表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/73

ジュリアのノワール様のお使い 33

 モンテール家の庭にも秋めいた花が咲き出した。


 可愛らしいマム類や秋咲きのローズ。

 私はバンタムさんにお願いして、咲き始めのローズを分けてもらう。

 オレンジ色のローズは、部屋を明るく見せてくれるだろう。

 シャインさんのお部屋に飾ろうっと。


 ——と。


「ジュリア、お願いがあるのですが?」


 珍しくパスカルさんが少し慌ててる。

 手には書類入れを持ってた。


「なんでしょう?」

「ノワール様が書類をお忘れになって。確か今日のお仕事で必要だったはずなのです。届けてもらえませんか?」

「分かりました。急いだ方がいいですか?」

「いえ。会議は午後からと伺っています。今から城へ向かえば間に合うはずです」

「用意してきますね」


 私はローズを水に挿して、メイドの帽子を脱ぐ。

 少し迷ったけど、水色のリボンの帽子を被ることにした。

 シャインさんに貰ったのは、メイド服には勿体無いからね。


 同系色のスカーフを帽子の上から被る。

 首が日焼けしないように。


 玄関ホールに行くと、パスカルさんが申し訳なさそうに眉を下げた。


「私が行ければ良いのですが、午後に荷物が届く予定なのですよ。ルーランも城へ行ってますし」

「大丈夫です。私の仕事は急ぎませんから。歩いて行っても間に合いますか?」

「ええ。十分です。頼みます」


 書類入れを抱えた私に、パスカルさんが言う。


「ああ、ジュリア。手袋は持ちましたか?」

「はい。ポケットに入ってます」

「それなら良かった。門に触れる時には忘れずにはめて下さい」

「はい、分かりました」


 私が素手で触ると魔法が解除されちゃうからね。結界魔法は家のセキュリティーだから、パスカルさんが気にするのも頷ける。まあ、モンテール家に盗みに入る命知らずがいるかどうか、分からないけどさ。


 ノワール様は攻撃魔法も相当だって聞いてるし、シャインさんだって王族を守れるくらいには強いはず。アンジュさんも物質に関わる魔法のプロだし、バンタムさんやサイロンさんは、魔法なんか必要ないんじゃないかな。あの体格の人に殴られたら、ちょっと命が危ないよ。


 ……噂では、パスカルさんが最強らしいんだけど。

 人は見かけに寄らないよね。


 私は久しぶりにメイド服のままモンテール家を出て、お城に向かって歩き出した。大きな道に出れば乗合の馬車も使えるけど、タダじゃないからね。急いでないなら、歩いた方が経済的だ。


 お城までは片道歩いて半刻程度。

 いい運動だわ。


 ☆


 お城の前で門番の方に用向きを伝えてると。


「あれ? ジュリアさん」


 見たことのある青年が、爽やかに笑いながら側に来てくれた。

 確か、そう、マキシムさん。


「こんにちは、マキシムさん」

「今日はどうしたんですか?」


 門番の人がマキシムさんを向いて笑った。


「お知り合いですか、フェルマー殿」

「ああ。彼女はシャイン兵長の所のメイドさんだよ」

「モンテール長官へ届け物だそうで、手隙の者に案内させようかと」

「なら、僕が案内しよう。行きましょうか、ジュリアさん」


 助かっちゃった。

 知らない兵隊さんより、ずっと気が楽だわ。


 でも——。


「マキシムさんって、フェルマー家の方なんですか?」


 彼は少しくすぐったそうに笑う。


「まあ、一応。父はフェルマー公爵ですよ。僕は三男なんです」


 うわぁ。

 すっごいお坊ちゃんじゃないの。


「す、すみません。私、知らなくて気安い口を」

「ええぇ、辞めて下さい。別に僕が偉いわけじゃないですから。今まで通り、普通に話して欲しいな」

「……ですけど」

「ジュリアさん。ここでは、僕はシャイン兵長の部下です。あなたと同じようなものですよ」


 いや、いやいや。

 部下とメイドは違うんじゃない?


 彼は明るい茶色の髪を揺らして、同じ色の瞳で私を見る。


「こうやって、構えないで話せる女性なんて数えるくらいしかいません。僕には貴重なんです。ね、今まで通りでお願いします」

「そ、そうですか?」


 公爵家に不興を買って兄が左遷とかないよね?

 ——気をつけようっと。


「ああ、着きました」


 ノワール様の執務室は、魔法省の奥まった一室だった。

 なんだか重厚な扉だ。


 ノックに答えて、中から「入れ」と声がした。

 マキシムさんが私に軽く微笑む。

 開けますよ、って感じで。


「失礼します、モンテール長官。お客様です」


 ノワール様は大きな机の向こうで、軽く驚いたように私を見る。


「パスカルさんに頼まれました」


 そう言って書類入れを見せると、表情を和らげた。


「持って来てくれたのか。すまなかったな。マキシムが案内してくれたんだね?」

「はい。門の所で声をかけて頂きました」

「マキシム、すまなかったな」

「いえ。では、僕は職務に戻ります」

「ああ。ご苦労」


 マキシムさんは扉を閉める時に私を見て、小さくウィンクしてくれた。

 その様子を見たノワール様が苦笑を浮かべる。


「彼を知っているのかい?」

「はい。シャインさんの執務室でお会いしたので」

「なるほど。少しそこに座っててくれないか?」


 私はノワール様に言われて、フカフカの椅子に座る。

 なんか、落ち着かない。

 届け物はしたし、帰っちゃダメかなぁ。


 ノワール様は机に座り直して、何かメモを書いてる。

 机の上は書類だらけ。

 忙しそう。

 ルーランは居ないのかなぁ。


 ノワール様っていうのは、シャインさんとは随分と違う。


 シャインさんは髪を伸ばして首の後ろで縛ってるけど、彼は短く刈ってるし、顔つきも若干だけど精悍。表情が豊かなシャインさんに比べて無表情だし、声も低めなんだよね。


 確か、シャインさんより五つ上だから、彼は来年で三十歳になるはず。

 大きなお世話だけど、結婚しないのかなぁ。


「待たせたね。これをパスカルに渡してくれないか?」

「はい」


 小さく折りたたんだメモを受け取って、立ち上がろうとしたら。


「少し休んで行きなさい。ここまで歩いて来たんだろ? 日中はまだ暑い。水分を補給しなさい」

「え、いえ。大丈夫ですよ?」

「体というのは、思っているよりダメージを受けるものだ」

「……はい」


 ノワール様の言葉は、なんとなく抗い難い。

 別に押さえつけた言い方をしてるわけじゃないし、内容はすごく優しいんだけど。


 こういうのが威厳っていうのかな。


 彼は茶箪笥からグラスと水入れを出して、注いだグラスに手をかざす。

 それから、私の前に置いてくれた。


「飲むといい。レモネードだ」

「ありがとうございます」


 こういうの、置いてあるんだな。

 王宮メイドさんに頼むのかと思ってたけど。


 ——あ、冷たい。


「美味しいです」

「それは良かった」


 ノワール様が微笑む。


 表情が少ないから、微笑まれると心臓にくるのよね。

 ちょっとドキッとするし、恥ずかしくなっちゃう。


 でも、さすがだな。

 物質関与が得意って言ってたけど、置きっぱなしのレモネードも冷やしちゃう。

 完結してしまった魔法は解除できないから、私が触れても冷たいまま。


「ジュリア、ちょうど良いから話そうと思う」

「はい?」

「魔法兵団の仕事で、シャインとミュートという町へ行って欲しい」


 これ、魔法兵として初めての仕事だ。

 テンションが上がっちゃう。


「ミュートですか?」

「ああ。北の端にある町でね。隣国との境なので、軍部の遠征場所があるんだ。小隊が駐在している。そこでね、なんというか……」


 ノワール様が少し困った顔をした。

 すっごく珍しい。


 眉根を寄せて瞬きを繰り返す様子は、少し可愛いわ。

 レアなもの見た。


「妙な事が起こってるんだそうだ」

「……妙、ですか?」

「ああ。説明はシャインの方が上手いだろうから、アイツに詳細を話しておくよ。ただ、何日か泊まりで行ってもらうことになる。心算をしていて欲しい」

「分かりました」


 それから、ノワール様自身が城門まで送ってくれて……。


 ——ノワール様だわ。横のチンチクリンは誰?

 ——微笑んでいらっしゃる。嘘でしょう?

 ——素敵な、お姿ね。隣が邪魔。消しちゃいたいわ。


 お城のメイドさん達に毒のような囁きを投げられ、突き刺さるような視線で見られ。


 ——おいおい。長官が女の子を連れてるぞ? 雪でも降るのか?

 ——よくみろよ。メイド服だ。メイド…愛人か?

 ——あんな顔してる長官は、初めて見たな。


 兵士や文官の方々に軽い騒めきを起こして門を出た。

 しばらく、お城には来られないなぁ。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ