シャインのバンズの頼み 39
バンズが出して来たのは招待状だった。
「ウチの隊にも準貴族の息子が居ましてね。ミュール・アイアン・グランってんですがね。ミュール家はナイトの称号を頂いています。そのお披露目パーティーに招待されてるんですよ」
「辺境隊の惨状を知ってて招くのか? そのマルシェ伯爵ってのは、面の皮が厚い男だな」
「傲慢なんです。貴族は兵士みたいに呪いなんか受けないと思ってる」
「ああ、バカなんだな」
「仰る通りです」
ジュリアが僕と隊長の前にティーカップを置いてくれた。
「……で?」
香り立つ紅茶を一口飲む。
これはセイロンかな。
ミルク無しだと、セイロンも良いな。
「シャイン兵長とジュリアさんに出席願えないかと」
「二人で?」
「ええ。ちょうど、ミュールは婚約したばかりです。お二人にはミュールと婚約者のふりをして頂きたい」
僕がジュリアを見ると、彼女は立って紅茶を啜ってた。
赤茶色の目が、事の成り行きを興味深く思ってると告げてる。
「……それだけじゃ箱に触れないだろ? 触れないと呪い魔法は解除できない」
「潜入してからは、お二人にお任せするしかないですが。どうにか——呪い魔法を解除して頂けないかと」
どうしたもんかな。
確かに、このまま放って帰ったら兄貴にドヤされそうだが。
「それに、僕らは夜会に出るような服は用意してない」
「お任せ下さい。その手配は私がします」
「夜会っていつ?」
「三日後の夜になります」
ダンスパーティーか。
なら、ドレスだな。
ジュリアのドレス姿か。
見たいな。
ジュリアに視線をやると、彼女は微笑んで小さく頷く。
「仕方ない。なんとか、まあ、やってみよう」
バンズは、元々デカイ目を零しそうな程に見開いた。
「あ、ありがとうございます。シャイン近衛兵長は、ミュートの救い主です」
「今回は魔法省の一員だ。それにな、救うのは、あっちだ」
僕がジュリアを顎で指すと、彼はキラキラの目を彼女へ向けた。
「ジュリアさんは女神です」
「や……止めて下さい。私はシャインさんに上手く使ってもらう立場ですから」
「ご謙遜を。寝込んで居た兵士達は、あなたを天使だって言ってます」
「て……天使?」
「はい。神が遣わされた女性だと」
ジュリアは赤くなったり、青くなったりして首を振ってる。
面白いな。
「どっちにしろ、三日は滞在しなきゃならないか」
「よろしく、お願いします」
☆
ミュートには昼下がりに着いたのに、なんだかんだしているウチに、すぐ夕刻になってしまった。
まだ荷物も解いていないってのに……。
二つのランプに明かりを灯し、ジュリアのスペースと僕のスペースに置く。カーテンではないけれど、部屋の中央の仕切りは開いたり、閉じたり出来るように工夫した。中央を開いて両端に寄せることができる。
今は開いたまま、僕は自分の荷物を片付け、彼女は小さなキッチンで夕食を準備してる。ワンピースにメイドのエプロンをつけてさ。いい匂いと一緒に、小さなハミングが聞こえてくる。
こんな風に小さな家で、彼女が料理する後ろ姿を見るなんてな。
悪くはないけど。
——いや。けっこう、良いけど。
「シャインさん、お食事が出来ますよ」
「ああ、そっちに行くよ」
小さなキッチンに置かれた、これも小さなテーブルセットに座ると、彼女は僕の前にスープを置いた。
「辺境警備の方々と同じメニューですけど」
「居候みたいなもんだからな。文句は言わない。それより、ジュリア」
「はい」
「全部並べよう。君も座って一緒に食べなよ」
「え? ええと。そうですか?」
「二人しかいないのに、別れて食べる必要はないだろ」
「では、お言葉に甘えまして」
メニューはヤギのミルクスープに堅パン、チーズとクラッカーにジャム。
ヤギのミルクスープは、慣れない者には飲みにくい。
僕は何度か飲んでるし、ここのはスパイスやハーブが効いてて美味しいけど。
「クセが強いスープだけど、飲めるかい?」
「はい。面白い味がしますね」
「ヤギのミルクだからね」
「……へぇ」
「山合いの町だし、牛を飼うには広いスペースが必要だからね。ヤギを飼ってる家が多いんだよ」
「そうなんですね」
食卓に並んだ食事には、ジュリアが手を加えてくれたらしく、魔法の軌跡は見えなかった。
「それにしても、兄貴まで君の性別を書き忘れるとはね」
「………あの、でもきっと」
「ん?」
「どちらにしろ、ここに二人で泊まる事になったんじゃないですか?」
「そう思うの?」
「だって、町は少し遠いから宿を取っても不便だし、寄宿舎は満杯なんですよね?」
「まあ、そうだけど」
彼女は少し俯いて、何度か瞬きを繰り返してから言った。
少し赤くなってるようにも見える。
「ちゃんと……ベッドは二つあるし」
「……ああ。仕切りもつけたしな」
しくじったかもしれない。
あんまり無防備だったから、つい男女で泊まることに言及したけど。
ジュリアの表情が少し強張ってる気がする。
無言でスープを飲む彼女を前に、僕の方も言葉が出てこない。
意識してくれれば良いと思ったけど……。
これは、これで——妙な感じじゃないか。
「あ、あの」
「ん?」
「このチーズもヤギのミルクですか?」
「ああ。そうだね。ジャムは木苺かな」
「少し酸っぱいけど、美味しいですね」
「そうだな」
「………」
——会話が続かない。
「ええと、食事が終わったら、お茶を煎れてくれないか?」
「はい。あ、良かったら、コーヒーを煎れませんか? 豆を持って来たんです」
「そうなの?」
「はい。私、けっこうコーヒー好きでして」
「マシュマロは?」
「持ってきました」
「ならコーヒーを飲もう」
彼女は、やっと表情を柔らかくした。
「明日には町まで行ってみよう。少し買い出ししないと」
「分かりました。あ、お土産って買えますかね?」
「そういう店も回ってみようか」
「良かった。ルーランやアンジュさん達に何か買いたくて」
「ミュートでは木工が盛んだ。何か見つかるといいな」
「はい」
甘い香りのコーヒーを飲みながら、彼女は面白そうにルーランの話をする。
「知ってますか、シャインさん」
「何を?」
「ルーランって器用なんですよ。シャインさんに貰った帆船のお土産、ありましたよね。アレにそっくりな物を、もう一つ自分で作ってるんです」
「え? パーツからか?」
「そうなんですよ。まだ、始めたばっかりだって言ってたけど」
「アイツ、ああいうの好きだったんだな」
「そうみたい」
やっといつもの彼女らしい表情になったな。
「なら、いい土産が見つかるかもな。細かい細工物も多い町だから」
「シャインさんは、ミュートに来たことがあるんですか?」
「ああ。僕だって初めから近衛兵じゃない。ここで駐在してた事もある」
「そうなんですか? 意外です」
「意外かな」
彼女はクスクス笑って、楽しそうに言う。
「サイロンさんじゃないですが、シャインさんは好んで日に当たらなそうなので」
「ひどい言い草だろ」
軽く肩を竦めたけど、ジュリアが笑ってくれて、僕はホッとしていた。




