第一節 宣言
「みなのもの、静まれぃ。これより、先のヤマト王の姫君、ヒメミコ様よりお話がある」
「……」
「ヒメミコ様、どうぞ……」
「うむ……ヒタ殿、オモカネ殿、タケ殿、ウワハル殿、シタハル殿……そして、ヒタの全ての兵と民よ……」
「……」
「父上……先のアサ王が戦場に斃れてから既に三年。長いようで短い時であった……」
「妾は兵の一人もなく、矢の一本も持たぬ。されどこの三年、そなたらは妾をここに匿い、時には導いてくれた。アサの者どもはみなサガ殿に付き従い、誰一人として妾の元に参らなんだ。その間、ヒタの者どもはみな、妾を守り続けてくれた……ヒタ殿、そしてみなのもの、妾は改めて礼を申す」
「我らはみな、かつてヤマト王に救われ申した。それを今、ヒメミコ様にお返しするのは当たり前のこと。そのように仰せられては、かえって申し訳なく、どうか安んじられよ」
「うむ、ヒタ殿に礼を申す」
「さて、アサ王の喪は既に明けた。喪が明くれば、妾はアサ王の後を継ぐものとして、アサの、そして倭国のこれからについて定めねばならぬ」
「妾はこの三年、常にそのことを考えてきた……そしてここに、妾の考えをみなに伝える」
「……」
「妾は父上、亡きアサ王の想いを継ぎ、倭人のため、倭国のためにヤマトを再び興し、その女王となる」
「おぉっ~」
「ただ今倭国は争いが絶えない。常に倭人が相争うておる。その間カラ人は、倭人の利を盗み、倭人の富を奪っておる。父王は申された。既に倭人が互いに争う時は過ぎた……」
「ただ今よりは倭人がみな互いに和し、倭人の利と倭人の富をカラ人から守らねばならぬ。そのためには、ヤマトを再び興し、倭人の国と国を纏めなければならぬ……」
「されど……倭人の中には、進んでカラ人と謀り、己の利のためにカラ人に利を流す輩がある。これらの者は、己の利を謀るため、ヤマトと再び争うことであろう」
「……」
「己の利のために争うを欲と言う。先の戦はその欲を討つためのものであった。みなの利のために争うを和と申す。先の王は、和をもって欲を討とうとされた。しかるに、サガ殿、マツラ殿の卑しい謀の前にむなしくも斃れた。そしてただ今は、ひとり倭人の富を欲しいままにしておる……」
「さらば此度、妾は和のために立ち上がる。妾はヤマトの女王として、倭人と倭国の利のために立ち上がるであろう」
「おぉっ~」
「まずは、ただ今アサの地を理なく乗っ取っておるサガ殿を討ち、ヤマトの地を取り戻す」
「おうっ!」
「これは妾の欲ではない。これは父アサ王を殺された仇を返すための戦にあらず。己の利、欲により争うサガ殿を、倭国の和のために討つ。これを徳と申す。妾は徳をもってこのヤマトを再び興し、民を治めるであろう」
「おぉっ~」
「されば、妾からそなたらに頼みがある。妾は兵の一人も持たぬ。妾が持つべき兵はみな、サガ殿に奪われ申した。既に妾を守り、妾とともに戦うものはおるまい……」
「……」
「そこでみなに頼みがある。どうか、妾に力を貸して欲しい。妾がサガ殿を討ち、再びヤマトを興す、そのための力を、みなに貸して欲しいのじゃ」
「妾は妾の欲のためには立たぬ。今ここでみなに誓おう。妾は倭人のために立ち上がる。妾は倭国のためにその身を捧げるであろう」
「ヤマト女王、万歳っ!」
「女王万歳!!」
「ヤマト万歳!倭国万歳!!」
「みな、改めて礼を申す。されば、戦を始めるについては兵を整えねばならぬ。ヒタ殿、頼めるであろうか」
「ヤマト女王、我らヒタの者はみな、女王のお考えに従い、どこまでも女王をお守りし、ヤマトを興すために命を賭けることをお誓い申し上げる。ただちに兵を揃え、女王の命あらばいつでも兵を興せるように整えましょう。どうぞ、安んじてお任せあれ」
「よう申してくれた、ヒタ殿。みなも、よろしく頼む」
「女王万歳!」
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「ミヤ殿はおるかっ!」
「これはウワハル殿!ミヤ様はあちらに……ただ今お呼びして参ります」
「うむ、礼を申す」
「おぅっ、ウワハル殿ではないか。どうした?また酒でもともに飲むか?」
「おぅ、ミヤ殿、酒はまたいずれ。実は今宵はそなたに伝えたいことがあってな……」
「何じゃ、また。お主と儂の間じゃ、何なりと申してみぃ」
「されば……実は此度、ヒタ様はサガ殿に争いをしかけるおつもりじゃ……」
「ヒタ殿がサガ様に……?」
「さよう、先の戦でヤマト王が斃れてから三年、ようやっと喪が明けた。そのヤマト王の姫、ヒメミコ様は、此度ヤマト王の想いを継いで、ヤマトを再び興すべく女王としてお立ちになられた」
「ヤマトを興す……とは例の、倭人が互いに争わぬ国づくり、とか申す……」
「そう、それよ。倭人が争うておる間、カラ人ばかり利を得ておる。そしてサガ殿は己の利のために争いを用いておる」
「サガ様が……されど……」
「この三年、サガ殿はいかがであった? そなたらに兵を送ってこられたか?食を送ってこられたか?」
「いや……確かにサガ様は、儂らのことなぞ……」
「サガ国が攻め入れられ、送るに兵も食もないのであればそれも仕方なかろう。されど、ただ今サガ殿はアサ国まで我が物にし、兵も食も満ちておる。しかるに、なにゆえそなたを援けようとはされなんだ?」
「……」
「いや、よいのじゃ。そなたを責めるつもりではない。じゃが、まさにそこなのじゃよ。女王は己の利のために争うのではない。己の利のために争うものを、みなの利のために討つのじゃ」
「みなの利……」
「さよう、みな、にはもちろん、そなたも含まれておる。女王は、そなたのためにも立ち上がるのじゃ」
「……」
「ヒタ様は、そのような女王をお佐けするため、ヒタの兵を出してサガ殿と争う」
「じゃが……なにゆえそのようなことを儂に? 儂はそなたらの敵であろう?」
「前にも申したが、我らはともに倭人。女王はそなたらも救いたいとお考えなのじゃ。されど、そなたはそなたの好きなようになせばよい。そなたはこれからどうする?」
「どうする、とは?」
「サガ国に戻るもよい、サガ殿に急ぎ報せてもよい。あるいは……」
「あるいは……?」
「倭人として、我らと共に立ち上がるもよい」
「共に……立ち上がる……」
「そうじゃ、そなたにも、みなの利のために立ち上がる、という道があるのじゃ」
「ウワハル殿」
「何じゃ、改まって」
「儂はこの三年、ずっと考えてきた。サガ様は何のために争うておるのか……儂らは何のためにここにおるのか……」
「うむ」
「考えれば考えるほど……儂らがなにゆえここにおるのか、よぅ分からなくなり申す……」
「……」
「ウワハル殿、お主に頼みがある。儂も、儂らも倭人のため女王とともに立ち上がりたい、そう、ヒタ殿に、いや、ヒタ様に取り次いではもらえぬであろうか」
「そなたの頼みであれば必ず。きっと倭人のため、ともにヤマトを興そうぞ」
「ウワハル殿、合わせてこれまでのヒタ様の心配りに礼を申し伝えてくれ」
「うむ、そなたの気持ち、よぅ分かった。必ずお伝えしよう」
「頼む。して、立つと申しても、儂らはどのようにすれば……?」
「そのことについてじゃが、儂に少し考えがある……」
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「それでは、みながこの三年に整えてきたことを聞かせてもらおうか。女王もよろしければみなの報せを聞かれませ」
「うむ、妾も聞かせてもらうであろう」
「まずはオモカネ、黒金の方はどうじゃ」
「はっ、イヅモより黒金つくりを連れて参り、この者の教えを元にヒタでも、砂から黒金を産する術を学ばせております。既に、たたらと申す誂えも整え黒金を産してはおり申すが、未だ大いに産するは能わず。ただ今のところにおいては、鏃のうちの半数までを黒金のものとしておるところにあり申す」
「そうか、とりあえずはよぅやった。して、剣の方はどうじゃ?」
「こちらにつきましても、黒金を鍛える術を学ばせておるところにございまして、まずは一振り拵えてみたところです……実は、この剣が鍛えし黒金にて拵えたものにて、まずはヒタ様にご覧頂きたく……」
「うむ、なるほど……これが鍛えし黒金か……しなやかながらも硬く、よい剣じゃ……」
「ヤマト女王……我らヒタの者からヤマトへの貢物として、この黒金の剣を女王にお贈りしたいのですが、お納め頂けましょうか」
「ヒタ殿、これは何とすばらしい……我がヤマトの宝として、王の証として、世に継ぐことと致すであろう。ヒタ殿、オモカネ殿、よき品、礼を申す」
「恐れ多いお言葉、痛み入ります」
「それではオモカネ、引き続き黒金を大いに産するの法、頼むぞ」
「はっ、承りました」
「さればシタハルよ。馬の方はいかがであるか?」
「兄上が戦場で拾うてきた馬に、ヒタ様のお連れされた馬を合わせ申して、ただ今牧にて殖やしております。されど、一頭の雌馬がひとときに産む仔は一頭と少のうございますれば、ただ今のところ戦場に出せる馬は三十頭ほどかと。但し、これは全て雄馬でございまして、雌馬は牧に残したいと考えますゆえのこと。雌馬も出すのであれば、五十頭ほどとなり申す。されど、戦場で用いるにはまだまだ数が足り申さず、申し訳ございませぬ」
「いや、シタハル、そなたはよぅやっている。礼を申すぞ……三十であれば、各隊の間の報せにはよぅ用いることが叶うであろう。まこと、よぅやった。されば、雌馬は出さずともよいゆえ、更に殖やすよう整えよ」
「はっ、某の全てを賭けて」
「うむ。さて次はウワハルよ。柵の外の者どもはどうじゃ?」
「ヒタ様のお見込み通りにございます。この三年の間、サガ殿は柵の外の兵どもを忘れているかのようであり、少なくとも頭のミヤと申す者はそのように考えており申す。また、却ってヒタ様のお心配りに感じ入っておるようなれば、此度の戦のこと、恐らくはサガ殿に報せることもありますまい。むしろ、恐らくは我らに寝返るものと思われまする」
「ウワハル、そのように申すのはよいが、何か証でもあるのか?」
「父上、恐れながら確かな証はあり申しませぬ。されど、ミヤ殿の常の口ぶりでは、サガ殿をお佐けする想いは失せておるようであります」
「そのミヤと申すものの謀ということも考えられるが?」
「さよう……そこについては……」
「よい、オモカネ。そなたの考える通りミヤの企みも考えられようが、儂はウワハルを信じよう。ウワハルは常にミヤと接していることであらば、ミヤについては儂らより多くを知っておるであろう。儂はそなたの目を信じることとしよう、ウワハル……ヤマト女王、よろしいか?」
「構わぬ。妾もウワハルを信じることであろう」
「ヤマト女王、ヒタ様、ありがたき幸せにございます」
「女王、ヒタ様、倅を信じて頂き、親として礼を申し上げます」
「よい。そなたの二人の倅はそれぞれまこと賢い。さすがはオモカネの子らである。されど、今はまだ道半ば、倅に座を譲って一人だけ楽することは許さぬぞ」
「恐れ入ります。女王のお定めになられた道、臣もともに歩ませて頂きとうございます」
「さてタケよ。兵の鍛えはどうじゃ?」
「オモカネ殿より教えて頂いた鐘をもって兵を動かすことについて、兵もよく慣れ、いつでも女王にお見せすることが叶い申す。また、シタハル殿と謀りて、馬に跨り遠くへ報せる兵や、馬から弓を射る兵も鍛えておりますれば、戦場で女王のお役に立てるものと」
「ほぅ、既に馬兵も鍛えておったか……さすがはタケ。シタハルもようやってくれた」
「はっ」
「さて、それでは臣からも女王にお報せすることがあり申す」
「まずはワナ国であり申すが、ヤマト女王が兵を興す際には必ずお力添えを頂けることとなり申した。ワナ殿とはフミ殿にもお会いしたが、フミ殿も女王をお佐けしたい、とのことにあり申す」
「ヒタ殿……ヒタ殿がヒタを離れておったのは、このためであったか……」
「はっ。それともう一つ。アサの城を守る兵について……アサの城を守る兵はおよそ二千」
「何っ! 二千と……ヒタから全ての兵を出してもおよそ二千。敵は城に守られており、更にはサガ国やマツラ国からも兵を出せるなら、ヒタ様、これを落とすのはちと難かろうか、と……」
「常であらばオモカネの申す通りであろう。されど此度はちと異なる」
「……」
「アサの守り二千の内、サガから連れて参った者はおよそ五百。サガ殿もサガ国を空にする能わざるようで、サガ国に五百、アサ国に五百と分けておるようじゃ……」
「されば、残りの千五百は……」
「さよう、元のアサの兵じゃ……アサの兵はサガ兵の下におかれ、まるで生口のように扱われておるようじゃ……」
「生口のようとは……何と……されど、ヒタ様はなにゆえそのようなことまで……」
「うむ……儂はこの者どもとも会うて話を聞いておるゆえ……みな、亡きヤマト王を偲んでおられた……まこと、ヤマト王はよい王であられた」
「父上が……」
「女王。先に女王は、アサには女王をお守りする兵の一人もおらぬと仰せであったが……」
「うむ、申した……」
「されど、アサには、女王のお帰りを待つ兵が大いにおり申す。どうぞ、お気を強くお持ち下され。もちろん、我らヒタの兵も含めて、みなヤマト女王の兵でありますれば、何なりとお命じあれ」
「ヒタ殿……そう……父上が……うぅ……妾は、よい父を……アサの者はみな……妾を見捨ててなぞ……うぅ」
「女王……」
「いや、妾は既に女王であれば……もぅ泣くまい……父上、どうか妾をお見守りくだされ」
「ヒタ殿、戦場には妾も臨み、みなと共にアサを取り戻し、ヤマトを再び興すであろう」
「兵も勢いがつくことにあり申そう」
「うむ、礼を申す」
「それでは此度の戦について申し合わせる」
「まず、アサに攻め入るは千五百の兵とする。残りの五百はヒタを守るために残し、これはオモカネが率いることとする」
「はっ」
「次に、兵を五百づつ三隊に分ける」
「第一隊はウワハルの率いる五百、これはミヤと申す者とともにアサに攻め入れ」
「はっ、仰せのままに」
「次に第二隊を本隊とし、儂が直にこれを率いる。女王には本隊と共に進んでいただくが、よろしいか?」
「構わぬ。妾は本隊にあろう」
「本隊には馬兵十を含み、第一隊、第三隊との報せ、及び戦場を窺うにこれを用いる」
「第三隊はタケが率いる。仮にヒタ国が逆に攻め入られた時、あるいは、サガ国からの兵に後から攻められた時には、これを防ぐ兵である。更には馬兵二十をこれにつけ、馬兵はシタハルが率いるものとする。馬兵はその速さをよく活かし、敵の隙をついて攻めるべし。第三隊は時と場合により攻めるも守るもあり、よく敵を見、戦場を知りてこれに当たれ。タケであれば適うであろう」
「はっ、ヒタ様の信に応えます」




