シャインの帰宅 27
今日は仕事が休みだったので、もう一話、あげまーす。
兄貴に簡単な報告を終えて、風呂に入る。
疲れて帰って風呂に入れるなんて、極楽だな。
湯船に浸かってると、少し眠くなる。
ホッとしてんだな。
あっちでは、魔法の軌跡まみれだったし。
ジュリアは居ないし。
当たり前だけど。
風呂を出たら洗い立ての下着と、ラフなシャツとズボンが出してあった。
ま、食事するしパジャマはないか。
時刻も遅くなったから、食堂にはジュリアしかいなくて、ランプの灯りが揺れてる。
「軽いお食事ですけど」
彼女はそう言って、僕の前にオムレツとガーリックバターのトースト。
スープのゼリー寄せと冷やした紅茶を置いた。
細っそりしたジュリアのメイド姿は、久しぶりに見ると本当に可愛いな。レース付きの帽子から、暗い茶色の後れ毛が溢れて揺れてる。
「美味しそうだね」
「お口に合うといいですが」
オムレツの中身は夏の野菜とチーズで、トマトの酸味がさっぱりとして食べやすい。トーストにガーリックを使ったのは、疲れが取れるようにかな。暑い季節のゼリー寄せは食べやすい、口の中で溶けてく。
彼女の手料理は優しい味がする。
「やっぱり、ジュリアの料理が一番だな」
「恐れ入ります。向こうでは、軌跡の見える食事をされてたんですか?」
「うん。まあ、仕方ないけどね。君が来てくれる前は、ここでもそうだったしね」
僕だけの為に、我儘は言えないからね。
今は、けっこう我儘放題だけどさ。
彼女は僕が食事をするのを見ながら、囁くような声で聞いた。
「バクラって、暑かったですか?」
たぶん、時刻が遅いからなんだろうけど。
少し、ゾクッとくるな。
まあ、僕も少し声を抑えて話してたけどね。
夜だし。
「暑かったよ。まあ、港があるからさ、海風が吹いてるんだけど湿度が高くてね。ベタベタするんだ」
「そうなんですね」
「でも、活気のある都市だった。さすが物流の街って感じでね。異国の物も多く売ってたよ」
「へぇ。なんか面白そうですね」
「面白いけど、落ち着かないよね」
僕は日頃の感謝を込めて彼女を見上げる。
「自分の部屋が一番落ち着く。今はジュリアが整えてくれてるし」
少しくすぐったそうに首を竦めたジュリアは、口元を綻ばせる。
「お褒めに預かりまして」
なんだか、言葉遣いがここへ来たバッカリに戻ってるな。
「……固いね」
「固くないです」
彼女が即座に答えたもんで、僕は思わず笑ってしまった。
ランプの明かりでも分かるくらい、彼女は赤くなってムクれた顔をする。
ああ、帰ってきたんだなって思う。
たかが二泊三日だったのにな。
「ねえ、何か甘いものある?」
「クリームチーズのタルトで良ければ」
「いいね。熱いお茶も煎れてくれる?」
「はい」
台所へ向かう彼女の後ろ姿を見ながら、思わず息をつく。
本当に至れり尽くせりだ。
僕は嬉しいけど、彼女は大変だろうに。
留守の間に少しは休めたのかな。
「お待たせしました」
彼女が用意してくれたタルトとミルクティーは絶品だった。
こんなの、狡いんじゃないかと思うくらいだ。
「美味しい」
しみじみ言うと、彼女は本当に嬉しそうに微笑んで首を少し竦める。
「良かった」
瞼に焼きつきそうな微笑みだな。
——可愛い。
「シャインさん」
「ん?」
「お留守の時に、私、屋根裏部屋を掃除したんです」
「なんで? 休まなかったの?」
「なんとなく手持ち無沙汰で。アンジュさんが気を使ってくれたんでよ。そこでね」
彼女は少し間を取って、笑いを含んだ声で言った。
「オルゴールを見つけたんです。シャインさんが、よく鼻歌で歌ってる曲の」
「え? 僕は鼻歌なんか歌ってるかい?」
「歌ってますよ。ふふ。水兵さんと帆船が追いかけっこしてました」
「……ああ。アレかぁ」
抑えた音で、その曲をハミングしてみせた。
ジュリアは嬉しそうに曲に合わせて指を揺らす。
「それです」
「懐かしいな。子供の頃に親父に貰ったヤツだ。曲のタイトルは忘れたけど、そっか。覚えるまで聞いたもんな」
「今度、持って来ましょうか?」
「そうだな。久しぶりに聞いてみたいかもしれない」
美味しい食事を終えて、僕はジュリアにお休みを言って部屋へ戻った。
ランプに明かりを灯す。
部屋は本当に綺麗に整ってた。
シーツや枕カバーからはハーブの香りがする。
ベッドサイドには向日葵が飾ってあって。
ソファーの上にパジャマがたたんで置いてあった。
着替えてから、窓を少し開いて風を入れ、ベッドに潜り込む。
ランプを消しても、さっき、食堂で見たジュリアの微笑みが消えない。
ほんの少し離れてただけで、彼女を恋しく思ってたんだって痛感する。
まったく、困ったもんだよな。
目を閉じると、すぐに眠りに落ちていく。
甘い夢が見られそうだった。




