第三節 黒金
「カナヤよ」
「オモカネ様、お呼びでありましょうか」
「うむ。ひとつそなたに頼みがある」
「何なりと……」
「ことは黒金のことじゃ」
「黒金のこと」
「さよう……我ら倭人はいかにして黒金を手に入れておるかは、そなたも知っておるな」
「されば、カラ人と商することによると聞いており申す」
「うむ。カラ人は倭国の米や絹と黒金の板を商しておる。我らはその黒金の板から鏃を作り、鋤鍬を拵える。ところで、黒金の板から鏃を作る法をそなたは知っておるか?」
「何でも、黒金の板を土焼きの器に入れて火にくべ、湯になったものを鏃の型に鋳込んで作ると聞いたことがあり申す」
「その通りじゃ……さてその黒金じゃが、ヒタ国は先の戦においてカラ兵と争い、また、国境を閉ざしてしもうた。ゆえに、もはや我らは黒金の板をカラ人と商することはできぬであろうなぁ……?」
「何とっ! いや、考えもございませんでしたが、言われてみれば仰せの通りにあります」
「また、他の倭国といえどもただ今はマツラ殿、サガ殿の息がかかっているであろう。恐らく、ワナ殿なども、我らに黒金を商してはくれまいよ。そうでなくとも、我らが黒金を商しようとせば、自ずと割高になるであろうな」
「……」
「つまりじゃ……我らはいずれ、サガ殿を倒さねばならぬであろうが、そのための黒金を、我らはもはや手に入れることはできのうなった、というわけじゃ」
「されば、いかように」
「そこで、じゃ……」
「……」
「ヒタの奥には、黒金の砂を産する川がある」
「黒金の砂……」
「これを湯にせば、カラ人の板がなくとも、黒金を産すること叶うであろう」
「これはしたり」
「実は、ヒタより東に山を越え、ウサ国から内海を渡った先にイヅモと申す国がある」
「イヅモ国、であり申すか……聞いたことがありませぬが、オモカネ様の仰せであれば」
「このイヅモ国には、能く砂から黒金を産する者が多くおるとのことじゃ」
「さすがはオモカネ様、何でもよぅ知っておられ申す」
「いや、これはヒタ様から教えられたことよ。ヒタ様は前より、倭国にある他の多くの国々についてお調べであってのぅ……」
「ヒタ様が……」
「うむ。そこでそなたへの頼みなのじゃが……」
「まずはイヅモ国に参りて黒金を産する者をみつけよ。そして、その術を学べ」
「はっ」
「しかる後にその者をヒタにお連れし、ヒタ国で黒金を産するよう整えよ」
「仰せのとおりに」
「儂も黒金を産する術を詳しくは知らぬ。ゆえに、他にどのような誂えを要するのか分からぬ。そなたは黒金を産する術を知るのみでなく、要する全ての誂えも整えるのじゃ。幸いヒタには多くの木々が生えておる。黒金を産するための炎には事欠かぬじゃろうて」
「仰せのままに。必ず、ヒタで黒金を産するべく……」
「まず、これより一年を以ってイヅモに参り、その術を学んでもらいたい」
「はっ」
「次の一年で誂えを学び、黒金つくりを連れて参れ」
「そのように」
「その次の一年で大いに鏃をつくり、また、鋤鍬を拵えてほしい」
「分かり申した」
「それとのぅ……カナヤ」
「は?」
「我らがなにゆえ黒金の剣を作れぬか、そなたは知っておるか?」
「いぇ、恐れながら某には分かりませぬ」
「先にそなたは鏃を作る法について、黒金の板を熱して湯にすると申しておった」
「さよう、そのように聞いており申す」
「うむ、その通りなのじゃが、なにゆえその法で黒金の剣を作らぬと思う?」
「そう言われれば……剣の型を作れば黒金の剣も作れましょう……なにゆえ倭国では作らぬのでしょう?」
「作らぬのではない。作れぬのじゃ……」
「……」
「実はのぅ、湯を鋳込む法では強い剣は作れぬのじゃ……この法で作った剣は、強い力を加えると、すぐに折れてしまいよる」
「つまり、戦場にて敵の剣を受けた時、こちらの剣はすぐ折れてしまうと……そのような剣では使い物にはなり申さぬが……」
「さよう、ゆえに我らの法では黒金の剣は作れぬ。これは赤金とて同じこと。ゆえに我らは矛を用いておる。矛であれば小さいゆえ折れにくいであろう?」
「しかし、カラ兵は黒金の剣を佩いておりますが……?」
「そこがカラ人の憎ましいところよ。黒金の剣に能う良き黒金はカラ人のみ有し、それより質の劣る黒金を我ら倭人に商する……」
「……」
「されど、それではカラ兵には勝てぬが理。なにしろそなたの申す通り、敵は黒金の剣を佩いておるゆえのぅ」
「それが先の戦の……」
「そう、負けたゆえ……もちろん、そればかりではあるまいがのぅ……いずれにせよ、我らは黒金の剣を作る術も合わせ学ばねばならぬ」
「仰せの通りではありますが、いかにしてそれを……?」
「実は、イヅモにはその術もあると聞く」
「イヅモに……?」
「イヅモでは黒金を鍛えることにより、強い黒金を作る術があるそうじゃ。鍛えた黒金にあらば能く剣を拵えるに適うという」
「つまり、黒金の剣を作る術もイヅモで学び、この者らを連れてこい、と……」
「さよう。さすれば、ヒタでも黒金の剣を兵に持たせることが叶うであろう」
「ヒタは強うなりますなぁ」
「さよう。鍛えて拵えた剣であれば、たとえカラ兵の剣であろうとも恐るることはない」
「されど、兵の一人一人に持たせるためには、大いに拵えなければなりませぬなぁ」
「うむ、よいところに気づかれた。従うて、そなたはただ作る術を学ぶだけではなく、大いに拵えるための法も合わせ学ばねばならぬのじゃ」
「……」
「仮に、一振りの剣を拵えるのに一日を費やすとする。されば、千の兵に剣を持たせるには三年待たねばならぬという法じゃ」
「それでは戦に間に合いませぬ……」
「されば、これを一年に縮めるためにはいかがいたす」
「剣を拵える者を三人にし、誂えも三式整えます」
「そうじゃ。さればそなたは、黒金を産する法を学び、誂えを整え、さらには剣を作る者を多く育てねばならぬ。それが先に申した、大いに拵えるということじゃ」
「よぅ分かりました」
「されば、ヒタは強うなる。ヒタが強うなり、再びヤマトを興すは、みなそなたの働きにかかっているということじゃな」
「身が震えるようではありますが、オモカネ様の命とあらば、喜んでお引き受け致します」




