第十節 戦後
「ヒタ様」
「タケよ、よぅ戻った。まったく、ひどいなりじゃのぅ」
「……」
「ヤマト王はどうされた?」
「……」
「ヤマト王はお確かか?」
「……ヤマト王は、ヒタまでお連れ申したが……お守りは、でき申しませず……」
「……どういうことじゃ」
「敵の囲みは抜けたのでございますが、林に退く手前にて、ヤマト王は……敵の矢を背に受けられ……」
「うむ」
「一本は軽い傷であられ申したが……二本目は、深く……大そう、血をお流し申され……」
「……」
「兵とともに盾で拵えた台に寝かせ奉り、王をお運びしたのですが……城に着く前に……薨り(みまかり)申されました」
「さようであったか」
「実は、ヤマト王からヒタ殿にお伝えするように、と命じられて……おることがあり申す」
「何と」
「ヒタ殿に詫びてくれ、と……ヒタ殿の意を用いず……戦を始めたのは、儂が過ちであった、と……」
「ヒタ様には、この身に代えても、必ずお守りすると、お誓い、申し上げましたのに……叶わず……今、ヤマト王の命も、果たしますれば……あとは、この身を以ちて、罪を……償いたく、どうぞ、お許しくださいますよう……」
「もうよい、そなたはよぅやってくれた。よぅヤマト王をヒタまでお連れしてくれた。敵の手にかかり、惨たらしく晒されるのでなければ、儂らが葬り奉ることも叶うであろう。よぅやってくれた。そなたに罪はない。罪あるとすれば、サガ殿の企みを見抜けなかった儂にこそある。そなたは何も悪くない。そなたはよぅやってくれた」
「ヒタ様、うぅっ……ヒタ様、私は……私は……」
「まずは落ち着け。落ち着いた後、ゆっくり話を聞かせてくれ。そなたはカラ兵と戦ったのじゃ。その強みも弱みもよぅ知っておろう。いつか改めてカラ兵と争う時、此度のそなたの戦が、きっと役に立つことであろう。されば、それに備えねばならぬ。儂は改めてそなたに命じる。再び相見えるに備え、よく兵を整えよ。そなたが儂の頼りである」
「ヒタ様……申し訳ありませぬ。申し訳ありませぬ……うう……申し訳……」
「もうよい、分かったゆえ、もうよい」
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「そちらの兵の頭はいるか?」
「お主は誰だ!」
「儂か? 儂は守りの兵の頭、ウワハルと申す者よ。お主らの頭はおるか? 頭に話があるゆえ、こうして一人でまかりこした」
「儂がこの兵の頭、ミヤと申す。ウワハル殿、戦のただ中にあり、何用じゃ?」
「うむ、されば、一つ考えたのじゃが、今しばらくこの地での争いを止めぬか?」
「何をっ、儂らはヒタを攻めるようサガ様から命じられておる。争いを止めるなど、できようはずもない」
「うむ、それは儂とて同じこと。されど、馬兵にも去られ、弓兵と矛兵だけでこの柵を落とすのも難かろう?」
「何を言う! あんな頼りにならぬくせに口うるさいカラ兵など、いない方がましというものよっ」
「ほぅ、それはそれは……されど、儂とて暇つぶしに来ているのではない。実は……」
「何じゃ!」
「ここにほれ、倒れておる兵どものことよ……敵とは言え同じ倭人、このまま戦場に放っておくのも忍びない」
「それは……」
「わざわざヒタまで攻め入りながら倒れた者ども……まだ助かる者もあるやもしれぬし、斃れた者もあろう。助かる者は助けたいし、斃れた者は葬ってやらねばなるまい」
「……」
「そこでじゃ、倒れたものを助け、葬るまでの一時、しばらくでよいのでお互いに争いを止めぬか?という訳じゃ」
「されど、なにゆえそのような……」
「言うたであろう? 同じ倭人よ。そもそも、ヤマト王は、倭人がお互いに相争うのを止めるため、ヤマトを興した。それはそなたも知っておろう?」
「うむ……」
「何ゆえ、倭人がお互いに争うのはよくないと思う?」
「いや、それは……」
「それは、倭人が互いに争うている間に、倭国はカラ国によいようにされておるからよ」
「よいように……」
「さよう、倭人の富と倭人の地がカラ人に奪われておるのじゃ」
「うぅむ……確かに、あのカラ人どもは儂らのことなぞ考えておらぬ。まるで、己のことしか目に入っておらぬようじゃが……」
「そこじゃよ。なにゆえカラ人はそこまでつけあがるか? それは倭人がお互いに相争うておるからよ」
「ふむ……」
「ゆえに王はヤマトを興した。倭人の地を、倭人の富を倭人の手に取り戻すために。そのためには、倭人が互いに争うておる時ではないのじゃ」
「倭人が争うておる時ではない……されど、それがなにゆえ……」
「同じことよ。今ここで倒れている兵を救うは、倭国のため。決してサガのためでもなければヒタのためでもない。儂らは同じ倭人ではないか。今は相争うておるが、いずれ争いは止む。さすれば同じ倭人よ。今、一時戦を止め、倭人としてなすべきことをなす、ただそれだけのことよ」
「そうは言うても、儂らが兵を助けている間、そちらが攻めてくるのではあるまいか?」
「そう疑うならば、逆にこちらに攻めかかってくるがよい。いつでもお相手しようぞ」
「……」
「じゃがな。実を言うと、儂らは別にそなたたちを倒したい訳ではない。ここを守るのが儂らの役目。そなたらがここを攻めなければ、儂らとしてもわざわざ争うゆえもないのよ」
「そうは言うても儂らはサガ様の命により……」
「サガ殿への報せか? それならこう報せればよいではないか。敵はなかなかに固い守りを敷いておるが、逆にこちらも敵がヒタから出られぬよう封じ申した。まずは倒れた兵を救いこれを再び整え、その上で改めて攻めるべく計っておる。敵の頭は倭人のためなど甘いことを言うておるが、その隙をみて攻めるため、今はあえて争いを止める案を受け容れた。争いをいつ始めるかは我が手にあり、必ずやヒタを落とし参らせる、と」
「まこと信じてよいのだな?」
「とりあえず、三日の間だけ戦を止める、ということでどうじゃろか? お互い、悪くはないと思うのじゃが……」
「よう分かった。敵兵の前に一人であらわれたウワハル殿の顔を立てて、まずは三日の間、戦を止めようぞ」
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「ハヅ殿」
「ウワハル殿、お呼びでありますか?」
「うむ。先に申したとおり、さきほど敵兵の頭に会うてきた」
「いかがでしたか?」
「うむ。こちらの見込み通り、まずは三日の間、戦を止めることをよしとしてきた」
「なるほど、やはり敵も攻め手が見つからぬようで……」
「そうであろうのぅ。そなたならこの柵、どうやって攻める?」
「某であれば、攻めませぬ」
「ほう……」
「少なくとも、もう少し数を揃えて力押しをするか、山より回り込んで村々に火を放つか。いずれにせよあの数で柵を越えることは叶いますまい」
「さて、敵はこれから数を増やしてくると思うか」
「さぁ、そこまでは……ただ、端から数を増やすつもりにあらば、馬兵も退くことはないでしょうし、さきほどのような力押しもしないでありましょう」
「そうよのぅ。実は馬兵のことだが、やはりそなたの見立て通り、何やらサガ兵とカラ兵の間に諍いがあったようじゃのぅ……」
「ほぅ、どのような……?」
「口ばかりうるさくて頼りにならないカラ兵ども、とはミヤ殿……敵の頭の言いようよ」
「なるほど、確かにカラ兵とサガ兵は、あまり上手くいってはおらぬようですな」
「ゆえに、うまくすればこれを分かつことも叶うじゃろうて」
「そのための三日、でありますか」
「そういうことよ。さて、儂はこれからヒタ様の元へ参ってこのことを報せてくる。その間、恐らくは敵から攻めてくることはないと思うが、万一の時には儂に替わってそなたが兵を率いよ。弓と弩を使ってみなで時を合わせて矢を射るように」
「心得てございます」
「また、こちらからは仕掛けるな。柵を越えて攻め込むこともない。敵が倒れた兵を助けに動いても、こちらからは手を出すな。儂らとしては、敵が攻めてこなければ勝ちゆえ、何も敵を倒すまですることもあるまい」
「仰せの通りに」
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「ヒメミコ……」
「父上は亡くなったか……」
「なにゆえ、そのように……」
「さきほどから、城の中がみょうにざわついておる。戦のせいばかりでもあるまい。更にヒタ殿のそのすまなそうな顔……まことなのか?」
「申し訳ございませぬ。ヤマト王には戦の中にて矢傷を負われ、我が臣が何とかヒタの地までお連れはしたのですが、既に薨り申されておいででした」
「さようか……父上が……」
「まことに申し訳ございませぬ」
「よいのじゃ。ヒタ殿が……詫びることでは……ヒタ殿は、妾とともに……此度の戦……うぅっ、父上……」
「……ヒメ、ミコ……」
「ヒタ殿……ヒタ殿は、先ほど、父上を、ヒタまで……お連れ下さった、仰せじゃった、な……今、父上は、どこに……妾は、父上を叱る……れねばならぬであろ……?」
「されば、こちらにおわしますゆえ……お連れ申し上げます」
「父上っ……」
「なにゆえ……このような……」
「……お苦しかったであろ? ……お辛かったであろ? こんなに……血を、流して……父上は、何をお考えに……」
「……」
「父上が、悪いのじゃ!妾の……ヒタ殿の意を用いず、サガ殿、うぅっ、サガ殿なぞの、申すことを……戦を、なにゆえ……こんな……妾は、妾は父上をっ……まだ、母上の……妾は……」
「ヒタ殿……」
「……」
「父上は……父上はいつも、妾を……子供扱い、して……妾も、もう十四にも、なるというに……何も、何も教えては……くれなん、だ……妾は、いつも……」
「ヒタ殿……此度、ようやっと、父上は……戻ったら、父上の、お考えの……父上のお気持ち……きっと話してくださると……何より、亡き母上の、ことも……必ず、迎えにきて、下さると……妾を……」
「妾は……妾は、もう、一人に、なって……もう、父上に、教えて頂くことも……母上に、抱いて、頂くことも、できのうなって、しもうた……妾は……父上も……」
「ヒタ殿……」
「……」
「妾は、こんな妾は……まだ、子供なので、あろか? 父上が、亡くなり、一人になって、妾は……涙が止まらぬのじゃ……」
「……」
「ヒタ殿……妾は、妾を……」
「……」
「ヒタ殿は……父上の、かわりに……母上の……かわりに」
「……は……」
「ヒタ殿は、父上の代わりに、妾を、導いて、くれるであろ……か」
「ヒメミコがお望みであれば、必ず」
「ヒタ殿は、母上の代わりに、妾を、抱いて……くれる、であろか」
「……母上様の代わり、と申されても……臣には……」
「ヒタ殿は、妾の側にあり、妾を、守ってくれる……であろか」
「誓って必ず」
「ヒタ殿、どこにも……逝かないで、くれろ」
「ヒメミコ……」
「ヒタ殿、妾より、先に……もう、こんな、悲しい……」
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「さて、これからのことを考えるに当たり、みなの意を聞きたい」
「まずはタケ、此度の戦のことであるが、馬兵はいかがであった?」
「されば、まず馬と申すは体も大きくその駆けるのも速ければ、一息に迫って参りますゆえ、兵は馬の迫ってくるを恐れ慌て申します。みなで固まり盾を立てて矛をかざせばそれなりに留めることは叶いましょうが、それには予めよく兵を鍛えておくべきか、と」
「うむ。その通りじゃな」
「また、その動きの速さより、開けた地においては好きなように駆け回り、こちらの弱いところに向けて一息に攻めてくること叶い申す。更に、追い討ちには利があるようで、こちらが戦場から抜けたと思うても、すぐに追いつかれました」
「うむ、馬の速さは恐るべきことのようじゃのぅ」
「ただ、カラ兵の弓は倭人の弓より小さいようにあります。恐らく馬の上で取り回しやすいようにとのことでしょうが、恐らくカラ兵よりもこちらの弓の方が遠くから射ることができましょう」
「これらを合わせると、馬の動きの好きにはできない地にてこちらが守りを固め、矢戦にて応じれば、馬兵とも争うことが叶いましょう」
「うむ、それはまるで国境の争いそのものであるな、ウワハル」
「仰せの通りにあります。国境では堀を築き柵を設け、馬が駆けてこられぬよう防ぎましたが、弓と弩により馬兵が近づけぬままにこれを倒すことが叶いました。また合わせて、矢戦においては、矢を上に向けて射るのではなく、まっすぐ馬を狙うて射るのが馬を倒せたゆえかと存じます」
「恐れながら、それについては私も同じように考えております。ただし、前から進んでくる馬を射るは易いが、速く駆ける馬を横から射てこれを倒すのは、ちと難かろうと」
「うむ、タケの言う通りであろうな」
「また、馬の体は大きければ、石や鹿の骨の鏃では心もとなく、黒金の鏃を多く持たせることが要となりましょう」
「されば、馬兵との戦い方が少し見えてきたようでありますな……」
「オモカネよ、馬兵との戦い方はいかに」
「はっ。まずは戦う地を選ぶこと。馬が好きにできず、こちらが固まれる地がよいでしょう。一方が山や林、川になっている地、あるいは崖の上などもありましょう。要は、いかにこのような地で敵と対するか、ということでありましょう。そのためには、物見をよく配し、敵の動きを予め知り、それに合わせてこちらの兵を動かすという知が要りましょう。更には、そのような地を自らつくるべく、柵や堀を設けるのも手でありますな」
「うむ」
「そして、よく黒金の鏃を揃え、兵を率いて、馬兵が近づかぬ前に弓戦で仕留めるのが常となりましょう。そのためには、予め兵を鍛えておくことも要りましょう」
「そうじゃな。次にタケよ、サガ兵とヤマト兵はどうであった」
「私はサガ兵とは会うておりませぬゆえ、サガ兵については……また、ヤマト兵は、申し上げにくいことですが、敵の攻めに対して脆かったようであります」
「なにゆえ、とそなたは考える」
「ひとつには弓が足りず、馬の近づくのを許していたことがあるように思われます。また、兵が馬を恐れて散り散りになる癖がありました」
「なるほど、弓があれば、敵が一息に迫るのを防ぐことにはなったろうのぅ。ウワハルはどうじゃ?」
「されば、サガ兵とカラ兵は互いに仲がよろしくはないように見え申す。どうやら敵の馬兵はサガ兵と言い争いをした後に、己だけ退いてしまったようにあります」
「ほぅ、それはそれは……」
「恐らく、サガ殿の利とカラ兵の利は同じではない、ということでありましょう」
「うむ……他に申しておくことはあるか?」
「はっ、実は敵の馬を生け捕って参りました」
「何と言った、ウワハル」
「されば、こちらの矢戦で兵を失った馬が数頭おりましたゆえ、そのうちの四頭をこちらに連れて参り申した」
「よぅやった、ウワハル。馬を究めるにも使うにも、まずは馬がおらねば始まらぬでのぅ」
「恐れ入ります。この馬どもは必ずやヒタ様のお役に立つことでありましょう」
「うむ……他にはあるまいか?」
「……」
「それではこの後に備えるために、そなたらには今から次のことを命じる」
「まずはタケ」
「はっ」
「よぅ兵を鍛え、いつでも意のままに率いることができるようにせよ」
「はっ、此度の過ちを二度と繰返さぬよう、よく兵を鍛え備えることと致し申す」
「タケ殿、ひとつ案があるのじゃが……」
「オモカネ殿、何かよい知があれば教えて頂きたい」
「されば、アヤ国においては兵を率いるに、鐘を用いると聞いたことがある」
「鐘、でありますか」
「さよう、戦場においては多くの兵が声を挙げ、また矛と盾のぶつかり合う音があなたこなたに響くゆえ、兵を率いようにもよう声が届かないこともあろう」
「然り……」
「されば、鐘を使って兵を率いるのです。例えば、一つ鳴らせば右を向き、二つ鳴らせば左を向く。続けて速く打てば前に進み、遅く討てば後へ退く。要は、声が届かずとも鐘の音なら届くゆえ、兵は鐘を聞いたらその通りに動く、それだけで兵を率いるのも易くなるということです。タケ殿もこれを試してみてはいかがであろうか」
「オモカネ殿、よい知を授けてくださり礼を申す。さらばそのように計ることと致しましょう」
「うむ。続いてウワハル。そなたは引き続き国境の守りを頼む」
「はっ」
「国境の守りにあっては、こちらから攻めることはない。敵が攻め込めなければこちらの勝ちじゃ」
「仰せの通り」
「ただ、そなたには敵の頭を通してサガ国の具合を探って欲しい。サガ殿が何を考えているのか分かれば、これを討つも易かろう」
「実は、既に敵の頭と話をし、とりあえずは三日の間、戦を止めることとしました」
「何とっ、それはまた……」
「敵兵としても、戦場に倒れた兵のことやらで、今戦を続けるのは好ましくないようにあり申す。そこにヤマト王のお考えをよく話して聞かせ、同じ倭人として倒したくはないのじゃ、と説いてきました」
「ほぅ、それを聞いた敵の頭殿は、どのようであった?」
「はっ、恐らく初めて聞かされたのでありましょう。そのような深い考えもあるのか、と悩んでいるように見え申した。また、サガ殿とヤマト王を較べておったやもしれませぬ」
「そうであろう。こちらとしても、まずは敵が攻めてこないのであれば助かるが、このまま敵の攻め手を奪うことは叶うか?」
「恐らく、あと三日も経てば敵も手持ちの食がなくなりましょう。その時にどのような謀をするか、により申す。敵としては、退く、数を揃えて攻める、このままでいる、の三つの手があります。我らとしては第三の手を敵が選ぶように謀りたいのですが……」
「ヒタ様、ひとつウワハルに謀を授けさせては頂けませぬか」
「うむ、許す。オモカネの謀であれば、よぅ効くことであろう」
「恐れ入ります。しからば、まずは敵兵に酒を贈り、ウワハル殿と敵の頭で酌み交わすのです。その後、食を贈り飢えさせないよう計らいます……」
「なるほど、敵をこちらに引き入れるようというのじゃな。敵の思惑を知るに用いるのみならず、後にこちらからサガへ攻め込む際には我が兵ともしよう、との考えよのう。ウワハル、できるか」
「はっ、お任せください」
「次にシタハル。そなたにはよく田畑を耕し食を蓄えるとともに、ウワハルの生け捕ってきた馬を育て殖やすことを命じる」
「馬を殖やす……」
「さよう、馬も鹿も似たものであれば、ヒタの奥の山々にて育てることは叶うであろう。そもそも馬とて、元は野に住んでいたものを人が捕まえて手懐けたもの。カラ兵にできるのであれば、倭人にも同じことができよう。そなたは馬を殖やすを究めよ」
「それは良きお考え。馬を使えば物見もより早く易くなり申そう」
「父上……」
「うむ、オモカネの言うとおりである。更に増えれば、こちらも馬を兵として使うこともできよう。先に馬兵の攻め方を話したが、逆であれば馬兵ほど強い力もあるまい。要は使い方じゃて、馬を能く用いるよう、よぅ究めてくれ」
「某に、そこまで大きなお役目を……分かり申した。ヒタ様の仰せのままに、必ずや馬を究めてみせましょうぞ」
「最後にオモカネ。そなたには黒金を殖やしてもらいたい」
「黒金でございますか……」
「うむ。鏃にしても剣にしても……あるいは鍬や鋤にしても、黒金はなにものにも優る。黒金を殖やすことは、そのままヒタを強くすることになろうぞ」
「仰せの通りではありますが、ヒタ様にはカラとの商によって黒金を殖やせ、との命にはありますまい」
「さすがはオモカネ、その通りじゃ。実は、ヒタより東に向かって山を越え、内海を渡った先にはイズモという国があるそうじゃ。儂も行ったことはないのじゃが、イズモでは黒金の砂より黒金を産するという……」
「臣もその噂は聞いたことがあります。倭国ではマツラ国もイト国もみな黒金を産することができず、カラ国との商でこれを手に入れております。それゆえ、黒金の値を安うするのもヤマトのゆえのひとつ。しかるに、イズモ国ではカラ国と商をせずとも、砂から黒金を産する術があるとか。噂で聞いただけでしたが、まことのことでありますか……」
「うむ。実はな、オモカネよ。ヒタの山奥の川沿いには、黒金の砂が産しておる。そしてイズモには砂から能く黒金を産する者がおるとのことじゃ。そなたはこれらの者をヒタに連れて参り、この地で黒金を産するべく究めてくれ」
「父上が黒金をヒタで産することができれば……」
「さよう、国々の力の釣り合いが変わりましょうなぁ」
「うむ、そういうことよ」
「分かり申した。ところでヒタ様、ヤマト王のことはどのように」
「うむ、恐らくサガ殿はただ今、ヤマト王がどこにいらっしゃるかについて気を揉んでいることよのぅ」
「戦場では王をお見かけせず、アサの城にも戻ってはおられない。林に逃げ込んだところまでは掴んでおろうが、その後の足取りは消えて……」
「そなたの見立てが正しいであろうのぅ」
「ただ今はアサの城を落としたばかり、ここでヤマト王を見つけられなんだら、恐らく次はヒタに攻め寄せてくることでありましょう」
「やはりそうであろうな。今国境でにらみ合ってる兵は先駆けのようなもの、ヤマト王がヒタにいると疑えば、更に兵を増やして攻めて参るであろう」
「ただ今は五百ほどの兵であるゆえ持ちこたえておりますが、敵兵の数が増えれば支えきれないかと存じますが……」
「ウワハルが弱気なことを申すとは思えん。そなたの見立ては正しいであろう」
「されば、恐れ多くもヤマト王にヒタをお守り頂きますか……」
「王には薨られた後にも儂らをお守り頂く、か……それしかなかろうのぅ。さればオモカネ、ヤマト王は戦の中、敵の矢に当たって亡くなった、との噂を流せ」
「分かり申した。更に王には申し訳ないのですが……」
「何か謀でもあるのか?」
「はい。王と背格好の似た者で此度の戦で無くなった者はおりますまいか?」
「つまり、王をお埋めした地についても噂を流し、その者を身代わりに敵に掘り起こさせようと申すのじゃな?」
「無くなった者には冒涜の極みであり、また、王のお召し物をその者には着せねばなりませぬゆえ、不敬の至り……その罪は臣が背負うことといたしますゆえ」
「すまぬな、オモカネ。そなたの申すよう、計らってくれ」
「意を用いてくださり、お礼申し上げます」
「うむ、さすればサガ殿のことじゃ。アサの城にて満たされ、王を気取り、わざわざヒタに攻めてくるようなこともするまいよ」
「さよう、さらばウワハルの謀も上手くいくことでありましょう」
「みな、頼んだぞ」
「はっ」
「それから、儂はしばらく旅に出ることにする。儂のおらぬ間はタケに儂の替わりを任せる。みなもよいな?」
「否やはございませぬ」
「うむ、それではみな、よろしく頼む」




