第四節 追撃
「タケ様っ! ミヤ様よりの報せであります」
「うむ、通せっ」
「タケ様、サガ兵およそ五百、城を出てサガ国に向って逃げ出しました」
「そうかっ!」
「ミヤ兵三百はウワハル様の兵とともに、これを後から追っております」
「うむ、ミヤ殿はよぅやってくれておる。こちらの思惑通りじゃな。して、それはいつのことであろうか?」
「アサの城より早駆けにて駆けて参りますれば、まだそれほど時は経っておりませぬ」
「そうじゃな……シタハル殿っ!」
「はっ、タケ様、何か?」
「うむ、お聞きの通りじゃ。サガ殿は兵五百を連れて逃げ出したそうじゃ。サガ殿が国に帰るためには川を渡らねばならぬ。ここからであらば、川の手前に小さな丘があったであろう。そなたは馬兵二十にて先に駆け、丘のこちら側に兵を伏しておくのじゃ」
「はっ!」
「恐らくサガ殿の兵は慌てて逃げ出したゆえ、列も整わず、縦に長く伸びきっておることであろう。さすれば、そなたはその前の兵が行き過ぐるを待ち、敵の列の中ほどにかかる辺りで、横から一息に突き抜けよ! さらばサガ兵どもは慌て怯えて乱れることであろう」
「仰せのままに」
「そなたの兵が突き抜けた後、そこを後からウワハル殿、ミヤ殿の兵が襲い、左から我らの兵が襲う。そなたは敵の列を突き抜ければ向き直り、此度は敵の右から囲め。川を前にして三方から囲めば、敵は算を乱したまま川を渡るしかあるまい。さればこれを討つは易いであろう」
「よぅ分かりました。それではただ今より」
「うむ、頼むぞ」
「はっ!」
「さらば、我らも敵を追うぞ! 兵どもに向きを変えるよう、鐘を鳴らせ!」
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「サガ様、敵は後ろから追っては参りますが、あまり急ではありませぬ」
「うむ。恐らくヒタから駆け通しで兵も疲れているのであろう」
「されば、今しばしここに留まりて、兵をまとめてはいかがでしょうか。我が兵は長く伸びすぎており、このままではサガ様の守りも危のうございます」
「ならぬ! 敵が遅れてあらばこそ、こちらは急ぎ駆けるのじゃ。儂らは急なことゆえ、矢も矛も能く備えてはおらぬ。追いつかれては勝ち目がないわ」
「されど、ここまで兵が乱れると……」
「えぇぃっ! 黙れ!! ここで留まりては敵に追いつかれるではないか。儂はサガの王であるぞ。王の身が危うければ、それを逃し救うのがお主らの役ではないか。その儂にここに留まれとは、いかなるゆえか!」
「サガ様、されば、サガ様をお守りするためにも、兵をまとめて……」
「くどいわっ!それほど留まりたければ、お主が留まれ!儂は先に行くぞ!!」
「サガ様……」
「サガ様ぁっ!」
「何じゃ、此度は」
「我が兵の左側より、馬兵およそ二十、こちらに突っ込んで参ります」
「馬兵じゃと? それはカラ兵の援けではないのか?」
「いぇ、我が兵の左側、ヒタ国の方から駆けて参りますっ!」
「ヒタじゃと……ヒタには馬などおらぬはず。何かの間違いではあるまいか」
「……」
「そもそも、どこから湧いてきおったのじゃ!」
「それが……丘の向こう側に伏しておったようで……」
「物見は何をしておったのじゃ!!えぇ~ぃ、役立たずどもめ!」
「突っ込んできます!!」
「馬だぁ~馬が攻めてきたぁ~」
「逃げろぉ~逃げろぉ~」
「えぇ~い、何をやっておるか! もっと固まって……みなで馬を防ぐのじゃ!」
「サガ様、兵が乱れすぎました。もはや固まって馬を防ぐのは難かろうかと……」
「どういうことじゃ、ヒタに馬などおるはずが……おのれぇ~ヒタめが……」
「そもそもお主が悪いのじゃ。ミヤなどと申す者を好きにさせおって……三年前ヒタを堕としてしまえばよかったのじゃ!」
「サガ様、今はそのようなこと……」
「サガ様ぁ~、後からヒタ兵が急ぎ追って参りましたぁ~」
「何じゃとっ! うぅむ……遅れておったのは見せかけであったか……」
「こうまで囲まれてはもはや勝ち目はございませぬ。サガ様、ここは我らで防ぎますゆえ、急ぎお逃げください」
「逃げると申すが、どこに逃げるのじゃ!? 右も左も後も囲まれ、前は川であるぞ!」
「さよう……まずはお召しの甲をお脱ぎになり、この者の服をお召しに……」
「何を申すか! このような服、王である儂が着ることなどできぬわっ!」
「さらば、そのお成りでは敵にサガ王であると悟られ、およそこの地より落ちることは叶いますまい……されど、ただの兵であれば……敵も全てを斃そうとは思わず。恐れながら王の甲は某が纏いますゆえ、敵は某めがけて駆け参ることでありましょう。その隙にサガ様はお逃げください」
「うむ……じゃが、逃げろと申しても、どこに……」
「さればクナ国はいかがかと?クナ国であらばヤマトも容れず、先のヒタ王とも争うておりますゆえ、きっとサガ様を匿うてくれることでしょう。クナ国へ向うにも川を渡らねばなりますまいが、ひとまずはその辺りの山辺にでもお隠れ頂き、頃合を見てクナ国へ向われますよう……」
「儂一人でか……?」
「それでは、共の者を十ほどお付けします」
「たった十とな? 少のうないか?」
「いえ、この際は少ないほうが……あまり多いと目立ちますゆえ……さらば急ぎ参らせよ」
「うむ、仕方あるまい……きっと儂を逃がせよ!」
「心得ており申す。それでは恐れながら王の甲をお借りします。サガ様、きっとクナ国までたどり着かれますよう……」
「……」
「兵ども!儂の元に集まれぇ~」
「ヒタの者どもよ、よく聞けぃ。儂がサガの王である。ヒタの鈍らとは異なり儂の剣はカラの黒金。お主らでは儂を斃すこと能わず。命の惜しくない者からかかって参れ。サガの強さ、お主らに見せ付けてやろうぞ!」
「サガ兵よ!儂に続けぇ」
「おぉぅっ!」
「サガ様、今のうちにこちらへ……」
「うむ……口惜しいが……この恨み、いつか必ず……覚えておれ、ヒタめ!」
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「五十ほどの敵が勢いづいてこちらに突っ込んで参ります」
「うむ、離れて矢を以って争え。力攻めで突っ込んでくる者に力で争うのはあまり嬉しうない……敵の数は少ないゆえ、まともにぶつかることもあるまい。矢戦で敵の足を止め、その兵が疲れるを待て」
「仰せの通りに」
「タケ様、あの中にいる者の甲、恐らくは王の甲ではあるまいかと……」
「なるほど、サガ殿のものに間違いない……よし、あの者をきっと逃がすなよ!斃しても構わぬゆえ、必ず取り押さえろ!」
「はっ!」
「サガ殿を倒せばこの戦は我らのものじゃ」
「仰せの通りではありますが、タケ様はサガ殿をお見知りおきか?」
「うむ、三年前の戦の時にちらとだが、あの甲には見覚えがある。あの者がまことサガ殿であるかはヒタ様がよう知っておられるゆえ、きっと逃がすなよ!」
「それにしても、他の兵は逃げ惑うばかりですのに、あの者らは勇みよいことですな」
「うむ、サガ殿も王であるゆえ、それを慕う者も敬う者もおるのであろう。じゃが……」
「何か?」
「いや、あの者らがどう足掻いても、この戦は我らが勝つ……守りたい、お救いしたい方を守れない辛さを、じきにあの者らも味わうのであろう。それが哀れでのぅ……」
「タケ様……」
「いっそ、この場で王とともに斃れる方が幸せだと思うことであろうな……」
「タケ様……恐れながら、タケ様がヤマト王のことを仰せにあらば、タケ様はただ今まさに、ヤマト王の想いを、女王様をお守りであります。あまり己のことを責めませぬな……」
「うむ、まだ戦の中であったの。さらば、あの者らには悪いが、そろそろサガ殿に留めをさそうではないか!」
「はっ……どうやらシタハル様の馬兵が向っておるようであります」
「さすがシタハル殿、戦場がよぅ見えておる。留めはシタハル殿に任せようぞ!」
「はっ! 仰せのままに」
「じきにこの戦は終わる。さらばヒタ様への報せはシタハル殿にお任せし、我らはウワハル殿の兵と合してサガへ向う。ひとまず兵をまとめよ!」




