第三節 包囲
「何だ、あの土煙は?」
「敵だぁっ! 敵が攻めてきた!!」
「敵の数、およそ三百!」
「急ぎサガ様にお報せしろ」
「サガ様、急ぎお報せしたきことが」
「何じゃ、騒がしい……今は女どもと酒を飲むゆえ……男どもはあなたへ行っておれ!」
「……ほぅ、何じゃ、そなたは……どうして欲しいのじゃぁ~? 儂がそなたを、もっとよくしてやろうか~」
「サガ様、恐れ入りますが」
「えぇいっ、何じゃ、儂の悦しみの障りをするでない、さっさと出て行け!」
「サガ様、恐れ入りますが、敵が攻めて参りました」
「てっ、敵っ、敵じゃと……? なにゆえ早くそれを言わぬ!」
「申し訳ありませぬ」
「して、敵とはどこの敵じゃ?数は??」
「どこの敵かはただ今のところ分かりませぬ。物見の報せでは数およそ三百。土煙を上げてこちらに駆けて参るようであります」
「数三百じゃと……そのくらいの数ではこの城は陥とせぬ。アサ兵どもにでも矢を射らせておけ! そのようなことで儂の悦しみを奪ったのか! もうよい、出て行け!」
「サガ様、急ぎお報せしたいことがぁ~」
「此度は何じゃ、うるさい。どうせ大したことでは……」
「さきほどの兵は、ヒタとの国境を固めていた兵のようで、その後ろからヒタ兵が追い討ちをかけてきております」
「ヒタ……じゃと?そういえば三年前、国境を閉ざしたなどと申しておったが……すっかり忘れておったわい」
「その兵の頭ミヤ殿から、足の速い者が遣いとして参りました。遣いの申すところ、ヒタの兵およそ千五百が急に国境を越えて攻め寄せて参り、ミヤ殿の兵は散り散りに。残った兵をかき集めて、急ぎサガ様にお報せにあがったとのこと。後から千五百のヒタ兵が追ってきているとのことであります」
「ヒタ兵千五百と……先の戦でヒタ兵も散り散りになったかと思うておったが、さすがはヒタ殿、なかなか……」
「してサガ様、いかがいたしましょうか?」
「まずはそのミヤとか申す者の兵を救わねばなるまい。城からサガ兵を三百ほども出して矢戦を始めよ。敵の足が止まらば、ミヤの兵を容れ城に戻って参れ。たかが三百とは言え、兵には違わぬ。我が兵と合わせれば二千三百なれば、千五百のヒタ兵など敵ではあるまい。急ぎそのようにせよ!」
「はっ!」
「さぁて、そなたら、怯えさせてすまなかったのぅ~そろそろ続きを始めようぞ……」
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「ミヤ様、敵は城を開けて出てくるようです」
「うむ、思うた通りじゃ。恐らくは、矢戦にて我らの後ろのヒタ兵の足を止め、その隙に我らを城に匿おうとするつもりじゃろう。それゆえ、城から出てきた敵を通り過ぎ、敵の後ろに至ったところで向きを変え、ヒタ兵とともにはさみ撃ちとしようぞ」
「それではよいな……」
「おぉ~い、援けてくれ~ヒタ兵じゃぁ、ヒタ兵が襲ってきよった~急ぎサガ様にお報せを~」
「まったく煩わしい。ヒタとの国境で斃れておれば、敵もここまで追っては来なかったであろうに……あいつらが逃げ戻るがゆえ、我らまでが争うことに……まったく、煩わしい……」
「おぉ~い、援けてくれぇ~」
「待っておれ、今援けてやるから、早くこちらまで逃げおおせてこい」
「よいか、みな、逃げてきた兵が後に下がらば、矢を放ちて敵の足をとめるぞ。よ~し、弓構えぇ~い……放てぇ~」
「敵の足が止まりましたぁ」
「よ~し、もう一度放つぞ。構えぇい! ……放て!」
「ミヤ殿、とりあえず敵の足は止まった。落ち着いて城に戻られよ。……まったく、煩わしいことよ……」
「いやぁ~サガ兵のみな、ありがたい。こうもこちらの思うた通りに運ぶとは……」
「ミヤ殿、何をっ」
「儂らはヤマト女王の兵。倭人のため、倭国のため、己の欲にまみれたサガ殿を徳によって討つ! みなのもの、かかれぇ~!!」
「何を、ミヤ殿、血迷うたかぁ~?」
「血迷うているのはいずれよ? お主らは、何のために争うておる? 己の利のためか? サガ殿の欲のためか?」
「何を言う。元はと言えばお主もサガの者であろう。サガ様に逆らうなど、許されることではないわっ!」
「そのサガ様は、お主に何をしてくれる? 何をしてくれた? この三年、少なくとも儂らはヒタとの国境に忘れられ、兵の一人も、食の一俵も送ってはくれなんだよ。その兵は、その食はどうなっておる。みな、サガ様のありがたい欲のために貪られているではないか」
「おのれぇ~ミヤ、そのような言いよう」
「今頃そのサガ様とやらは何をしておる? 己の足元で戦が興っているのに、美しい女子でも侍らせ酌でもさせておるのではあるまいか?」
「くぅっ~サガ様に急ぎ報せぇぃ。ミヤ殿が裏切り、我らは敵の中にあって囲まれつつある。急ぎ援けを」
「くっくっくっ……今さら遅いわ。今頃は……」
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「何だ、あれは? 獣に乗ったものが駆けてくるぞ」
「アサの城に籠るアサ兵の者どもよ。よぅ聞けぇぃ~! 儂はヒタ様の臣でウワハルと申す。三年前、先の戦でサガ殿の卑しい裏切りに合い、ヤマト王は戦場に斃れた。されど、ヤマト王には姫がおられたぁ~」
「何ぃ……? そうじゃ、ヒメミコ様じゃ……お優しくてお美しいヒメミコ様……あの戦のあと、ヒメミコ様も……」
「そうじゃ、ヒメミコ様よ。ヒメミコ様は、我らがヒタの地にて、ヒタ様に匿われており申したぁ~!」
「ヒメミコ様がヒタに……」
「そのヒメミコ様が、亡きお父上、ヤマト王の想いを継ぎ、ヤマトの女王として再び立たれたのだぁ」
「我らはヤマト女王の兵として、アサの地をサガ殿から取り戻すために仕った。この戦場にはヤマト女王もお出ましになっておられる」
「アサの者どもよ。三年前の恨み、ヤマト王の仇を、今こそサガ殿に返そうぞ! サガを討ち、ヤマト女王の兵として、再びヤマトを興そうぞ!そなたらの働き、女王の前でよぅ見せて差し上げろ!!」
「ヒメミコ様が生きていらした……」
「ヒメミコ様が、ヤマトの……女王に……」
「ヒメミコ様、万歳!」
「違う! ヤマト女王、万歳だ!」
「そうだ! ヤマト女王、万歳!!」
「ヤマト万歳!!」
「この城にいるサガを討ち取れぇ~」
「サガを討ちて、女王を城にお迎えするのだぁ~」
「我らアサ兵の恨み、今こそサガ兵どもに見せてやるぅ~」
「そうだ、城の外にいるサガ兵にも矢を射かけよ!」
「アサの者どもよぉ~はじめに駆けて来たミヤ殿の兵は、ともにヤマトを興す友ゆえ、こなたは射るなよぉ~」
「おう、ミヤ殿を敵から守れぇ~」
「サガを討て~」
「サガを追い出せ」
「ヤマト女王万歳!」
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「サガ様、急ぎ……」
「何じゃ、さきほどより騒がしい……お主らは命が惜しくはないのか?」
「城のアサ兵どもが裏切りました」
「アサ兵どもが……?」
「外のヒタ兵と呼びかけあい、城の外と中で通じておるようであります」
「何だとっ!」
「今、城のアサ兵どもが、サガ様を討つと申して駆け回っておりますゆえ、残るサガ兵とともに、まずはこの城を出て、サガの地に戻りませぬと」
「うむ、宴は終わりじゃ、急ぎ整えよ」
「サガ様、こちらに……」
「くっ、いまいましいアサとヒタめ……儂の障りにばかりなりおって……」
「して、敵はどのくらいの数じゃ?」
「先のミヤと申す者も裏切ったようで、ヒタ兵千五百とミヤ兵三百、それに城におるアサ兵千五百であります。しかるにサガから連れて参った兵は五百。うち三百は既に城の外にて争うております」
「うむ、ヒタ兵千五百と申しても、まだ全て揃ったわけではあるまい?」
「仰せの通り、ただ今は五百ほどであります」
「ミヤと申す者の兵は三年の間国境にあり疲れてもおろう。されば、城に残る二百の兵でミヤの兵を蹴散らした後、三百の兵と合わせてサガへ戻ろうぞ」
「はっ」
「ヒタは恐らく五百づつの隊に分けて参ろう。五百の隊であれば、こちらも五百。抗うことも叶うであろう。そうじゃ、イト殿にも援けを求めよ!」
「仰せのままに。急ぎ兵を集めよ、城の外のサガ兵と合するぞ!」
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「ミヤ様、敵は城の門を開けて出てきました」
「うむ、恐らく敵は、外の三百と内の二百を合してから逃げるつもりであろう。ここは抗うことはない。両に開いて敵を通してやれ」
「よろしいのですか?」
「うむ。その方が囲み易い。こちらには馬もあれば矢もある。大きく囲みながら追えば、川に出る辺りで追いつき囲みも堅くなろう。されば、敵が川を渡るところを後から攻めるゆえ、まずこちらの勝ちは揺るぐまい……」
「なるほど、さすがはミヤ様……そこまでお考えとは……」
「いや、これはウワハル殿のお考えよ……というよりは恐らくヒタ様の……まこと恐ろしいお方じゃのぅ、ヒタ様は」
「はっ、仰せの通りでありますな……」
「それでは急ぎ兵に命じ、まずは敵を合させ、後に囲みて追い討ちをかけよ」
「はっ!」
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「ミヤ様っ!」
「うむ。敵は逃げ出したか?」
「はっ。サガ兵およそ五百、我らに抗うこともせず、逃げ出し始めました」
「うむ、思うた通りであるな……よし」
「みなのもの、ただ今より追い討ちをかける。なぁに、敵は背を見せて逃げるだけの腰抜けじゃ。恐れることはないぞ。一息に蹴散らせ!」
「おぅ!」
「遣いのものはおるか!」
「敵は囲みを破り、サガ国を目指して逃げ出した。数およそ五百。城の内におるアサ兵より追われたゆえ、ろくに弓矢も持たず、算を乱しておる。さよう、ヒタ様とタケ殿の隊にお伝えしろ。急げ!」
「はっ!」
「タケ殿であれば、逃げる敵の隙をついてその横から襲われることであろう。まったく、ヒタ様やタケ殿を敵にせずに済んでよかったものよ……」




