第七節 決意
「ヒメミコ。ようやっとヤマト王の喪が明けまする」
「ヒタ殿……三年というのは長いようで短いものであったのぅ。三年前ヒタ殿は、父上の仰せをよぅ思い出し、よぅ考えよ、と仰せであった。その通り、妾はこの三年、ずっとそのことばかりを考えておった……」
「……」
「ヒタ殿はこうも申しておった。妾が選んだ道であれば、どの道であっても妾の側にあり、必ず佐けてくれる、と。そのお考えは、今でも変わられないであろうか」
「必ずヒメミコのお側にありて、ヒメミコをお佐け申そう」
「妾はサガ殿が憎い。父上は倭人のため、倭国のため、徳をもって争いを収めようとされた。しかるにサガ殿は、己の欲のためにマツラ殿やカラ人と謀り、父上を裏切った。サガ殿の何と卑しいことであろうか」
「ヒメミコ……それではサガ殿を討ちますか」
「いや、オモカネ殿が申しておった。それは恨である、と。恨は新たな恨につながる。恨では争いは終わらぬ。ゆえに妾は恨は選ばぬ」
「よぅ言われた。それでは……」
「妾は父上の後を継ぐ。父上の徳の道を。倭人の利、倭国の富のために立ち上がり、徳を持って欲を討つこととする。これは恨のゆえにサガ殿を討つではない。倭人のため、倭国のため、サガ殿を討ち、ヤマトを取り戻す」
「ヒメミコ……」
「父上は仰せであった。時により兵を起こさねばならぬこともある、と。あの時、妾はまだ子供じゃった。今に思えば、父上が妾を子供扱いされたのも仕方ないであろう……」
「じゃが、今は違う。ヒタ殿が、オモカネ殿が妾を導いてくれた。徳により欲を討つためには、兵を興さねばならぬこともあろう。妾は父上の想いを継ぎ、徳により倭国を治める。そのためにヤマトの女王として立つ。ヒタ殿、どうか妾を佐けてたもれ」
「ヒメミコ様、いやヤマト女王。臣は女王のお側にあり、常に女王をお佐けすることをお誓い申す。ヤマト王は、かつて臣が父を亡くした時、臣をお佐けくだされた。されど三年前のあの時、臣は王をお佐けすることができ申さず。此度こそ、必ず女王をお佐けし、女王のお望みをかなえ申し上げましょうぞ」
「ヒタ殿……礼を申す」
「はっ」
「されど、その……女王と申されるのはやめてもらえぬであろうか? 妾は、ヒタ殿にはそなた、とのみ呼んで欲しいのじゃが……」
「いぇ、女王、それでは他の者に対する示しがつき申しませぬ。臣が自ら女王と申し上げることが、女王が女王として立つ、その始めでありましょう」
「そうか……されど、三年前ヒタ殿はこうも仰せであった……その、つまり……妾をヒタ殿の……妻にしてくれる、と……妾が望めば、ヒタ殿はそのようにしてくれるのであろ?」
「ヒメミコ様……それは……叶いますまい……女王の道と妻の道は……相容れるものではありませぬゆえ……されば、ヒメミコ様はただ今、女王の道を選ばれましたゆえ……」
「よい。やはりそうであろうな。分かっておる。妾にも分かっておるのじゃ……されど、ヒタ殿……妾は……妾は……ヒタ殿を好いておる……それは、まことなのじゃ……」
「ヒメミコ様……」
「ヒタ殿、ヒタ殿はどうであろか? 妾のことは好いていてはくれぬであろか? 妾は、妾はこんなにもヒタ殿のことを……」
「ヒメミコ……儂はそなたを……とても愛おしく思うておる。さればこれまで、妻を迎えもせなんだ。儂とて想いは……されど、ヒメミコが女王として立つのであらば、ヒメミコは全ての倭人の女王。儂一人のヒメミコではなくなり申すわ」
「ヒタ殿……オモカネ殿はこうも仰せであった。妾がいずれの道を選ぼうとも、必ず要るものがある、と」
「必ず要るもの……」
「それは勇じゃ、と。ヒタ殿……妾に勇を授けてはくれぬであろか?」
「勇、を……?」
「妾とてもう子供ではない。ヒタ殿の仰せのことはよう分かっておる。分かっておるが、それでもヒタ殿に勇を授けて欲しいのじゃ」
「……」
「オモカネ殿は申された。勇とはすなわち強い想いのこと……」
「今宵一晩限りでよいのじゃ……妾をそなた、と呼んで欲しい。ヒタ殿をお前様と呼ばせて欲しい。一晩限りでよいのじゃ。妾を妻にして欲しい……」
「ヒメミコ……」
「妾はヒタ殿の妻であった……その想いが妾の勇になろう……ヒタ殿……お前様……」
「ヒメミコ……儂もそなたが愛おしい。さればそなたを今宵一晩限り、儂の妻としようぞ」
「あぁ、嬉しい……お前様……」
「ヒメミコ……」
「妾を抱きしめて……」
「……」
「おぉ、月明かりに照らされたそなたの肌の何と美しいことか……この世のものとは思えぬ美しさよ」
「お前様はまこと、妾を揶うのがお好きじゃ……」
「そう言えば、三年前の鹿狩りの時、そなたの水浴びを目にしたことがあった。あの時は赤いモミジにそなたの白い肌がよぅ映えておったが、あの時にも増して美しい……」
「あまり見ないで欲しいのじゃ……その……恥ずかしいであろ……」
「何を申す、そなたは儂のもの……そなたの肌を眺め、やさしく撫でるは儂だけよ……」
「いゃ、あんっ、そこは……」
「今宵、そなたの肌は儂のものよ……」
「お前様、はぁっ……お前様は妾だけのもの……あんっ、妾は……妾は……」
「そなたの全てが愛おしい……ヒメミコ……」
「あぁ……んっ……あっ……妾は……あぁっ……妾は……お前様、だけの……あんっ……もの……」
「あっ、あぅ、あぁ……躰の……中、お前様、で……満たされて……妾は……もっと……あぅっ……」
「お前様……あぁ、お前様……妾に……妾を……あんっ……」
「ヒメミコ、そなたを、儂は……」
「あぁ……妻に、なるとは……頭の中が……はぅっ!あぁ、壊…………れる……あぁ……あんっ……はぁ……」
「……」
「お前様……」
「妾を妻にしてくれたこと、礼を申す」
「何を言う、今宵限りはそなたは我が妻。そなたを愛おしく思うておる」
「朝陽が登れば、もう……」
「いついかなる時も、儂がそなたを愛おしく思うておることは変わらぬよ」
「お前様……ひとつお願いがあるのじゃが……容れてくれるであろか?」
「うむ?」
「お前様が皆の前で妾を女王と呼ぶのは分かるのじゃが……二人だけの時は……その……そなたと呼んではくれぬであろか?」
「可愛いそなたの頼み……そなたは儂だけのものじゃよ……」
「もぅっ!」
******************************
「ヒタ殿」
「はっ」
「オモカネ殿」
「は」
「三年の間、そなたらにはよく妾を導いてくれた。改めて二人には礼を申す」
「はっ、もったいなきお言葉」
「亡き父上の喪も明けた。喪の間、ヒタ殿、オモカネ殿は、父上の仰せを思い出し、よく考えろと申された」
「さよう、仰せの通りに」
「しからば今、妾は妾の道を示す。それは、徳により欲を討つ道。倭人の利、倭国の富のため、ヤマトの王として立つ。そなたらには我が側にあり、ともに妾を支えて欲しい」
「臣は常に女王のお側にあり、女王をお佐けすることを誓います」
「臣も、臣の知が女王のお役に立てる限り、必ず仰せの通りに」
「ヒタ殿、オモカネ殿、礼を申す」
「はっ」
「そこでじゃ、まずはヤマト王の城、アサを取り戻さねばならぬ。そのためには、兵も矢も要るであろうが、そなたらには何か考えがあるであろう……ヒタ殿。ヒタ殿はこの三年、妾の側を離れて種を蒔くと申しておったが、そろそろ花は咲いたであろうか?」
「されば女王にご覧に入れ申すゆえ、こちらへ……」




