シャインのミュートの朝 40
森のざわめきと鳥の声。
モンテール家とは違う朝の音に混ざって、ジュリアのハミングが聞こえる。
起き上がって朦朧としたままキッチンへ行くと、彼女は朝食を作っていた。
「……おはよう。ジュリア」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
僕は彼女の後頭部に自分の額をくっつけて目を閉じた。
柔らかな髪が額をくすぐる。
「……まだ眠い」
「ちょ、危ないですよ」
「お茶煎れて」
「分かりましたからシャンとして下さい!」
彼女に追い立てられて、自分のスペースにある椅子に座らせられた。
もう少しジュリアにかまいたかったのにな。
「少し待ってて下さい」
部屋の仕切りを開けて、忙しそうにキッチンへ戻ってく。
美味そうな香りが部屋まで漂ってきた。
僕は昨日の夜をボンヤリと思い出す。
仕切りの布に、ランプの灯りに照らされたジュリアのシルエットが浮かんでて、衣擦れの音がして、小さな独り言が聞こえて。髪に塗り込むオイルの香りや、小さな咳まで聞こえてさ。
眠れって言う方が無理だよな。
疲れてた筈なのに、目が冴えて、眠りに落ちたのは明け方近くだ。
僕が大きな欠伸をしてると、彼女は笑いながらお茶を差し出す。
「少し熱めに煎れてますからね。舌を火傷しないで下さい」
「ああ」
「やっぱり、王都より寒いですよね」
「……北だからね」
彼女は僕の荷物から、少し悩みながら衣類を取りだした。
「もう少し厚手のシャツを持ってくれば良かったかな。重ね着すればいいかな?」
独り言のように小さく呟く彼女を眺めながら、香ばしい甘いお茶を啜る。
熱めのお茶は体に染み渡るようだった。
少し目が覚めてくる。
僕の衣類を持って、彼女は挨拶みたいに聞く。
「着替えを手伝いますか?」
そう問われると、甘えたくなるよな。
「そうしてくれないか」
「え?」
「頭が起きなくてさ」
小さな溜息をつくと、ジュリアは僕のパジャマを脱がせて着替えさせてくれる。しゃがみ込んだジュリアの小さな頭にツムジが見えた。シャツのボタンを止め、ベストを着せてくれる。こういう時、少し顔がニヤけてしまう。
独り占めしてる感じがさ。
なんだか、こそばゆい。
ただ——。
「ズボンは自分でやって下さいね。朝食の用意してきますから」
そう言って僕にズボンを持たせると、彼女はさっさと立ってキッチンに行ってしまった。
まあ、いいけどな。
今日のジュリアは濃い藍色のワンピースを着てる。
肩から辛子色のショールを掛けて、髪を下ろしたままだ。
背中まである髪がサラサラ揺れてて、新鮮な気がする。
彼女は支度を終えても、ボンヤリ椅子に座ってる僕を困った顔で見た。
「そんなに眠いですか? 昨晩はよく眠れなかったの?」
「場所が変わったからね。気が立ってたのかもしれない」
「シャインさんって、そんなにナイーブでしたっけ?」
「僕くらいナイーブな奴はいないだろ」
彼女がクスクス笑いながら僕の腕を取る。
「ごはんですよ。立てますか?」
「……」
もう、このままベッドに押し倒そうか。
そんな気分にさせる笑みだな。
……甘えたくなる。
きっと、昨日みたいに突き飛ばされるだろうけど。
僕は軽く息を吸って立ち上がった。
「立てるよ。メニューは何だい?」
「大麦のミルク粥と茹で卵に果物ですね」
なるほど、辺境警備隊の定番メニューだな。
☆
「馬を貸してくれないか。町に買い物へ行きたいんだ」
バンズに申し出ると、彼は二つ返事でいい馬を連れて来てくれた。
「ジュリアさんと行くんですか?」
「ああ」
「鞍をどうしますかね」
「そのままで良いよ。彼女は乗馬に慣れてる」
「なんでも出来る女性ですねぇ」
——スーパーメイドだから、と言いそうになって飲み込む。今回、彼女は僕の助手だからな。
「そうだ。確認していいか」
「なんですか?」
「呪いを受けた兵隊達はさ、箱に直接触れた?」
「ああ、はい。触れた者が多いです。ただ、中には触ってない者もいます。しばらく近い距離に居たってだけで体調を崩したんですけど。やっぱり、触れた者の方が重症になりましたね」
……うん。僕が見た魔法式と合うな。
「分かった。ありがとう。辺境伯は呪われてないのかな?」
「あの人は自分では絶対に触りませんよ。威勢の良いのは口ばっかりで、使用人に全部させてます。今頃、マルシェ邸では使用人がバタバタ倒れてんじゃないですか?」
「……面倒だなぁ。まあ、箱の魔法が解除されれば、徐々に元気になるだろうけど」
「そう願いますね。彼らに非はないんですから」
バンズは使用人達を思ってか、少し眉を上げてそう言った。
良い奴ではあるんだろうな。
「ありがとう。それを確認しときたかったんだ」
「お役に立てば。あ、それで——」
彼は僕に顔を寄せると声を落とす。
「シャインさんは、愛らしい感じとセクシーな感じ、どちらが好みですか?」
「……なんの話だよ」
「ヤダな。ジュリアさんのドレスですよ。私が思うに、セクシーな感じでもいけるんじゃないかと」
僕は思わずバンズの頭を叩いた。
こいつ、ジュリアをどういう目で見てんだ?
「痛いですよ、シャインさん」
「露出は最小限だ。色は控えめ、目立ってどうすんだよ」
「いや……せっかくだから」
「仕事しにくいだろうが」
「そうですか? 残念だな」
——残念で結構だ。
セクシーなジュリアなんか、僕以外の男に見せる気はない。
ブックマーク付けてくれたり、評価してくださった方々、読んでくださってる皆様、ありがとうございます。嬉しいなーって、励みになっとります。やっとタイトルに使ったあたりのお話になりました。もう少しミュートの話しが続きます。寒い日が続くので、暖かくしてお過ごしくださいませ。




