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シャインのくどくってどうするんだ? 1 21

 今朝のジュリアは面白かった。


 寝ぼけてたから、勢いで甘えてみたんだが。

 真っ赤な顔で僕の世話をしてた。

 癖になりそうだ。


「今日もご機嫌だな?」


 馬車の中で、兄貴が伺うように僕を見る。


「夏は好きな季節ですからね」

「お前、ジュリアを揶揄うのも大概にしておけよ」

「揶揄ってないですよ」

「……どうだか」


 揶揄ってなんかいないさ。

 そういうツモリはない。


 けど——やり過ぎたかな。


「兄さん」

「なんだ?」

「女性って、どうやってくどくんですか」


 兄貴は鉄面皮に驚きを滲ませて僕を見る。


「どうやってって、お前の方が詳しいんじゃないか?」

「僕はくどかれても、くどいた事はないので」

「俺だってだ」


 まあ、そうだよなぁ。


「なんだ。ジュリアに求婚するのか?」

「……したいですけどね。先に、彼女に僕を好きになってもらわないと」


 兄貴は驚愕したように目を見開く。


 なんだよ。

 そんなに驚く事か?


「兄貴には悪いですが、僕は本気なので」

「なるほどな。まあ、そうなるか」


 少し考えるように外へ目をやった兄貴は。

「お前なら、いいか」

 そう言って小さく微笑んだ。


 それから、ひどく生真面目な声で言った。

「やっぱり、花を贈るとかじゃないのか?」

「花ですか?」

「ああ。メッセージを添えたりして、贈るものだと聞いてる」


 メッセージ付きの花?

 妻とか、恋人とか居る奴が、たまに話してるアレかな。

 誕生日とか、記念日とかに贈るっていう……。


「いや、兄さん。そういうのは、少し関係が近くなってからじゃないですか?」

「そうなのか? お前たちの関係は遠いのか?」

「……分からないから聞いてるんです」

「やっぱり相談相手を間違えてるな。ツリッチャキにでも聞け」

「そうします」


 兄貴は僕を見ると複雑そうな顔をした。


「お前が本気になるとはな」

「兄さんだって、ナイン男爵に求婚の申し入れをしたでしょ」

「知ってたのか。ま、気づいて貰えなかったがな」

「言い方が遠回しなんですよ」

「今となっては、それで良かった。お前が恋敵では勝てる気がしない」


 ——よく言うよな。

 兄貴が本気くどいたら、僕なんか相手にならないと思うけどね。


 それから、まるで娘の父親のように鋭い目で僕を見ると。

「泣かしたら許さないからな」

 そう言った。


「兄さん。彼女は僕を仕事相手としか思ってないと思いますよ」

「……そうかな?」

「少しは男として、意識してくれてるといいですけどね」


 本当に……。

 甲斐甲斐しい態度は、それがジュリアの仕事だからだもんな。

 個人的な好意からじゃない。

 分かってるけどね。


 兄貴は面白そうに目を細めた。


「なんですか?」

「お前のそういう顔は初めて見るな」


 僕は軽く首を竦める。

 実際、こんな感情を持つのは初めてだからな。


 ☆


 城に到着して、僕も仕事バージョンになる。

 執務室によってから、王太子の部屋へご機嫌伺いが日課だ。

 王太子の部屋の前で夜勤担当の近衛兵に声をかける。


「ご苦労様。殿下はいらっしゃるかな?」

「おはようございます、兵長。いらっしゃるはずです」

「ありがとう。君はこれで終わっていいよ」

「分かりました。では、失礼します」


 彼が下がったのを見計らって、僕は誰もいない王太子の部屋へ入る。

 いないんだよね。


 近衛兵でも、知ってる者は殆どいない。

 王太子はこの部屋で生活していないんだ。


 もったいない気もするよな。

 毛足の長い絨毯、贅沢な調度品、王子の為に揃えられた高価な物たち。


 それでも、全く使われてないわけじゃないしな。


 隣は兄貴の執務室で、王太子の部屋に直接繋がっている。

 その直通ドアを開いて王太子が現れた。


「おはようございます、殿下」

「シャインさん。それって嫌味?」

「まさか」


 煌びやかな衣装に着替えたルーランは、嫌そうに眉をしかめる。


「誰が聞いてるか分からないからね」

「ここはノワールさんが結界を張ってる。声が漏れるとは思わないけど」

「そう言うなよ。で、今日の仕事なんだけど」


 ルーラン、こと、リュカオン・セイント・ケイデンス殿下はエメラルドの瞳で僕を見上げる。


「僕は執務でいいんでしょ?」

「まあ、そう。ジェミニ伯爵がお嬢さんの誕生日でお茶会を開くけど、そっちには影武者を送っとく」

「助かる」


 彼は非常に綺麗な少年で、男の子の中には似た者が見つからない。

 王太子の影武者は少女が数人で勤めてる。

 化粧して、着飾って、魔法を施せば誰も気づかない。


 ノックの音がしたので開いてみると、王宮メイドがお茶とお菓子を乗せた盆を運んできた。ルーランが目を細めて不機嫌そうに彼女を見る。


「頼んでないけど?」

「王妃様の御心遣いのようです」

「……そう。お礼だけ言っといて」


 彼女が部屋を出ると、彼は無言で窓を開けて茶を零し、菓子を投げ捨てた。


「ルーラン。下に人が居たら災難だぜ?」

「この下は池。魚の餌だよ。あとで魚が浮かんで来ないといいけどね」


 彼がそう言い放つのも無理はない。

 あの女狐は何度も彼を暗殺しようとしてる。


 彼の容姿は、ケイデンスの宝石と呼ばれた前王妃にそっくりだ。

 国王はリュカオン殿下を溺愛している。

 そして、女狐に子はない。


 ルーランはヒョイと首を竦めると、ポケットからクッキーを出した。


「ジュリアの?」

「ジュリアの」

「なら安全だ」

「この上なくね」


 彼は執務机に座ると、クッキーを食みながら笑った。

「美味しい。シャインさんも食べる?」


 この子が僕に笑いかけるようになったのは、ジュリアが来てからだ。


「いや。ジュリアがルーランの為に作ったんだろ?」

「本を借りてくと、なんか、お菓子をくれるんだよね」

「はは。彼女らしい」

「そうだね」


 彼は鍵付きの引き出しを開いてカップを取り出し、魔法で湯を出して紅茶葉を入れた。


 こうして上澄みのお茶を飲むんだよな。

 味よりも、安全を優先させてる。


 まだ十代の少年に、こんな生活を強いていると思うと、王妃には全く好感が持てない。いや、いっそ敵意が湧いてくる。この子が何の警戒もせずに暮らせる日が来るといいけどな。


「最近、国王陛下はどう?」

「少しは元気になってきてる。体調不良だからって、妃を遠ざけてるのがいいんだろうね」

「このまま遠ざけとくといい。僕だって具合が悪い時に会いたい女性じゃないからな」


 軽く笑ったルーランを残して、僕は王太子殿下の部屋を出た。

 部屋の前には日勤の近衛兵が立っている。


「おはよう。王太子殿下をよろしく頼むよ」

「おはようございます、兵長。精一杯お守りします」


 軽く手を上げて、僕はそのまま騎馬兵の訓練場へ向かった。

 男だらけでムサ苦しい訓練場には、騎馬兵が何人も詰めてる。


「やあ、ツリッチャキいる?」

「隊長ですか、あそこで剣を振ってます」


 広い砂地を石で囲んだ訓練場で、友人は汗を流しながら剣を振ってた。


「ツリッチャキ!」

「おお? シャインか」


 訓練を中断して側に来てくれたツリッチャキに、僕は笑って挨拶する。


「朝からせいが出るな」

「体が資本だからな。で、どうしたんだ? お前がこっちに来るの珍しいな」

「ちょっと聞きたい事があってね」

「お前が、俺にか?」

「お前にしか聞けないんだ」

「ええ? なんだよ?」


 僕はなるべく軽く聞こえるように、黒眼鏡も外さないままで聞いた。


「ジュリアをくどくにはどうすればいい?」


 彼は驚愕の表情を浮かべて僕を見たまま硬直した。


 ——そんなに驚かなくてもいいじゃないか。




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