ジュリアのシャインさんの出張 3 25
パスカルさんに教えてもらって、屋根裏部屋へ。
「ここの掃除というのは、いい案ですね。あなたは仕事があった方が落ち着くようですし」
「アンジュさんに気を使わせちゃって」
クスッとパスカルさんが笑う。
「ルーランも気にしていましたよ? あなたの元気がないと、皆んな調子が狂うようです」
「あぁ。そうですかぁ」
元気がないんじゃないんだけど。
朝、ルーランの目の前で失敗しちゃったしな。
「では、よろしくお願いします」
「はい」
屋根裏部屋は思ったより広い。三角の窓がついてて、ちゃんと開けるようになってる。上の階ってこともあるのか、とっても暑い。窓を開いて風を入れ、下を覗くと庭で働くバンタムさんの姿も、鶏小屋で作業してるサイロンさんの姿も見えた。
そう言えば、サイロンさんは結婚してる。近くに家を持ってて、通いでここの仕事をしてるって言ってた。小さな男の子のお父さんで、この間、クッキーをおすそ分けしたら、すごく喜んでくれたっけ。
アンジュさんとバンタムさんは、モンテール家の敷地に小さな家を建ててもらって住んでる。お子さんは大きくなって、独り立ちしてるって。娘さんと息子さんが一人づついるって言ってた。
「……さてと」
振り返ると、いろんな物が置かれてる。あんまり掃除してないって言ってたけど、そこまで埃も酷くないのは、定期的に木偶が掃除するからだろうな。
ベビーベッドやサークル。
赤ちゃんの使う物から、積み木や皮でできたボール、大量の絵本。
置物やヌイグルミ。
オルゴールやオモチャの剣。
この屋根裏部屋自体がオモチャ箱みたい。
「あ。この絵本、懐かしい」
埃を払いながら、一つ一つ眺めてく。
幼い頃の兄弟を思うと、不思議な気分になる。
本棚の横に、布を被った絵画数枚あった。
「……うわぁ。可愛い」
——幼い兄弟の絵。
——美しい男女と愛らしい子供の絵は、家族の絵なんだろうか。
——ハンサムな老人はお爺さんかな。
前モンテール伯爵と夫人は、揃って馬車に乗っている時に事故に遭ったと聞いてる。そのまま、帰らぬ人となってしまったそうだ。兄の話だと、ノワール様が二十歳で、シャイン様が十五歳の時だったって。
「………」
美しい御両親。まだ、若かったのに。
ノワール様が成人していくらも経っていない時だ。
シャインさんは、今のルーランと同じ年。
絵画の中の家族は、夢のように綺麗で幸せそう。
「ノワール様はお父様似ね。シャインさんはお母様に似てる」
今の二人を見てると、とても幼い頃を想像できなかったけど。
ここで、このお屋敷で、育ったんだなぁ。
「あ、これ」
私はオモチャの中から、小さな色眼鏡を見つけて笑った。
シャインさん、こんな小さな眼鏡をかけてたんだ。
そっと自分にかけてみる。
薄い茶色に染まった世界は、時を遡る魔法みたい。
胸がキュゥッって痛んだ。
小さな頃から、色付き眼鏡が必要だったんだね。
光を集めたような、シャインさんの笑顔を思い出す。
彼の笑顔が暖かいのは、彼が寂しさを知ってるからかもしれないな。
「これ——」
貝細工の貼られた、とても綺麗な箱。
開いて見ると、オルゴールで水兵と船が追いかけっこしてる。
——この曲。
シャインさんが、時々だけど鼻歌で奏でてる。
私は、しばらくジッとオルゴールの音を聞いてた。
そばにシャインさんが居るような気がする。
不思議だな。
☆
ハタキをかけて、掃き掃除して。
一つ一つ、物を眺めながら拭いていたら、思わぬ時間が経っていたみたい。
気づけば窓の外は夕暮れが始まってる。
夏の宵はやって来るのが遅い。
もう、ノワール様もルーランも戻ってるかもしれない。
私は窓を閉めて、慌てて階下へ降りて行った。
案の定、廊下でノワール様に出会う。
「姿が見えないと思ったら、上に居たのかい?」
「お帰りなさいませ。はい。屋根裏部屋に」
ノワール様は少し不思議そうに首を捻った。
「屋根裏部屋に?」
「私が時間を持て余してるのを見て、アンジュさんが提案してくれたんです。お掃除してました」
「ああ」
彼は小さく微笑む。
「休みは休むものだよ、ジュリア。シャインも君が休みを取らないって気にしてた」
「私には、いいお休みになってます。とても、興味深かったです」
「ガラクタしかないだろ」
「いいえ、懐かしい絵本や、ゲームも見つけました」
「そうかい?」
「はい」
シャインさんが戻って来たら、あのオルゴールの話をしようっと。
きっと、懐かしがる。
——よくそんなのに気づいたね? 鼻歌なんか歌ったかな?
そんな風に言うんだろうな。
「ジュリア」
「あ、はい」
まただ。
飛んじゃったみたい。
ノワール様は不思議な目で私を見つめた。
なんて言うか、少し切ないような、どこか痛いような。
見られた私の心臓が跳ね上がる。
——出てきた言葉は、父か兄みたいな言葉だったけど。
「夕食はまだなんだろう? ちゃんと食べておいで。体が資本なんだから」
「もしかして、ノワール様やルーランのお夕食は終わったんですか?」
彼はクスッと笑って頷く。
いけない。
急がないと、アンジュさんが片付かないじゃない。
「すみません。では、私は下へゆきますので」
「ああ」
ふっと、軽く手を伸ばしたノワール様は一瞬ためらう。
困ったように苦笑すると。
「……おやすみ」
そう言って、私の頭をポンッと軽く叩いた。
「おやすみなさい」
なんだろう。
何か言いたそうだったけど。
お疲れなのかもしれないな。
ノワール様って忙しいし。




