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第六十四話:明日への決意

「蓮本もサンキュ。すっげえ助かった」

奈緒はテレビを観るともなしに観ていたが、日向の独白のような言葉に彼の方を見た。日向は膝で眠る影の額を慣れた手つきで撫でている。

「・・・・・・」

「きっと蓮本が居なかったら俺たちどうにかなってたと思う」

テレビの音が完全に聞こえなくなる。日向の横顔から眼が離せなくなる。

普段の飄々としたものとは違う、穏やかながらに真摯な瞳。

(麻理花は、九連の眼が好きだと前に言っていた、)

麻理花が好きなのは今奈緒自身が見ている眼のことだったのだろうか。

「・・・・・何だよ、変な顔して」

日向が奈緒の凝視に気付いたらしい。眉を寄せて彼女を見返す。

「変顔で悪かったわね、馬鹿九連」

「いちいち舌鋒鋭い奴だな」

苦笑する日向。我儘な妹を見守る兄のようだ。

「・・・・訊かないの?」

意図して訊こうと思ったわけではない。なのに、そんな言葉がぽろりと口をついて出て来た。

「え?」

「あの家のこと。遊子のこと。・・・遊子と、あたしの関係。知りたいでしょ?大事な弟を傷つけたあいつらとあたしが何か関係を持ってるか、訊かないの?もしかしたらあたしもあいつらの仲間かも知れないよ!!」

自分が何を言いたいのかもう分からない。不安と焦燥がない交ぜになって奈緒の心を覆い尽くす。

「蓮本、」

「あたしはあんたにお礼を言われるようなことは何もしてないっ・・・・!!」

影が日向の膝の上で身動ぎする。起きてしまうだろうか、という気遣いは全く出来そうにない。「お礼なんて言わないで、言わないでよ……っ」

今も耳について離れない、好きだった人の言葉。

『ありがとう。奈緒ちゃんに出逢えて、奈緒ちゃんと一緒にいられて、とても楽しかった。幸せだった。本当に、ありがとう』

お礼を言われるようなことなんてしてない。なのに、どうしてそんなに穏やかな笑顔を見せてくれるの?こんな、あたしに。

「俺は、蓮本がどんな人生を歩んで来たのか……全然知らない。蓮本が言わない限り、知ることは出来ないと思う」

静かに日向が話し出す。奈緒は耳に意識を集中させる。

「蓮本は何かに苦しんでるだろうことは、あの屋敷での様子や今の状態から考えて分かる」

「……………」

「でもあの屋敷で蓮本がいなかったら、俺と影がどうなっていたか……本当に分からない。蓮本が俺を支えてくれてたのは、間違いない事実だし……あのときの蓮本は純粋に俺たちを助けようと、無事に家に帰えそうとしてくれてたしな」

「九連、」

「確かにあの遊子っていう女と蓮本は知り合いなんだろうってのはあのやり取りから分かった。あの女と対立してるのも分かった。蓮本たちが手を組んでるようには見えなかった」

「演技だったかも知れないじゃない」

「蓮本を女優だと思ったことは一度もないよ」

日向は慈愛に満ちた瞳で影を見下ろす。兄の手が気持ち良いのか、影は幸せそうな寝顔をしている。安らかな寝息が奈緒の強張った心を解すように感じる。

「・・・・・何よその遠まわしの否定方法は」

ありがとう、という素直な言葉が出ない自分が心底嫌になる。

「・・・・・・蓮本」

「な、何よ」

「一つだけ、一つだけ訊きたいことがある」

奈緒はギュッと拳を握り締め、日向の言葉を待つ。どんな問いが来るか。

「・・・・・・影は、また狙われる、のかな」

その問いにこもるは、否定を望む気持ちと、そうなのだろうな、という諦観。奈緒としては否定したいが。

(遊子は執念深い・・・・・・)

「・・・・と、思う。だから、しっかり守ってあげなよ」

影の“赤い眼”は遊子の好奇心を捉えて放さないだろう。だから影から手を引くなどあの女にはあり得ない。謎を解明しない限り、ずっと影は安全とは言えないだろう。

だから奈緒は頷いた。この場の感情で、取り繕うべきではないと思ったから。

「そうか……」

予想出来た答えなのだろう、日向は大して動揺はしなかった。

「なぁ、」

「何」

「また、助けてくれるか?」

他人に助力を求められたことは、奈緒にはあまりない。他者との関わりを避けてきたから。持ちつ持たれつの関係が嫌いだったから。でも、

「泣いて頼むならね」

こいつなら、九連日向になら素直になれそうな気がする。こいつの笑顔を守る為なら、余計な虚飾を剥がせそうな気がする。

「……何だよそれ」

不服そうに日向が唇を尖らせる。奈緒は子供じみたその様子に苦笑する。

「ごめんごめん……あたしで良ければ何時でも力になるから、さ」

「・・・・・・本当かよ」

「本当も本当」

嘘偽りない本音だ。

奈緒が何度も頷くと、日向はそっか、と軽く微笑む。その笑顔に、一瞬ドキッとする奈緒である。

(な、何・・・今のドキッって・・・・・・)

陽と初めて出会った時のような感覚に、混乱する。慌てて顔を逸らすと、日向が怪訝そうな声を発する。

「蓮本?顔赤いけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫よっ」

「変な蓮本」

「う、煩いわね」

ぎゃあぎゃあ言っていると、日向の膝の上の影が小さく呻いて薄っすらと眼を開いた。どうやら起きてしまったらしい。

「・・・・ん、」

「あ・・・蓮本が煩いから起きちまっただろうが」

「あ、あたしの所為じゃないわよ!人が目覚めるのは自然の摂理よ!!」

なんだか無償に恥ずかしくなった奈緒が喚くと、身を起こした影がクスリと微笑んだ。

「何か夫婦喧嘩みたい」

「んなわけあるか!!」

と双子の兄とクラスメートの少女に異口同音に怒鳴れビクッと体を震わせた影だったが、だがすぐ顔を綻ばせる。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

やっと戻った影の本来の笑顔に、日向も奈緒もプッと吹き出す。

「な、何で笑うの?」

不思議そうな影の頭を軽く撫でて、

「いや、何となく・・・・・な」

「・・・・・・だね」

「なんなの、二人して」

拗ねる影だったが、二人が楽しいなら良いかと思い直す。

少し前まで恐かったり哀しい想いしかしていなかったのに、不思議なものだ。

「ちゃんとベッドで寝るか。体疲れてるだろ」

影はこくん、と頷いて立ち上がる。

「蓮本は少し待ってて・・・・影を寝かせてくるから」

「ぼ、僕は大丈夫だよ」

「ダメだ。まだ少しふらついてるからな。これ以上影に何かあったら耐えられないし」

影は渋々、といった風に頷き、

「・・・・・蓮本さん、本当にありがとう。おやすみなさい」

赤い眼の時とは全く違う、穏やかで愛らしい笑顔。この笑顔が消えるようなことがあったら、日向はどうなるのだろう。考えるだけで暗い気持ちになる。

「ん。ゆっくり休みなよ」

「うん」

「じゃあ蓮本、待ってて」

「あ、良いよ。あたしも帰るから」

「もう少しゆっくりしていけよ。折角だから飯でも、」

「良いから。九連だって疲れてるだろうから、ゆっくりしなよ。兄弟水入らずで、さ」

「最近はずっと兄弟水入らずなんだが・・・まぁ蓮本がそこまで言うなら」

「水も美味しかったよ、有難う」

影に言えば、彼はキョトンとしている。

そうだ。赤い眼のときの記憶はないんだった、と奈緒は一人苦笑する。

「じゃ、そういうことで」

「あぁ」

奈緒はソファから立ち上がると、見送る兄弟に手を振って九連家を辞した。






(あたしは、屋敷に戻るべきなのかもしれない)

陽との思い出を清算しなければならない時機が来たのかもしれない。姉の幻影から逃れるべき時が来たのかもしれない。そして、遊子と対決すべき時が来たのかもしれない。

奈緒は、九連家を見上げる。陽の次に好きになった人を瞼の裏に焼き付けながら、奈緒は静かに歩き出した。










「蓮本さん、何か吹っ切れた顔してたね」

パジャマに着替えてベッドに潜り込みながら放たれた影の言葉に、日向は窓の外から眼を影に戻した。日向は立ち去る奈緒の後ろ姿が何となく気になって窓から見送っていたのである。

「え?」

「僕の気のせいかもしれないけど・・・・・・」

「俺も、そう思った」

「兄さんも・・・?」

すぐにうとうとし始める影の額を撫でながら、

(そういえば病院に戻らなくて良いのか・・・・・・?)

確か病院で遊子の手下に拉致されたのである。今頃患者の消えてしまった病院内はおおわらわになっているのではないだろうか。

(・・・・よく分からんが、まぁ良いか)

どうしてか、放っておいても大丈夫だろうという気がして、日向は内心で不思議に思う。

正常な神経は焼き切れてしまったのだろうか。

「なぁ、影」

「・・・・何?」

「・・・・・最近、恐い想いばっかりさせてるな」

悄然とする日向に、影がクスッと笑う。

「大丈夫、兄さんや蓮本さんが居てくれてるから。恐いけど、恐くないよ」

「でも、全然影を助けて遣れてない」

「そんなことない。兄さんも、蓮本さんも・・・・・・一生懸命してくれてるって、僕、分かってるから。それに兄さんが傍に居てくれたら、大丈夫」

やっぱり依存しているな、と思う。少し前にも感じたこの想い。だが、今はまだこれでいいのだろう。影も、日向(自分)もまだまだ子どもだ。今は、このままでいい。そう思いたい。

「お休み、影」

「うん、おやすみなさい」

影が眼を閉じる。長い睫が白い頬に影を落とす。

精神的疲労が祟ったのか、また少し痩せたな、と思う。これ以上負担をかけるわけにはいかない。

(影は絶対に俺が守る。何に代えても、絶対に・・・・・・・)

日向は誓う。双子の弟である影を、何に代えても守ろうと。

あらゆる苦痛から。あらゆる悲しみから。あらゆる恐怖から。

自分を、犠牲にしてでも。

「今日は、ゆっくり休め」

影が笑うこと、影が幸せであること。それが日向の生きる糧になる。

影の笑顔を。幸福を。

それを願いながら、日向は影に添い寝をする。腕の痛みはもうない。折れているのに、痛くない。そのことすら気付けないほどに、日向の意識はまどろみの中にあっさりと落ちて行った。









                   

                      〜第一部・完〜

伏線の回収を一切出来ないままに第一部完結です。

というか完結にしました(最初は〜部とか分ける予定はありませんでしたっ)。本当にこんな終わり方でごめんなさい・・・・(汗)。

第二部はいつから開始になるか国府神自身にも未定ですが、もし開始いたしましたら読んで下さるととても嬉しいです。それでは、また。第一部を御覧いただき、誠にありがとうございました。

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