第五節 連合
「ワナ殿、久しぶりであるのぅ」
「これはヒタ殿、ようお健やかで。此度のこと……」
「うむ、サガ殿の謀に、まんまと乗せられ申した……」
「ヤマト王の知と謂われたヒタ殿のこと、サガ殿の企みもお察しだったのではあるまいか」
「いや、サガ殿に何やら思惑があるとは疑うており申したが、よもやカラ兵のこと、馬のこと……ワナ殿は詳しい話はご存知か?」
「いや、サガ殿が裏切った、とのみ……」
「サガ殿は此度、予めマツラ殿と謀り、更にはカラ人に馬兵まで整えさせて、ヤマト王の兵を挟み撃ちにされた」
「ほぅ。それでヒタ殿はその際どのように囲みを……」
「いや、儂は戦場には出てはおらぬ。全ては我が臣タケが率いておった。タケの申すには、馬兵の速さと力に、我が兵は怯え乱れたとのこと。されど、盾を掲げ固まることで、何とか敵の中を突き抜けてきた、と申しておった」
「されど、それでは多くの兵が倒されたのでは……?」
「うむ……兵には申し訳ないが、そこはヤマト王の守りが先。仰せの通り、多くの兵が倒れ申した。特に、隙をつかれたヤマト王の兵は散り散りになってしもうたそうじゃ」
「なるほど……馬兵とはそこまで」
「さよう……されど守りを固めて弓戦を行えば、馬兵と謂えども恐れることもない。これはヒタの守りの際に得た知じゃ」
「守りとは……」
「まずは堀を穿ち柵を設け……」
「堀と柵……」
「さよう。馬の強みはその速さ。逆に、堀と柵で馬兵の好きに駆けるを封じれば、これに抗うことも叶い申す。馬とは体の大きなものゆえ、脚さえ止めてしまえば、逆に弓戦にはよい的となり申そう」
「なるほど、それはよぅ考えられた」
「ヒタには百五十ほどの馬兵で攻め寄せて参ったが、我らは柵の内にて弩弓にてこれに対したところ、敵兵およそ二十を倒すことが叶い申した」
「されど、ヒタ兵にも倒れた者があり申そう」
「いや、それが、馬兵の持つ弓は小さく、馬兵が矢を射るよりも先にこちらから射ることができ申した。ゆえに、こちらに倒れたものはあり申さぬ」
「何とっ! されど、それは守りゆえに叶うたこと。我らから攻め寄せる時にはそうもいかぬであろう?」
「ゆえに、戦場を選び、馬の好きに駆けさせぬようにする謀が要りましょう」
「ふむ」
「そのため、我がヒタではただ今、兵を鍛えておる。率いし者の考えによう従うて動く兵を整えるために」
「なるほど……」
「されど、いかに謀をめぐらし兵を鍛え弓にて争うとも、馬は大きく、骨や石の鏃では心もとない。馬を射るには黒金の鏃を大いに用いねばならぬ……」
「ふむ。されどヒタはマツラやカラと争われておるゆえ、黒金を手に入れるのに難かろう」
「ありていに申せば、そなたの申す通りじゃ」
「その辺りについては、いかにお考えで?」
「されば、ただ今は黒金をカラとの商で手に入れており申すが、これを倭国にても産することを究めようと……」
「倭国にて……? されど、なにゆえヒタ殿は儂にそのような戦の、いやヒタ国の謀を話され申すのじゃ? 我が口からマツラやカラに漏れるとはお考えになられませんのか?」
「さよう……じゃが、ワナ殿であらば、そうなさらぬであろう?」
「うむ……」
「此度の戦にてマツラ殿はヤマト王を倒した。これにより、カラとの商は、そのほとんどをマツラ殿に握られることになるであろう。既に、そのような先触れがおありでは?」
「さよう……さればありていに申すが、黒金を手に入れるに、前にもましてマツラ殿がその値を吊り上げておられる。まこと口惜しいことに、倭国の富はマツラ殿を通してカラ国に流れるのみ、亡きヤマト王の仰せの通りであるわい」
「されど、倭国で黒金を産することが叶わば……」
「まこと叶いますのか?」
「まぁ、その辺りは……さて、先のワナ殿の問いのことじゃが、儂は今でもヤマト王のお考えは正しいと考えておる。されば、いずれマツラ殿、サガ殿とは争う時も来る。その時、ワナ殿にはお味方になって頂きたい。そのためには互いに隠すことなく、力を合わせることも要り申そうゆえ、儂はワナ殿に我が謀を啓いておるのよ……」
「して改めてヤマトを興す時、ヒタ殿がその王になられるおつもりか? それでは、儂はともかく、他の王は容れはせぬであろうが?」
「されば、ヒタにはただ今ヒメミコ様がいらっしゃる」
「ヒメミコ様とっ!」
「うむ。三年の喪が明くれば、亡きヤマト王の想いを継ぎヤマトの女王としてお立ちになられるであろう。儂はそのお佐けをするつもりじゃ」
「ヒメミコ様か……儂もずいぶんと前に一度だけお会いしたことがあるが、まだ幼子であられた。今はいくつになられる?」
「十四におなりだ」
「三年立てば十七であるか……そういえばヤマト王の奥方様は大そうお美しい方でいらしたが、ヒメミコ様も……」
「うむ、母上様のお美しさと父王様の賢さを受け継いでおられる」
「もしや、ヒタ殿はヒメミコ様を妻にお迎えになるおつもりか?」
「いや、ヒメミコ様が女王とならば、儂に限らずどこかの王に嫁ぐのは好ましくなかろう」
「そうじゃな、確かにその通りじゃ。ヤマトはみなをまとめるもの。それが、どなたか一人とのみ結ばれているというのは好ましくない……」
「そういうことじゃ。ヒメミコ様にはお気の毒じゃが、ヒメミコ様が夫を持つことは好ましくないのじゃ」
「まこと、ヒメミコ様はお父上を亡くされたと申すに、悲しいことじゃのぅ……」
「そこで改めて問うのじゃが、ヒメミコ様が女王として立たれる時には、ヤマトのため、倭国のため、われらに力を貸してはもらえぬか?」
「実は此度の戦、ヤマト王からも力を貸して欲しいとお申し出があった」
「うむ、聞いておる」
「確かに我らも兵を出したのだ。されど……我らが兵を出すにはイト国を通らねばならぬ……」
「ワナ殿がイト国を通るに、イト殿の許しはサガ殿が取り付ける手筈となっていたのであるが……」
「そうであったか……イト殿はワナ国とイト国との国境にまで既に兵を出しておった」
「何とっ!」
「マツラ国に行くならイト殿を倒してから進め、と。イト殿の常の兵に較べれば、その数は多いようであった」
「されば、マツラ兵やカラ兵も合わさっておったのであろうのぅ」
「ヤマト王には申し訳ないが、あの場にてイト国と争うは我が利にあらず。兵を退きはせなんだが、進むこともできず……」
「ワナ殿……」
「お互い睨み合ったまま……その後のことよ、ヤマト王が討たれたと聞き申したのは……」
「そのような……」
「儂は……儂もヤマト王を裏切ったようなもの……まこと、ヤマト王には申し訳なし……」
「……」
「されば、その姫君であるヒメミコ様がヤマト王の仇を返すためサガ殿、マツラ殿を討つと申されるならば、次こそ必ずこれにお力添え致し申そう。儂とてひとたびヤマト王と約したことなれば、此度はヒメミコ様をお佐けすることで、ヤマト王にお詫びしましょうぞ」
「ワナ殿、ヒメミコ様に代わりお礼を申し上げる。されど、ヒメミコ様はヤマト王の仇を返すためには兵を興しはしますまいよ」
「それでは……」
「うむ、ヤマト王のお考えを継ぎ、倭国のため、倭人の富のためにこそ、立たれることであろう」
「まこと、そうじゃ、そうであろうのぅ……そうでなくてはならぬ……」
「ワナ殿、倭国のため、ともにヒメミコ様をお佐けしようぞ」
「ヒタ殿、よぅ分かり申した。次こそ必ず……してヒタ殿は、この後はどうなさる……」
「うむ、実はこの後フミ殿にお会いしようと思うておる。フミ殿にも同じことを申し上げ、お力をお借りしようと……」
「ならば、儂もともに行こう。これでも儂はフミ殿とは行き来があるのじゃ。儂からも口ぞえすれば、フミ殿も考えてくれよう」
「ほぅ、それは心強い。ワナ殿さえよろしければ、よろしくお頼み申し上げる」
「それではともに参りましょう。倭国のために」




