第一節 服喪
「ヒメミコ、少しは落ち着かれたかのぅ?」
「ヒタ殿……その節は取り乱してしまい……何と申してよいやら、お恥ずかしい……」
「いや、父王が亡くなられたのじゃ。ヒメミコが嘆き悲しまれるのも当たり前であろう」
「そのように言うてもらえると助かる……」
「さて、少し落ち着いて話をしたいのであるが、よろしいか?」
「うむ、もう確かじゃ。話とは何であろ?」
「されば、ヒメミコのこれからのこと……」
「これから……」
「さよう、ただ今は父王の喪に服しておればよいが、三年経てば喪も明ける。その時に、ヒメミコはどのようになさるおつもりか?」
「どのように、と言われても……今は何も……父上も何も話してくれぬままに……」
「そうであろう。いや、儂も今すぐに決めよと申しているわけではない」
「そもそも、誰もそのようなことを妾に教えては……」
「ヒメミコ、それは……そう、誰かに教えられるようなことではないのじゃが……」
「……ヒタ殿が何を申されているのか、妾にはよう分からぬ……」
「そうじゃな……その前に、落ち着いて聞いて欲しいのじゃが……」
「例えヒメミコがどのような道をお選びになっても、儂は必ずヒメミコの側でこれをお佐けすることを誓おうぞ」
「どのような道でも……?」
「そうじゃ。例えば、ヒメミコが父王の仇を返すためサガ殿を討つと申されるなら、儂はともにサガ殿を討とう」
「妾はサガ殿が憎い……」
「うむ……またもしヒメミコが、父王の想いを継ぎ、ヤマトの女王として立つと申されるなら、儂はその臣として必ずお支えするであろう」
「うん」
「また、もしヒメミコが、ただの民として暮らすことを選ぶのであれば、儂はヒメミコが民として暮らす地を整えよう」
「……」
「また、もしヒメミコが、儂の妻となりヒタの后となることを選ぶのであれば、儂はそれをも容れるであろう」
「ヒタ殿の妻……」
「されど、ヒメミコはただ今自ら申されたであろう。今は何も考えられぬ、と」
「申した」
「幸い、ヒメミコには喪の時がある。喪の間、よぅ父王のことを思い出し、父王が何を仰せであったか、父王が何をなさっていたか、父王が何をお考えであったか、考えられよ」
「父上は妾には何も……」
「そうであろうか。いや、面と向かって、筋道立てては仰せではなかったろう。されど、きっと何やらお考えの端々が、父王の口から発せられていたことであろう。よぅ思い出されよ。そして、よぅ考えられよ」
「考える……」
「さよう、ヒメミコは何をしたいのか。何をなすべきなのか。よぅ考えられよ」
「ヒタ殿、妾に教えてたもれ。妾は何をなすべきか」
「儂にはそなたを教えること叶わぬ。己が何をなすべきか……その答えは己をよぅ見つめ、よぅ考えたものにしか与えられぬのじゃ。それは……儂にはそれをそなたに授けてやれるような術はないのよ」
「ヒタ殿……父上も何も教えてはくれなんだのに、ヒタ殿まで……」
「そうではない、ヒメミコ。そうではないのじゃ」
「ヒタ殿、ひとつ教えてはくれぬであろか?」
「何じゃ?」
「ヒタ殿は妾のことを、どのように思うて下さっておるのじゃ?妾は……」
「ヒメミコ。儂はヒメミコが幸せになることを望んでおる。今は父王を亡くしたばかりで辛かろう。じゃが、時をおけば必ず、そなたは己の幸せについて考えることができよう。いや、考えねばならぬ……」
「妾の幸せ……」
「さよう、ヒメミコが何を幸せと思われるか。それは儂には答えられないのじゃ……ヒメミコの己のことゆえに」
「……」
「しかるに、ヒメミコには時が要るのじゃ。時をかけて、ゆっくりと考えられよ。そして、ヒメミコが己の幸せの在り処を見つけた時には、儂はきっと、そなたがその道を歩むことをお佐けしようぞ。例えそれが、どのような幸せ(みち)であっても」
「分かった。これは教えられるものではなく、妾が自ら考え出すもの、ということじゃな」
「さよう、さすがはヒメミコは賢くてあらせられる」
「……もうよい、妾をそのように揶うのは……」
「いや。されど、まこと儂はヒメミコが幸せになられることを望んでおる」
「うむ、それを聞けただけでもよかった」
「じゃが、ヒメミコが己を考えるためには師が要るであろう」
「師?」
「うむ。これからヒメミコが己のことを考えるには、知が必要であろう?」
「……」
「されば、もしヒメミコが考えても分からぬことがあれば、オモカネに聞いてみよ。儂よりも、よほどよい知を授けてくれるに違いない」
「オモカネ殿に……」
「さよう、オモカネは儂の師でもあるのじゃ。もっとも、若いころはオモカネの教えを受けるのが嫌でのぅ……よぅ逃げ出しておったことよ……」
「ヒタ殿も若い頃は己で考えたのであろか?」
「そうよのぅ。じゃからこそ、そなたもまずは己で考えてみよ。そして、もしもつまづいたのなら、オモカネに問うてみよ。オモカネならば、そなたがその問いを自ら乗り越えられるための知を、そなたに授けてくれるであろう」
「ヒタ殿に聞いてはならぬのであろか?」
「うむ、そうじゃのぅ……儂にはそなたに授けられるほどの知はあり申さぬわ」
「何を仰せか……父上はヒタ殿を我が知、と仰せであったぞ」
「そう、そうやって、父王が何を仰せであったのか、よぅ思い出されよ。ただ、まこと、儂にはそなたに授ける知はあり申さぬよ」
「なにゆえじゃ?父上の知ではありながら、妾の知にはなってくれぬのであろか?」
「そうではない。今ヒメミコが考えることは、ヒメミコのこれからのこと、ヒメミコの幸せのことであろう」
「うむ」
「されば、儂が何か申せば、ヒメミコの幸せを、儂が決めてしまうことになるであろう?」
「よぅ分からぬ。なにゆえヒタ殿は教えて下さらず、オモカネ殿は教えて下さるのじゃ」
「そのことも含めて、よぅお考えになられよ」
「……分かった……少し考えてみるであろ」
「うむ。そなたはまこと、父王の賢さと強さを受け継いでおられる。儂はまこと、そのように思うておる」
「……」
「それと、まことそなたは、母上様の美しさと優しさも受け継いでおられる。儂はまこと、そのようにも思うておる」
「……もうっ、よいわっ!」
「はっはっはっ……そなたであれば、きっと見つけられるであろう。そなたの幸せを」
「うん。きっと見つけた時には、まこと妾を佐けてくれるのであろな」
「うむ。必ず……」
「それから、儂はこれから少し旅に出てくる」
「妾を置いていかれるのか?」
「そうではない。ヒメミコがどのような道を選ぼうと、儂は必ずお佐けすると申したはず。それゆえ、ヒメミコが三年の後に幸せの花を咲かせられるよう、今から少しばかり種を蒔いておくのじゃ」
「妾のため……」
「儂がおらぬ間はオモカネがそなたの身の回りを固めるであろうゆえ、何なりとオモカネに申し付けるがよい」
「できるだけ早う帰ってきてくれろ」
「うむ。それまで健やかで。次に会うた時が今から楽しみじゃのぅ」




