前夜
「転移装置、どこにあるんだろ」
ついさっき等身大の芋虫を文字通り真っ二つにした斧槍を地面に突き立て、チェシャはため息をついた。
収穫祭の前日。あくまで祭りを楽しむ一般人でしかない彼らにとっては平日と同じこと。
豊穣の月は収穫祭の終わりと共に積雪の月へと切り替わる下準備と言うように冷え込み始める。
積雪の月が終われば一年。年の終わりが近づき始めていた。
「これだけ回ってないからな……。第三試練の転移装置も小迷宮の中だったことを踏まえれば、小迷宮を探索すべきかもな」
ボイドは粗方埋め終わった地図を見て言った。
見つけた小迷宮は大樹の東西南北に一つずつ。
そして、北西と南西の端に一つずつあった。
どれも探索はせず、地図に残してアルマに報告するのみ。この報告だけで、小迷宮の位置、大迷宮の位置、出現する迷宮生物の情報。採取物。
お金に変えられる情報が山積みであり、数十万ゼルは堅い。とはいえ、それらは全て五人の装備に消えていくのだが。
ボイドのもつ紙切れ一枚は宝石並みの価値がある代物になっていても、五人が欲している情報は載っていないのだ。
「お金で解決できる話なら楽なのにね」
アリスは弾を再装填。双眼鏡を除き始めた。
「アリスちゃん、こんな所で使っても遠くは見えないわよ?」
なだらかな坂の上とはいえ、周りは背の高い樹々。
それを避けて探せば見えるのは空のみである。
「分かってるけど……。ん~」
大方探索し終えた状態で見つからないのはアリスに焦りをもたらしていた。せめて一歩でも先へ進もうと双眼鏡を覗き、手掛かりを探す。
「ボイドー。もう当てはないのかー?」
「あるにはある」
「あるの!?」
双眼鏡を放り出し、アリスがボイドに詰め寄る。
チェシャが苦笑しながら双眼鏡を拾いに行った。
「……森人の村だ」
心底嫌そうにボイドは言った。
「え」
その言葉が意味するのは崖登り。チェシャとクオリアに多大な迷惑をかけて登った蔦の壁。
ソリッドは二人の表情に疑問符を浮かべている。
この場にいる者で崖登りを経験していないのは彼のみだ。
「そこになくとも、当てぐらいは見つけれそうだからな。だが──あれを登るのはな……」
効率的な手段を取りたがるボイドも、それに付随する苦労が大きすぎるが故に見ないふりをしていた。
「それしか無いならそうするべきでしょう?」
クオリアが呆れて言う。
ボイドとアリスとしても負担をかけるであろう人にそう言われては後ろ向きではいられない。
「でも、今から登ったら収穫祭行けないよ? 終わってからで良いんじゃない?」
アリスが放り出した双眼鏡をボイドに返したチェシャが提案する。
時刻は昼前。そして、彼らのいる位置は大樹の南側にある多根の洞窟からは大きく離れた北西部分。
洞窟までで約2時間、急げば1時間程度、そこから大樹の底まで移動するのに1時間弱。
「そうね、せめてあたしたちが補助をしなくてもいいなら間に合うけれど……」
登るのには運動能力の高い人で一段十五分、勿論ボイドとアリスが補助なしでそのスピードは不可能。
そして、彼らは防具や武器を身につけている。現実的には一段1時間弱といったところ。それが合計十段。
「そうだな、今から向かっても森人たちも寝静まる頃だろう」
時間に直せば半日は必ずかかる。
それに、深夜に村に着いた所で起きている人などいないのだ。
「ん。だから、収穫祭の後でいいんじゃない?」
「……そうだな」
ボイドは徐に頷き、地図を折り畳む。
「なら、今日は一度帰ろう。明日と明後日で体を休めたのちに崖登りだ」
四人は彼の方針決定に頷きを返した。
そこで、チェシャが思い出したように口を開いた。
「あ、あとさ」
「なんだ?」
「第三試練に行く余裕ある? 別の機会でもいいんだけど」
「第三試練? まあ、出来なくはないが……、何故だ?」
「前の槍、簡単に斬られちゃったからさ、良いのを作りたい。その素材が第三試練にあるから」
端折ってザクロとの話について言った。
「ふむ。クオリア、どうだ?」
五人の中で金属装備をよく使うのはチェシャとクオリア。他3人は急所を守る防具に使う程度。
となれば、クオリアの是非が重要だった。
「そうね……。そろそろ鎧も替えるべきかしら? 出来るなら私もお願い」
クオリアの鎧は鋼鉄製。全身鎧で質を上げれば出費が嵩むので避けていたが、パーティの盾であるクオリアが崩れるのは全員が困ることだ。
彼女もその可能性を出来るだけ廃したかった。
「決まりだな。いつ行く?」
「うーん、どうしよ」
「第五試練に着いてからでもいいんじゃない? どうせボイドが準備の為に買い出しに行くしね」
「あー、いつものか。……面白いんだぜ毎回。宿の部屋いっぱいに荷物広げんだ。足の踏み場もねーもん」
ソリッドがオーバーリアクションで説明する。
足の踏み場が無いことにアリスが吹き出した。
彼女の頭には荷物整理をしているチェシャの拡大版が浮かんでいた。
「踏み場がないは言い過ぎだろ。それに、あれは全部必要なんだ」
「分かってるけどさぁ。──てかよ、あんなに入れるからいっつもバテててるんだろ? ちょっとは減らせば?」
「確かにね。またここに来るときには減らしときなさいよ。チェシャ君に迷惑がかかるわよ」
行商でもするつもりかと疑うほどの彼のバックパックは崖登りには迷惑極まりない。
「くっ……。分かった、次来る時は減らしておこう……」
自身の能力が低い身として、何かと道具を持ってい行きたい道具を持ち込めないのは残念だが、迷惑をかけない為の鞄が迷惑をかけるとあっては反論できない。
ボイドは苦渋の決断とばかりに渋々頷いた。
*
セントラルの夜。
いつもよりも少し賑やかな街。
来るべき明日に向けて最後の確認とばかりに点検をする人や、明日のために腹を減らすのだと酒のみで今宵を乗り切ろうとする人。
早起きして人気の店に並ぶ為、早寝早起きとばかりにあかりを消している家もあれば、徹夜すればいいじゃないかと、窓から光が漏れる家。
皆が皆、収穫祭に期待を抱き、明日を全力で楽しむ為に夜を過ごす。
そんなどこか浮き足立つ街人達を眺めながら、チェシャとアリスは大通りを歩いていた。
「楽しみだなぁ」
アリスは明日食べるつもりの料理やスイーツを頭に浮かべ、夢想する。明日の為の食券は既に買い終えているので、あとは明日に備えるのみだった。
「だね。今日は早く寝なきゃ。並んでばっかじゃ全部回れないし」
「うんうん。あ、今日はご飯どうするの?」
「少なめでいいんじゃない? 今日の朝作ったシチューを温め直せばすぐだよ」
「じゃあそれっ! あっ、でも……シチューはパンと食べたいなぁ」
明日の幸せと今日の幸せを秤に乗せて、その秤の皿が上下するのを幻視してチェシャは微笑む。
──甘いものは別腹だよっ!
そんな懐かしい声も思い出して。
目の前にいる少女のお腹も別腹というものがあるのだろうかとチェストプレートに守られたお腹を見つめた。
「ど、どうしたの?」
自分より背の高い彼の視線がやけに下に向けられていること。それも少し強いそれを感じてアリスは困惑する。
「ん。いや、別腹ってどんなのかなって」
視線を動かさず答える。
一部分を見つめられ続けるというのは恥ずかしかったらしく、隠すようにぷいとアリスが体を背けた。
「そ、そう」
とはいえ、別に彼は下心があったわけではない。
彼女は悩んだ末に隠すのをやめて、先程と同じように並んで歩く。
しかし、視線はもう途絶えていた。
じゃあ何処へ、と隣にいる少年の視線の先を追う。
「もう積雪の月か……」
その視線は葉が散り始めた暖色の木々に注がれていた。
顔つきは何かを憂鬱そうで、合点がいったアリスが彼の前に躍り出る。
「……。チェシャなら大丈夫よ」
アリスは彼の目を覗き込み、誰かの母のように努めて優しく言った。
彼には何かと世話になっている分、力になれる時があれば何かをしてあげたかった。
「──っ。……何が?」
その優しい言葉と瞳に、彼は一瞬目を泳がせ、すぐに止めて尋ねた。
「とぼけないの」
「なんで分かるの」
家が近づき、人が満ちていた場所は通り過ぎていた。
アリスは思考の為に足を遅めた。チェシャもそれに合わせて歩幅を縮める。
「……分かりやすいから」
「気のせいでしょ」
その答えにアリスは眉を潜め、たんたんたんと跳ねて先をゆく。止まったところは家の扉の前。
開けろということか、とチェシャはそれを追いかける。小さな屋敷とも呼べるハルクの家の扉は少し重い。アリスが扉の前で待つ時は疲れて開けるのが面倒な時。
はいはい開けますよと足を早めてアリスの元にたどり着いた瞬間。
「……ていっ」
アリスはくるりと反転し、背伸びをしてチェシャの額を小突いた。
咄嗟のことに彼は頭を仰け反らせる。
その姿のまま一時停止した彼は直ぐに元の位置に頭を戻した。
視界に映るのは満足げな少女の顔。彼女なりの激励だった。
「ん」
それを理解したチェシャが彼女の行為に文句を言わず、たどり着いた家の扉を開き、アリスに先を譲る。
「ありがと──ただいまー!」
例を言って扉をくぐり、パタパタとリビングへ駆け出す。
「おかえりー」
そんな彼女の背にいつものように間延びした声を飛ばした。




