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ヤマトのヒメミコ  作者: 勅使河原 俊盛
第三章奪還
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第六節 豊受(トヨ)

「ヤマト女王、此度はフミ殿と共にヤマトにまかり越し申した。どうか女王よりフミ殿にお声をおかけくだされ」

「ワナ殿、礼を申す」

「さればフミ殿、ヤマトへよぅお越しくだされた」

「ヤマト女王、お初にお目にかかり申す。ワナ国の東にあり申すフミと申す。此度は女王にお目にかかり、甚だ胸が震えております」

「うむ。そなたにお会いできて、妾も嬉しい。ヒタ殿はフミ殿とお会いされておるとか」

「仰せの通り。フミ殿にはワナ殿のお引き合わせで、共にフミ国まで参りました」

「そうであったな……フミ殿はワナ殿とは前よりよぅ通じておるとか」

「さよう、互いに行き来もすれば、商も行います。フミ国は山海の恵みに富み、ワナ国はカラの品を扱い申す。さらば、互いに足りないものを商すれば、互いに富むというもの。隣の国とは争うものが多いと聞き申すが、我らは共に富む道を選びました」

「なるほど、さすがはフミ殿、ワナ殿。争わずに共に富む道を選ばれたとは、まことに良きことを教えて頂いた。さればフミ殿。妾の父、先のヤマト王も、そなたらと同じように考えておいでであった。すなわち、倭人が互いに争うのではなく、ともに倭人のため、倭国のために纏まろうと。妾はその想いを継いで此度ヤマトを再び興した……そこで……」

「フミ殿。妾は倭人のため、そなたの力をお借りしたい。頼まれてはくれぬであろうか」

「女王、臣はまさにそのためにまかり越し申した。ワナ殿と共に、ヤマトを守り支える力となることを、女王にお誓い申し上げましょう」

「フミ殿、重ねて礼を申す」

「ありがたき幸せ」

「ワナ殿、まこと妾をフミ殿にお引き合わせくださり、礼を申す。フミ殿と共に、よろしく頼み申す」

「はっ、臣ら共に、女王の剣となり盾となり申そう」

「うむ…………うぅっ……」

「女王!」

「いや、すまぬ……大したことではないが、少し気分がすぐれぬゆえ、妾はこれで下がらせてもらう。ヒタ殿、後は頼む」

「仰せのままに」


******************************


「女王……ご気分はいかがでしょうか」

「オモカネ殿、すまぬな、もうよい」

「それはようございました。されど大切な御身。いちど薬師にでもおみせあそばされますよう……」

「いや、まこと、騒ぐほどのことではあるまい」

「されど……」

「うむ、そなたの心配り、礼を申す。されどまこと、妾の身のことゆえ、妾がもっともよぅ分かっておる……薬師にみせるようなことでもないであろう」

「女王……もしや……」

「うむ……実は……妾は……ひとたびだけ……」

「みなまで仰せにならずとも……お察し申し上げます」

「オモカネ殿……礼を申す」

「されば、女王の身の回りは、臣の妻にお任せ頂けますでしょうか」

「うむ、任せるであろう。よろしく頼む」

「して、オモカネ殿……ヒタ殿には……」

「このことは臣の心の内に留めおきましょう。されど、いずれは……」

「うむ……そうじゃな……礼を申す」

「それでは女王、お体に障りますゆえ、しばしお休みくだされ」


******************************


「女王……イト国へ参っておったウワハルが戻って参りました」

「ほぅ、ウワハル殿が遣いであったか」

「ミヤとの話し合いなど、ウワハルには元の敵とも通じる力がありますようで」

「そうか、さらば通すがよい」

「ウワハル」

「ヤマト女王、ただ今イト国より戻って参り申した」

「うむ、礼を申す。して、イト殿は何と?」

「ただ今のところ、すぐにヤマトに加わるとは言えぬ、と……」

「そうであろうな」

「さりとて、ヤマトと戦を始めるのもイト国の利にあらず。まずは商を復すが互いにとって利。商を通じて互いに信を得るところから、と」

「ほぅ~、さすがはイト殿、まずは商と仰せであったか……ヒタ殿はいかにお考えか」

「商は時に争いを止め申す。商の利が大きくなれば、争いの利が小さくなるのが常。されば、まずは商を大きくするところから始めるのがよろしいか、と」

「商であるか……それで、ヒタ殿は何を商うおつもりか?」

「されば、黒金などはいかがでありましょうか」

「黒金とな? オモカネ殿がイヅモから黒金つくりを連れて参ったとは聞いてはおるが、まだまだ数が足りぬとも聞いておる。その黒金を……」

「さよう。イト殿がマツラ殿と結んでおるは、カラ人の黒金を手に入れるがため。されど、その黒金の商はただいま、マツラ殿が仕切り申す。ゆえにイト国は割高な黒金を商うておりましょう」

「なるほど……ヤマトが割安な黒金をイト国に商させれば……」

「イト殿がマツラ殿と結ぶゆえもなくなりましょう」

「逆に、ヤマトと結ぶゆえが大きうなるか……」

「ウワハル殿、イト殿は何を商たいと仰せであったろうか?」

「商については、それより詳しい話はしておりませぬゆえ……」

「さようか……他にイト殿は何か申しておったであろうか?」

「されば、互いに争いを始めないと約すのはいかがか、とも仰せでありました」

「互いに争いを始めない……」

「さよう、イト国とワナ国は国境くにざかいを接しており申す。イトからはワナに兵を進めることが叶い、逆にワナからはイトに攻め入ることが叶い申す。しかるに、互いにこれに備えるは、常に兵を配せねばならず、互いの利にはならず、と仰せであり申した」

「ヒタ殿……」

「イト殿の仰せの通り、まこと互いに争わずと約し、また、互いにそれを守らば、兵を用いずともすむゆえ、互いに利のあることでありましょう。されど、互いにそれをどこまで信じることが叶うか……」

「されば、その約は結ばぬがよいか?」

「いえ、約を結ぶのはよろしいか、と。ただし、ただ今のところは全てをお信じにならず、備えは整えておくことと致しましょう」

「さらば、約を結んだとは言え、利が薄いのでは……?」

「さよう、されど、いずれは和を結びヤマトに迎え入れるのであらば、今はまず約を結ぶところから始めるのもよろしいかと」

「うむ分かった。さらばその約を結ぶことと致そう」

「加えて、互いに遣いを送り合うことを申し出てはいかがでしょう。ウワハルはイト殿にお会いしたのであろう?」

「仰せの通りで」

「さらば、女王もイト国の遣いを目通りさせねばなりますまい。互いに遣いを行き来し、またこれを迎えるは、信を築く道になりましょう」

「うむ、それはよき考え。妾もイト殿の遣いを迎えるに否やはないであろう」

「仰せのままに」

「うむ。商や約の詳しい話はヒタ殿に任せる。さらばウワハル殿、すまぬが再びイト殿への遣いに赴いてもらえるであろうか?」

「女王の命とあらば喜んで」



******************************


「ヒタ様、女王からお呼びであります」

「オモカネ、近頃はお体がよろしくなく、お休みになられていると聞いておったが……」

「さればヒタ様、女王の元へ……」

「うむ、ただ今参ろう」


「ヒタ、ただ今参りました」

「おぎゃぁ~」

「ヒタ殿、お入りくだされ」

「女王、ご気分は……」

「うむ、もうすっかり良い。それよりも……」

「女王、そちらのややは……」

「おぎゃぁ~」

「うむ……そなたには隠しておったが……妾の……そして……そなたの……」

「さよう……」

「そなたには隠しておって、申し訳ないことを……」

「オモカネはこのことを……?」

「はっ……」

「妾の身の回りは、オモカネの妻に任せておったゆえ……」

「女王、ヒタ様、よきややにも恵まれ、ヤマトはこれよりいやさかなることでありましょう。まことめでたきこと」

「うむ……して、そのややは彦であろうか、それとも……?」

「姫じゃ、ヒタ殿……」

「女王に似て、お美しい姫君になられることでありましょう」

「妾はこの姫が豊かな幸に恵まれることを祈って、トヨと名づけようと思うのじゃが……いかがであろう……お前様?」

「女王のよろしきように……」

「何とつれない……それと……」

「……」

「妾はトヨを民として育てたいと思うておる」

「民として……」

「うむ……かつてヒタ殿は仰せであった……妾が女王の道を選べば、妻の道は選べぬ、と。ヤマトの女王は倭人みなの女王でなければならぬ。ただ一人の妻であってはならぬ……」

「う……む」

「さらば、妾に姫ができたと知れば、他の者はいかに思うであろう。それがヒタ殿の姫であると知らば、他の王はいかに考えるであろう。ヤマトはひとつと申すは仮であり、まことはヒタ殿の謀と考える者もおるであろう。それでは……ヤマトは立たぬ。妾には、女王の道と妻の……母の道の二つをひとときに選ぶことは叶わぬのじゃ……」

「ヒメミコ……」

「それに……」

「……」

「妾は父上を亡くした時、己の道を選ぶのに大そう辛い思いをした……幸い、妾にはヒタ殿もオモカネ殿もいてくれた。されど、ヤマトを立てる道は易からず。時には争うこともあろう。されば妾が斃れた後、トヨの側にヒタ殿やオモカネ殿がおるとは限らぬであろう」

「……」

「妾は父上と母上を知っておる。母上は妾の幼い時に亡くなったゆえ、妾は面影さえ覚えてはおらぬ。されど、母上は大そう美しく優しい方であったと、父上やヒタ殿からお聞きすることが叶うた。しかるに、トヨは違う。トヨは産まれた時より父を伏せられ、父の話を聞くことさえ叶わぬ。さらば、妾の姫として育てられるのも、却って哀れであろう……」

「されば端より民として暮らす方がトヨには幸せであるやもしれぬ。されど時が過ぎ、もし妾がトヨを迎えることが叶うた時には、改めて母と名乗ることも叶うであろう……」

「女王、女王がそこまでお考えであれば、臣には申し上げる何ごともあり申さぬ。女王の仰せのままに……」

「オモカネよ、儂は先に、まだ道半ばゆえ倅にそなたの座を渡すなと申しおったが……そなたにはすまぬが、野に下りて、トヨ様を養うてはくれまいか」

「オモカネ殿、妾からもお頼み申す。オモカネ殿であれば妾も安んじてお任せできるであろう。どうか、トヨを幸せに育ててくだされ」

「もったいなきお言葉。女王の信に応え、きっとトヨ様をお育て申し上げます」

「うむ、礼を申す……」

「ヒタ殿……いゃ、お前様……どうか、ひとたびだけ、トヨを抱いてやってくれぬであろか。名を呼んでやってくれぬであろか……トヨに、妾と……お前様のややを、愛してやってはくれぬであろか」

「トヨ……すまぬ……儂はそなたを……そなたの父と名乗ることはできぬ……されど、儂はいつでもそなたのことを想うておる。そなたには分からぬであろうが……トヨ……ヒメミコ……そなたらは儂の宝じゃ……」

「トヨ……お前様……」

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