シャインのジュリアと二人旅 1 35
北の町、ミュートへは一日では辿り着かない。
そりゃあ、無理すれば行けるけど、女性連れでの強行軍は避けたいからね。
僕らは途中の町で一泊して、二日かけてミュートを目指す。
借り切りで付き合ってくれる馬車を手配して、早朝にモンテール家を出た。
「……で、ジュリア」
「はい?」
「なんでメイド服なんだ?」
彼女は僕の前の席で、キョトンとした顔をする。
「男女が二人きりで旅してたら、勘ぐられますよね? 伯爵家の方とお付きメイドなら変じゃないかと」
「あのね。貴族の男がメイドを連れて二人旅なんかしてたら、メイドはソイツの愛人ってことで確定だろうな」
彼女は、あらって言ってから笑った。
……笑うかな。
「そういう設定にしますか?」
「しない。ホテルに着いたら着替えて。君は僕の助手ってことになってるんだ」
「助手ですか、なるほど。そういう設定ですね」
設定って何なんだよ。
「実際そうだろ。僕の仕事を手伝ってもらうんだから」
「了解しました。私は助手ですね」
「だから敬語も丁寧語もなしな」
「ええ? 近衛兵長様の方が助手より偉いでしょう?」
「今回は魔法省の仕事だ。面倒だから、気安く話そう」
彼女は少し首を竦める。
「仰せのままに」
「ジュリア」
「では、兄に話すように話しますよ?」
「ああ。僕のことは、ツリッチャキみたいなもんだと思ってくれ」
馬車の覗き窓から外を見た彼女は、小さく感嘆の声を上げた。
「あ、見て、シャインさん。すごく綺麗」
「……本当だ」
川沿いを走る馬車からの眺めは、確かに幻想的だった。
藍色から薄紫、淡いオレンジへとグラデーションを作る空を背景に、中洲の大きな木に止まった鳥達が起き始めてる。夜明けの薄明かりの中で、全ては黒いシルエットになっていた。枝の上に鈴なりになって身繕いをしたり、羽を広げて羽ばたく姿のものも見える。
「早起きも悪くないね」
「ですね」
僕らは頭を寄せて、しばらく覗き窓を除いていた。
彼女の髪から甘い匂いがする。
たぶんオイルの香りなんだろうけど、好きな香りだな。
「長旅だからね。楽にするといい。眠くなったら、無理しないで寝なよ」
「はい。ありがとうございます」
ジュリアはメイド帽を脱いで、肩にスカーフを巻くと襟元で結ぶ。纏め上げてた髪のピンを抜いて、三つ編みを胸元へ垂らし、頭を背もたれにくっ付けた。
僕は黒眼鏡をかけて、そんな彼女を眺める。
黒眼鏡は便利だよな。
僕の視線がどこを向いてるかが隠せる。
まあ、見るものは薄茶色に染まってしまうけどね。
僕は腕を組んで、カバンから小さな本を出す彼女を眺めてる。
こんな所にまで本を持って来たのか。
ずっと、少し俯いて膝の上に置いた本を読むジュリアを眺めてた。
少し伏せた瞼とか、頬にかかる柔らかそうな髪とか。
思ってたより退屈しない。
こんなに時間をかけて、彼女を見つめる機会は滅多にないからね。
そのまま、しばらく馬車に揺られてるウチに、僕は眠ってしまったようだ。
「シャインさん、シャインさん」
ジュリアに揺すり起こされて黒眼鏡をずらすと、彼女はすぐ目の前に顔を寄せてた。明るい茶色の目が近くて、少し戸惑う。
「馬を休めるそうですよ。人間も休憩です」
「……ああ」
馬車を出て伸びをしたら、首がコキッと音を立てた。
座ったまま眠ったからかな。
太陽はすっかり登ってて、もうすぐ昼だという時刻。
馬場の側に屋台が出ていたので、そこで食べ物を買うことにする。
「何を食べる?」
「宜しいんですか?」
「ジュリア。ツリッチャキにも、そう言う?」
「……私、揚げパンが食べたい」
「揚げパンね、他には?」
「飲み物も欲しいですね」
「あっちでレモネードを売ってるな」
僕はソーセージとオニオンの酢漬けが挟まれたパンを、彼女は豆の粉を振った揚げパンを選び、他に味付きのチキンとレモネードを二つ買って、設えられたベンチで食べる。
「シャインさんのパン、私が一回持ってみましょうか? 軌跡が消えるかも」
「ああ、そうしてくれるかい」
「魔法の跡が消えますように」
ジュリアはそう言って、僕のパンを両手で持って念を込めるように目を瞑った。
——なんか、可愛いな。
「どうでしょう?」
「あ……消えてる」
凄いな、ジュリア。
「ありがとう」
僕が礼を言うと、彼女は少し照れたように首を竦めた。
それから手元のレモネードを見て首を捻る。
「でも、さすがに飲み物は無理だなぁ。直に触れないし」
「じゃあ、ジュリアが一口飲んだヤツと交換しよう。唇が触れたら消えるかもよ」
「飲みかけになっちゃいますよ?」
「構わないさ」
彼女はピンクの唇を屋台のグラスにつけて、こくっと一口レモネードを飲んだ。あの唇が触れた飲み物ね。自分で言っといてなんだけど、少し照れるな。
「どうぞ。あ、私はこっちから飲んだから、そっちから飲んで下さいね」
「そんなの気にしないよ」
「気にして下さい。で、どうでしょう」
「お見事って感じだ」
「やった!」
「よし、食べよう」
「はい」
並んで食事してると、周りを見回した彼女が聞いてくる。
「ここは、どの辺りなんですか?」
「キエムって町のあたりかな。ちょうど三分の一くらいの地点だ」
「へぇ。山が多いんですね?」
「木材が特産だ」
「ケイデンス王国にも、いろんな場所があるんだな」
「そうだね。ミュートも山合いの町だよ」
「楽しみだな」
女性が旅をするのは珍しいからな。
特にジュリアは屋敷から滅多に出なかったみたいだし。
「仕事だけど、楽しめる所は大いに楽しんだらいいさ」
「ふふ」
「なに?」
「私、シャインさんのそういう所、好きですよ」
ジュリアはそう言って、コクっと首を傾げて笑った。
そういうセリフを気軽に言わないで欲しいな。
……嬉しいじゃないか。
少し休んだあと、僕らはまた馬車に揺られた。宿泊予定のメロリという町についたのは夕刻だった。御者に明朝の予定を伝え、僕らはホテルの受付へ。
「いらっしゃいませ」
「モンテールだけど。予約してるよね。部屋二つ」
「お待ち下さいませ」
受付のホテルマンは、少し戸惑ったように僕を見上げた。
「モンテール様。ご予約は入っておりますが、お部屋はお一つですが?」
「……え? あいつ。二つ頼めっていったのに。ええと、空きの部屋はないかな?」
「今現在は……申し訳ございません。空き部屋はないようです」
「ない……か」
僕の後ろからジュリアが覗き込んで言った。
「いいですよ、シャインさんと同じ部屋で」
「ジュリア。そういうことを簡単に言うなよ。仮にも嫁入り前の娘だろ」
「仕方ないじゃないですか。空いてないんでしょう?」
「着替えとかどうするんだ」
「陰に隠れれば平気じゃないかな」
「ベッドはどうすんだよ?」
「一緒じゃダメですか?」
「ダメに決まってるだろ!」
一緒のベッドで寝る?
僕の自制心を試そうって話か?
——くそ。
ジムの奴、帰ったらペナルティをつけてやる。
ホテルマンが困ったように僕を見た。
「如何いたしましょうか?」




