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1-28 水面下での動き

アゴル村がオーガ集落との取引を本格的に開始した頃、ドベルの街ではパウルが苦虫を噛み潰したような顔で詰所の椅子に腰を掛けテーブルに足を投げ出していた。


「団長、街から逃がしてしまった冒険者なんて見つけようがないですよ。」


衛士は愚痴を溢すがパウルは微動だにせず視線すら向けずにぶっきら棒に呟く。


「じゃあ詫びにお前の首でも持って阿呆の所にでも行くか。俺はお前が志願してくれるなら願ったり叶ったりなんだがな。」


逃げるように情報収集に戻る衛士を眺めながらパウルはどうしたものかと頭を悩ませた。アッシュの目撃情報どころか近隣住民ごと街から消え失せており辿る情報が存在しない。ギルドの冒険者から街の外に脱出したところまでは確認できたのだがそこ迄だった。パウルにとって正直な話アッシュは悪人ではなく、むしろ被害者のようにも見えた。現にローギッド家からはアッシュ討伐の要請も出ておらずアルトリウスがただ単に騒ぎ立てていた。教会への弾圧や亜人への過度の重税などローウェルの名前を盾に好き放題に行動する阿呆が領民からの支持など得られている筈も無く、余計に情報収集の妨げとなっていた。パウルとしても立場上仕方がなく捜査しているのだが何処かで決着の糸口を掴まねば自らの首を絞める結果になってしまう。重い腰を上げ再度ローギッド邸へと向かった。


ローギッド家ではアルムスが当主となっていた。本来であれば妾の子であるアルムスが当主の座に就くことはなかったのだが、他の者はすべてアッシュによって殺害されておりローギッド子爵の血を引くものがアルムスしか残されていなかったのだ。今まで不遇に扱われていた母親と同様に劇的に人生が一変したのだ。代償にした左腕は大きな痛手となっていたがアッシュとの約束通り現にこうして生きている。受け継いだ遺産は莫大で医薬品販売の利権だけでも失われた左腕のお釣りがやって来るほどだ。だがアルムスは今回の事で多くの事を学んでいた。前当主がアッシュに行っていた事は貴族なら誰しもが行っている事あり当然として今まで行われていた。庶民の命や生活など気に掛けるものではなかったのだ。これを当然としてきた国の態勢が悪いと言えばそうなってしまうのだがアルムスの様に貴族としての地位を約束されておらず庶民とさほど変わらない生活をしてきた者にとっては如何に悪逆非道な行いかが考えさせられる。

最期の時にアッシュがアルムスに問いかけた事は母の命を使い生きることを選ぶか己の身を犠牲にしてでも母親と共に生き残るかという事だった。今にして思えばあの選択は試されていたのではないかと思った。もし母親の命を犠牲にして生き残る事を選べば2人とも殺されていたのではないだろうか。アッシュは自分に対して可能性を見出し傷の治療をしてくれたのだろう。他人に強いた行為は己に帰って来るとアルムスは学んだのだ。下手をすればトラウマになりかねない出来事だが結果としてアルムスをより良い方向へと導いていた。当主の座についてまだ間もないアルムスには全てを一度に変えていくような力はないが出来る範囲での行動を起こし始めていた。



ローギッド邸に不意の訪問者が訪れる。本来であれば貴族邸宅に来訪の際は先触れを行うのが礼儀なのだがこういった慣習に疎いアルムスは気にすることなく来訪者を招き入れた。

現れたのはパウル・ウェスレー騎士爵。アルムスには来訪の理由がわかっていたのだが相手に合わせる理由などもないので適当に惚けておく。


「これはこれはパウル・ウェスレー騎士爵。本日はどのようなご用件でいらしたのですか?」


「まぁそんなに邪険にしないで下さいよ。来た理由は分かっておいでだとは思いますがご家族を害した大罪人アッシュなる者の情報をお聞かせ願いたいのです。」


年齢的にはアルムスの方が年下なのだが爵位の関係上、互いに崩すに崩せない微妙な会話が続いていく。


「あれは恥ずべき父の強欲がもたらした自業自得です。故に我が家はアッシュに対しての罪を一切問うてはおりません。」


パウルとしてもアルムスを怪しむ点など無いが誰かに犠牲になってもらう必要がある。貴族同士の諍いなど怪しいだけで充分に火種となる。


「しかしながら平民の分際で貴族を虐殺しておいて無罪放免とはいきますまい。ご子息様が許されても伯父上を殺されたアルトリウス様は許さないでしょう。それにあまり罪人を擁護なさいますとあらぬ疑いを持たれかねませんぞ。特にアルムス様のお立場では余計でしょう。」


安直な結果の持って行き所にパウルの内心が透けて見え、苛つきを抑えながらアルムスは淡々と事情を話していく。


「私は当主の立場など望んでおりませんでしたが結果としてこのような形になっただけです。父のせいで苦しめられた罪なき者と同じ苦しみを味わう事で、生を許されたにすぎません。貴族だからと驕っていれば罪の清算に命をもってしても足らなかった筈。驕る者は相応の対価を支払う時が来るでしょう。あなたも本意ではない犯人探しなど止めてはいかがですか騎士爵。」


アルムスに隠していた部分を見透かされたのを誤魔化すようにパウルはおどけて見せるが、すぐに居住まいを正し真剣な顔をする。


「私としても止めたいのは山々なんですが、アルトリウス様が納得して下さいませんので。」


「大丈夫ですよ。すぐにでも犯人探しなんて余裕は無くなりますから。騎士爵はもう少し時間稼ぎしておられれば良いのではないですか。それでは私は仕事が残っておりますので、この辺りで失礼させて頂きます。」


席を立ったアルムスの含みのある笑みに不快感を隠し得ないがパウルとしては言われるがまま様子見を決め込むぐらいしか出来る事はなかった。


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