第四節 長老
「倭国より参ったタケと申す。此度は我らの兵を容れて頂き、礼を申す」
「何の、同じ倭人が海を越えて参られたのじゃ……まこと、よぅ参られた」
「これまで倭国は多くの国に別れ互いに争っておりました。されど女王がヤマトを興し、争いを鎮められた。ゆえに今かようにして、海を渡り韓国の倭人と交わること叶うた」
「ほぅ……女王は名を何と申される?」
「ヒメミコ様と申される。まことお美しくも賢い、良き女王様であられる」
「さようか……して、兵を連れて参るとは穏やかではないようじゃのぅ……」
「されば……我が女王は、韓国にある倭人の故地を取り戻すおつもりにて……」
「倭人の故地を取り戻す……? その数でか?」
「いぇ、無論たかだた五百の兵で取り戻せると思うてはおり申されぬ」
「されば、なにゆえ兵を……」
「此度はいわば情報収集。さらばこのように、長殿とも交わることができ申した。他にも韓国の地形を調べ絵図を作り、後日の戦に備えるが此度の目的」
「うむ、それは分かった。されど……さらば兵を連れてこずとも良かったのではあるまいか? むしろ、五百とは言え兵を連れて参ったのでは目立ちもしよう」
「仰せの通り……兵なき方が情報収集は叶いましょう。されど、兵なくば……恐れながら長殿にも、女王がまこと韓国に攻め入るおつもりであること、お認め頂けぬでありましょう?」
「うむ……そこはそなたの申す通りであろうが……されば話を戻そう。なにゆえ女王は倭人の地を取り戻そうと?」
「恐れながら、韓国にある倭人はその地を韓人に次々と奪われておると聞き及ぶ」
「……」
「韓人は、その勢い余って海を越え、倭国にまで届き申すがただ今のさま」
「ふむ……」
「このまま韓人のなすがままにせば、次はきっと倭国の地を奪われるでありましょう。さらば、韓人を韓国に追い返す。そは、韓国にある倭人の地を取り戻すと同じ。韓人を韓人の元の地まで追い返さば、倭国に和が訪れ申そう」
「まぁよい……とりあえずはそういうことにしておくであろう」
「恐れながら、我らが企み……韓国にある倭人の利にも叶うと考えますが、いかがか?」
「うむ、まこと韓人を追い返すこと叶わば、我らにも利あることであろう」
「さらば、いずれヤマトは海を越え、きっと韓国にまことの兵を送ることでありましょう。その際には、韓国にある倭人の力もお借りしたい」
「されど、ヤマトは韓国と争うて、きっと勝てると申すか? 聞くところによらば、倭国は兵も少なく黒金も産せず。勝てぬのであらば、儂らが倭国に協力しても仕方あるまい」
「されば、ヤマトはただ今兵を増やしこれを鍛えており申す。いざ出兵とならば、きっと韓国に勝つほどの兵を興しましょう。更には、ヤマト女王は魏国皇帝より親魏倭王の称号を賜りました。さらば、いざ兵を興さば、必ず魏国も援軍を出しましょう。ゆえに、その時あらば、必ず韓人を倭人の地より追い返すこと叶いましょう」
「じゃがのぅ……そなたらが兵を連れて韓国に参り越したこと、じきに韓兵にも知れ申そう。さらばそなたらが去った後、韓兵どもは儂らの地に攻めて参ろう」
「うむ……」
「さらば儂らは抗うこと能わず、終にはこの地まで追い出されることになろう。儂らとしては明日の利を好むより、今日の不利を嫌う。むしろ儂としては、ただ今そなたより聞いた話を証にそなたを韓人に売る方が、儂らの利になると考えるのじゃが、いかに?」
「長殿……恐れながら、韓国の倭人はこれまでも韓人に追われ続けており申す。例えひとたび儂らを韓人に売ったとしても、倭人の安寧が長く保たれること能わず。もとより長殿の方がよくご存じであろう」
「うぅむ……」
「されば、我らは魏国と盟を結んでおり申す。その盟の下にある方が、韓国の倭人の安寧に繋がっている……そのようにはお考えになりませぬか」
「分かり申した……元より儂らもそなたらと争うを望むにあらず。されば、そなたのお考えを聞きたいと思うたまでのこと。ご無礼な言あらば、許されよ」
「長殿、我らはこれより企みを同じくし志をともにする朋。きっと倭人の地を取り戻しましょうぞ」
「タケ殿。さらば、我らが持つ韓人の情報をそなたにお渡し致そう」
「長殿、それはありがたい。よろしく頼みます」
「うむ……まずはただ今の韓国についてじゃが、そなたは韓国が三つに分かれているのをご存じであろうか」
「聞いたことがあり申すが、詳しくは……」
「さらば、韓国は馬韓、辰韓、弁韓の三韓に分かれておる。ただ今儂らのおるこの地は不本意ながら弁韓などと呼ばれてはおるが、元より我ら倭人の地である」
「この地はよく黒金を産するゆえ、辰韓はこれを求めて儂らを攻め、地を奪っていく。この地で採れた黒金を元に倭国で商を行うておるは、この辰韓の者どもよ」
「何と……我らが韓人から商うておる黒金は、元は倭人のもの……うぅむ……」
「辰韓は弁韓の地のうち、特に米と黒金を産する地から我ら倭人を追い出しておる」
「なるほど……」
「その辰韓は、弁韓の北にあり申す。辰韓の民は、元は漢国におったもの。漢国もまた争いを繰返しており、その争いに敗れた者が辰韓の地に住み着いておると言う……」
「すなわち、漢国から追われた者どもが、此度は倭人を追っている、と……」
「さよう、まこと口惜しいことではあるが……」
「さて、弁韓の西には馬韓があり申す。馬韓は元より韓国におる韓人の地。また魏国の帯方郡は、その馬韓のさらに北にあり申す」
「さらば、弁韓より帯方郡に向うには、辰韓あるいは馬韓のいずれかを通らねば行けぬ、ということでありますか?」
「さよう。されど、弁韓、辰韓、馬韓の国境は、はっきりと線が引かれておるわけでなない。三韓と申してはおるが実態は、さらに小さな国々が、各々三韓のいずれかに属しておる、と申すに過ぎず。されば、三韓のどこにも属さぬ地を通り帯方郡へ参ることも叶う」
「されど、いかにしてそのような地のみを選びて進むのか?」
「さればここに絵図がある。この絵図は、それぞれの国と国の距離と方向を記したもの。例えば、そなたらのおるこの地は狗邪国と申し、ただ今は止む無く弁韓に属しておる。そして狗邪国より北へ二十里ほど進むと甘路国があり申す」
「二十里?」
「さよう、そなたらは距離をどのようにあらわしておるか?」
「されば、一歩、二歩、と……」
「うむ。じゃが、遠い距離になると歩数で表すのは大変であろう。されば儂らは、三百歩を一里と呼んでおる」
「ふむ……なにゆえ三百歩を一里と?」
「されば、そなたらは時間をどのようにあらわしておるか?」
「時間……」
「されば、陽の出てから次に陽の出るまでを十二に分け、その一を時と呼び申す。時はそれぞれ十二支、つまり子から亥まで十二の干支の名で呼び申す……ところで、そなたは歳星をご存じであろうか?」
「うむ?」
「歳星は十二年かけて一周するゆえ、それぞれの年に干支を当て、子の歳などと呼び申す。すなわち、歳星の巡るを十二で分けたものを歳と呼び、陽の巡るを十二で分けたものを時と呼び申す」
「ほぅ……」
「さて里の話じゃが、されば二十里を歩むのにかかる時間がおよそ一時である」
「なるほど、里と時の関係がよぅ分かり申した」
「さればこの絵図には、国と国の距離を里であらわしておる。また、この絵図を見れば、国のない地があることも分かり申そう」
「……」
「例えばここじゃ。この甘路国も弁韓に属し二十里離れておるが、狗邪国と甘路国の間には、どの国にも属さぬ地が広がっておる」
「されば、このように国の無い地を進めば帯方郡に参ることも叶う、と」
「さよう。無論、国が無いのはゆえがある。すなわち民が住むに難いということ。それすなわち、往くにも難い」
「されば、フツ殿……この絵図をよぅ頭に入れ、叶う限り韓人に会わぬようにして帯方郡の張政殿の元へ参られよ」
「分かり申した」
「さて、その帯方郡であるが……」
「何か?」
「ただ今魏国は馬韓と争うておるが、辰韓とは争うてはおらぬ。されど我らは、馬韓とは争わず、辰韓と争う……」
「すなわち、魏国は倭人と辰韓が争うても援軍を出さぬやも知れぬ……と?」
「いや、そこまでは分かり申さぬが……」
「フツ殿、その辺りもよぅ分かった上で、張政殿にお会いするよう」
「はっ、仰せの通りに」




