1-15 初仕事
翌日、サーシャに促され朝も早くからアッシュたちはギルド掲示板の前にいた。掲示板一杯に貼られた依頼の数々に順に目を通しながらサーシャが吟味していく。貼られた依頼には迷子のペット探しから害虫駆除、要人警護に、はたまた暗殺まで多岐にわたっている。アッシュは様々な種類があるもんだと感心しながら眺めるが、多くの依頼には条件の所に星が書いてあり自分のランクにあった依頼しか受けることが出来ないようになっていた。昨日、冒険者になったばかりのアッシュはもちろんだがサーシャも星1つなので受ける事が出来る依頼は限られていた。中には制限なしの依頼もあったがどれもリスクが高そうで安易には選べない。しばらくするとサーシャが唸りながらも1枚の依頼を掲示板から剥ぎ取る。
「どれもショボい仕事ばっかりでやってらんないわ。ここは多少のリスクには目を瞑って冒険者らしく一獲千金を狙う事にするわ。」
手渡された依頼には怪我に効く薬草の採取となっていたが報酬も少なく銀貨1枚。これの何処が一獲千金になるのか理解できなかったが、とりあえずサーシャに促され受付で依頼を受けると薬草を取りに行くことなく依頼主に会いに行くことになった。依頼主の家に伺うと妻らしき人物が応対してくれたのだが旦那が仕事の最中に右腕に大怪我を負ってしまい困ってギルドに依頼を出したのだとか。依頼した品の納品に来たと思っている奥さんにサーシャが徐に切り出す。
「あの直接になるんですが、大銀貨1枚で怪我が完治できるとしたらどうしますか?それより薬草の方が良いですか?もちろん怪我が治らなかったら代金は頂きませんし、ちゃんと薬草を納品させて頂きます。ですが怪我が治った暁には私たちに大銀貨1枚とギルドへの依頼達成料金をお支払頂きたいのですが、いかがでしょうか。」
サーシャの提案に奥さんは驚きを隠せない様子だが願ってもない事の様に喜びが顔に浮かんだ。
「酷い怪我なんですが本当に大銀貨1枚で治せますか?」
「奥さん安心して下さい、大丈夫ですから。じゃあアッシュお願いね。ちゃっちゃっと治してきてあげて。」
サーシャに釈然としないものを感じながらもアッシュは奥に通され旦那が横になっている部屋に入る。部屋に入った瞬間に血の匂いと膿の匂いに鼻を塞ぎたくなるが怪我人の前で露骨な態度を取るわけにもいかずグッと堪える。男の右腕は大きく縦に皮膚が割かれており、筋繊維が露出している部分まである。自分で皮膚を縫い合わせたであろう歪な縫い目から膿が出て変色している部分まである始末だ。
医学の本格的な知識を持っているわけではないがこのままだと男は右腕を失うか悪くすれば命まで失いかねないだろう。早速アッシュは煙草に火をつけると普段通り煙を患部に吹きかけてやる。煙の吹きかけられた場所から内部に残っていた膿や悪い色をした液体が押し出される様に排出され組織を再生させていく。余りじっくり見ると精神衛生上宜しくない気分になるのでなるべく手早く患部を再生させていく。男の妻は目の前で行われる癒しの奇跡を目の当たりにし涙を浮かべていた。一本を吸いきる前に処置が完了したので残りを吸いながら男の妻に説明をする。
「これで怪我は完治したが今までに失った体力は急には戻ってこない。しっかり寝てしっかり食えばすぐに良くなるはずだ。」
アッシュの手を握りしめ膝をついて感謝する女性の姿を不思議に思いつつ2人が待つ部屋に戻るとサーシャが満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。サーシャの笑みを見てアッシュとしてはすでに何か悪い予感がするのだが、只悪い予感がするというだけでは問い詰めようもない。
「ご主人の怪我は治ったようですね。それでは先ほどのお約束通りギルドへの報酬と大銀貨1枚のお支払をお願い致します。あとお知り合いの方で怪我にお困りの方がいらっしゃいましたら大銀貨1枚で治療いたしますのでギルドに依頼して下さい。依頼内容は奥様が出された依頼と同じ薬草の採取で出来れば指名依頼でサーシャもしくはアッシュまでお願い致します。」
サーシャと奥さんが何やら話し込んでいるが用のないアッシュとフォウは一足先に外に出て時間を潰していた。
「嫌な予感がするんだがフォウは何か気が付いたことがあったか?」
「私も何か引っかかるような気がするんですけど確たることまでは・・・。でもマスター、サーシャさんは良い人ではないですが私たちに悪意を持って報いるとは考えられないのですが。」
「まぁ様子を見るしかないな。」
丁度会話も一段落し手持ち無沙汰になった頃にサーシャが家から出てきた。奥さんから同じ時に怪我をした人が後2人いたらしく紹介してもらっていたらしい。すぐに後2人の家にも向かい同じように癒していく。1日で大銀貨3枚と銀貨1枚の収入を得ることが出来た。単純に考えると3人の2日分の宿代・・・。どう考えても宿代に出費を続けるより借家でも手配した方が安上がりだ。サーシャに確認したがギルドに手配してもらえば大銀貨4枚程度で長期滞在冒険者用の小さな借家が一月借りられるらしい。1日で3軒も回って少々歩き疲れてはいるが早速ギルドに寄って、いつも通りの営業スマイルで対応する受付嬢に手配してもらう事にした。
ギルドから小間使いの男に案内されながら向かったのは貧民街と呼ぶに相応しく掃きだめのような場所だった。どんな街にも貧民街は存在するが此処では亜人種が大多数を占めていた。別に亜人種に対して何も思うところが無いアッシュにしてみれば自分を含めての只の低所得者層としか見えない。借家も家と呼ぶのは烏滸がましく倉庫と呼ぶのが正解なんじゃないかと思うほどだ。一応扉に鍵もかかり馬や荷車も入れることが出来るのだから広さだけは問題ない。寝具は追々手配するとして今日の所は旅で使用していた外套で我慢する。宿に預けていた荷物を取りに戻って昨日と同じように屋台で食料を買い込む。日本人感覚で引越し蕎麦ではないが近所への挨拶を兼ねて食料を大量に買い込んでおいた。日持ちがしそうなものを選んでおいたので必要が無ければ自分たちの食事となるのだから損はない。3人が持てるだけの食料を買い込んで家に戻ると匂いにつられたのか子供たちが数人集まってきた。
「おっちゃんたちは今日からここに越してきたんだ宜しくな。腹が減ってるなら好きなの食っていいぞ。ここのみんなで食べようと思って買ってきたんだ。」
最初の1人は恐る恐るアッシュから食べ物を受け取るが1人が受け取れば周りの子供たちは我先にと手を伸ばしてきた。元より配るつもりだったのだから自分たちの最低限の食糧を残し配ってやる。途中この子たちの親らしき大人も集まってきたので軽く挨拶をして同じように振る舞う。不在の間に物取りに襲われる心配をするより最初から仲良くしておいた方が、気が楽だ。騒ぎを聞きつけた住人たちが1人1人と増えていき、その日は食料のお礼とばかりに誰かが持ち込んだエールによって宴会となっていった。こちらの世界で初めて飲むエールは生温く決して旨いものではなかったが気さくな住人たちとはしゃぐ子供たちの姿を肴に飲む酒は悪いものではなかった。宴会は食料がなくなるまで続き、お開きになったのは深夜を超えたあたりだった。はしゃぎ疲れて眠る子供たちをそれぞれの家に送り届け帰ってくるとサーシャとフォウも疲れたのか肩を並べて、寝息を立てていた。2人にそっと外套を掛けてやりアッシュも並んで眠りについた。
翌日、朝からギルドに顔を出すといつも笑顔の受付嬢から微妙な表情で出迎えられた。
「アッシュさんとサーシャさんの指名依頼が山ほど来てますけど・・・。」
何か言いたげな微妙な表情で依頼の紙束を手渡してくる。確かに昨日サーシャが言ってたように薬草の採取依頼が山ほど来ていた。昨日と同じ流れになるのだろうが1日で回れる量には限りがある。サーシャはまずギルドから家が近い順に依頼を並べ替え効率的に回っていくことにした。一応確認で治療か薬草かと聞きはするものの全員治療を選び昨日と全く同じやり取りが繰り返される。只一点違うところと言えば今後はギルドへの依頼ではなく、借家の方に直接依頼をするようにと念を押していた事だった。
この辺りでアッシュも嫌な予感の正体に気が付いてきた。アッシュの考えが間違いないのであれば本来ギルドへの依頼とは異なった方法で解決し尚且つ報酬も別途で手に入れていることは規律に反する事ではないのだろうか、という事だ。それにもう一つ気になる事がある。依頼の内容が薬草採取になっていた事だ。素直に怪我の治療、報酬大銀貨1枚で済む話なのにわざわざ選択肢をこちらから提案する方法がとられている事だ。しかも今日に至っては次回の依頼方法を変えてきている。朝の受付嬢の態度からしてほぼほぼサーシャの行動は後ろ暗い事だろうといった確信に変わってきてはいるが遥かに金は稼げている。この事を問い詰めてもはぐらかされてしまえば終わりだが事が大きくなる前に手を打つ必要があるのも確かな事だ。次の家に向かいながら、さりげなくアッシュが切り出す。
「なぁサーシャ、俺たちが怪我人を癒して回ってることってギルドではタブーなのか?」
「そんなことないわよ。ただギルドの報酬と2重取りってのは多少なりとも問題になるかもだけど、今日で大体は終わる筈だからあまり大事にはならない筈よ。」
「じゃあ何でコソコソとするような真似してるんだ?」
「そうねぇ、大々的にやれば教会と貴族連中を敵に回しかねないからよ。本来治癒の奇跡ってのは教会で最低金貨1枚以上お布施をして行ってもらうからよ。それに傷の程度によってはそれ以上要求されるしね。貴族運営の施術院ってのもあるけれど中身は同じ治癒の奇跡だし料金も似たり寄ったりだわ。傷を癒すポーションの類だって貴族連中の粉がかかってるから料金はそれ以上するわね。だから私たちがやってるのは10分の1以下のお金で教会や貴族連中のやってる治癒より効能が良いからお客が今後絶えることもないわね。今の所、口コミでやってる分には相手も喧嘩売ってこれないだろうしね。」
「ヒーラーって職業があるのに冒険者は怪我人を癒したりしないのか?」
「しないってことはないけど効率が悪過ぎよ。まず私だったら術に力を取られ過ぎて昨日のお客さんなら怪我を完治させる事なんて出来ないし効果も気休め程度ね。本来、傷の完治なんて高位の治癒術師数人で行うものなのよ。ヒーラーってのは軽度の傷や応急処置的なものなの。それに同じように数人でやったって力を使い果たして回復するまで仕事できませんってことなら金貨1枚もらっても皆で分けてたら割に合わないわ。」
「マスター、ほらサーシャさんは良い人ではありませんが良いことをしてますね。多分・・・。」
「あんた、どういう意味よそれって」
サーシャとフォウが若干騒がしくなってきたが聞いてみれば然程悪い事をしている雰囲気でもない。教会と貴族っていうのが随分引っかかるが稼ぎを考えるとこれ以上に良い手が思いつかない以上、サーシャお手柄としか言いようがない。素直に褒めるのは調子に乗らせる気がしたので今日は回れるだけ家を回ったら晩飯はサーシャの好きなものを買う事にしよう。ついでに道中良い店があったら寝具と女性陣の着替えも手に入れることにして褒美はそれくらいで良いだろうと考えながら次の家に向かって歩みを速めた。




