1-25 オーガ
アッシュたちは妖の森で連日伐採作業にいそしんでいたが今日は普段と様子が異なっていた。作業現場には動物や魔物の死体が溢れ木々の枝には死体の中身であろう臓物がぶら下げられていた。いったい夜間にどんな惨劇が繰り広げられたというのだろうか。作業に取り掛かる筈の1号たちも怯えて現場に近づこうともしない。
「アッシュさん、やっぱりオーガたちが俺たちに気が付いて怒ってるんじゃないっすか?何だか怖いっすよ、今日の所は帰りましょうよ。」
1号がアッシュの服を引っ張り現場から遠ざけようとしているがアッシュは今一つ腑に落ちない顔で思案している。
「確かに汚らしいな。燃やすか。」
「いや旦那、そういう話をしてるんじゃないっす。オーガっすよ。絶対にオーガっすよ。ダイアウルフなんてこの辺りじゃアッシュさん以外に倒せる奴なんてオーガしか考えられねぇっす。俺たち生きたまんま食われたりは御免っす。だから逃げましょうよ。」
「俺もオオカミ擬きなら倒したぞ。別にそんなに強くなかったし。まぁ気にすんなよ。」
アッシュは悩みながらも時間がもったいないとばかりに死体を移動させ一塊にして焼却処分した。長時間放置しておけば魔物の死骸はアンデット化するし動物の死骸も匂いで新たな魔物を引き寄せる。全く持って手間のかかる嫌がらせと朝からの汚れ仕事に機嫌を悪くしながらアッシュは1号たちに命じる。
「せっかく人が片付けてやったんだ。さっさと持ち場に戻って作業を始めろ。こんな趣味の悪い嫌がらせをしてくるぐらいだから俺たちの前に出てくることはないだろうさ。それとも元凶を探りに森の奥まで探検する方が良いか?」
「探検は勘弁っす。そのかわり、しっかり守って下さいよ。」
渋々ながらも作業を開始する1号たちを眺めながら出来事について考えてみた。作業場だけに集中して動物や魔物の死体が放置されていたのは明らかに明確な意図をもっての行動だが、恐れられている魔物がやったにしては中途半端感が否めない。ダイアウルフ等の村人が恐怖する魔物を仕留められるだけの実力があるなら直接的に襲ってきた方が伐採作業を止めさせたいにしても遥かに簡単で即効性もあり効果的だ。
何か重要な部分を見落としている気がするが、邪魔をしたならば効果を確認するために犯人は近くで監視している筈とアッシュは周囲に生物の気配を探り始めた。魔素の濃度が視覚化出来るアッシュにとっては集中さえできれば隠れている生物を見つけることは容易い。森の奥に巧妙に隠れてはいるが大型の生物が2匹こちらを窺っているのを感じる。
「お前ら、森の外で休憩してろ。俺の帰りが遅い場合には村に先に帰ってていいから。」
1号たちに小声で告げると、森の奥2匹の生物がいた地点に向かって一気に加速して駆けだした。木々の隙間を風の様に走り抜け驚くべき跳躍力で2匹の視界から消えた。アッシュの予想外の行動に反応が遅れた2匹は退路をアッシュに塞がれるような形で対峙する事となり互いに緊張が走る。2匹の見た目は巨大なゴブリンというよりは緑色した鬼といった方が近く、頭部には2本の角が生えており口元から覗く牙が見るからに恐ろしい。体長も2.5m.以上はありそうで握られた巨大な手には歪な形をした棍棒が握られている。巨大な手に力が籠められた事に気付いたアッシュは叫んだ。
「動くな。」
互いの緊張状態は続きアッシュは言葉が通じているのかと考えていたが、ふと思い出したように鑑定の能力を使用した。
名称:不明
種別:亜人族<鬼種>
状態:普通
技能:咆哮 意識共有
情報:亜人族は祖先の持つ特徴を体の一部分に強く顕現した種。純粋な人族に比べ平均能力が高く種族ごとの特殊能力を持つ。etc.
「お前らオーガって呼ばれてるが魔物じゃなくて亜人だろ?言葉がわかるなら話がしたい。それとも問答無用の殺し合いしか方法は無いのか?」
問い掛けに対しオーガは咆哮を上げ射竦めるように睨みつけるがアッシュに動じた気配はなく逆に話し合いに応じなければ迷いなく殺すべくオーガたちと同じように力を集中させている。一匹のオーガが痺れを切らしアッシュに向かって棍棒を振り下ろすが、アッシュの拳によって棍棒は粉々に砕かれた。舞い散る破片にアッシュは体ごと飛び込んでいき勢いそのままに身をひるがえし回し蹴りをオーガに叩き込む。蹴り飛ばされたオークが木々をなぎ倒しながら飛ばされて行く。一瞬の事に動くことが出来なかった、もう一匹のオーガは棍棒を振り上げ咆哮をあげた。
「交渉決裂だな。亜人なら言葉が通じるかとも思っていたが先に手を出してきたのはお前等だ。殺されても文句は言えないな。言っておくが仕方なく殺すんだ。恨むなよ。」
蹴り飛ばしたオーガに止めを刺すべく歩み寄るアッシュにもう一匹のオーガが間に割り込み話しかけてくる。
「待ってくれ。お前ら人族が断りもなく森に入って来たのが悪い。古来より森は我らの領域だ。」
見た目に反して予想外に流暢な人語で話しかけられアッシュは足を止めた。
「断り?断ったら許可が出るのか?それとお前らの領域って国か何かあるのか?」
「国などは無い。我らの集落があるだけだ。だがお前ら人族によって迫害された我らの安らげる唯一の場所だ。お前ら人に好き勝手にさせるわけにはいかん。」
手に持った棍棒を強く握りしめ小さく震えている。余りに込められた力によって軋む音が聞こえてきそうなほどだった。
「そうか、ならば聞くが俺たちは近くのアゴル村から木材を取りに来ているんだが俺たちの村の連中に迫害されたってことで良いのか?」
「お前ら人族は皆同じだ。何処の集落の者だろうが関係ない。さっさと出ていけ。」
オーガはまるで汚物でも見るような目つきでアッシュを見下ろす。
「そうか同じか。じゃあお前たちも村では魔物だって恐れられてるから皆殺しって事で問題ないのか?言葉が通じる亜人として話をしてるんだが無駄なら魔物として最後の一匹まで討伐しても良いんだが。」
逆にアッシュの鋭い殺気に気圧されそうになったオーガが後退る。
「アゴル村から被害を受けたのでなければ交渉できそうなやつを呼んで来い。集落というからには他にもいるだろう。それともお前が全権をもって俺と交渉するか?」
交渉を持ち掛けられたオーガは戸惑っていた。今までに見た事がある人族は自分たちの容姿に怯え逃げていき見逃してやっても後に部隊を伴って討伐にやって来る好戦的な種族で仕方がなく応戦しても圧倒的な数の力でキリがない。共存を求めても人語が操れたところで亜人とも認めてもらえず秀でた力に怯えられ、石を投げられたり斬りつけられたりと人族とは矮小で臆病な生き物と認識していた。だが目の前に立つ男は違った。単身で武器すら持たず、それでいて我らの力を凌駕しているのだ。その上で話し合いによって解決したいと言ってくる。何か策謀でも巡らせているのではないかと疑うが罠が必要な男とも思えない。
「ああ、我がお前の話を聞こう。だが我らは人族の村の名前など知らぬ。しかしながらここ数十年、こんなに派手に森を荒らしたのはお前ら位なものだ。基本的に我らは森から出ぬ故お前たちの村には何の縁もないと思うが。」
「そうか、気が変わったみたいで安心したよ。じゃあ交渉するにも何処か落ち着ける場所で話しないとな。お前の集落と俺の村どちらが近い?」
唖然とするオーガを無視してアッシュは話を進めていき気絶しているもう一人のオーガを休ませるためにもオーガの集落へと足を運ぶ事に決めたのだった。




