ルーランのポンコツなジュリア 26
シャインさんが出張に出てから、なんだかジュリアが変だ。
昨日は朝からパンケーキを焼きすぎたり、ミルクを吹きこぼしたり。
いつもと違うから、調子が出ないのかもしれないけどさ。
今日だって、シャインさんは居ないのにシャインさんの部屋を掃除してるし。
「普段はできない所を掃除するの」
そう言ってたけど、ジュリアって普段から、けっこう時間をかけてシャインさんの部屋を掃除してるんだけどね。どんだけピカピカに磨くつもりなのか——。
そう思ってチラッとシャインさんの部屋を覗いたら、ジュリアは部屋の真ん中に立ってボンヤリしてた。パスカルさんに話したら、面白そうに笑った。
「心配はありません。明日の夜にはシャイン様が戻りますから、ジュリアも元に戻るでしょう」
——そう言ってたけど。
昼食を取ろうと思って台所へ行ったら、ジュリアが大量のクッキー生地を捏ねてた。
「……ジュリア」
「あれ、ルーラン。あ、お昼?」
「そうなんだけど、ジュリアはクッキーを焼くの?」
「うん。お茶請けにね。オレンジピールのクッキー」
「いいけど、随分とたくさん焼くんだね」
「……え?」
彼女は自分が捏ねてる生地を見て目を見開く。
分かってなかったのか?
「あれ? 分量を間違え——」
ジュリアが慌てて手を振り上げた拍子に、木偶の一体にぶつけてしまった。
木偶は見事に魔法を解除され、持ってた鍋を転がして床に崩れ落ちる。
「……やっちゃった。アンジュさんを呼ばなきゃ!」
「ジュリア、ストップ!」
走り出そうとするジュリアの肩を掴む。
彼女の目の前を、もう一体の木偶が通り過ぎてく。
ジュリアは愕然として、ほとんど泣きそうになってた。
「僕が呼んで来る。ここに居て。動かないで」
「………ごめんなさい」
一体、ジュリアはどうしちゃったんだ?
アンジュさんを探して、ことの顛末を話すと彼女はパスカルさんと同じように笑った。
「仕方ないねぇ」
「ジュリア、どうしちゃったんだろ」
「なに。坊ちゃんが居ないから気が散ってるのさ。明日には元に戻ってるよ」
そう言って苦笑した。
……本当に、そうなのか?
アンジュさんに半泣きで平謝りするジュリアを見てると、本当に戻るのか不安になる。こんな彼女を見たことないからさ。
大量のクッキーを焼いた彼女は、みんなにクッキーを配って、屋根裏部屋を掃除すると言って消えた。それっきり、夕飯の時間になっても降りて来ない。
本当に、大丈夫なのかな。
☆
次の日もジュリアは元気が無さそうに見えた。
パンケーキを何となく食べて、お茶を飲んで。
——けど。
昼を過ぎた頃から、少しづつ普通になってきた。お風呂場で浴槽に水を溜めたり、パンを仕込んで焼いたり、シャキシャキと働いてる。
夕食の時には、ジュリアが作ったチーズクリームのタルトが出て来た。
夏向きって感じの、爽やかなタルトで、すごく美味しかった。
なんとなく、ホッとする。
僕たちの夕食が終わった頃、シャインさんが帰宅した。
「疲れたぁ」
ジュリアは荷物を受け取って、何でもないような顔でシャインさんを迎える。昨日までのポンコツぶりは嘘ですよって感じでさ。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
別に普通の挨拶してるだけなのに、なんだか二人は嬉しそうに見えた。
「ああ、その包みはジュリアにお土産」
「え? よろしいんですか?」
「バクラなんて滅多に行かないからね。どうぞ」
「ありがとうございます」
シャインさんは、立ってる僕を手招きする。
「これはルーランに」
「僕にもあるの?」
「ああ。自分で組み立てるミニチュアの帆船だってさ」
「ありがとう」
なんか、けっこう嬉しいな。
バクラは港街だし、帆船かぁ。
「ご苦労だったな、シャイン」
「ただいま。でも、いい大人に土産はないよ、兄さん」
「誰が土産をくれと言った。簡単でいい、報告しろ」
「ええぇ。明日でいいだろ?」
「お前は明日が休暇だろうが」
「人使い荒いよ。総隊長」
シャインさんはブツブツ言いながら階段を上がって行く。
途中で足を止めて、ジュリアを振り返って言った。
「あ、なんか簡単でいいから食事用意できるかな? 夕飯を食べてないんだ」
「はい。よろしかったら、お話の後で先にお風呂へ入りませんか?」
「入れるの?」
「はい。汗を流されたいかなって」
「さすが、ジュリア。気がきくね。じゃあ、話し終わったら風呂に入る」
不思議だなって思うんだけど。
帰って来て風呂に入れるって聞いたシャインさんより、ジュリアの方が嬉しそうに見えた。
ノワールさんとシャインさんが二階へ行っちゃうと、彼女は僕を振り返った。
「お土産もらえて良かったね。ルーランのは帆船を組み立てるキットか、私のはなんだろ」
「……すごく嬉しそうだね?」
「嬉しいよ。お土産なんかもらったの、いつ以来だろ」
「現金だなぁ」
「だって、嬉しいじゃない。あ、シャインさんの着替え出さなきゃ」
彼女は機嫌よく、包みを抱いたまま二階へ上がって行った。
……ま、これで元に戻るならいいけどね。




