普通の大学生
「ただいま。」
夜まで研究した後、勇太は帰宅した。
「主よ、帰ったか。」
晴明が勇太の部屋のベッドの上に座っていた。
「晴明も帰って来てたんだ。」
勇太は椅子に腰かけた。夕方、教授室を覗いたときには晴明もクォーツたちもいなくなっていた。
「大也にこの時代のことを色々教えてもらってな。パソコンとやらの使い方も聞いた。」
そう言って晴明は机の横にあるパソコンの電源を勝手につけた。
「…そうなんだ。」
勇太はため息をついた。
「悩んでいるのか。」
晴明が聞いた。
「まぁね…」
晴明はパソコンで何やら操作し始めた。
「大也から便りはと…これか。」
晴明はメールを見ていた。
「なるほどな…」
「何見てるの?」
勇太はパソコンの画面を覗きこんだ。
「これって…!」
勇太は驚いた。パソコンの画面には勇太たち有機化学研究室のメンバー5人の顔写真が映し出されていた。
「『野上あき。Sプラスクラス。成績は学部1位。附属高校から無試験で進学。高校1年生の時に魔術修行をし、わずか3ヵ月足らずで最速で上級魔術師になる。師匠は当初はガーネット。第1属性は水、師匠はサファイア。無属性はジルコンに師事。jewels入りを拒否したが…』」
晴明がマウスであきの顔写真をクリックしたときに出てきた説明文を読み上げた。
「金剛先生から送られてきたの?」
勇太は聞いた。
「あぁ、この時代の技術になれるために『メール』とやらで大也がよこしてくれた。主たちのことを色々知っておく必要があるのでな。」
晴明がニヤリと笑った。
「…もし、俺が魔術を放棄したら、晴明はどうするの?」
勇太が真剣な顔で聞いた。
「わしはなんとでもなる。」
晴明はまた勇太に向かってニヤリと笑った。
突然、勇太の携帯電話が鳴った。
「もしもし…あっ、海斗か。」
『勇太、今大丈夫か?』
海斗からの着信だった。
「大丈夫だよ。海斗も悩んでいるの?」
勇太は海斗の声色から海斗も自分と一緒で悩んでいることを察した。
『…そうだな。俺は魔術と関わって日常が壊れるのが本当はイヤで仕方なかったんだけど、でももう後には退けなくなってしまうところまで関わってしまっているんだよな。』
勇太も同感だった。
「俺も。このまま引き下がりづらいというか…」
『俺が魔術を止めて普通の大学生に戻っても本当に何事もなく卒業して就職できるのかとか、そしたら関係ないヤツまで巻き込んでしまわないかとか色々考えてたら頭ん中グチャグチャでさ。』
「分かるよ。俺も敵に呪いをかけられて親を殺されそうになったから。」
『イヤだったけど魔術を使えることに多少は浮かれてたのかもな。』
勇太は海斗が自分の気持ちを全て代弁してくれている様な気持ちだった。
『女性陣がこのまま魔術に関わっていくって言ってくれたお陰で余計に引き下がれなくなったし。女って強いよな。』
「確かにね。」
勇太はクスッと笑った。
『勇太はどうするんだ?』
「一緒だよ。分かってるんだけど決心つかないんだ。」
『そうか…ありがとな。ちょっとスッキリした。』
「俺も。また、明日。」
そう言って海斗との電話は終わった。
「なんだそれは?」
晴明が勇太の携帯電話をじっと見て言った。
「携帯電話。離れた場所でも会話できる道具だよ。」
勇太が答えた直後、母親が1階から呼ぶ声が聞こえた。
「晴明、ゴメン。飯食ってくる。」
そう言って勇太は1階に降りていった。
晴明は机の上に置かれた勇太の携帯電話の方をまだ見ていた。
しかし、晴明が気になっていたのは携帯電話ではなく、ストラップ代わりに携帯電話につけている黄緑色の巾着だった。