも、格好いいです」


 少し照れたような彼女の笑みに、心臓が跳ねる。

 こういう褒め方をしてくれたのは、初めてなんじゃないか?


「……ありがとう」


 少し言葉に詰まる。

 ……だいぶん、照れ臭い。



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