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第3話『夏休み計画』

「沙耶、明日から夏休みだな!」

「そうですね」


 一学期の終業式が終わり、部員総勢二名の文芸部も一学期の最後の集まりを終えて帰る道中だ。

 俺はいつものようにもう一人の部員で可愛い後輩の沙耶とうだるような暑さの中を歩いていた。


「暑いけど休みってだけでテンション上がるよな」

「私は今テンションがどんどん下がってます」

「どうした、沙耶。熱中症じゃないだろうな、大丈夫か」


 沙耶が体調を崩すようなことがあっては大変だ。

 しんどそうな沙耶も可愛いがそれは良くない。


「先輩が暑苦しいのでその暑さにやられるかもしれませんね」

「やっぱりちょっと疲れてるんじゃないか、沙耶。毒舌にいつものキレがないぞ」

「そんなに罵って欲しいんですか、変態みたいですね先輩」


 うん。やっぱりそれなりに元気なようで安心した。


「しかし、本当にこの暑さはどうかしてるな。沙耶、ちょっとだけ寄り道になるけどあっちのコンビニでアイスでも買って食べない?」

「一人で行ってください。今日財布忘れたんです。というか一秒でも早く帰りたいです」

「おごるよ?」

「いりません」

「今日発売の夏期限定地域特別抹茶ハー●ンダッツでも?」

「……、……行きましょうか」


 欲望にちょっと躊躇って、でも結局従っちゃう沙耶も可愛いね!


「なんだかイラッとしたので遠慮なく行きますね」


 相変わらず鋭いことで!




 コンビニで二人分のアイスと飲み物を買い、店内に設置されている小さな飲食スペースでアイスを食べる。


「はあ、冷房のガンガンかかった屋内で食べるアイスは最高だな。もうここ出たくない」

「いきなり自堕落な台詞ですね。先輩って夏休みは家から出ないタイプの人間ですか」

「用がなければ出たくはないね~。それ、美味しい?」


 クーラーつけてごろごろしながら本読んだりしていたい。


「はい。ありがとうございます」

「よかった。この前新しくでるアイスが食べたいって言ってたからさ」


 チラシを見たので発売日をチェックしていたのだ。

 アイスを運ぶ口元が少し緩んでいる沙耶は限定アイスがかなりお気に召したようだ。


「覚えてたんですか。でもそれ言ったのは数か月前でしたよね?」

「うん? そうだけど」

「そんな前のどうでもいいことよく覚えていましたね……」


 沙耶のことなら一年前のことでも覚えていられる自信がある。

 一昨日の夕食のおかずは忘れたけどな。


「そういえば夏休みだけど、文芸部も少しながら活動します」

「部員五人以下の部は夏休みでも毎月活動記録を出さないといけないってやつですか」

「そうそう」


 うちの学校は部員が一名でもいれば部としての存続はできるが活動記録を出さなければならない。

 しかもこれが厳しくて一度でも提出を怠ると活動停止や休部・廃部の危機さえあり得るというのだ。

 提出さえすれば内容は正直何でもいいみたいだが。


「とりあえず今月の分もまだだから7月と8月で二回分出さないと駄目だから」

「でも夏休みにわざわざ学校行って何をするんです?」


 問題はそれだ。

 俺たち文芸部、現在の部員二名は普段の活動としては放課後に部室に集まり喋ったり宿題をしたりオセロをしたりしている。

 毎月一冊の文芸部誌を作って活動記録と一緒に出しているが、それに一か月の活動をすべて割いているわけではない。たまにお題を出して短編を書いたりと文芸部らしいこともするが基本的には遊んでいるようなものだ。


「さすがに普段通りの活動を休みにまで登校してするってことはないですよね」

「うん、それはない。だから課外活動をしようと思う」

「課外活動、ですか。何を企んでいるんですか」

「企むとは酷い言い方だな、沙耶。俺は部長として部の活動を真面目に考えているよ」

「じゃあ何をするつもりなのか言ってみてください」

「海かプール、そして祭りに行きます」


 俺がはっきりと告げると、沙耶は溜息を漏らして少し呆れた顔で言った。


「遊びたいだけでしょう」


 はい。




 表向きの理由としては「夏休みという時間を使って普段ではできない体験を経験し、それを小説で表現する」とか、まあそんな感じだ。

 文芸部らしく、また文化系の部活にありがちな屋内のみの活動に留まらないことを考慮した、実に立派な活動目的だ。


「どう考えても遊びを活動にするためのこじつけですけどね」


 なんて沙耶には一言の下に切り捨てられたけど。

 今日は夏休みに入って数日。

 俺は模試が、沙耶は希望者のみの夏期講習があるため学校に来ていた。

 二人とも午前で終わったため、部室で合流し弁当を食べているところだ。

 ちなみに沙耶は弁当を自分で作っているらしい。

 俺もそっちが食べたい。


「あげませんよ」

「まだ何も言ってないのに」

「顔に書いてます。それにまだって何ですか、今から言うつもりだったんですか」

「そんなわけない、後輩の弁当を分けてくださいなんて言う俺だとでも思ってるの?」

「言わないんですか?」

「言いますね」

「最低ですね」


 今日もいつも通りの元気そうな沙耶で俺は嬉しいです。

 弁当を食べ終わり、講習の宿題をやり始める沙耶。


「沙耶は真面目だな。希望者のみの夏期講習なんか俺は絶対受けなかったけど」

「苦手科目だけですよ。得意科目と違ってあんまり復習ができていないので」

「また俺が教えてもいいんだけどな」

「テスト前でもないのでそれはいいです。というか先輩こそ英語の勉強ちゃんと毎日してるんですか?」


 この前のテスト前にまさかの後輩に教わるというほどの俺の英語力である。


「してるよ、ちゃんとしてる」


 さすがに酷すぎるとわかったからそれはちゃんとしている。

 冗談では済まないレベルだったからね!


「それで、課外活動の件だけど」

「はい。海かプールと祭りでしたっけ」

「そうそう。祭りは前に言っておいた日に行くからね」


 せっかくなんだから夏にしかできないイベントを色々としたいものだ。


「ところで沙耶は水着は持ってる?」

「セクハラです、訴えます」

「いやそんな変な意図はない!」

「後輩の水着を妄想するとかさすがに引きますよ」


 さすがにそんな変態ではないつもりだ。

 単純にふと気になっただけなのに……。


「中学の授業で使っていたものならあります」

「海やプールにスク水を着ていくとかレベル高いね」

「冗談ですよ。一応ありますけどしばらく着てないのでどうですかね」


 ちなみにこの高校は水泳授業は必須ではない。

 体育の選択科目に入っていたが、着替えなどが面倒という理由で俺も沙耶も取ってはいない。


「しかし、そうなるとわざわざ新しい水着を買わせるのも申し訳ないな」

「いえ別にいいですよ。むしろ新しくするのにはちょうどいい機会ですし」

「そう?」

「ええ。ところで行くならどっちにするんです?」


 そう。プールも海も通学圏内にはないので近場で探してみたのだけれど。


「プールはかなり遠くまでいかないと小さい市民プールしかないから、海にしようと思う」

「海だと……ここの最寄から電車で行ったところのあそこですか」

「そうそう。そんなに遠くないし、どうかな」

「いいんじゃないですか。」

「急ぎはしないけど早めがいいよね。あんまり後に延ばすと海月増えるし」


 お盆くらいまでが海水浴のシーズンだったかな。

 一度季節外れに海に遊びに行ったことがあるけど、海月がふよふよしてるわ浜に打ち上げられてるわで、あれは嫌な光景だった。


「私は今週末には夏期講習が終わりますから、それ以降なら大体空いてますよ」

「じゃあ来週の月曜はどうかな」

「大丈夫です」

「よかった。それじゃあ来週の月曜、時間は……朝の十時に駅前でいいかな?」

「わかりました。パラソルとかは持っていくの大変ですけど、あそこのビーチって影になるところありましたっけ」

「あーなんか海の家で激安で貸し出してるみたいだよ。そこで借りよう」

「なるほど、それで大丈夫そうですね」


 というわけで、来週の月曜は沙耶と海だ。

 最高だ!




「最悪だ……」


 こんなことがあっていいのか。

 楽しみでかなりの早起きをしてしまった俺は二時間前に集合場所の駅前に着いて、沙耶を待っていたのだが。

 沙耶が来る直前に急な大雨。

 おお、神よ。

 なぜ俺にこのような悲劇をもたらすのか!


「天気予報では晴れ。降水確率ゼロパーセント。てるてる坊主も千羽鶴のごとく千体作って吊るしておいたのに!」

「それ見た目がすごいことになってそうですね」


 さすがにこの風雨で海は無理だろうということで、沙耶と俺はとりあえず駅の近くの喫茶店に入っていた。


「はあ……」

「にわか雨って感じでもないですし、これは今日はもう無理ですかね」

「本当に辛いです……」


 心の底から残念だ。

 そして沙耶にも申し訳ない。雨は俺のせいではないとは言え、沙耶は今日のために新しく水着まで買っていたのに。


「せっかくの沙耶の新しい水着もこれじゃ使えないな」

「どれだけ後輩の水着が見たかったんですか、若干本気で引きます」

「そんな下心で言ったわけじゃないよ?」


 見たいという気持ちが全くなかったかと言われればそれはまあ当然見たかったけど。すごく見たかったけど。


「さっきの言葉だけ聞くとそう聞こえますから」

「でも、予定も空けてもらって。水着も買ってきてくれてたのにごめんね。俺が……」

「さすがに天気は仕方がないでしょう。先輩のせいじゃないですよ」

「俺が、千てるてる坊主で満足せずに逆雨乞いの儀式までしていれば……くっ」

「そんな得体の知れない儀式をしたとして何だっていうんですか」

「晴れる」

「わけないでしょう」


 でもできること全部やっておけばよかったな。

 今度やり方調べて天気の神様呪っとこ。


「今日は残念だったけど、また日を改めて行こうか」

「あ、それなんですけど。すみません」

「ん?」


 どうして沙耶が謝るのだろう。


「明後日から家族で田舎の祖父母の家に行くことになってしまったので、お盆終わりまで帰ってこないんです」


 ……?

 つまり。


「今年はもう海に行く機会はないと」

「はい。急に親から言われて決まったことで、申し訳ないんですけど」


 ふおっへい!

 神様お前絶対呪うからな。


「でもそれは仕方ないよ、家族の用事の方が大事大事。帰ってきてからは予定空いてる?」

「はい。そこからは空けてますから、祭りには絶対行きます」


 俺の夏休みはあとは夏祭りだけだ。

 しかし祭りがあってよかった。


「その、本当にごめんなさい。部活の活動でもあるのに……」


 沙耶はかなり落ち込んでるというか、申し訳なさそうにしている。

 本当に真面目なんだから。


「そうだな、文芸部としての活動が一つ減ってしまうわけだ」

「すみません……」

「ということで、沙耶には宿題を出そう」

「宿題ですか?」


 不思議そうな表情を向けてくる沙耶。

 何で君はそんなに可愛いのかな、まったく!


「今一瞬すごい心がざわっとしました。何か変なこと考えました?」

「いいえ、何も?」


 多少落ち込んだところでその鋭さは鈍らないようです。


「沙耶は今度会った時に、その田舎であったことを俺に伝えること。表現力を磨く練習かな」

「それが、宿題ですか」

「そう。向こうで色々楽しんだり休んだりして、それを俺に教えてください」


 少しだけ間を置いて、沙耶は軽く微笑みながら言った。


「先輩、プライバシーなので全部は嫌ですからね」


 どうやら全て聞き出す変態だとでも思われたらしい。





 私が、口に出していたよりも楽しみにしていたことも。

 海に行けなくなったことを、顔に出した以上に残念がっていたことも。

 この人にはわかってしまったらしい。


 仕方がないこととはいえ、それでも後ろめたいような申し訳ないような気持ちがあって。

 そのまま明後日からを過ごしていたもしれない。

 そんなことまで、こんな風にどうにかしてくれるのか。

 考えすぎではないことも、わかってきた。

 この人はそういう人だ。


 だから。

 この人に伝えることは、楽しいものがいいだろう。

 楽しい話が似合う人だから。

 今年の夏休みは、楽しいものになる。

 絶対に。

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