ジュリアの初めての土地ミュート2 38
私達は辺境警備隊の宿舎を離れ、敷地内の小さな小屋へ案内された。
「モンテール長官からの手紙に、小さくても良いからキッチンのある部屋を頼むとありまして。管理人の夫婦が住んでいたのですが、高齢で引退しましてね。好きにお使い下さい」
荷物を運び込みながら、バンズ隊長は伺うように笑みを浮かべた。
「ただ、ですね。助手の方が同行する旨は記述してあったのですが……女性とは思わなかったもので。でも、あれですよね。お二人は婚約者とかですよね?」
私はキョトンとバンズさんを見る。
婚約者?
シャインさんが疲れたように首を振った。
「え? 違うんですか? 仲良さそうに二人旅してるのに?」
「仕事だ」
「えっと。あぁ。どうしましょうか。寄宿舎は男だらけですし、空きの部屋がなくて相部屋のような状態で」
額に手を当てたシャインさんが、小さく呟く。
「……またか」
ホテルの時もそうだったけど、シャインさんは私と一緒は嫌なのかな。
ブツブツと文句ばっかり言ってたし。
でも——仕方ないよね?
「私はシャインさんと一緒で構いませんよ?」
「僕が構う。君もあっけらかんと承諾するんじゃない!」
「ええ、だって。じゃあ、私は兵隊さんと相部屋ですか?」
「ジュリア。そんなことしたら、僕はナイン男爵に殺される」
「シャインさん、兵隊さんと相部屋がいいんですか?」
「………」
なんでそこまで嫌がるのよ。
私、寝てる時に大イビキとかかいてるの?
シャインさんは深い、ふかーい溜息をついた。
「分かった。二人でここを使おう。ただ、バンズ隊長。真ん中に長いロープを張って仕切りを作ってくれないか」
「仕切りですか? 必要でしょうか?」
「絶対に必要だ」
「分かりました。少し待ってて頂けますか」
バンズさんが出て行ったから、私はシャインさんに近寄って聞いた。
「そんなに私と一緒は嫌ですか?」
シャインさんは驚いた顔で目を瞬かせると、黒眼鏡を出してかけた。
なんで驚くの? 黒眼鏡までする事ないじゃない。
距離を感じるわ。
「そういう事じゃない」
「だって、ホテルでも嫌がってたじゃないですか」
「嫌なんじゃない。ただ……」
あれ?
なんか、シャインさんが赤くなってない?
彼は軽く咳払いをした。
「ジュリア。もう少し僕を警戒してくれないか? 僕も一応、男なんだし」
「男性なのは知ってますけど」
「ああ、それで、君は女性だね?」
「一応」
シャインさんは、分かってないな、そう呟いてから私の耳に口を寄せた。
囁く声が掠れて耳をくすぐられるみたい。
「君が僕に体を許すっていうなら、同じベッドで寝てもいいけど?」
「か、体って?!」
私はビックリしてシャインさんを軽く突き飛ばした。
フゥって息を吐いた彼は、黒眼鏡をかけたままで私を見る。
「やっと理解したね。年頃の男女が同じ部屋に泊まるってことの意味。ここまで明らさまに言わなきゃならないとは、全く思ってなかったけど」
私は真っ赤になってしまって、返す言葉もなくなった。
シャインさんみたいな人が、私とそういうのって、想像もしてなかった。
そのタイミングでバンズさんが戻って来た。
タイミングが良いのか、悪いのか。
「お待たせしました。カーテンみたいのが無くて、布なら何でもいいですか?」
「ああ。仕切りが出来れば構わないよ」
バンズさんが、赤くなってそっぽを向く私と、苦笑を浮かべてるシャインさんを交互に見る。
「あれ? どうかしましたか? 痴話喧嘩は良くないですよ」
「痴話喧嘩じゃないよ」
「そうですか?」
シャインさんは、小さくクスッと笑った。
「そこのお嬢さんに、少し世間の話をしただけだ」
私はムッとして彼を睨む。
そういう言い方ないじゃない。
そりゃ、思慮深い行動じゃなかったかもしれないけど。
相手がシャインさんだから——。
だから……安心してた。
揶揄うようなことはあっても、彼は私の嫌がることはしないって頭から決めてた。
……これって。
甘えてたって事になるのかな。
二人が部屋に仕切りを張るのを、ジッと見ながら反省する。
シャインさんが私を思いやってくれてるのは、分かってたじゃない。
それを当たり前だと思っちゃダメだよね。
私を淑女として扱ってくれてるってことだもの。
そういう気持ちが、あろうが、なかろうが、世間はそう見るって話だもの。
——だよね?
真ん中に仕切りが出来て、離れた壁際にベッドが置き直され、私達はやっと一息ついてキッチンにあるテーブルセットに落ち着いた。
「ジュリア。お茶を煎れてくれないか? 道具はあるかな?」
「……ああ、揃ってるみたいです。ミルクはないですけど」
「いいよ。甘いお茶が飲みたいだけだから」
シャインさんは、で、と、仕切りなおしてバンズ隊長に聞く。
「大元の箱はどうしたんだ?」
「はい。それですが——今はここに無いんです」
「え? ない?」
バンズさんは困った顔で頷いた。
「どこで聴きこんだのか、辺境伯が見にきましてね。箱に彫り込まれてた印を見て、我が家の家紋だと仰って。持って行ってしまったんです」
お茶を煎れる手を止めて、思わずシャインさんを見る。
だって、それじゃあ、仕事が終わらない。
その箱に呪い魔法の元がかかってるなら、解除するのが今回の仕事なんだから……。
シャインさんは、疲れたような声を出した。
「……持ってった?」
「ええ」
「呪い魔法がかかってるって説明したのか?」
「確認はできてないけれど、そうに違いないとは言いました」
「それでも持って行った?」
「はい」
シャインさんは、ここに来て何回めかの溜息をつく。
「なら、帰ろうか、ジュリア」
「シャイン兵長! 帰らないで下さいよ、呪い魔法だって仰ったじゃないですか」
「知ってて持ってくなら、自己責任だろ」
「で、ですが!」
「体調不良の兵隊も回復できたし、その箱を軍に近づけなきゃいいだろ?」
「お願いです。解除してって下さい。あんなの、一つのウェポンですよ?」
「貴族が兵器を持つこともあるさ」
バンズ兵長はシャインさんの手をガッと掴んだ。
「マルシュ辺境伯家は、現在左前なんです。大豆相場で大損したらしくて、箱を持ってったのは、アレを金儲けに使いたいからです。派手な箱でしてね、幾つも宝石が填め込んである。伯爵は、呪いの箱って煽りで、展示室を作って金を取って人に見せるつもりなんですよ。それは阻止しないと」
シャインさんは、バンズ隊長の手をぞんざいに払うと、そのまま頭を抱えてしまう。それにしても、そのマルシェ伯爵って大概にしろって感じだわ。呪い魔法の箱を見世物にって、どこから出てくる発想なんだろ。
「世知辛い世の中だな。拾い物で金儲けか」
「ミュートは田舎町ですから、娯楽も少ない。町の者が軽く見に行って、呪いにかかったら——町が全滅しますよ?」
「大げさだな」
「回復魔法も治癒魔法も効かないんですよ? 二人が来る前の宿舎の様子を見せてあげたい。もう、真っ暗でした。望みも希望も絶たれたような有様で。ケイデンス国民を守るのが軍の仕事ですよね? そうですよね?」
仰け反るように息を吐き、シャインさんが言う。
「その見世物を見に行けって?」
「いえ。町人を呼ぶ前に、貴族を呼んでお披露目会としてダンスパーティーを開くそうです」
「左前のくせにダンスパーティーねぇ」
「見栄だけは人一倍の男なんですよ。中身はないクセに」
「嫌いなのか?」
「大嫌いですね」
「なら放って置けばいい」
「シャイン兵長」
「だって、どうするんだよ。いくら僕らだって、箱に触れなきゃ何もできない」
「それでしたら、一つだけ方法が」
バンズさんはそう言って、胸元に手を差し込み、綺麗な封筒をテーブルに置いた。




