ジュリアのノワール様のお使い 33
モンテール家の庭にも秋めいた花が咲き出した。
可愛らしいマム類や秋咲きのローズ。
私はバンタムさんにお願いして、咲き始めのローズを分けてもらう。
オレンジ色のローズは、部屋を明るく見せてくれるだろう。
シャインさんのお部屋に飾ろうっと。
——と。
「ジュリア、お願いがあるのですが?」
珍しくパスカルさんが少し慌ててる。
手には書類入れを持ってた。
「なんでしょう?」
「ノワール様が書類をお忘れになって。確か今日のお仕事で必要だったはずなのです。届けてもらえませんか?」
「分かりました。急いだ方がいいですか?」
「いえ。会議は午後からと伺っています。今から城へ向かえば間に合うはずです」
「用意してきますね」
私はローズを水に挿して、メイドの帽子を脱ぐ。
少し迷ったけど、水色のリボンの帽子を被ることにした。
シャインさんに貰ったのは、メイド服には勿体無いからね。
同系色のスカーフを帽子の上から被る。
首が日焼けしないように。
玄関ホールに行くと、パスカルさんが申し訳なさそうに眉を下げた。
「私が行ければ良いのですが、午後に荷物が届く予定なのですよ。ルーランも城へ行ってますし」
「大丈夫です。私の仕事は急ぎませんから。歩いて行っても間に合いますか?」
「ええ。十分です。頼みます」
書類入れを抱えた私に、パスカルさんが言う。
「ああ、ジュリア。手袋は持ちましたか?」
「はい。ポケットに入ってます」
「それなら良かった。門に触れる時には忘れずにはめて下さい」
「はい、分かりました」
私が素手で触ると魔法が解除されちゃうからね。結界魔法は家のセキュリティーだから、パスカルさんが気にするのも頷ける。まあ、モンテール家に盗みに入る命知らずがいるかどうか、分からないけどさ。
ノワール様は攻撃魔法も相当だって聞いてるし、シャインさんだって王族を守れるくらいには強いはず。アンジュさんも物質に関わる魔法のプロだし、バンタムさんやサイロンさんは、魔法なんか必要ないんじゃないかな。あの体格の人に殴られたら、ちょっと命が危ないよ。
……噂では、パスカルさんが最強らしいんだけど。
人は見かけに寄らないよね。
私は久しぶりにメイド服のままモンテール家を出て、お城に向かって歩き出した。大きな道に出れば乗合の馬車も使えるけど、タダじゃないからね。急いでないなら、歩いた方が経済的だ。
お城までは片道歩いて半刻程度。
いい運動だわ。
☆
お城の前で門番の方に用向きを伝えてると。
「あれ? ジュリアさん」
見たことのある青年が、爽やかに笑いながら側に来てくれた。
確か、そう、マキシムさん。
「こんにちは、マキシムさん」
「今日はどうしたんですか?」
門番の人がマキシムさんを向いて笑った。
「お知り合いですか、フェルマー殿」
「ああ。彼女はシャイン兵長の所のメイドさんだよ」
「モンテール長官へ届け物だそうで、手隙の者に案内させようかと」
「なら、僕が案内しよう。行きましょうか、ジュリアさん」
助かっちゃった。
知らない兵隊さんより、ずっと気が楽だわ。
でも——。
「マキシムさんって、フェルマー家の方なんですか?」
彼は少しくすぐったそうに笑う。
「まあ、一応。父はフェルマー公爵ですよ。僕は三男なんです」
うわぁ。
すっごいお坊ちゃんじゃないの。
「す、すみません。私、知らなくて気安い口を」
「ええぇ、辞めて下さい。別に僕が偉いわけじゃないですから。今まで通り、普通に話して欲しいな」
「……ですけど」
「ジュリアさん。ここでは、僕はシャイン兵長の部下です。あなたと同じようなものですよ」
いや、いやいや。
部下とメイドは違うんじゃない?
彼は明るい茶色の髪を揺らして、同じ色の瞳で私を見る。
「こうやって、構えないで話せる女性なんて数えるくらいしかいません。僕には貴重なんです。ね、今まで通りでお願いします」
「そ、そうですか?」
公爵家に不興を買って兄が左遷とかないよね?
——気をつけようっと。
「ああ、着きました」
ノワール様の執務室は、魔法省の奥まった一室だった。
なんだか重厚な扉だ。
ノックに答えて、中から「入れ」と声がした。
マキシムさんが私に軽く微笑む。
開けますよ、って感じで。
「失礼します、モンテール長官。お客様です」
ノワール様は大きな机の向こうで、軽く驚いたように私を見る。
「パスカルさんに頼まれました」
そう言って書類入れを見せると、表情を和らげた。
「持って来てくれたのか。すまなかったな。マキシムが案内してくれたんだね?」
「はい。門の所で声をかけて頂きました」
「マキシム、すまなかったな」
「いえ。では、僕は職務に戻ります」
「ああ。ご苦労」
マキシムさんは扉を閉める時に私を見て、小さくウィンクしてくれた。
その様子を見たノワール様が苦笑を浮かべる。
「彼を知っているのかい?」
「はい。シャインさんの執務室でお会いしたので」
「なるほど。少しそこに座っててくれないか?」
私はノワール様に言われて、フカフカの椅子に座る。
なんか、落ち着かない。
届け物はしたし、帰っちゃダメかなぁ。
ノワール様は机に座り直して、何かメモを書いてる。
机の上は書類だらけ。
忙しそう。
ルーランは居ないのかなぁ。
ノワール様っていうのは、シャインさんとは随分と違う。
シャインさんは髪を伸ばして首の後ろで縛ってるけど、彼は短く刈ってるし、顔つきも若干だけど精悍。表情が豊かなシャインさんに比べて無表情だし、声も低めなんだよね。
確か、シャインさんより五つ上だから、彼は来年で三十歳になるはず。
大きなお世話だけど、結婚しないのかなぁ。
「待たせたね。これをパスカルに渡してくれないか?」
「はい」
小さく折りたたんだメモを受け取って、立ち上がろうとしたら。
「少し休んで行きなさい。ここまで歩いて来たんだろ? 日中はまだ暑い。水分を補給しなさい」
「え、いえ。大丈夫ですよ?」
「体というのは、思っているよりダメージを受けるものだ」
「……はい」
ノワール様の言葉は、なんとなく抗い難い。
別に押さえつけた言い方をしてるわけじゃないし、内容はすごく優しいんだけど。
こういうのが威厳っていうのかな。
彼は茶箪笥からグラスと水入れを出して、注いだグラスに手をかざす。
それから、私の前に置いてくれた。
「飲むといい。レモネードだ」
「ありがとうございます」
こういうの、置いてあるんだな。
王宮メイドさんに頼むのかと思ってたけど。
——あ、冷たい。
「美味しいです」
「それは良かった」
ノワール様が微笑む。
表情が少ないから、微笑まれると心臓にくるのよね。
ちょっとドキッとするし、恥ずかしくなっちゃう。
でも、さすがだな。
物質関与が得意って言ってたけど、置きっぱなしのレモネードも冷やしちゃう。
完結してしまった魔法は解除できないから、私が触れても冷たいまま。
「ジュリア、ちょうど良いから話そうと思う」
「はい?」
「魔法兵団の仕事で、シャインとミュートという町へ行って欲しい」
これ、魔法兵として初めての仕事だ。
テンションが上がっちゃう。
「ミュートですか?」
「ああ。北の端にある町でね。隣国との境なので、軍部の遠征場所があるんだ。小隊が駐在している。そこでね、なんというか……」
ノワール様が少し困った顔をした。
すっごく珍しい。
眉根を寄せて瞬きを繰り返す様子は、少し可愛いわ。
レアなもの見た。
「妙な事が起こってるんだそうだ」
「……妙、ですか?」
「ああ。説明はシャインの方が上手いだろうから、アイツに詳細を話しておくよ。ただ、何日か泊まりで行ってもらうことになる。心算をしていて欲しい」
「分かりました」
それから、ノワール様自身が城門まで送ってくれて……。
——ノワール様だわ。横のチンチクリンは誰?
——微笑んでいらっしゃる。嘘でしょう?
——素敵な、お姿ね。隣が邪魔。消しちゃいたいわ。
お城のメイドさん達に毒のような囁きを投げられ、突き刺さるような視線で見られ。
——おいおい。長官が女の子を連れてるぞ? 雪でも降るのか?
——よくみろよ。メイド服だ。メイド…愛人か?
——あんな顔してる長官は、初めて見たな。
兵士や文官の方々に軽い騒めきを起こして門を出た。
しばらく、お城には来られないなぁ。




