第五節 母娘
「ヤマト女王、我が娘にてトヨと申します。此度は女王のお心配りにより、トヨにお目見えの機を賜り、まことにありがたく存じます。トヨ……女王に御礼を……」
「女王様、妾はトヨと申す。此度はお会いでき、妾は嬉しう思う」
「これ、トヨ! もう少し……」
「よい、オモカネ殿……トヨ殿、妾もそなたに会えて嬉しい。よぅ参られた。もっと近う」
「うん、女王様」
「トヨ殿、そなたはいくつになったであろうか?」
「妾は十になりました。女王様はなにゆえそのようなことを?」
「いや、大したゆえではない。ただ、そなたがあまりに可愛らしいゆえ……そう、妾には子がないゆえ、叶わばそなたのような姫が欲しかった、と……」
「そうか、さらば妾が女王様の姫になって差しあげようぞ」
「トヨ殿……いや、それは何とも嬉しいのぅ。されど、それではオモカネ殿に申し訳ないのでな……そなたの、父上と……母上に……」
「よいのじゃ、女王様。父上は妾に厳しいのじゃ……」
「そうなのか……オモカネ殿?」
「いや、女王、それは……」
「父上は女王様の師であったと仰せであったが……」
「さよう、そなたの父上、オモカネ殿はまこと妾のよき師じゃ」
「されど、妾には厳しいのじゃ、女王様。トヨ、あれを学べ、これを学べ、と……父上は常に妾に仰せであるが、妾は学びたいとは……そうじゃ、女王様からも申してくだされ。あまり妾をいじめるでない、と」
「トヨ殿……妾も若い頃は、よぅオモカネ殿にいじめられたものじゃ」
「女王様も……?」
「そうじゃ。それに……そこにおるヒタ殿も……昔はよぅ逃げ出したと申しておった」
「女王っ!」
「ふふふ……されどな、トヨ殿。妾はオモカネ殿を師に持てたことを誇りに思うておる」
「父上が女王様の誇り?」
「さよう。さればそなたも父上の教えをしっかり学ばれるがよい」
「女王様がそう仰せであれば……されど女王様……」
「何じゃ?」
「妾はまこと父上の娘であろか?」
「なにゆえそのようなことを聞かれる?」
「妾の廻りの者はみな陰で言うておるのじゃ。父上は妾のまことの父上ではない、と……」
「これっ、トヨ! そのようなこと……」
「父上にはまことの子らがおり、みな妾よりずぅっと年が離れておる……と」
「……」
「トヨ殿……そなたはオモカネ殿が、そなたのまことの父上ではないとお考えか?」
「妾には分からぬ……されど……父上が常に厳しいのは、妾が父上のまことの娘ではないからではないのであろか……」
「先にも申した通り、オモカネ殿は妾の誇りじゃ。オモカネ殿が妾の父上であればよいと思うたこともある……そなたは……そなたの父上が誇りではないのか?」
「女王様……妾は……妾は父上が……女王様の師である父上を誇りに思うておる」
「さらば、そなたはオモカネ殿、そなたの父上を誇りに思われよ。オモカネ殿は、そなたのまことの父上である。それは妾が請け負うであろう」
「女王様、妾は父上を誇りに思うであろ」
「そうじゃ、トヨ殿。されば、此度こうしてそなたと会えたことを記して、そなたにこれを授けよう」
「何であろか?」
「これは、妾が産まれた際、妾の母上が妾に授けてくれた玉……だそうじゃ。いずれは妾の娘に授けようと思っておったのじゃが……先にも申した通り、妾には子がない……ゆえに、これはそなたに授けよう。この勾玉を……これはそう……妾とそなたが同じ師について学んだ証。そなたが妾の……そう、妹であることの証よ」
「女王様、妾が女王様の妹……」
「うむ、そうじゃ。そなたは我が妹。されば……その、一度だけ、そなたをこの腕に抱かせてもらえぬであろか」
「女王様……」
「トヨ……きっと幸せになるのじゃぞ……」
「女王様……女王様は何かいい匂いがする……懐かしい……いい匂い……」
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「ヒタ殿……」
「……」
「妾は……妾はトヨに……詫びることができなんだ……」
「女王……されど……」
「うむ……分かっておる。妾がトヨの……まことの母などとは……されど、女王の道を選んだは妾、トヨには罪は無いというに……」
「女王……いや、ヒメミコ……さらばそなたにも罪は無いであろう。いや……むしろ、ヒメミコは全ての倭人の罪をその身に一人で荷っておる。トヨも……トヨの歩む道がそなたの道と交わることあらば……トヨならきっとわかってくれるであろう。されば、そなたはトヨに詫びることなぞあるまい」
「お前様……」
「うむ……トヨに詫びるではなく、トヨの幸せを祈ってやるがよい」
「トヨの幸せ、か……お前様は妾の幸せは妾が考えなければならぬ、と仰せであった」
「うむ。儂やオモカネが教えることではあるまいゆえ……」
「さればトヨは己の幸せを……妾はトヨが自ら考えぬ前に、あの娘に道を押し付けて……」
「ヒメミコ……トヨは儂らと同じ師を持っておる。されば、いずれ自ら道を見つけ選ぶことであろう」
「お前様……妾はそう長くは無い……されば……トヨのこと……妾とお前様の娘を……」
「うむ、きっと幸せにするであろう」




