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ルーランの影武者 34

 ジュリアとシャインさんが仕事で留守にしている。

 北の町、ミュートに行ってるんだ。


 ノワールさんの話だと、駐在してる小隊で奇妙なことが起こってるんだって。

 兵士の一人が変な箱を拾ったら、兵士達が次々と体調を崩して寝込んでるそうだ。

 重症な人は意識不明になってるらしい。


 その箱に呪い魔法がかかってるんじゃないかって、魔法省に連絡が来たらしい。

 よく分かんないものを拾うもんじゃないよな。


 ま、そのままにしとくと、町の人達に呪いが広がる可能性もあるから、妖精眼のシャインさんと魔法解除のジュリアを送ったみたいだ。


 シャインさんなら、その箱にかかってる魔法の軌跡が追える。いつ、誰が、どんな魔法をかけたか分かるんだからね。それが、本当に呪い魔法だとして、ジュリアが触れば解除できるし。


 だから、今朝の僕は少し早起きして、ジュリアが冷凍室に入れてってくれたパンケーキを自分で温めてる。


「……眠い」


 アンジュさんの作る朝ご飯でも良いんだけど、アンジュさんに頼むと朝からヘビー級になる。ジュリアが来る前の食事を思い出すと、それだけで胸焼けしそうだ。


 僕が成長期だからって、フルコースで出してくれる。肉のソテーにチーズトースト、豆かジャガイモのスープ、オムレツ、季節のタルトにチョコムースにホットミルクと——ビタミン補給のオレンジジュース。


 残すことは許されないという、修行のようなメニューだ。

 僕は、毎朝、必死で食べてた。

 味は美味しいんだけど。

 とにかく量がね。


「こんなもんかな?」


 フライパンに少し植物油を敷いて、弱火で温めるんだって教えてもらった。バターは焦げやすいから、温まったパンケーキに乗せるんだそうだ。


 この歳になるまで料理はしたことない。少しだけ新鮮だ。

 温めるのを料理と呼ぶならだけどね。


「ルーラン。支度は済んでますか? ノワール様がお出かけですよ」

「はい。すぐ行きます」


 城へ行く日は朝の時間がタイトだ。僕は少し生ぬるいパンケーキをミルクで流し込んで、慌てて玄関ホールに向かった。


 ノワールさんと一緒に、サイロンさんが御者をしてくれる馬車に乗り込む。


「ルーラン。また、少し背が伸びたか?」


 僕を見ながら、ノワールさんが目を細める。


「そうみたいですね。一昨日、アンジュさんにズボンの裾を直してもらいました」

「そろそろ、メグ嬢には影武者が厳しくなってきたな」

「すみません」

「謝る事じゃない。君が成長するのは喜ばしいことだ」


 僕には現在、二人の影武者がいる。

 二人とも女の子っていうのが、なんか引っかかるけど。

 僕に似てる男の子がいないんじゃ仕方ない。似てなきゃ影武者になんないしね。


 何回めの暗殺未遂の時だったろう。

 毒を盛られた僕は、ゲロゲロ吐いて、三日くらい生死の境を彷徨った。


 その時からモンテール家で暮らしてる。

 もう四、五年は前だな。


 僕はあの時のノワールさんを忘れない。

 まだ、彼が王太子付きの近衛兵長だった時だ。

 部屋に強固な結界を張ってくれて、王にも王妃にも一歩も引かなかった。


「王太子の容体が安定するまでは、誰であろうと立ち入りは禁止します。彼を守るのが私の職務ですので」


 本当に彼は一人も部屋に入れなかった。

 自分で回復魔法をかけ続けてくれて、寝食の世話をしてくれた。

 お陰で僕は一命を取り留め、こうして生きてる。


 その後で、影武者を雇うことになった。

 王太子の影武者なんか、安全とは言い難い仕事だし、社交が多いから気を使うだろうな。


 僕自身は社交に出て行く機会を減らしてもらえた。

 もうね、それだけでありがたい。

 彼女達には心から感謝する。


 その影武者の一人が、メグ・マイセン嬢。

 影武者としては、一番長く働いてくれてると思う。

 僕より二つ、三つは年上だったと思うから、ジュリアと同じくらいか。


 貴族の出ではないけど、裕福な商家の娘さんらしい。

 この間、久しぶりに顔を合わせたんだよね。

 招かれたお茶会での情報をすり合わせるのにさ。


 で、確かに、もう影武者は難しいかなって思う。


 彼女は小柄だから今でも僕より少し背が低いし、体つきが変わってきてる。

 その——主に胸のあたりとか、腰のあたりとかがね。


 この先に僕の背が伸びたら、女の子の影武者は難しいだろうな。

 体つきや声も、もっと変化するだろうし。 


 考え込んでいたら、ノワールさんに言われた。


「後で時間がとれたら彼女と話そう。ルーランも同席してくれないか?」

「分かりました。彼女には本当に感謝してるから、お礼も言っておきたいですし」

「そうしてくれると、ありがたい。並んだ方が説得力が増すからね」


 王太子の部屋でって——言い方は変だけど。

 僕の部屋なんだけどね。

 最近はモンテール家での部屋の方が、自分の部屋だと感じるからさ。


 まあ、そこで、メグ嬢とノワールさんと話をした。


 彼女は綺麗な娘さんだと思う。実際、僕に似てるって思ったことはないんだけどね。髪の色や目の色は同じ感じだけどさ。


「そうですか……分かりました」


 彼女は少し肩を落として、寂しそうに微笑む。

 ノワールさんが気を使うように言った。


「今までの貢献に対して、退職金を出す。そんなに気落ちしないでくれないか?」

「あ、いえ。得難い体験をさせて頂いたのは私の方ですから。ただ——」

「何か、気がかりが?」


 メグ嬢は軽く苦笑した。


「王宮でのお仕事が無くなったら、父の決めた相手とお見合いして、嫁ぐんだろうなって思うと残念です。私の身分ですと、取引先の方か、出資元の方でしょうから。ここで覚えたマナーなどは、あまり役立たないでしょうし」


「君も…気の進まない見合いをするのか」


 ノワールさんが軽く眉根を寄せる。

 ああ、これ、誰かさんと重ねてるんだろうな。


「世の父親というのは、どうして娘の結婚を急がせるんだ? 一生を共にするパートナーを探すのに、ずいぶんと短絡的なものだな」


 メグ嬢が軽く目を見張って驚いてる。

 こういう言葉が出てくるとは、思ってなかったんだろうな。


「ノワールさん。上流社会の結婚ってのは、政治的な戦略だし、経済活動だしね?」


 僕が取り成すようにいうと、ふんっと軽く鼻を鳴らした。


「何より娘の幸せを考えるのが親の仕事だろう」

「いや、考えてると思うよ? 生活に困らないようにって、そういう相手を選ぶんだしね?」

「気持ちはどうなる」

「いや、だからさ……」


 憤るノワールさんに、彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。モンテール様。ですが、リュカオン殿下の仰る通りですので。ただ、お心遣いは嬉しいです。私のような者にまで、お心を砕いて頂いて深く感謝いたします」


 ノワールさんが、指で自分の顎を軽く叩く。


「分かった。何か、考えておこう」

「……え?」

「君が嫁ぎたい相手が見つかるまで、次の仕事を探しておく」

「あ、いえ、あの」


 これがノワールさんの思いやりなのは分かるけどさ。


「ノワールさん。そんな事を言ってると、彼女が婚期を逃しちゃうよ」

「意に沿わない結婚よりいいだろう。行き場がないというなら、その時は私が引き受ける」


 メグ嬢は呆気に取られた後で、真っ赤になって俯く。

 そのまま、消え入るような、小さな声で……。


「そ、それは、あの。すごく、光栄です」

 って言った。


 あぁぁ。

 僕は知らないよ。


 ノワールさんは父親か兄貴みたいな目線でメグ嬢を見ると、うん、うん、一人で頷いてる。どうせ、モンテール家で一生働くといいとか、そういう意味なんだろうけど。


 彼女は完全に誤解してるからね。

 耳たぶまで真っ赤にしちゃってるんだから。


 僕は——ほんとに知らないからね。




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