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ヤマトのヒメミコ  作者: 勅使河原 俊盛
第三章奪還
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第七節 倭王

「女王、ギ国に遣いに行っておったナシメが戻って参りました」

「そうか、ナシメ殿が……妾も直に会うて話を聞いてみたい」

「さればナシメをここに呼んで参りましょう……」


「ヤマト女王、ナシメにございます」

「ナシメ殿、よぅ戻られた。そなたがギ国に向うたのは、いかほど前であったろうか」

「五年ほど前になり申す。魏国には海を越えて行かねばなりませぬゆえ、良き風を待たねばならず。しからばいつでも渡るというわけにも参らず、こうして時がかかり申した」

「うむ、よぅ戻ってくれた。して、チョウセイ殿にはお会いできたのか?」

「はっ、張政殿には帯方郡にある魏国の都邑にてお会い致しました」

「帯方郡……?」

「ヒタ様、魏国は既に韓国(からくに)の一部を支配下に治め、その地を楽浪郡、帯方郡と呼んでおります。張政殿は帯方郡の都邑にあり、韓国との外交を行っております」

「うむ……その張政殿は韓国と我らがヤマト、そなたはどちらに力添えされるおつもりと見立てるか?」

「恐らくはヤマトに……魏国は韓国の全てを支配下に治めようと企図しております。さらば、半島の南にある倭人の故地を倭国に攻めさせ、韓国に二正面作戦を強いさせるが上策。韓国の兵が二分されれば、魏国としては韓国を陥とし易くなりましょう」

「なるほど……されば、張政殿と謀り、兵を合わせることは叶うであろうか?」

「魏国が他国と同盟を結ぶには、魏国の皇帝の許可が必要となります。張政殿にはその権限がありませぬゆえ……さらば某は、張政殿の紹介にて魏国の皇帝に謁を賜って参りました」

「魏国の皇帝に……」

「魏国の皇帝に謁し女王の意あるところをお伝え申したところ、皇帝には大そうお喜びになられました」

「さようか……」

「されば、皇帝は女王にこの詔書と目録にある品々を下賜され給いました」

「これは……何と読むのであろうか?妾には読めぬ……」

「畏れながら……まずは、黄金こがねでできた印を賜りました。印に徴されるは親魏倭王の称号、すなわち魏国が認めた倭国の王、の意であります」

「魏国が認めた倭国の王……」

「さよう、さらばヤマト女王が倭人全ての王として魏国皇帝に認められたことになります」

「おお~」

「以降、ヤマトが発する文書にこの印を用いて徴とせば、その文書は魏国においても有効となりましょう。つまり、この印の用いられた文書があれば、魏国から援兵を出してもらうことも叶います」

「うむ、印についてはよぅ分かった。して、他には何と……?」

「赤金の鏡、黄金、絹布、等を賜ります。鏡と黄金はヤマト女王に従う倭国の王らに下し、魏とヤマトの威を示せ、との仰せでありました」

「さようか、魏国の皇帝にはどれほど礼を申しても足りぬ……されば、皇帝の仰せの通り、鏡や黄金はワナ殿やフミ殿にお配りするであろう。またこれより後ヤマトに加わる王にも遣わすことであろう……されど……まずはヒタ王に、妾の鏡を受け取ってもらいたい」

「女王より賜るものであらば、それが何物であろうと臣の喜び。されど、魏国の皇帝より賜りし鏡とあらばひとしお」

「ヒタ殿に喜んで頂けるのであらば、妾も嬉しいであろう」

「また合わせて、魏国とヤマトは同盟の約を結びました」

「同盟……戦の際に手を結ぶということじゃの?」

「さよう、ヤマトが韓国と戦を興す際には、魏国も援軍を出してくれることにましょう」

「うむ、倭国内で争うにも、魏国の威を用いることができようのぅ」

「さてその魏国であります。魏国はただ今呉国や蜀国と争うておりますが、その争いに動員される兵の数は十万を越えると聞きます」

「何とっ、十万の兵……まことか?」

「さよう……戦は基本的に兵の数と武器で決します。漢国(あやこく)では古より戦を繰り返さば、互いに敵より多くの兵を集めるは必定。自ずと倭国よりも多くの兵が互いに戦場で争うようになります……」

「そうは申しても、十万とは……ヤマトではそのような兵は集められぬわ」

「さよう、漢国は倭国に較べると広うございますゆえ、元より人の数も多いと聞きます」

「なるほど……」

「されば、漢国では倭国とは兵の数も異なりますゆえ、兵の率い方も異なります」

「ふむ……」

「例えば、兵が十万もおれば、一度に全軍が同一行動すること叶わず、自ずと複数の軍に分かれて広大な戦場でそれぞれに運動することになります。されば、いざ決戦の際に遊兵が出る恐れがあります」

「遊兵……つまり、戦に加わることの叶わぬ兵のことじゃな?」

「さよう、理由はそれぞれありましょう。例えば、決戦の時と地より遠く離れすぎたために間に合わない、あるいは、決戦の地にあっても地形がこれを邪魔する……」

「そのためには敵と己、全ての兵の動きをよぅ見定め、互いに掴んでおくべきであろう」

「仰せの通り。されば、敵状を偵察し、我が兵の情報連携を密にし、敵に遊兵ができる時と地を決戦の地に選びてこれを敵に強い、我はその全ての兵を集める」

「加えて、我が地の利を取り、敵の隙をつくことが叶わば、勝ち易かろう……」

「さすがはヒタ様。これらを称して戦術と申し、この戦術をまとめたものを兵法と呼んでおります」

「されど、その戦術とやらは、いざ戦が始まってからのものであろう? 戦に勝つには、戦が始まらない前に整えるべきもの、例えば兵の数や武器、更には廻りの国との約などにも心を配るべきであろうが、いかに?」

「ヒタ様の仰せの通り。それらを戦略と申し、政略と申します。国にはまつりごとの元なる目標があり、その目標を達成するために政略と戦略を練り、いざ戦とならば戦術を用いてこれを成さん。されば、いかにしてその政略を練り戦略を構築するか、それこそが兵法の真髄にあります」

「ふむ、よう分かった。して、そなたはその兵法も学んできたのであろう」

「無論、学びはしましたが、そはあくまで机上でのこと。また、臣はそもそも兵には疎くございます。さればここに兵法の書を持ち帰りましたゆえ、タケ殿にこれを究めて頂くがよろしいかと存じますが……」

「うむ、そなたの申す通りであろう。女王……?」

「うむ、妾もそう思う。兵法の書はタケに託すがよいであろう。ナシメも、よくタケがこれを究めるよう導いてくれ」

「仰せのままに」

「魏国の兵で、他に何かヤマトが取り入れるべきものはあろうか?」

「さらば、魏国では車を用います。車とは台の左右に輪を取り付けたものを申し、人や物を運ぶに少しの力で容易にこれが叶います。されど、魏国は平地が多く車を用いるに適しますが、倭国は山谷が多く、また、平地の多くは田であるゆえ、車を用いるに適さず。ゆえに倭国の戦に車を整えるまでの必要はありませぬが、いずれ韓国での戦にはさにあらず」

「うむ、戦を行うにも、地の利があると申すのじゃな。さればタケには、魏国の兵法を元に、倭国のありように適した兵法を究めさせることにしよう」


******************************


「イト殿、ヤマトより遣いに参り申した」

「おぅっ、ウワハル殿、久しいのぅ」

「はっ、イト殿にもお健やかで」

「ウワハル殿が遣いしてくれるゆえ、我らもヤマトと商ができるというもの。そなたには礼を申さねばのぅ」

「恐れ入ります。ヤマトとしても、イト国と商が叶うことはヤマトの利にあり申す……」

「そうであろう……」

「されば、この頃はマツラ殿との商はいかがでありましょうや」

「さよう、実を申せば、近頃はマツラ殿も商が渋うてのぅ……これまで黒金はカラ人より手にいれる他なかったゆえ、マツラ殿に従わざるを得なんだ。されど、ヤマトからも黒金を商できるとならば……」

「恐れながら、互いに利あらば、これからも商を続けるがよろしかろう、と」

「さよう、そなたの申す通りじゃのぅ……」

「ところで此度は何用で参ったのじゃ? 商のためだけではあるまい?」

「さすがはイト殿、恐れ入ります」

「うむ」

「されば此度、ヤマト女王は魏国の皇帝より、親魏倭王の称号を賜り、印を下され申した」

「何っ!親魏倭王の称号とな……?」

「さよう、魏国の皇帝はヤマト女王をして倭国の王とお認めになりました」

「ほう、してウワハル殿は何かその証をお持ちになられた、と……」

「さればここに……ヤマト女王からイト殿に宛てた文書にございます。この文書には皇帝より下された印を押してその徴としております」

「ふむ、これがその印と申すものであるか……して、この文書には何と?」


「親愛なるイト国王殿

倭人が互いに争うただ今のありようは、倭人の幸にあらず。己の利のため争うを欲と申す。さらばヤマトを興し、倭人のための国を作るを和と申す。倭人の和のためイト国王の力をお借り申したい。ともに倭人のため立つべし。イト国王のよきお応えを待ち望む。

親魏倭王 印」


「これは……ウワハル殿っ! ヒメミコ殿はギ国の威を借りて儂を脅すおつもりか!!」

「恐れながらさにあらず、イト殿。ヤマト女王はそのようなことをお考えではあり申さぬ」

「されど、何じゃっ! この文書とやらは。申しようは懇ろじゃが、その実、脅しではあるまいか! 力を借りたいとは、ありていに申さば、ヒメミコ殿の臣になれとの意であろうっ!」

「イト殿……女王がイト殿のお力をお借りしたいと仰せなのは、そのままの意にあり申す」

「されどこの印、いざとなればギ国が攻め寄せ申す、かようなおつもりであろう?」

「いぇ……まこと女王がお考えなのは……韓国と争うことにあります」

「カラ国と……?」

「さよう、イト殿もお気づきの通り、韓国には元、倭人の住むところがあり申した。されど韓人(からひと)はこれを攻め、倭人の地を奪い、倭人を追い出した。その韓人はいま、此度はこの倭国にまで参り越しております。始めは商を……後には戦を……その戦に備えるため、女王は魏国と同盟を結びました」

「同盟……?」

「さればヤマトが韓人と戦を興す時、魏国はこれを後から攻める。ヤマトと魏国で韓人を挟み撃ちにせば、きっと我ら倭人が戦に勝ちましょう。それゆえの親魏倭王にございます」

「まこと、そなたを信じてもよろしいか?」

「イト殿、全ては倭人のため」

「うむ……されど……」

「さればイト殿。一度イト殿の遣いをヤマトにお送りになってはいかがか、と。イト殿の信のおける者に女王に会うて頂き、また、ヤマトを見て頂く。その者の目を通し、耳を通して女王を見聞きして頂けば、きっとイト殿にもまことのことがお分かり頂けることでありましょう」

「うむ、そなたの申す通りであろう。さらば、そなたの戻る時に儂の遣いを共に送ることとしよう」


******************************


「ヒタ様、イト殿の遣いのものは、さきほどお立ちになり申した」

「うむ……して、そなたの見立てはどうじゃ?」

「恐らくは、じきにイト殿もヤマトに加わることになりますかと」

「うむ、ウワハルよ、よぅやってくれた。そなたはまこと他国との交わりを遣いするに長けておるのぅ」

「恐れながら……ヒタ様や父上と違うて難しいことはよぅ分かりませぬゆえ、まことのことをまことのまま伝えるのみ。あるいは、それが却ってよろしいのか、と」

「うむ、つまるところ、謀より誠、ということじゃな」

「恐れ入り申す」

「さて、とは言えイト殿はかねてよりヤマトと商を続けておった。いわば利で釣ったようなものゆえ、いずれはヤマトに加わっておったであろう」

「イト殿は……と。すると、ヒタ様のまことの狙いは……?」

「さらば、クナ殿よ」

「クナ殿……されどクナ殿がヤマトに加わるは……」

「さよう、恐らく否であろう。クナ殿は南の大国。いずれはヤマトとは争わねばならぬ、とお考えであろう……」

「されど……」

「さよう、後背にクナ国を抱えておる限り、我らは韓国に攻め入ることはできまいぞ」

「韓国に兵を送り込んだ隙に後からクナ殿が攻めてくる……」

「さらばヤマトは保つまい……たださえ一兵でも多く韓国に送らねばならぬであろうに」

「されど、クナ国はヤマトに加わり申さず。ゆえに我らは韓国に攻め入るは叶わず……」

「うむ。ところでそなたは、なにゆえクナ国がかように大きうなったと考える?」

「クナ国は地が広く米が多くとれるゆえ人が多く住むと聞きます」

「さよう、そこはそなたの申す通りじゃ。されど倭国では黒金は産せぬ。それはクナ国とて同じこと。さらば、なにゆえクナ国は戦にも強いのじゃ」

「されば、韓国と商をして……」

「うむ、もちろん韓国からも手に入れておる。じゃが、元よりクナ国が韓の黒金を手に入れるは、サガ国を通しての商であった。ところがサガ殿亡きただ今は、クナ国は韓の黒金を商うことはできぬ。さて、クナ殿はいかにして黒金を手に入れる?」

「それは……」

「うむ。漢国はただ今三つの国に分かれておる。これは先にも申したな?」

「はっ」

「我らはそのひとつ、北の魏国と手を結んだ」

「仰せの通りにございます」

「されば、クナ国は南の呉国と結んでおる」

「呉国と……それは……クナ王もヤマト女王のように呉国の皇帝から印を賜ったので?」

「いや、儂の見立てでは、そこまでではない。されど、呉国と交わり、これと商を行うておるのはまことじゃ。北の魏国や韓国との商はマツラ殿が握っておるが、マツラ殿とクナ殿が商うには、間におるヤマト女王のお蔭でこれを好きに行うこと叶わぬ、ということよ」

「なるほど」

「されば、クナ国は南の呉国と結ぶしかあるまい」

「……」

「されば……じゃ。クナとヤマトが戦を興すと、そなたはどうなると考える?」

「ヤマトは恐らく魏国に援軍をお頼み申しましょう」

「さよう、同じくクナ殿も呉国に援軍を頼むであろう。そなたもナシメの話を聞いたであろう?魏国も呉国も、十万という兵を集めて戦場に送ると申す」

「十万の魏兵と十万の呉兵……」

「合わせて二十万の兵が、この倭国で争うことになる。田も畑も、全て踏み荒らされることであろう……」

「そのようなことは……させてはなりませぬ」

「さよう……されば、クナ国とヤマトは争うわけにはいかぬのじゃ……例えクナ殿がそのおつもりであったとしても……」

「クナ国とヤマト、いずれが勝っても倭国のためにはなりませぬな」

「さよう。例えクナ殿が勝ってもクナ国が踏み荒らされればクナ殿にも利がなかろう。この利が分かればクナ殿もヤマトとの争いを控えるであろう」

「されば、私にクナ殿に遣いをせよ、と仰せで?」

「うむ、さすがはウワハル。もの分かりが良い」

「されど、どのような申し入れをなさいますのか」

「そう……まずはヤマトとクナは互いに相争わぬことを約す」

「互いに争わぬ……されど、口先だけでは互いに信あらず。いかにしてそれをまことにし、それに信をおくか……」

「うむ、それはクナ殿とも話し合うてみねばならぬが……いずれ、そなたはそなたのまことをクナ殿に示せばよい。そなたのまことがクナ殿に通じれば、クナ殿も容れるであろう」

「よぅ分かり申した。クナとヤマトが相争うは倭人に利なし。私は私のまことを貫いて参りましょう」

「うむ、よろしく頼む」

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