祭の準備は進む
宿の一部屋。机に着くボイドの対面でソリッドが突っ伏している。伐採作業ともう夜遅い時間のせいだった。
「勿体ねぇなぁー」
「仕方ないだろう? 第一、お前達が切りすぎなんだ。運べる量を考えないのが悪い」
不貞腐れるソリッド。
原因は切った原木を全ては持っていけず、持てる分だけ持ち帰ったのだが、思ったよりもいい収入になった。
持って帰ったのは切った分の4分の1程度。事前に転移装置に用意しておいた荷車を使った上でその量。
四回の往復が必要な時点で選択肢にはなり得なかったが、全部持って帰れたなら四倍の収入だったのだ。
「つくづくこの迷宮は不思議だな」
「そうかぁ? 昔の人が作ったんだろ、すっごい力でどうにかしたんだぜきっと」
売った原木の内、希少性の関係で高く売れたものが半数。残りの半分は、ボイドの見立てで屋台に使われる加工し易い品種が見込み通りの値段だった。
高く売れた品種は本来切るつもりはなかったが、チェシャが率先して切っていった。
彼曰く、斧の使い方の練習に丁度いい手応えの的が欲しかったと。
迷宮の資源は探索者の共有財産のようなもの。
採りすぎはあまり良くは見られない。到達者が誰もいない第四試練でなければ、ボイドが拳骨を落としていただろう。切ったまま放置された原木達はいずれ魔力に帰り、しばらくすれば芽吹くので問題はなかった。
「すっごい力、か。そういえばアリス君に聞くのを忘れていたな」
「レーザーのやつか? あれカッコよかったぜ! オレも最後まで見られなかったけどなっ」
「あの時に使えるようになったとは随分虫のいい話だが……ううむ」
「何考えてんだ、よっ!」
一人思考の海に潜ろうとしたボイドをソリッドが引き戻す。今は二人しかいない。
暇になるから辞めろとボイドの腕にしっぺを打つ。
その痛みで海から浮上したボイドは、ソリッドをジロリと睨んだ。
が、理屈で語る職の身として彼の言い分も理解できないわけではない。目付きはすぐに戻った。
「……スカーサハの言う通りなら、第六試練までいけばグングニルのロックが外れるわけだ。残り二つ。全体で見れば六つのうち後二つ、終わりが見えているのに謎は減らない。……全く」
おかしな話だ、とボイドは宿で買ったつまみの枝豆を一つ口に入れた。
ソリッドが物欲しそうにしているのを見て、枝豆の入った皿を彼の前に滑らす。
「ありがとよ。……謎ってどんな? ヤヴンが教えてくれたこと、いっぱいあったじゃんか」
「ああ。解決したものは多いが、同時に色々とな」
ボイドはメモ帳を取り出し、何かを書き始める。
グングニル、アリス、チェシャ、スカーサハ、試練の門番。
計五つ。
「主要な謎だ。このうち、グングニルについては大体分かった。詰まる所、人類の延命措置をとった弊害を解決するための施設ってところか」
今し方書いたグングニルの文字にバツをつける。
「えんめいそち?」
「人類が生き延びる為の魔力吸収機構のことだ」
「ああ、手紙にあったやつだな」
神の試練もまた魔力吸収機構から生み出される災害に対する戦力育成の施設だった。
「そいつは分かったけどよ……、アリスとチェシャはなんでだ?」
「何故も何も、色々とおかしいだろうよ。チェシャ君は田舎出身だと言っていたが、それにしては高い技能がな……。頭が強い訳ではないみたいだが」
苦笑、そして、安堵。
完璧に越したことはないが、完璧な人間よりも、何処か抜けている方が親しみを持てる。
「ふーん、アリスは?」
「謎しかないだろう? この前の門番の時の魔法もそう。そして、唯一の当時の時代を生きていた人だ。そのくせ完全でない記憶と、彼女自身も分かっていないのが中々な」
「へー」
ソリッドからすればあまり興味のない話だ。
信頼出来るか否か。彼の判断基準はそれだけ。
難しい事は雇い主に任せれば問題なかったのもある。
「聞いているのか……?」
「聞いてるぜ?」
耳には。頭には入っていない。
「……」
無言で項垂れ、酒を一口飲み、枝豆をつまんだ。
ボイドとしてはスルメが欲しかったが、セントラルは内陸部、干してあろうと海鮮の類は安くはない。海に面するノースラルならば安価に手に入るのにと嘆くが、酒のつまみで故郷が恋しくなるのもおかしな話だと彼は苦笑いを浮かべた。
とりあえず噛み応えのあるつまみが欲しい。
第五試練の攻略が始まるまでに見つけるため、酒場でも回ろうかと思案する。肴になる話し相手もいるかと思い、
──クオリアも誘うべきか?
そんな考えが浮かんだ時、思考が脱線していることに気づいた。
「ともかくだ。まずは第六試練まで攻略する事。ヤヴンの言葉も確かめたい」
「第六試練に行けば門番の話が分かるってやつか?」
「珍しく聞いてるじゃないか」
「うっせーなぁ、ヤヴンだって好きであんな事してるんじゃねぇだろ? どうにかしてやりてぇ」
ソリッドは他の四人よりも村にいた時間が長い、その分思う所は多いのだろう。
「攻撃が少なかったのはそれが理由か?」
「……」
沈黙。ボイドはソリッドの沈黙は基本肯定と取る。
「まあいいさ。別に何もしなかった訳じゃないからな。私の方が活躍できていない」
「それは違うだろ」
即答。ボイドが眉をピクリと動かした。
「だってよ、オレだってまだ使えねぇ魔法を使ったじゃねぇか。しかもヤヴンもコル兄もむずいって言ってたやつ」
ボイドは顔を驚きに染めながらも、彼の言葉を聞き終えると不敵に笑った。それは半分虚勢だったが、ソリッドは気づかない。
「ふっ。お前の魔術の師は誰だと思っているんだ?」
「──忘れてた」
思い出したようにぽかんと口を開けたソリッドが苦笑する。
「お前は調子に乗り過ぎだ。まだ魔術も大して使えないのに魔法に手を出すのもな」
「うっ」
「どうせ、アリス君がお前の炎と同等、もしくはそれ以上の火力を出せることに焦ったんだろう?」
「うっ……」
非常に分かりやすいソリッドの反応。
タジタジになって、罰の悪い顔を見せない為に机に顔を伏せる。
「心配しなくとも、あれは常時使えるものじゃないらしい。私としては使いやすいものがいいが」
「どういうことだよ」
「私は直接見ていないが、トドメに使ったらしい魔法は一度使うとしばらく──魔拳銃、だったか? そいつが使えないらしい。あと武器の負担もな。今朝の手入れはその為だ」
「そう、か……」
ソリッドは顔をモゴモゴとさせて変な顔をする。
何かを噛み殺す様な、そんな顔。
仲間が強くないことに安堵している自分に対しての複雑な気持ちの表れだった。
「……そういう考えが出来るくらいが人間らしいさ。お前はお前なりに強くなればいい。適材適所だ。お前とアリス君では求められている仕事が違う」
「オレはなんでも焼ける炎を作りゃいいんだな?」
ソリッドは調子を取り戻し、いつものように何処か悪巧みをしているような、楽しそうな笑みで言った。
「ああ、簡単だろう?」
「おうよ。そのためにも、早く寝て、早く起きる!」
既に寝る支度を終えていたソリッドはベッドに飛び込み、布団をかぶった。
相変わらず切り替えが早い彼を見てボイドが微笑み、コップに入った麦酒を飲み干した。
*
「アルマぁ……」
「えーと、どうしたんですか?」
探索者組合、サポート課の個人スペース。その机に突っ伏す元気のない少年を見て、どうすればいいか分からずオロオロするアルマ。
「転移装置が見つからない……」
「転移装置……。ちょっと待ってください!? 第四試練の門番を?」
倒したのですか? と言外に尋ねる。
「ああ、うん。ええと、七日ぐらい前」
「七日……」
つい昨日、今まで最前線にいた魔術師カナン、斧使いダグマ、双剣使いナタクの三人が第三試練の門番、カグツチと命名されたそれに挑む話をアルマの先輩、クシャトリアと熱心に話していたのだ。
早過ぎではないか? まだ一節も回っていない。
どう声をかけるべきかと、机に突っ伏すチェシャの対面に腰掛けた彼女は持ってきた資料を端に寄せた。
持ってきた資料は新たな試練を探索する際の迷宮の位置の検討の付け方。
それが要らなくなってしまった。そんなことより、これを上に報告すればどんな答えが返ってくるのかとアルマは憂うのみ。
素晴らしく喜ばしいことなのに、憂い事の方が多い。
「っんしょ」
チェシャが起き上がり、鞄から地図を取り出した。
広げられたそれはかなり探索が進められていることが見受けられる。
「これは?」
「第四試練のやつ」
大樹の村があった場所を中心に、東西南北に小迷宮がある。彼らが転移装置を探そうと外周をぐるりと周っていた跡として、地図はドーナツ状に未探索の場所が残っている。
「小迷宮の地図はありますか?」
アルマは頭を切り替えて、姿勢を改めて整える。
「ううん。北、西、東のやつは小迷宮があるのを見ただけ。中は見ていない、南のは……、作る必要ないかなって話になった」
「どういう事ですか?」
チェシャはまるで植物の根のように乱雑に伸びた洞窟について説明した。
「なるほど……。チェシャさんが打った杭はまだ残っていますか?」
「見てないから分からない。けど、残ってるなら端のどっちかが当たり」
「分かりました」
アルマは彼の話をメモし終えて、再び顔を上げる。
「第四試練の地図の写しを取らせて頂いても構いませんか?」
「いいよ。いくらになる?」
「そうですね……、うえ……、多分、ううん。上に掛け合ってきます。少し待ってくださいね」
上に報告することを少し躊躇いつつも、しない訳にもいかない為、葛藤の末席をアルマが立った。
「うーい」
チェシャからすれば、コロコロと表情を変えるアルマは珍しく、どうしたのかと頭を巡らせたが、自分に分かるわけもないと思考を放棄して窓に目を向けた。
組合の中にも収穫祭の準備に向けてひた走る人々の喧騒が届く。
既に幾つかの屋台は骨組みが完成しているようで、大通りに並んでいるのが見える。
収穫祭は二日後。明日にはどこも準備を終えるはずだろう。屋台でなくとも、祭りを賑やかにする為の花飾りなどがあちこちにされていて、窓から見える景色はとてもカラフルだった。
チェシャは鞄から一枚の紙を取り出す。
それはクシャクシャになっていない収穫祭の地図。
彼は紙をひっくり返して裏面を開く。
アリスと一緒にまわるかはどうかは二人でも話したが、食べたいものが異なっていることもあって一日目は別行動、二日目は一緒に。という形に落ち着いた。
地図は一枚しかないが、アリスは一日目はクオリアと回るから大丈夫だと言われ、チェシャが持っている。
「うーん」
彼の一日目の予定は大方決まっている。
というより、ソリッドと似ているのだ。肉、肉、魚。
似ているのに一緒にソリッドと一緒に回らないのは彼が食べたかったのは肉よりも魚、付け加えるなら白身魚。さらに言えばバター和えだから。
好物ではあったが、魚が中々手に入らなかったので、セントラルに来て久しく食べていなかった。
しかし、収穫祭ではどこから仕入れたのか白身魚の類もあった。数は多いとは言えないが十分。
決まっていない予定は二日目。
お互い、食べたいものは一日目に大方まわるつもりで、それが可能な量。
彼も特段行きたい場所はない。
特に思いつくこともなく、肘をつき、答えを求めるように喧騒が聞こえる外へ視線を向けるのだった。




