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ヤマトのヒメミコ  作者: 勅使河原 俊盛
第四章侵攻
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第二節 発病

「シタハル……女王がお倒れになった、と……?」

「父上……女王はカナヤ殿をお呼びになり、黒金の産についてお尋ねであったとか……」

「そうか……して、女王は今……?」

「女どもの話によれば、今は少しよろしいようですが、近頃はむせ返すことも多く、お体も少しばかり熱ることが多いとか……」

「そうか、今は……」

「父上、ヒタ様のおられぬ今、某はどうしてよいものやら……兄上もタケ殿もお出になられており……父上もトヨ様のお側におられねばなりませぬのに」

「うむ、今はともかく女王のお体が先じゃ。薬師は何と?」

「前より薬は差し上げておるが、あまり良うなってはおられぬと……なにゆえ薬師は某にもっと早く知らせなんだか、と……」

「うむ……じゃが今それを申しても仕方あるまい」

「父上、いかが致し申そうか」

「まずはヒタ様にお戻り頂かねばならぬであろう。ヒタ様はどちらに?」

「詳しぅは分かりませぬが、トモ国の方に参られるとか……」

「さらば、急ぎ遣いの者をヒタ様の元へ。タケ殿も出ていると申しておったが、タケ殿はいずれに?」

「イト殿、ミヤ殿と兵を合わせて鍛えており申す」

「ふむ、されば、タケ殿にはこのこと伏せておこう……他の王に知れるのは今はよろしく無いであろうゆえ……」

「されど、タケ殿に知らせず某と父上でヒタ様に……タケ殿はあまりよろしく思われないでありましょうが……」

「うむ、そのことについては機を見て儂からタケ殿に詫びよう。されど、今女王が倒れたと知らば、マツラ殿はいかが考えるであろうか。ましてやクナ殿は……」

「……」

「そう、今はこのこと、他に話すでないぞ」

「分かり申した。さらば、急ぎヒタ様に遣いを」


******************************


「ヒタ殿……そなたはヤマトを離れておったはずなのに……」

「女王……お体は……?」

「うむ、今は少しよい……そなたの顔を見ることが叶うたゆえ……」

「……」

「ヒタ殿……そなたを呼び戻してしまい……すまぬのぅ……」

「女王……」

「オモカネ殿、あまり薬師を攻めるでない。薬師には黙っておくよう、妾が頼んだのじゃ。妾の体がすぐれぬと知らば、そなたらはきっとヒタ殿に知らせるであろう」

「……」

「さらばヒタ殿は、今ヒタ殿がなさねばならぬことを差し置いて、妾の元に戻ってきてくれるであろう……妾は……ヒタ殿のお顔を見られるのは嬉しいが、ヒタ殿の障りになるのは望まぬ……ゆえに……ごほっ……ぐふっ……」

「女王!」

「うむ、ヒタ殿……すまぬ……んっ……ごっ……はぁ、はぁっ……」

「少しお休みになられた方が……」

「うむ……オモカネ殿、トヨはどのような娘に育ったであろうか」

「それはもう、女王に似てお美しく、お優しい姫にあらせられます」

「さようか……それはよかった……」

「オモカネ殿……そなたに、頼みがあるのじゃが……」

「はっ!」

「トヨを……妾の娘を……ここに連れてきてはくれぬであろうか……」

「トヨ様を……」

「あれから十年、妾に代わりトヨを育ててくれたこと、心から礼を申す」

「もったいなきお言葉。臣は女王とトヨ様のためにこの身を捧げておりますれば」

「妾は……もう長くはあるまい……」

「女王、そう気弱になられますな」

「ヒタ殿……妾の体のことゆえ、妾にはよぅ分かっておる。そなたには申し訳ないが、妾は道半ばにして病に斃れることになるであろう」

「女王……」

「オモカネ殿、妾は……ヤマトを一つにするため……トヨを手放さねばならなかった……」

「……」

「されど、妾はこの十年、一日たりともトヨのことを忘れたことはない……トヨには済まぬことをした……常に心の中で詫びておったのじゃ……」

「うっ……」

「オモカネ殿、妾はひとめトヨに会うてみたいのじゃ。妾が母じゃと告げるわけにはいかぬであろう。トヨからすれば、なにゆえここに呼ばれるのか、訝ることでもあろう。されど……」

「……」

「されど、ひとめトヨに会い、抱きしめてやりたいのじゃ……トヨに、妾の娘の証として、何かを遺してやりたいのじゃ……ヒタ殿、妾の願い……容れてはもらえぬであろうか?」

「オモカネ……人目にはつかぬようにしてトヨ様をお連れすること叶うか?」

「ヒタ様、陽が落ちてからでよろしければ……」

「女王、恐れながら、トヨ様に明かされるはトヨ様のためにもなりますまい。されど……」

「分かっておる。妾は、妾の師であり知であるオモカネ殿の姫に会うのみ。会うてそれを記す証を遺す。それのみじゃ……決して……妾が母であるとは……」

「女王、それでは頃合を見てトヨ様をお連れ申しましょう」

「オモカネ殿、礼を申す」


「お前様……妾のせいで……トヨはお前様の姫でもあるというに……」

「そなたの悩むことではない。トヨにはトヨの幸せがあろう。そなたが案ずることではあるまい」

「されど、妾の……」

「もうよい……少し休まれよ。そなたが休むまで、儂はここにおるゆえ、安んじて……」

「うん……お前様……」


******************************


「タケ殿、よう戻った。イト殿、ミヤ殿との兵の合わせはいかがであった?」

「畏れながら、イト殿、ミヤ殿、ともによう兵を鍛えており申した。兵は矢を射るによう揃うており、指揮に従いよう集散しており申した」

「さようか……よぅ漢国の兵法を究めておる……これからも兵のこと、よろしく頼む」

「女王の仰せのままに」

「さればヒタ殿、タケ殿、そなたらに問う。妾の兵をただ今韓国に送るは叶うであろうか」

「畏れながら女王、先にも申した通り、未だ時満たず。さらば、兵を集めてこれを鍛え、武器、馬、米を揃え、船に乗せねばなり申さず。それには今しばらく時がかかり申す。今ある兵のみ送らば、多くの敵に囲まれ、我が兵はその多くが韓国の地に斃れましょう」

「女王、畏れながら臣もヒタ様と同じ考えにあり申す。兵法に、算多きは勝ち、算少なきは勝たず、と申します。すなわち、戦の前に善く整えた者が勝ち申す。されど、我らはいまだ整わず。また兵法に、勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求める、と申します。すなわち、勝つと分かり申してから戦をはじめた者が勝ち申す。されど、我らはいまだ勝たず」

「うむ、そなたらの申すはもっとも。されど……されど……妾には時が無いのじゃ……」

「女王……」

「時あらば、妾も時を待つであろう。されど妾には、待つ時がもう無いのじゃ。時満つるその前に、妾の命が尽きるであろう……ヒタ殿……妾は……父上の想いを遂げたいのじゃ……」

「……」

「ヒタ殿、妾にも分かっておる。されど……」

「女王……ただ今兵を興しても、勝つこと叶わず……斃れると分かって兵を送るは……」

「うん……」

「されど、兵を送りて尚、争わぬ道もありましょう。タケ、そなたならいかが致す」

「されば、兵法に、彼を知り己を知れば、百戦しても危うからず、とも申します。すなわち、敵と己の数や兵種、配置、その強み弱みをよく知らば勝つと申す。されど、我らはいまだ彼を知らず。また兵法に、天を知り地を知れば、勝すなわち窮まらず、と申します。すなわち、天の時と地の利を得て戦わば必ず勝つと申す。されど、我らはいまだ韓国の地を知らず」

「うむ……」

「さらば、まずは彼を知り、彼の地を知るために兵を出す。これを偵察と申します。更には、彼の地にある倭人と交われば、後のまことの戦の際、これらの勢も見方となりましょう。これを調略と申します。ヒタ殿、いかがでありましょうか」

「うむ……女王、タケの申す通りにございます。戦に勝つのであらば十万の兵を揃えねばなり申さず。されど、敵を知るためであらば、逆に数は少ない方がよい。女王、この兵は後の戦で勝つための兵にて、ただ今すぐに父王の想いを遂げること能わず。それでもよろしいと仰せであられるか」

「ヒタ殿、タケ殿、礼を申す。妾の命が尽きない前に、後にヤマトがきっと勝つを見定めること能わば、妾にはそれで……」

「タケ、いかほどの兵があれば叶うであろうか?」

「されば、兵五百ほどお借りします。叶わば全て馬兵が望ましう存じますが、ヤマトにはそれほどの馬はありませぬ。されば、馬兵五十に弓兵二百、矛兵二百。残る五十には荷を運ばせることと相致します」

「うむ……されど、五百とは言え陸に上がれば敵にも知れよう。いかにこれを隠すか?」

「さよう、まずは兵を隠す隠密偵察を基本戦術と致します。されど隠しきること能わざる状況においては、抗うこと能わざるほどの数の敵に見え(まみえ)申しましょうゆえ、その時は威力偵察に戦術を切り替えることと相なりましょう」

「威力偵察……」

「敵と争うを通して敵を知る。敵の武器や戦術は、これと当たることにより初めて見えてくることもありましょう。されば、多くの兵は斃れましょうが、馬兵の機動力を活かさば馬兵は情報を持ち帰ること叶いましょう。この際は、情報を持ち帰ることが基本戦略にあらば……」

「うむ……兵には申し訳ないが、時によりてはその通りに……して、誰がこれを率いる?」

「されば、臣が直に参り申す」

「女王。お聞きの通り、タケに五百の兵を率いて彼の地を偵察させ申す。叶わば隠密偵察とし、もし敵に遭遇せば威力偵察に戦術を切り替えます。また、彼の地にある倭人を調略する。ただし、これは、後のための兵にて、ただ今勝ちを求める兵にあらず」

「ヒタ殿、タケ殿、礼を申す。そなたらに全て任せるであろう」

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