ジュリアのシャインさんの出張 1 23
お昼を済ませて夕食の仕込みをしていると、パスカルさんが声をかけてきた。
「ジュリア。シャイン様がお帰りになりました」
「え? もう、ですか? 今、行きます」
まだ昼を少し過ぎた時刻だよ。
シャインさん、どうしたんだろう。
体調でも悪いのかな。
玄関まで急ぐと、彼は帽子を脱いで自分を仰いでいた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。暑いね」
私は帽子を受け取って、黒眼鏡姿のシャインさんに聞く。
「どうなさったんですか? いつもより早いですが」
「ああ、明日から二泊三日で出張になったんだ。準備あるから、帰って来た」
「出張ですか?」
「そうなんだよ。急に決まってさ。バラクって都市って知ってる?」
「南の海沿いにある地方都市ですよね? 詳しくは分かりませんが」
「そこ。そこに行くんだ。後で荷物を詰めるの手伝って」
「分かりました」
彼は二階へ上がろうとして、足を止める。
「ああ、その前に冷たい飲み物を持って来てもらえる? 暑くってさ」
「オレンジジュースか炭酸水ですが」
「オレンジジュース、よろしく」
「はい」
出張——近衛兵長でも、そういうのあるんだな。
王太子殿下が避暑にでも行くのかな?
シャインさんが直々についてくなんてさ。
ハッとした私は首を振る。
いけない、いけない。
詮索は使用人には御法度なのにね。
飲み物を持ってシャインさんの部屋行く。
彼は物入れからトランクを引っ張り出してる所だった。
「オレンジジュースをお持ちしました」
「ありがと、テーブルに置いて。ねえ、ジュリア。僕の扇子を知らないか?」
「それでしたら、タンスの中の小物入れです」
「そうだったか」
シャインさんはタンスの扉を開きながら、小さく鼻歌を歌ってる。
軽快で異国情緒に溢れたメロディーだ。
そういえば、彼は時々この曲を歌ってるな。
どこの国の曲なんだろ。
シャインさんは、ふっと手を止めて私を振り返った。
「あ、あと、銅製のカップを一つ持って来てくれないか? 歯磨き粉を少しと、小さくなった石鹸も」
「分かりました。二泊三日なんですよね? 歯磨き粉も少しでいいですね」
「そうだね。まったく、急なんだから嫌になるよな」
少しウンザリしたように、シャインさんが零す。
「バラクって行くまでに丸一日かかるんだぜ? 国王の主治医を護衛しろってさ」
「え? 王太子様の護衛ではないんですか?」
「違うんだな、これが。異国の良い薬が手に入るらしいんだ。途中で賊にでも襲われたら面倒だしね」
「シャインさん、お一人でついてくんですか?」
「そうだよ。目立つのは避けたいからさ」
目立たないっていうのは、彼が護衛につく時点で難しいのでは?
そう思ったけど黙っておく。
「まあ、近衛兵隊総隊長殿の命令だから仕方ないけどな。ちなみに、兄貴だけど」
「え? ノワール様は近衛兵隊でも長を勤めてるんですか?」
「そうなんだよ。幾つの職を兼任すりゃ気がすむのかね? 人に任せるってことができないんだから」
——はは、ノワール様らしいけど。幾つ体が有っても足りなそう。
「ああ、あとさ。悪いんだけど、お風呂沸かしてくれないか? あっちで入れるか分からないから、入ってから行きたいんだ」
「分かりました。えっと、お夕食の前がいいですか?」
「そうだね。明日は暗いうちに出るから早く寝る。そうだ、だから、ジュリアもお茶の用意しなくていいからね。僕が留守の間は休みだと思って好きに過ごしていいから」
「………え?」
シャインさんが優しい笑みを浮かべる。
「週に一日は休んでいいって言ってるのに、君ったら全く休んでないだろ? 本を読んで過ごしてもいいし、散歩とか、町へ買い物とか。ああ、実家に顔を出して来たっていい」
——急に言われても、なんだか。
「お気遣いをありがとうございます」
「固いね」
「え?」
「あんまり固いと、この間みたいに着替えを手伝ってもらうよ?」
「いえ、私は全く固くありません」
「僕の背中を流したい?」
「シャインさんの玉のお肌に触れるなど、もったいないです」
私のセリフにシャインさんが笑った。
「ジュリアの返しは、時々、すごく面白いよ。男に言うセリフじゃないね?」
「だって、シャインさん。並みの女性より綺麗ですし」
彼はふっと黙り込んで、軽く上目遣いで私を見た。
「……僕は男だよ?」
そんな目で言われなくたって、分かってる。
シャインさんが、十分に男性なのは知ってるから。
「綺麗だって言ってるだけで、男性じゃないとは言ってません」
「本当にそう思ってるのかね。まあ、いいや。とにかく、ゆっくり過ごしな」
「…はい」
ここで異論を唱えたら長くなりそうだしね。
でも、急に休みって言われても、少し持て余すなぁ。
久しぶりにビビに会いたいけど、父様に二度と顔を見せるなって言われてるし。
昼間なら父様は仕事で居ないだろうけど、万が一にも鉢合わせしたら気まずいから。
本が読めるのは嬉しいけど、皆んなが働いてる時間だと落ち着かないし。
町へ行くとお金使っちゃうし。
いくらモンテール家で生涯雇ってくれるって言っても、無駄遣いは敵だもん。
今は、すごく欲しい物も、絶対に必要な物もないし。
——無趣味って、こういう時に辛い。




