第六節 馬牧
「どうじゃ、シタハル。馬の方は」
「これは父上。ようおいでなさった」
「そなたにはしばらく会わなんだでのぅ」
「牧に籠りまして馬と暮らす日々。すっかりヒタ様にもご無沙汰しておりまして……それにしてもいや、まことよぅお越しくだされた」
「うむ。だいぶ、山を登って参ったゆえ、少し疲れたわい」
「それでは少しお休みになりますか」
「いや、よい。それよりも、馬の方を見せてはもらえぬか」
「分かりました。さればもうしばらく歩いて頂くことになり申すが……?」
「あまり儂を年寄り扱いするでないわ。まだまだそなたにも負けぬぞ」
「されば、こちらへ。馬どもをご覧に入れまする」
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「ほぅ、馬とはこのようなところで育つものか……」
「馬どもは昼間、この辺りの牧を好きなように駆け回っておりまする」
「うむ、確かによく駆けておるのぅ」
「馬はこの辺りの草を食うております。初めは鹿や猪のように木の葉や実などを食すかと思い林に連れて参りましたが、このような開けて草の生い茂るところの方が好むようです」
「うむ、駆けるには開けた地の方がよいじゃろうて……ところで、よう見ると、大きい馬と小さい馬がおるようじゃが……」
「さすが父上はお目が早い。実はこの牧にて仔が産まれ申した」
「何っ! 仔とな……」
「実は、兄上が戦場で拾うてきた馬はみな雄馬だったのですが、ヒタ様がどこやらか雌馬をつれて参られまして……それも十頭も……」
「ヒタ様は何とっ! 雌馬を十頭も……?」
「さよう。どこで手に入れられたのかお聞きしたのですが、ヒタ様は教えては下さらず」
「ヒタ様には何かお考えがあってのことであろう……してその仔というのは?」
「この春に十頭の雌のうち八頭が仔を産み申した。雄、雌それぞれ四頭づつ……」
「よぅやった、シタハル。ヒタ様には馬を殖やせとの命であったが、よう殖やしたのぅ」
「いぇ、これもヒタ様が雌馬をお連れになったがゆえ……某は何も……」
「よいよい。されど、雌馬が十頭いて、仔が八頭とな……」
「さよう、犬や猫であれば一頭の雌から五、六頭の仔が産まれ申すが、馬は一頭のみ。それも春にしか産まないようで……」
「されば、馬を殖やすにはどれほどの時が要る、とそなたは申すのか?」
「雌十頭が八頭の仔を産み、その半数が雌だとしますと、雌馬は毎年四頭づつ殖えましょう。この雌馬が仔を産めるようになるまで三年かかり、十五年経たば産めなくなるとせば、ただ今の馬が十年の後には四、五十頭になっていることでしょう」
「十年で五十頭……それでは戦の役には立つまいな……」
「さよう、されどヒタ様がお連れ下さったように、どこぞからお連れ頂ければその分多く殖やすことも叶いましょう」
「そうか……して、馬の性はどうじゃ?」
「馬とはまことおとなしきもの。人にはよう慣れまするゆえ、常に人が側におれば、これと相通ずることも叶います」
「なるほど」
「また、体は大きいのですが、性は怖がりのようで、大きな音をたてまするとみな等しく怯え申す。これは戦場にあっては使いづらい性。弓や剣の音、兵の叫ぶにも怯えましょう。されどカラ兵が馬を用いるのであれば、これも慣らす法があるものと考えております」
「そなたの言う通りじゃな」
「ただ今はタケ様が兵を鍛えていると伺いますが、タケ様は鐘を用いて兵を率いるとのこと。その鐘の音にも慣らさねばなりませぬゆえ……」
「いずれ、そなたの馬とタケ殿の兵とを合わせて鍛えねばならぬであろうのぅ」
「はい。ゆえに、まずは某が馬を殖やすところから始めております」
「されど、なにゆえこのような山の上に連れて参ったのじゃ?もう少し里に近いところでもよいのではないか?」
「しかるに父上、某はヒタ様より馬を殖やせと命じられておりますれば、千頭、いや、一万頭でも育てることの叶う地を選び申した。里に近いところにも草の生える地はありますが、多くの馬が駆け回るほど広い地はここをおいてありませぬ」
「馬の性についてはよぅ分かった。まこと、よぅやった、シタハルよ」
「それでは父上、次はこちらに参られよ。馬を扱うための誂えをお見せ申し上げます」
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「父上、馬の背は人が乗るようにはできておりませぬ。それゆえ、人がこれに乗るための誂えを鞍と呼び申す」
「ほぅ、これが鞍か。カラ人は馬の背にそのまま乗るでなく、鞍を敷いて乗るのじゃな」
「仰せの通り。鞍あらば、馬の背に乗るにも尻のおさまりが定まり、乗り易くなり申す。また、この鐙をつけることで脚が定まり、馬の上から矢を用いることも易くなりましょう」
「して、これは何じゃ?」
「これは手綱と呼びます。この綱を馬に銜えさせ、手綱を馬の上から引くことで馬の向きを変え申す。ただ今より某がこの馬に乗りて、馬の扱いを父上にお見せ申し上げましょう」
「まずはこのように鐙に足をかけ、えぃっと乗り申す。されば手綱の握りを緩めると……」
「これこの通り、馬は歩み始めまする。右の手綱を引けば右、左の手綱を引けば左を馬は向き申す。してこのように叩けば……」
「これ、この通りっ! 馬は駆け始めまするぅっ!!」
「して、このように……手綱を強く引き申せばっ……馬は止まりまするっ……!」
「はい、どぅどぅ……」
「いや、そなたの馬の扱い、なかなかのものであった」
「さて父上。父上にお願いがあります」
「ほぅ、そなたの願いとな」
「今お見せ申した通り、馬を兵とするには、ただ馬を殖やせばよいというにあらず」
「うむ」
「まずは鞍、鐙、手綱などの誂えを整えなければなりませぬ」
「うむ、みな木と皮でできておるようじゃの」
「仰せの通り。これらの誂えがなければ、馬を殖やしたとしても扱うことも叶いませぬ。されば、誂えを整える者を育てて頂きたい」
「うむ」
「馬を扱う兵も鍛えねばなりません。某もこの間ずっと鍛え、ようやっと乗れるようになりましたが、まだ馬の上から矢を射るまでには至うておりませぬ」
「何とっ! 馬を扱うにはそんなにも時がかかるのか」
「さよう、叶うならば、できるだけ幼いうちから鍛え始めるのがよろしかろうと」
「さらに、馬の用い方についてです。馬は育てるにも扱うにも時を要しまする。されど、その馬の数はひとときに多く殖やすことは叶いませぬ。されば、馬を戦場にてどのように用いるか、よぅ考えねばなりませぬ。先の話では、いくら馬が大きく、速く、強くとも、兵百に馬一では抗うこともできませぬ。ただ今は少ない馬を用いるなれば、その用い方について、ヒタ様、タケ様ともよくお考えくだされ」
「シタハル、まったくそなたの申す通りじゃ。儂はよい倅を持ったわい。戻ればすぐにでもタケ殿と相話し合うてみよう」
「ありがとうございます。某は引き続き馬を殖やすの命を全うします」




