シャインの二人の夜道 32
そりゃ、可愛い娘だとは思ってたさ。
けど——今夜のジュリアは反則なんじゃないだろうか。
ベージュ色のドレスワンピースは、胸の下に切り替えがあって女性らしい。踝まで隠れるスカート部分は、タップリの布地でドレープが作ってあって、軽い布地が動く度にサラサラと揺れる。
襟ぐりが広く開いたドレスで、首に巻かれたチョーカーが彼女の綺麗な首を強調する。結い上げられた髪から、柔らかそうな後れ毛が溢れてて。
……僕の送った帽子を被ってる。
そりゃ、彼女に似合う物を選んだツモリだったけど。
リボンが面白い形をしてて、後ろから見ると蝶が羽ばたいてるみたいに見える。彼女が動くと合わせて揺れるから、つい目がいって、そのまま彼女のうなじを見つめてしまう。
馬車の中の仄かな明かりで、ジュリアの瞳が揺れて見えてる。
細っそりした顎とか、柔らかそうな頬とか。
艶のある唇が花びらみたいだ。
おまけに、いつもより甘いパフュームが彼女の体臭に混ざって香る。
——僕の理性が揺らぐ。
手を伸ばして、引き寄せたい。
でも、本当にそうしたら。
彼女はびっくりして逃げるんだろうな。
焦れるような気持ちでジュリアを見つめたら、彼女は軽く目を伏せる。
何かから逃れるみたいに話し出した彼女を、僕はずっと見つめ続けてた。
レストランでは人が多かったし、ツリッチャキも婚約者のアメリアもいたから、そこまで気を取られないで済んでたのにさ。ツリッチャキの奴が余計なことを言うから——。
レストランを出てアイツと並んで歩いてたら、急に首を捕まえて僕を引き寄せて小声になる。
「シャイン。俺はあんな妹は見たことがない」
「あんなって、何だよ」
「赤くなったり、口ごもったりさ。アイツ、お前のこと、ちゃんと意識してるじゃないか」
「……こっちは、それどころじゃない」
「バカ。押してけって言ってんだよ。アレは脈ありだ」
「本当かね」
「兄貴の俺が言うんだ。間違いない」
なんてことを言うから。
少しその気になって軽く肩を抱いた。
嫌がられはしなかったけど、彼女は少し身を固くした。
押してけって、どうすればいいんだ?
とにかく、二人でいる時間を引き延ばすか?
「僕らはどうしようか? 馬車を拾ってくる? 月が明るいから散歩がてら歩いて帰る?」
歩いて帰ろうって、なぜ言えないんだろうな。
でも、今日は服装が違うし、あんまり歩きたくないかもしれないじゃないか。
彼女はふいっと空を見上げると。
「そうですね。涼しいし、歩いて帰りましょう」
そう言って微笑む。
本当に、今夜の彼女は綺麗だな。
僕は彼女の肩を離して、手を……繋いだ。
ジュリアは不思議そうに繋いだ手を見つめる。
軽口を叩きながら、その手を引いて歩き出すと彼女は黙ってついて来た。
「そうだ、シャインさん」
「ん?」
「アメリアさんて、魔法兵団の人なんですね」
「あぁ。気づいた? 彼女はね、幻術が得意なんだよ」
「そうなんですね」
ジュリアは少し弾んだ声を出す。
「彼女も嫌がらないで私に触ってくれました」
「ああ。そうだね」
アメリアくらいの魔法使いになると、解除されてもすぐに魔法をかけ直せる。呪文もいらない。僕の目には、彼女が使う魅了の魔法が何度も見えた。
ま、それが普通だし。
ツリッチャキがメロメロになってるのは、魅了のせいじゃなさそうだしな。
黙っとこうか。
ジュリアの機嫌がいいし。
「あんな人が兄の奥さんになるなんて、世の中は不思議だな」
「苦労したらしいよ。プレゼント攻撃して、ラブレターの山を作ったらしい」
「はは、兄貴らしいな。それが良かったんでしょうかね。私なら引きますけど」
……引くのか。
そういうもんか。
「今夜のレストランも見栄を張ってたし。ふふ。面白い」
「面白いかい?」
「はい。身内の知らない一面を見た気がします。好きな女性の前で見栄を張るとか、兄も普通の男性なんだな」
「アイツは結構な見栄っ張りだろ? 君にだって見栄を張ってるよ」
「そうかな?」
ジュリアを振り返ると、彼女は上目遣いで僕に微笑んだ。
——可愛いな。
思わず僕も笑顔になる。
「兄貴面しないといけないからね」
「ははは、確かにそういう所はありますね」
彼女の小さな手を引いてると、まあ、今のままでも悪くはないかと思える。僕らの歩く道の先には、月の光でできた二人の影が伸びてた。手を繋いでる影が——。
今はこれくらいでいいかな。
ジュリアに嫌われたくはないし。
ゆっくり、ゆっくり。
彼女の歩調に合わせて歩く。
そんなのも楽しいよな。




