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ヤマトのヒメミコ  作者: 勅使河原 俊盛
第一章 開戦
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第九節 防戦

「ヒタ様、タケ殿からの報せが参ったようです」

「うむ、通せ」

「ヒタ様、タケ様からお伝えすることがございます」

「うむ、遠くの戦場いくさばからよほど早く駆けてきたのであろう。疲れているとは思うが、まずは報せよ」

「されば、タケ様からは二つのことをヒタ様にお報せするよう命じられました」

「詳しく申せ」

「はっ、一つめは、サガ殿は恐らく裏切ったらしい、と。サガ殿の兵は谷あいの道を抜けた後マツラ殿の兵と合わさり、次に谷から抜けたヤマト王の兵を三方から囲み、逆に攻め寄せてきた、とのことです」

「そうか、マツラ殿の兵の数はわかるか?」

「申し訳ありませぬ。某には分かりかねます」

「そうか、すまぬ。報せを続けよ」

「はっ、二つめの報せは、サガ殿はカラ兵と通じており、谷あいの道のアサ側の出口より攻め込んできたとのことであります」

「何とっ、アサ側から……」

「ヒタ様、恐らくカラ兵は馬を使ってサガの地から攻めてきたのではありますまいか」

「オモカネ様の仰せの通り、カラ兵は見たこともない大きな四つ脚に跨って攻めてきた、とのことにあります」

「なるほど、サガ殿は端よりヤマト兵を挟み撃ちにする心積もりであったようじゃの」

「恐らくは……」

「それで、カラ兵の数は分かるか?」

「確かなことではありませぬが、およそ三百とのことであります」

「そうか……馬兵三百であれば、弓戦ゆみいくさをうまく行えば防げようか?」

「恐れながらヒタ様、恐らく三百の馬を倒すには、矢の数が少のうございましょう。いずれ矢尽き、王もお退きにならざるを得ないかと考えます」

「そうじゃの……してヤマト王にあってはいかがであろうか?」

「某が報せに出た時には、まず兵を集めて守りを固めているところにありました。ただ、カラ兵が谷の出口を塞いでおり、そこを抜けるに時を要したゆえ、ただ今のことはよう分かりませぬ」

「うむ。タケであれば退くことを考えるであろう……カラ兵の攻めはいかがであったか?」

「某は……敵から隠れるようにして抜けて参り申したゆえ、詳しくは分かりませぬ。されど、敵兵の動きは早く、次々に我らに攻め寄せるゆえ、こちらは防ぐにもゆとりなく、多くの兵が倒されていたように見えました。特にヤマト王の兵は、いきなり後ろから攻められたことにより、たいそう戸惑っておったようでありました」

「そうであろうのぅ……ところで、そなたが報せに出たのはいつのことじゃ?」

「はい、昨日の昼休止のすぐ後のことであります」

「そうか……よぅ報せてくれた。少し休むとよい」

「某はこれよりタケ様の元に戻りましておたすけしたいと思いますゆえ、直ちに参ります」

「まぁ待て、そなたの想いは分かるが、今は少し休め」

「されど……」

「今の疲れ切ったそなたでは、タケの役にはたてまい? むしろ今は休み、その時のために力を蓄えておけ。これは儂の命である。よいな

「はっ、ヒタ様の仰せの通りに。もしタケ様をお援けする兵を出す時には、必ず某にもお声をお掛けくださいますよう」

「うむ、分かった。もう下がってよいぞ」


「さて、オモカネ。そなたはどのように考える」

つかい殿の報せでは、戦が始まったのは昨日の昼。もし今だに谷あいの地に留まりあらば、狭い地にて兵の多いを活かすことも叶わず、たいそう苦しんでいることにありましょう。戦はマツラ側、アサ側のそれぞれの口で行われておることでしょうが、特にアサ側の口は馬兵に塞がれておるとすれば、既に矢も尽き、多くの兵が倒されておるか、と……されど、タケ殿がいつまでも留まっておられるとは考えられませぬ。おそらく今頃は王をお連れして、敵の囲みを抜けているかと存じます」

「うむ、儂も同じ見立てじゃが、果たして敵は馬兵。たとえ抜けたとしても、すぐに後から追いつかれるのではあるまいか?」

「仰せの通りですが、そこはタケ殿が、逆に馬兵を谷あいに押し込めて封じることをお考えになりましょう」

「されど、いずれにせよ多くの兵を残さねばならぬゆえ、恐らく王の廻りを固める兵は少なくなっていることであろうな」

「仰せの通りにて。山の中に入り込めば人目にも付きづらいゆえ、逆に隠れるのも易かろうとは存じますが……」

「体の大きな馬では、山の中まで追うのは難かろうのう。さて、そこでじゃ……今よりヒタから援けの兵を差し出すことについて、そなたはどのように考える?」

「恐れながら、今より兵を出しても遅うございますまいか」

「うむ、やはり既に戦は決しておるか……」

「先にも申し上げました通り、タケ殿が谷あいの地に留まっておられるとは考えられませぬ。今頃は敵の囲みを破り、どこぞの山の中にでも退いており申そう。今より兵を出しても、その兵がヤマト王に合わさるよりも先に、敵に出会う見込みの方が高かろうか、と……」

「やはりそうか……さらば、我らとしてはここで守りを固めて、王のお着きをお待ちするより他にはあるまいのぅ」

「仰せの通りにございます」

「さらば、今より守りを固めてヤマト王のお着きをお待ち申し上げることとする」

「はっ」

「まずはウワハルに命ずる。国境の守りを堅くして、敵を決して通すな。敵には馬兵が混ざっていることと思われる。よく備えを整えよ」

「はっ! 既に堀を穿ち土塁を築きて、その上に柵を設けてございますれば、敵兵がここを通る能わざるものと。更にはお借りした弩を用い、馬兵と言えども必ずやこれを防いでおみせしましょう」

「うむ、堀の広さと深さはどのくらいのものを築いたのじゃ?」

「幅は両の手を広げたほど、深さは人の背丈ほどでございます」

「この短い時にようやった、さすがはウワハルじゃ」

「恐れ入ります……」

「弩と弓は、兵にそれぞれ好きには射させるな、必ずみな同じときに射るよう、よく兵を率いよ」

「仰せの通りに」

「次にシタハルに命ずる。城の守りを固めよ。食を備え、特に矢を多く作れ。恐らく争いは国境の柵で行われることになろうが、矢を大いに作り、常にウワハルに届けるのじゃ。決して、矢尽きるようなことはさせるなよ」

「心得ました」

「次にオモカネ。そなたは物見の兵を出し、敵の攻め寄せるをいち早く知り、これを報せよ。敵の数、馬、弓、矛兵の割、その並びを予め知れば、ウワハルも戦いやすかろう」

「はっ」

「更には、敵より早くヤマト王を探し出し、これをお守りしてヒタまでお連れせよ」

「仰せのままに……」

「それではみな、頼むぞ」

「ヒタ様」

「何か」

「ヒメミコ様にはいかがお伝えしましょうや。またヒメミコ様のお守りは」

「ヒメミコには儂から伝えることとしよう。また、ヒメミコの守りはオモカネに任せる。もちろん、儂もできるだけお側におるようにはするつもりじゃが、戦が始まればそうも言ってはおれないであろう。オモカネであれば、いざの際にも委ねられよう」

「分かり申した」


******************************


「ウワハル様!」

「おぅ、物見の者か。敵をみつけたのか?」

「はっ、仰せの通りで」

「して、いかほど」

「敵は、馬兵がおよそ百五十、弓兵が二百、矛兵が三百、合わせておよそ六百五十というところです」

「そうか……それで、どちらに進んでおる?」

「恐らく、国境であるこの地に向けて進んでおるようにあります」

「うむ、馬兵のみ急ぎ先に駆けておるのか?」

「いえ、馬、弓、矛、ともに進んでおりますれば、およそ歩く速さと同じ進みで、その並びは馬、弓、矛の順であり申す」

「そなたの見立てでは、ここに来るまでには、あとどのくらいの時を要する?」

「もうしばらくほどで、ここに参りましょう」

「うむ、よぅ報せてくれた。礼を申す。疲れているところをすまぬが、このことをいち早くヒタ様にもお伝えしてくれ。頼むぞ」

「分かりました。それでは某はこれにて」

「さて、ハヅ殿はおられるか?」

「ウワハル殿、こちらに……」

「あぁ、ハヅ殿も聞いておられたか?」

「いよいよ敵と相見え(あいまみえ)ますようで」

「さよう……ヒタ様からの命であるが、弓兵、弩兵には、兵の思い思いには射させぬよう、改めてみなに伝えておいてもらいたい」

「はっ」

「弓は上に向けて射るように、弩はまっすぐ前に射るように……先に弓を射、しばらく後に弩を射れば、弓の矢が降るころに弩の矢が刺さり申そう。敵は上からの矢と前からの矢をひと時に防がねばならぬゆえ、大そう苦しむことじゃろう」

「さすがはヒタ様、敵にしてみれば、まことヒタ様を敵としたのが過ちにあり申そう」

「そうじゃな。みなでひと時に射れば、これを払うにも躱すのにも難かろう」

「よう分かり申した。それでは兵にはそのように伝えておきまする」

「馬とか申す鹿のような大きな四つ脚が駆けてくるそうじゃが、決して慌てることのないように。いくら速く駆けることが叶うても、この堀を越え柵を倒して進むこと能わず。更には、我らはこの土塁の蔭から矢を射ること叶わば、敵の矢はこちらには届かぬ。しからば、何ものも恐れることなく、ただ落ち着いて矢を射れば、儂らが勝つは予め定められておるようなもの。兵にはみなそのように伝えてもらいたい」

「仰せのままに」


******************************


「ヒメミコ」

「ヒタ殿。どうしたのじゃ? 何やらお顔がすぐれませぬようで……」

「ヒメミコには人の心がお分かりか? まこと、よい女王になられるであろうのぅ……」

「妾を揶うのはほどほどにして……何かあったのであろ?」

「されば、遣いの者の報せでは、戦場にてサガ殿が裏切ったとのこと」

「何とっ、それはまことか?」

「さよう、まことにございます。サガ殿はマツラ殿と謀り、カラ兵とも手を握って我が兵を前と後から挟み撃ちにしたそうでございます」

「サガ殿は何とずる賢い……端よりそのおつもりで、父上を騙されておったということか」

「恐れながら、ヒメミコの申される通りであるかと」

「それで、父上は? 父上はお確かなのか?」

「申し訳ありませぬが、ただ今のところはヤマト王のおられる地が分かりませぬ。恐らく既に戦場は抜け出された頃と思われますが、未だ何の報せもございませぬ」

「そうか……そうであろな。父上の報せがあれば、ヒタ殿は真っ先に妾に伝えてくれるであろからの……すまぬ、少し取り乱してしもうた」

「いえ……されど、このようなこともあろうかと、父王のお側には、我が第一の武であるタケをお付け申し上げておれば、必ずや王をお守りし、ヒタまでお連れするでありましょうゆえ、どうぞ安んじられよ」

「ヒタ殿……頼みがあるのじゃが」

「父上にもしものことがあっても、きっと妾には隠さず申してくれるであろな?」

「ヒメミコ……」

「妾は父上が妾の意を用いず此度の戦を始められたことを恨んでおる。されど、父上にはきっと帰ってきて頂かなくてはならぬ。妾のためにも……ヤマトのためにも……」

「……」

「その上で、父上をお叱り申し上げるつもりじゃ。だが、もし父上が帰って来られなんだら……ゆえに、きっと報せてくれるな?」

「仰せのままに」

「されば、ヒメミコには父王がお帰りになられるまで、今しばらくこの城に留まって頂きたいのじゃが」

「否やはない。恐らくアサの城はもたないのであろ?」

「それは……」

「先にヒタ殿がそう申しておったではないか。ヒタはアサに較べて守りに易いと。今にして思えば、ヒタ殿が急に妾をヒタに招きたいと申されたのは、このことを案じてのことであろ」

「恐れながら……ヒメミコにはまこと賢くてあらせられる。ですがヒメミコにヒタの山々を見て頂きとう思うたのもまことにございます」

「うむ、礼を申す……さればヒタ殿、妾と父王のこと、今は父に代わりてお願い申す」

「恐れ多いことながら、臣にお任せくださいませ」

「うむ、お任せする」

「それと、ヒメミコの廻りの守りは、オモカネに委ねることにしておりますれば……」

「そうか、ヒタ殿はあなたこなたに目配りせねばならぬ身、妾の側にだけいて欲しいというのも及びないであろな」

「恐れながら……できる限りはお側におるようにはするつもりじゃが、万一の時にはオモカネにお任せくださいませ」

「オモカネはヒタ殿の知と聞いておる。ヒタ殿が父上の知であるとすれば、妾の知の源のようなものじゃ。心安く任せられるであろ」


******************************


「敵だ! 敵が来たぞっ!」

「うむ、数はいかほどか?」

「はっ、ほぼ先の報せの通りであります。並びにも変わりはありませぬ」

「そうか、それではみなのもの。予め伝えている通りじゃ。落ち着いて射れば我らの勝ちよ。みな慌てるなよ!」

「先の馬兵が駆け出したようでございます。何と速い! ぐんぐん近づいておりますっ!」

「落ち着けっ! みなのもの……弓兵、構えぇい!」

「今ぞ、放てぃ!!」

「続いて弩兵、構えぇい!」

「放てっ!!」

「続けて弓兵、再び構え!」

「放て!!」

「続けて弩兵、構え!……放て!!」


「どうじゃ? 馬兵は」

「まこと弩の強いこと……ただ今の矢にて、およそ二十の馬兵を倒してございまする」

「うむ、みなよくやっておる。みな、落ち着けよ。続けて構えい!」


「坊柵があるのに騎馬で突撃しても、簡単には攻め落とせないであろう。ここは一旦退くぞ」

「カラ兵殿、何を。ここで退くとは……まだこちらからは攻めておりませぬのに……」

「何を言う、このバカ者どもが。倭人は戦を知らぬわ。騎馬は機動力を活かして敵の弱点に打撃を加える兵種。あのような堀と柵で守られておる地に正面から突撃するのでは、全滅しろと言わんばかりではないか。お主らは兵種も戦術も全く理解しておらん。このような下らぬ争いでこれ以上我が兵を失う訳にはいかんのだ」

「そうは申されても、ヒタを陥とすが我らが役目。ここで退くなど……」

「アサ王を斃しオサの地を堕とした今、ヒタの地を攻めるなど戦略的には無意味。倭人には戦略すら分からぬものとみえる。攻めたければお主らだけで征くがよい。我らはここは撤退させてもらおう」

「今少し、お待ちを……サガ様からはカラ兵殿とともにヒタを落とすよう命じられておりますゆえ……」

「それはお主らが命じられていること。我らへの命では無い。そもそも此度の戦、マツラ殿、サガ殿と我らカラのお互いの利益のため、共通の敵であるヤマト王を倒すことが目的であったはず。こんな田舎の地を攻めたところで、我らには何の利益もありはしないわっ」

「いや、そこを何とか……」

「これ以上は我らの預かりしらぬところ。突撃でも全滅でも、お主らだけで行うがよい。我らは無益なばかりが有害な戦に、これ以上関わる義理は無いゆえ、これにて撤退する」

「みなのもの、撤収だ。カラに帰るぞ」

「おうぅ!!」


「何やら馬兵のみ退がっておるようです」

「どういうことじゃ? 何か考えでもあるのか」

「分かりませぬ。馬兵の後におる弓兵と矛兵は進んでくるようでありますが……」

「よし、弓兵、構えよ。敵の弓兵によく狙いを定めよ」

「今じゃ、放てぇ~!」

「敵も弓を放って参りました」

「うろたえるな! 続いて弩兵、構えい……放て!!」

「みな盾を掲げて上からの矢を防げ!」

「どうじゃ?」

「敵の弓兵およそ三十が倒れたようです」

「こちらは?」

「倒れたものはありませぬ。みな確かなようです」

「続けて弓兵、再び構えい。次の狙いは矛兵じゃ」

「放て!! 弩兵、構え……放て!!」


「敵、弓兵、矛兵、ともに退いていきます」

「そうか、矢の届かぬ地まで退がりおったか。して、どうじゃ?」

「弓兵、矛兵、合わせて五十ほどが倒れているようです。確かな兵は、こちらの矢の届かぬ地にてこちらを睨んでおるようにて……」

「また、こちらは矢傷を負ったものが三人ほどありますが、いずれも掠り傷であります」

「そうか。まずは敵を退けたな。この戦、敵が攻めてこなければこちらの勝ちじゃが、気は抜くなよ! いつまた敵が押し寄せるとも分からぬのでのぅ」

「はっ」

「それと、此度の争いについて、まずはヒタ様に報せをやってくれ」

「分かり申した」

「ところで、馬兵のことじゃが……なにゆえ戦のただ中にあって急に退いたと思われる?」

「さぁ、全く分かりませぬが……何やら謀でもあるのでしょうか?」

「うむ、儂もそれを考えておるところなのじゃが……山に隠すにしても、弓兵ならばいざしらず、馬兵では好きなように駆けるわけにもいかぬであろう?」

「仰せのとおりで」

「大きくそれて脇から攻めるにしても、ヒタの地は三方を山に囲まれておるゆえ、馬による攻め口はあり申さぬ」

「私には、馬兵が退る時に、弓兵と何やら言い合いをしていたように見え申したが……」

「うむ、確かにカラ兵にとってはヒタの地を攻めること、面白いはずはないであろうのぅ。ましてやあれだけ倒されたとあれば。ここについてもヒタ様のお考えを聞くこととしよう。合わせてヒタ様に報せてくれ」

「仰せのままに。ところで、今のうちに兵に食を配ってはいかがでしょうか? 敵の攻めを受けたばかりでみな気もたっており申す。飯でも食わせて、まずは落ち着かせるのもよろしいかと存じますが」

「さすがはハヅ殿、よいところに気づかれた。すぐそのように兵に伝えよ」

「はっ」

「さて……敵はこの後、どうしてくることであろうか……? あの数ではこの柵を抜くこと能わざるとは、敵にも分かるであろう。ましてや馬兵も失うたばかりで心細くもあろう。そして、現にいまあそこに倒れている兵ども……あれが明日の我が身と思えば、兵どもも気が削がれよう。退くか、あるいは、援けを待つか。あるいは山を越えて攻め寄せる……まずは物見の者とも示し合わせて、よく目配りをしておくこととしよう……」

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