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日本帝国立怪異研究学園―九尾の野望―  作者: 月乃宮 夜見
黒牡丹の監査者

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第七章:『異能持ち』

寮対抗戦初日は、挨拶と注意事項の話で終わった。


だが、珠紀は一日中、競技場を巡回していた。

気づけば外はすっかり夜になっている。


疲れた身体を引きずるようにして、珠紀は獬豸殿の大広間へ向かった。


「……ここ、だよね」


桃華に指定された大広間は改修途中だったが、最低限使えるよう整えられていた。


珠紀が部屋へ入った瞬間、視線を感じた。


「……来ましたね」


静かな声。

長椅子に腰掛けていた生徒が、本から顔を上げる。


その長髪は、鉱石みたいな光沢を帯びている。目も同じ。


そして胸元。

制服の隙間から、鉱石が肌を突き破るように露出していた。


「西田千恵子。朱雀殿一年です」


声は落ち着いていた。

珠紀は慌てて頭を下げる。


「九条珠紀です」


千恵子は小さく頷く。

彼女の肌から微かに絵具の匂いがする。


珠紀が無意識に見つめてしまった瞬間、千恵子は感情の見えない顔のまま、自分の胸元へ触れた。


「見ての通り、私の身体は石になっています」


千恵子は本を膝へ置く。


「体のすべてが、少しずつ鉱石に置換されていく」


珠紀は言葉を失う。

千恵子自身は、他人事みたいに冷静だった。


「その代わり、身体は丈夫ですよ」


そう言って小さく机を指で叩く。

コツ、と硬質な音がした。


「千恵子、脅かしてどうするの」


静かな声が割って入る。

その人は静かに珠紀へ一礼した。


「桐鳳晦日。一年生です」


声は穏やかだ。

晦日は静かに千恵子の隣へ座った。


「もう始まっていますの?」


扉が開いた。

入ってきたのは、縦ロールの生徒だった。

姿勢が綺麗で、歩き方にも品がある。


「あなたが監査役ですの?」


値踏みするような視線。


「朱雀殿副寮長、牡丹蝶しずくですわ」


しずくは腰へ手を当てる。


「未熟でも役職持ちなら、覚悟はあるんでしょうね?」


圧が強い。

珠紀が返答に困っていると、後ろから声がした。


「しずくさん、初対面で詰めてはいけません」


長身の生徒が入ってくる。

だが制服は寸分の乱れもなく、模範生そのものだった。


「篝鳴です。二年生です」


短く名乗る。


「お、揃ってるな」


明るい声の生徒は、軽く手を上げた。


「萩猪伊吹。朱雀殿寮長だ」


笑顔は親しみやすい。

伊吹は珠紀をじっと見つめ


「へぇ」


それだけ呟く。

だが、その一言だけで見透かされた気がした。


「監査役、大変だろう?」


「……はい」


伊吹は苦笑する。


「でも、責任感がありそうだ」


伊吹は笑った。


「嫌いじゃないよ、そういうの」


ソファに座る一人の生徒はツインテールに黒いリボン。


「あなたが獬豸殿の監査役さんですか?」


生徒は珠紀を見るとすぐ立ち上がった。

軽くスカートを摘み、一礼する。


「初めまして。ウチは鳳凰殿一年の久遠結です!」


学園一可愛いと言われる、アイドル。

噂には聞いていた。

実物を見ると、すさまじい雰囲気がある。


「監査役って大変ですよね。お疲れ様です。鳳凰殿、問題児多いですし」


後ろから抗議が飛ぶ。


「おい誰のことだ」


ソファの背にだらしなく寄り掛かっていた生徒が顔を上げる。

橙色のパーカーで、目深に被ったフードに隠れていて目元が見えない。


「千関凌一郎。よろしくな監査役」


凌一郎は立ち上がる。

腰には、大太刀らしきものがあった。


その時。


「騒がしいなぁ……」


気怠げな声がした。

長めのキュロットに、少女――いや、少年にも見える中性的な雰囲気。


「俺、清原黎斗。二年」


あくび混じりだった。

言った直後、また寝そうになる。


次にこちらに注目したのは、狐面の女子生徒だった。

大正浪漫風の改造制服。

夏でも暑そうな格好だが、本人は平然としている。


「西宮楓。二年だ」


狐面が気になり珠紀が無意識に視線を向けると、楓は一瞬だけ動きを止めた。


「あんまり見んなよ」


そう言い、ふいと顔を逸らした。


「ん~、監査役来たのか」


談話室の奥。

窓際にいた男子生徒が顔を上げる。

ジャージ風の制服だが、妙に存在感が薄い。


「柳田悠斗。三年」


言ったあと、それ以上喋らずスマホを弄り始める。

本当に自由だ。


「ふふ」


笑い声。

ぞくり、とした。

振り返ると、豪奢な仮面に絢爛な装飾。

芝居役者みたいな生徒が、優雅に杖をついて立っていた。

仰々しく一礼する。


「灰野葛花。鳳凰殿副寮長だよ」


その声は甘い。

葛花は珠紀の手を取る。


「実に愛らしい子だ。獬豸殿に咲く黒牡丹のように気高い」


「え、あ……」


その時だった。


「おい葛花、口説いてる場合じゃないだろう」


そこに、一人の女子生徒が立っていた。

葛花は真顔で首を傾げた。


「本音ですが?」


「なお悪い。今は遊んでる場合じゃねぇんだよ。寮対抗戦の最中だってのに」


片脚の義足に極端に着崩した制服。

肩には巨大な絵筆。いや、あれは武器だろうか。


少女は細い目のまま、にやり、と笑う。


「灰野葛葉。鳳凰殿寮長だ」


声は大きく感情豊か。なのに、その奥に冷たい理性が見えた。

一歩、前へ出ると、義足が床を鳴らす。


「歓迎するぜ、獬豸殿」


視線を感じ、振り返ると。

目の前に顔があった。


「ひゃあっ!?」


珠紀は思わず後ずさる。

生徒が、きらきらした目で珠紀を覗き込んでいた。

長い髪を三つ編みにしてまとめた人物。

改造された制服。短すぎるズボン。

そして泥だらけの手。


「綺麗な人だ〜!」


勢いそのままに両手を掴まれる。

少女は満面の笑みだった。


「伊次杏、一年です! 監査役ってもっと怖い人かと思ってました!」


「そ、そう……?」


杏は珠紀の周りをくるくる回る。

その途中で、ポケットから石が落ちた。

ゴトッ。

かなり大きい鉱石だった。


「……え?」


「さっき掘ったの!」


「どこで!?」


「中庭!」


「掘ったの!?」


珠紀が驚いていると、談話室の奥からため息が聞こえた。


「また地面掘り返したんですか」


生徒が、本を閉じ立ち上がる。

立ち居振る舞いが綺麗で、一瞬貴族かと思った。


「飛禅はじめ。二年です」


柔らかな笑顔。

その笑顔だけで安心感がある。


「初めまして、監査役さん」


珠紀が頭を下げると、はじめは自然な動作で椅子を引いた。


「立ち話もなんですし、どうぞ」


育ちが良い。

というより、所作そのものが洗練されすぎている。


「ようやく青龍殿の番ですか」


ソファに座っていた人物が、顔を上げた。

無表情に中性的な顔立ち。

真顔なのに、なぜか感情が分かる不思議な雰囲気。


「夏堀千で副寮長。よろしくね、監査役」


観察されている。解剖されるみたいに。

千はじっと珠紀を見つめたあと、不意に笑った。


突如、肩を掴まれる。


「ふーん、アンタが監査役?」


制服がかなりラフな、生徒だった。


「隠神希美。三年よ」


希美はすぐ、珠紀へ顔を寄せた。


「ねぇ監査役。この間、鳳凰殿と揉めてたでしょ。あれ、めっちゃ面白かったわよ! 騒ぎって見てる分には最高よねー」


「最低ですよ」


はじめが即座に突っ込むが、希美は全く反省しない。


「あらぁ」


穏やかな声が響いた。生徒が入ってくるところだった。


「あらあら、もう始まっていたのね。ごめんなさい、少し遅れてしまったわ」


人形みたいな美貌。珠紀は一瞬、怪異を見たのかと思った。


「玉藻來未穂。青龍殿寮長です」


珠紀は慌てて立ち上がった。


「九条珠紀です」


「ええ、知っているわぁ」


來未穂は微笑む。


「監査役さん、大変そうねぇ」


だが穏やかな容姿の下に、底知れない何かが沈んでいる気がした。

希美が笑う。


「青龍殿って平和でしょ?」


「どこが……」


珠紀は思わず呟いた。


談話室の扉が、こん、と軽く叩かれた。


「失礼しますよ」


最初に入ってきたのは、糸目の生徒だった。

黒いマントがゆるやかに揺れる。


「麒麟殿寮長、柳燕禊です」


珠紀は思わず姿勢を正した。

威圧感というより“見透かされる”感覚だった。

禊は細い目を珠紀へ向けたまま、淡々と言う。


「監査役さん。貴方の事は知っています。最近、随分面白い動きをしているらしいと。獬豸殿の書庫を調べたそうですね」


珠紀の肩が跳ねた。どうしてそれを。

すると禊は口元だけで笑う。


「情報には価値があります。麒麟殿はそれを集めるのが得意なんですよ」


その後ろから、冷たい声が飛んだ。


「寮長、初対面の相手を怯えさせないでください」


入ってきたのは、髪をサイドテールにした生徒だった。


「副寮長、神谷燐です。以後お見知り置きを」


一礼は綺麗だった。

だが珠紀は、本能的に理解する。この人は怖い。

合理的で、必要なら容赦なく切り捨てる人間だ。

燐はそんな珠紀の警戒を察したのか、肩をすくめた。


「安心してください。私は無意味に人を傷つける趣味はありません」


フードを深く被った生徒が、立っていた。


「龍膽琥珀。……よろしくね」


挨拶は短いが、その目だけは異様な熱を帯びていた。

珠紀が戸惑っていると、琥珀は視線を横へ逸らした。


「……その髪飾り、可愛い。黒牡丹の飾り」


珠紀が髪に触れると、琥珀は見つめてくる。


「可愛いものは好き」


ぼそり、と呟く。

その直後。


「ねぇねぇ! 獬豸殿って本当に1人? 監査の記録見せて!」


生徒が突撃してくる。

珠紀の両手を掴み、きらきらした目で顔を覗き込んだ。


「あたし興津恵水、二年! ねぇ監査役って普段何してるの!? 黒牡丹って毒ある!? なんで黒いの!?」


質問が止まらない。


「恵水さん、落ち着いてください」


続いて入ってきた生徒が、慌てて彼女の肩を掴んだ。


「あ、あたし神藤藍、二年です」


藍は珠紀へ頭を下げる。


「すみません。彼女、悪気はないんです」


「気になっちゃって!」


「だからって一気に聞きすぎです! 聞くなら順序だてて、ゆっくり着実にですよ!」


わたわたする藍を見て、珠紀は少しだけ肩の力が抜けた。

麒麟殿は冷たい集団かと思っていた。いやでも何か情報を訊き出すつもりのようだ。


「騒がしいでしょう」


禊が淡々と言う。


「悪い人達ではないですよ」


燐がため息を吐いた。


「寮長が言うと説得力がありませんね」


「失礼ですね、副寮長」


「事実です」


そんな空気を和らげるように、大広間の扉が静かに開いた。


「失礼します」


最初に入ってきた生徒は、白いマスク越しでも分かるほど穏やかな雰囲気を纏っている。


「白虎殿寮長、三年、藤社燈です。監査役さん、噂は聞いております」


その声には、不思議な安心感があった。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。白虎殿は、比較的穏やかな寮ですから」


すると、燈の後ろから低い声が飛んできた。


「寮長。それ、自分で言う台詞じゃないと思うわ」


現れたのは、小柄な生徒だった。アホ毛が特徴的だ。

だが、鋭い眼差しをしている。


「二年、副寮長、鴨脚都呼よ」


短く名乗る。

だが、その視線は珠紀をじっと観察していた。

まるで、“守るべき相手か”を測っているような目。


「……その顔、困ってる時に無理して笑うタイプね」


珠紀が言葉を失っていた、その時。


「ぴゃっ!?」


都呼の後ろから悲鳴が上がった。

珠紀が顔を上げると、長い髪を結った中性的な生徒が都呼の背中にぶつかっていた。


「す、すみません……!」


慌てて頭を下げる。「危なく殴るところだった」と聞こえた気がした。


「えっと、清原琉羽斗です……」


ものすごくおどおどしているが、優しそうだ。


「早く広間に入ってくださいー、つっかえてますよ」


ふわり、とした声がした。


「白虎殿三年の雨音祈です。よろしくお願いします」


次に入ってきたのは、柔らかい空気をまとった生徒だ。


「ところで監査役さん、最近ちゃんと寝てます? 」


祈はにこにこしながら言った。


「顔色が少し悪いので」


珠紀はぎくりとした。


そして最後に、談話室へ入ってきたのは。


「……失礼します」


丸い垂れ目と穏やかな表情が印象的な生徒だった。


「一年の、桜幕小櫻です」


その声は小さいが、芯が通っていた。

珠紀が挨拶すると、小櫻はゆっくり頷く。


「監査役さん、きっと大変ですよね。でも、無理はしないでください」


おっとりとした口調。


「頑張りすぎちゃうと、倒れちゃいますから」


燈が静かに口を開く。


「監査役という立場は、孤独でしょう。ですが。貴方が公平であろうとしている限り、見ている人はちゃんといます」


すると都呼が腕を組みながら言う。


「もし誰かに無茶を押し付けられたら言いなさい。保健室送りなら、手伝うから。治せば問題ないわ」


「都呼副寮長」


燈が即座に止める。


「冗談よ」


「今少し本気だったわよね?」


「半分くらい。押し付ける方が悪いもの」


真顔だった。


「珠紀ちゃーん!」


勢いよく扉が開き、千歳が突撃してくる。


「白澤殿の人たち連れてきたよ!」


『千歳も異能持ちだったのか』と珠紀が目を丸くする間にも、後ろからぞろぞろと人影が現れた。

まず最初に入ってきたのは、半分眠ったような目をした生徒だった。

片方の肩からブレザーがずり落ちている。


「……んぅ……ここ、獬豸殿……?」


生徒はぼんやり珠紀を見た。目がとろんと細まる。


「……初めましてぇ……夢眠睡ぃ……」


そこで言葉が止まる。止まったまま動かない。


「あ、寝た」


千歳が即座に言った。


「立ったまま寝てる……」


珠紀が困惑していると、睡は薄く目を開けた。


「……寝てないよぉ…………半分だけぇ……」


ふにゃりとした声。

睡は再び眠そうに瞬きをする。


「……ちゃんと寝ないとぉ……倒れるよぉ……」


そのままソファに倒れ込み、三秒後には寝息を立て始めた。


「自由すぎません……?」


珠紀が呟く。


「あの子はいつもあんな感じだよ!」


千歳は元気よく笑った。


「でもすっごく頭いいんだから!」


次に珠紀の顔のすぐ近くに、別の顔が現れる。


「ひゃっ!?」


至近距離。

淡い目がじっと珠紀を覗き込んでいた。

傘を持った少女。


「……時食生水です」


近い。

生水は珠紀の肩に顎を乗せそうな距離で見つめてくる。


「目、きれー」


表情は変わらない。


「生水ちゃん、距離!」


千歳が慌てて引き剥がす。そして、


「初めまして!」


千歳がびしっと敬礼する。


「二年、蘇我千歳です!」


「知ってるよ!?」


「えへへ!」


千歳はいつも通りだ。


「千歳」


静かな声が飛ぶ。花露だ。


「廊下走っちゃ駄目って言ったよね」


「うっ」


珠紀は少しだけ笑ってしまう。

花露はそんな珠紀を見て、目を細めた。


「笑えるなら大丈夫そうね」


「そのようだね」


いつの間にか、横に長身の生徒が立っていた。

不敵な笑みを浮かべた、鳴星冥利。


「冥利先輩!」


「こんばんは珠紀くん」


「えっと……というか、冥利先輩も『異能持ち』だったんですね」


「そうでなきゃ、『異界の境界』には入れないからね」


最後に現れたのは、掴みどころのない生徒だった。

彼は珠紀を見るなり、ふっと笑う。


「貴殿が、冥利くんのお気に入りか」


柔らかい声だ。


「私は白澤殿寮長、三年の菖橋柊と云う者だよ。白澤殿はどう? 楽しい場所に見えるかな?」


珠紀は周囲を見て、頷く。


「それなら良かった」


その笑みは、どこか兄のように優しかった。


他の寮と比べても玄武殿は静かな空気が漂う。

最初に視界へ飛び込んできたのは、長身の人物だった。


「……こんばんは、監査役さん」


低く落ち着いた声。


「玄武殿一年、音雅星露と申します」


姿勢は一切崩れておらず、立っているだけで張り詰めた空気がある。


「そう緊張しなくて大丈夫です。礼儀を守れる方なら、玄武殿は歓迎します」


その言葉に肩の力が抜けた瞬間。


「……星露、それだと監査役が余計緊張する」


後ろから静かな声がした。

振り返ると、生徒が本を閉じながらこちらを見ていた。


「松鶴朔日」


それだけ名乗る。

制服は一切乱れなく、折り目一つ崩れていない。


「おー、新入り?」


気だるげな声と共に、黒いコート姿の人物がソファの背から顔を出した。


「ボクは梅鶯解黎。二年。よろしく」


そう言った直後、


「私達は玄武殿を背負っているのですから、もっと丁寧に優雅に挨拶してください」


呆れた声が飛ぶ。

珠紀がそちらを見ると、赤いカチューシャをつけた少女が優雅に微笑んでいた。


「玄武殿二年、静寂玖々莉と申します。初めまして」


物腰は柔らかいが笑顔の奥に、妙な圧がある。


「困ったことがあれば相談してくださいませ。大抵のことはどうにかなりますので」


「大抵なんだ」


解黎がぼそっと言う。


「世の中にはどうにもならないこともありますもの」


玖々莉はにっこり笑った。

怖い。


「ふふ、そんな警戒しなくていいよぉ」


今度は後ろから声。

長いポニーテールの生徒が近づいてくる。


「ワタシ、副寮長の小鳥遊美風。副寮長やってまーす」


気怠げな笑みを浮かべながら、美風は珠紀をじっと観察した。


「いやぁ、人って驚くと面白いから」


「美風先輩」


星露の低い声が飛ぶ。


「監査役で遊ばないでください」


「遊んでないよぉ? 観察〜」


全然信用できない。


「皆さん、あまり監査役さんを囲まないでください」


穏やかな声が響く。

長髪を緩く三つ編みにした生徒がゆっくり歩いてくる。


「初めまして。玄武殿寮長の柳雨夕珠華です。以後お見知り置きを」


柔らかく微笑む姿はお淑やかそのもの。

けれど、その立ち振る舞いには不思議な威圧感があった。


夕珠華は珠紀を見て、少しだけ目を細める。


「皆それぞれ癖はありますが、悪い人ではありません」


解黎が小声で珠紀に耳打ちする。


「ちなみに玄武殿で一番怖いの、寮長だからね」


「聞こえていますよ、解黎」


「うわ」


即座に返ってきた声に、解黎が肩を跳ねさせた。


「よかった。全員、揃ってますねぇ」


大広間の奥から、桃華がゆっくりと姿を現した。

珠紀は思わず肩を跳ねさせる。


「紹介はそれなりに終わったようですし、あとは九条さんの紹介ですね」


――いつからそこにいたのだろう。

誰も気配に気づかなかった。


「彼女は獬豸殿の寮長、九条珠紀さんです。みなさん、仲良くしてあげてください」


柔らかな笑みに穏やかな声。

なのに、背筋が妙に冷える。

桃華は集まった生徒たちを見回し、満足そうに頷いた。


朱雀殿。

鳳凰殿。

青龍殿。

麒麟殿。

白虎殿。

白澤殿。

玄武殿。


それぞれの寮の『怪異持ち』たちが、獬豸殿の大広間へ勢揃いしている。


「まずは顔合わせです。喧嘩は禁止ですよ?」


桃華がにこやかに言う。

静かな笑顔なのに怖い。

珠紀の隣で、千歳がこそこそ耳打ちしてくる。


「学園長って怒ると怖いらしいんだよ」


「今怒ってるの……?」


「まだ笑顔だからセーフ!」


全然安心できない。

桃華は手元の資料を捲った。


「今日の昼、寮対抗戦が始まりました。明日から競技が始まります」


その言葉に、空気が僅かに変わる。


「みなさん、必要以上に異能を使わないこと」


桃華の声だけは変わらず穏やかだった。


「守らないと――」


そこで、桃華がにっこり笑う。


「獬豸殿の九条さんが止めますからね」


一斉に、視線が珠紀へ向いた。


「……えっ」


珠紀が固まる。


「わ、私……ですか」


「はい」


桃華は当然のように頷いた。


「九条さんは監査役ですからね」


「そ、そうですね……」


千歳は「頑張れ!」と親指を立てていた。


「……でも。これだけ集まれば、多少は荒れるだろ」


誰かが言った。

その言葉に、一瞬だけ場が静まる。

確かにそうだ。


寮対抗戦。

各寮の怪異持ち。

しかも癖の強い人間ばかり。


何も起きない方がおかしい。

桃華はそれでも笑みを崩さなかった。


「だからこそ、ですよ」


その声だけが、少しだけ冷える。


「皆さんには、協力も学んでもらわないといけませんから」


静かな沈黙。

その空気を破ったのは、千歳だった。


「つまり! 仲良く喧嘩しろってこと!?」


「違います」


桃華が即答する。

その瞬間、大広間に笑い声が広がった。

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。

珠紀はそんな光景を見渡しながら、小さく息を吐いた。


――明日から、本当に大丈夫なんだろうか。


そんな不安を抱えながらも、

どこか少しだけ胸が高鳴っている自分に、珠紀はまだ気づいていなかった。

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