第八節 条約
「するとウワハル殿……儂とヒメミコ殿の間で、互いに争わぬ誓いを結ぶべきである、そなたはそう申すのじゃな」
「さようにございます。先にも申した通り、クナとヤマトが争うても、互いに利はあり申しませぬ」
「とは言え、儂から先に攻め入りヤマトの地にてヒメミコ殿に勝たば、クナの地を荒らされることなくヤマトを手に入れることも叶う。これは儂にとって利ではあるまいか」
「仰せの通り、もしクナの地で争いが行われなければ……されど、魏国はヤマトと同盟を結んでおり申す。魏国の利は韓国を押さえるにあり、我がヤマトにそれを望んでおられる。さればそのヤマトがクナ殿に敗れるとならぬ前に、魏国はきっと援軍を出しましょう。その数、少なく見積もってもおよそ十万。クナ国とて、全く荒らされぬというわけにも参りませず……」
「はっはっはっ、そなたは魏国の威を借り儂を脅すか? 儂はその手の申しようを好まぬ」
「恐れながらそのつもりではありませぬ。されど、クナ殿にもお分かりのはず……今は互いに争うよりも、互いに国を富ませることの方が望ましいと。まこと、我らとしてはクナ殿がヤマトに加わってくださることを望んでおり申すが、クナ殿にはクナ殿のお考えがありましょう。されば、せめて互いに争わぬとの約だけでも……」
「うむ、そなたの申すことはよぅ分かっておる……されど、約に何の値があろうか? 今ここで約したところで、儂がいつその約を破るとも分かるまいぞ。そなたは儂を信じるがゆえに、そなたの利を失うことになるやもしれぬ。それでも約を結ぶのか?」
「さよう……されば女王のお考えをお伝え致します。すなわち国境に柵を築き関を設け、互いに入るを見張る。クナ国からヤマトには、予めヤマト女王が与える徴を持つ者だけが入ること叶う。逆に、クナに入る者はクナ殿が与える徴を持たねばならぬ。かような関を設けよう、と」
「徴持つ者のみ通ることができる関を……」
「徴を持たぬ者が通るを見張り取り締まる。この取締りをクナ国とヤマトが力を合わせて行う。また、どちらかが隙を突いて攻めるにも、柵があれば兵も通り難い。それぞれが柵の内側に守りの兵を置かば、互いに戦を行うは難くなりましょう。ヤマト女王はこのようにお考えであります」
「ふむ、互いに守りを固めつつ、商の道だけは残しておく、と……恐らくは……ヒタ殿の考えそうなことじゃのぅ……かつて儂は先のヒタ王と争いこれを斃した。ヒタ殿は儂のことを恨んでおるのではあるまいか?」
「いぇ……ヒタ様はクナ殿のことを恨んではおられませぬ。恨みが続くは争いが元。恨みを捨て、倭人のために国をまとめるのが先のヤマト王の想い。その想いはヒタ様に繋がれ、今、ヤマト女王に受け継がれ申した。されば、ヒタ様はクナ殿を恨んではおられず」
「そうか……恨みが続くは争いが元……そなたはよい主を持ったようじゃのぅ」
「恐れ入ります。ヒタ様に代わり、お礼を申し上げます」
「うむ。その約、いつまで続くかは分からぬ。いずれ儂はヒメミコ殿と争わねばならぬであろう。されど、今はそなたの言に従い、国を富ませることとしよう。されば、此度は儂からヒメミコ殿に遣いを送るゆえ、ウワハル殿は儂の遣いとともにヒメミコの元に参ってくれ」
「はっ、女王もお喜び申されることにありましょう」
「……ということじゃ、サガ殿……」
「クナ殿……まことヤマトとは争われぬおつもりか?」
「サガ殿、そう急くな。今はその時ではない、というだけのことよ。そなたは儂を頼り、ここまで落ちてきた。儂は儂を頼る者を見捨てたりはすまいよ」
「クナ殿……」
「されど、あのウワハルの申すことも理。ただ今クナ国とヤマト国が争うは、魏国と呉国が利を得るのみ。まずは時を待つこととしようぞ。いずれきっと……」
「いずれきっとサガの地を……」
「その時には、儂はきっとそなたに力を貸すであろう」
「クナ殿……礼を申す……」
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「ついにクナ国との約が成り立ち申した」
「うむ、ヒタ殿、礼を申す。ウワハル殿もよぅやってくれた」
「ありがたきお言葉……」
「されど、この約もいつまでも続くというものでもないのであろう」
「仰せの通り。いずれクナ殿は何か仕掛けてくることでありましょう。されどそれまでには未だしばしの時を要しましょう。さればその前に、まずはヤマトを大きうし、力を蓄えることとするがよろしいか、と」
「ヤマトが大きうなれば、それだけクナ殿も攻め難くなるであろう?」
「さよう。まずは、まだヤマトに加わらぬ王に、ふたたび声を掛けることとしましょう。そうして廻りを囲んで参れば、いかなマツラ殿とてヤマトを容れざるを得なくなろう」
「マツラ殿とて、他の国がみなヤマトになれば、商う相手を失うゆえ、困るであろう」
「さよう、さすれば韓人と言えども商にならず、自ずと黒金の値も下がりましょう」
「されば、倭人の富が韓国に流れるのを止めることになるであろう……まこと、父上はそれをお望みであられた……」
「仰せの通りにございます」
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「ヤマト女王、初めてお目にかかり申す」
「マツラ殿、わざわざ自らのお越し、礼を申します」
「ヒタ殿も久しい」
「マツラ殿にもお変わりなく」
「女王……我がマツラ国とヤマトの間には、かつては大いに難があり申した。それゆえ、マツラとヤマトは幾たびか争い……その、父上にはお気の毒なことであった」
「うむ、妾も父上が生きておいでであらば、と考えることしばし……」
「……」
「されど、先のヤマト王が遺してくれた想いを受け継ぎ、妾はヤマトを再び興した」
「女王の想いの強さには、儂もお褒めする言葉を見つけられませぬ」
「うむ、想いが伝わらば人は繋がること叶う。妾にもようやっとそのことが分かってきた」
「さればその想い、儂も共に分かち合わせて頂きたい」
「それは良きこと。妾の想い、ようやっとそなたに伝わり申した。こんなに嬉しいことは他にないであろう」
「もったいなきお言葉。痛み入り申す」
「女王、マツラ殿がヤマトに加わると申されるのであらば、マツラ殿にもヤマトの宝を」
「うむ、そうじゃな……マツラ殿、マツラがヤマトに加わる証として、マツラ殿にはこの鏡を授けるであろう」
「はっ」
「この鏡は魏国より賜りし赤金の鏡。倭国では妾のみがこれを授けること叶う。されば、この鏡を持つは、ヤマトを、倭国を憂う想いを共に分かちし証。これより後、共に倭人のため、倭国のために立ちましょうぞ」
「必ずや、女王とともに」
「さてマツラ殿、いまやマツラ殿もヤマトの友。さらば、商の利についてもともに分かつべし。マツラ殿にもお聞き及びの通り、我がヒタでは韓人と商わずとも黒金を産することが叶う。されば、マツラ国の赤金と我が黒金を商おうぞ」
「赤金と……?それは構わぬが……ヒタ殿に利はあるのであろうか」
「さよう、マツラ殿が韓人の他にも黒金を商うこと叶わば、韓人の黒金も値が安うなろう」
「うむ」
「さらば、その利は倭国の利。廻りまわって我が利ともなり申そう」
「なるほど……」
「妾はいずれ韓国とも争うつもりである。されば、それまでに倭国は富を蓄え、兵を養い、矢剣を作らねばならぬ。マツラ殿にもそのおつもりで、倭国のために、倭人のために黒金を扱ってくだされ」
「ヒタ殿……儂は己の利ばかりを考えておったようじゃのぅ……お主のように、己の利を捨て倭国に尽くすとは……まこと女王の徳の高さ、儂はもっと早う女王と、いや父王とお会いするべきであったろう……」
「そなたに分かってもらえて妾も嬉しく思う。礼を申す」
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「ヒタ殿……」
「はっ」
「あれからもう十年になるかのぅ。妾が女王の道を選んでより……」
「長いようで短いような……」
「父上が望まれたヤマト……妾は父上の想いを正しく受け継いでおるであろうか。徳のためと申して、その実、欲のために歩んではいないであろうか」
「恐れながら、臣から見ても女王はまこと正しく父王様の道を歩んでおられ申す」
「そうであらばよいが……」
「女王の成されたことは、既に先のヤマト王を遥かに越えており申す。さらば、あまり父王とお較べになりませぬな。女王は女王の道を歩まれればよろしいかと。臣は常に女王のお側にあり、女王をお佐けし申すゆえ」
「されど、失うたものも多い……」
「女王……」
「ヒタ殿のお蔭で、ウサ殿やツマ殿まで……今やクナ殿を除く多くの王がヤマトに加わってくだされた。よく兵を鍛え、よく黒金をつくり、よく馬を殖やし……父上がご覧になったら、何と仰せであろうか……みな……ヒタ殿のお蔭じゃ」
「……」
「まこと、そなたは誓いを守ってくれておる。妾がいかなる道を選ぼうと、きっと側におり、妾を佐けてくれる、と」
「これからもきっと……」
「うん、頼りにしておる……お前様……」




