第4話『八月の七夕』
「で、どうして今日は呼び出されたのかそろそろ説明してもらえますか」
夏休みである。
といってもほとんど終わりで、あと数日もすれば新学期という八月の末の末。
「あれメールに書いてなかったっけ」
ミンミンジージーが多かった蝉の鳴き声も、カナカナカナに変わってきたが、日差しはギラギラ照り付け、まだまだ残暑だぜと太陽が張り切っているような夏の日和だ。
今はもう夕方と言える時間だが、まあ暑い。暑すぎ。
「『七夕をしよう。準備は全部しておくから部室に来てくれる?』ってやつですよね」
「そうそう。七夕をします」
文芸部の部室にいる俺たち二人は扇風機の前に陣取っているわけなのだが、焼け石に水の状態だ。
クーラーがついている職員室はずるいと思う。
「意味が分かりません」
「笹を用意して短冊にお願い事を書いて吊るします」
そういえば冷房は図書室にもついていたかな。
図書室を部室にしたい。部活動で常時使用はできないみたいだが。
「そんなことを聞きたいわけじゃないとかそもそも今は八月だとか色々ありますが、とりあえずいきなりすぎですからね?」
「ごっめーん」
「きもい、帰ります」
「ごめんなさい、真面目にやるから待って」
さすがに調子に乗りすぎたようだ。
「ていうか、笹ありませんよね」
教室の中をきょろきょろと見回しながら言う沙耶。可愛い。
「もうすぐ来ると思うけど……」
「来る?」
ちょうど沙耶が首を傾げると(可愛い)、ドアが外からがらがらと開けられた。
「よお、持ってきたぜー」
恭平、笹を担いで登場。
後ろを見るとやたらと笹の葉が散っている。どんな運び方をしてきたんだ、こいつ。
「おお、さんきゅー」
昨日『明日、部室に笹持ってきてくれ。お前ならできると信じてる』というメールを送ったら『わかったぜ!』と即答で返ってきた。
本当にできるのかとも思ったけれど、あまりにはっきりとした返事だったので待っていると本当に持ってきた。
どこから持ってきたんだろうか。
「早く入りなさいよ」
「おわっ」
どがっ、ガサガサ。
後ろから現れた知佳に尻を蹴られて教室の中に笹ごと転がり込んできた。
「気をつけなさいよ、沙耶ちゃんに笹が当たるでしょ」
「それを言うならお前こそだぞ知佳。そんな前に蹴飛ばしたら笹が沙耶に当たるだろ」
「僕の心配もしろよ!」
まったく、知佳はいつも乱暴だな。
恭平はどうでもいいが沙耶に被害が及ぶかもしれないってことを考えろよ。
「ほら、持ってきたわよ。感謝しなさいよね」
そんなふうに言いながら知佳が差し出したのは笹団子だ。
「わあ、笹団子ですか。作ったんですか?」
「ええ、手作りよ」
胸を張る知佳。
持ってきてくれたことに感謝はする。だけど。
「知佳。手作りは確かにそうだけど、作ったのはお前じゃないだろ」
「う……」
心なしか沙耶に自慢げに話してたところ悪いが沙耶が勘違いしてしまうからな。そこははっきり言っとくぞ。
「そうなんですか?」
「知佳のお母さんがこういうの得意で作ってくれるんだよ」
趣味らしいけどそれこそ和菓子屋でもやるんですかってくらいの出来だ。
「へえ、すごいんですね。知佳さんも作ったりするんですか」
「ああ、駄目だよー。こいつに作らせるとなんかすごいことになるよ」
「うっさい黙れ!」
顔を赤くしながら恭平を蹴ってるが、こいつの作るあれはもはや才能だな。酷い。
「なんか意外ですね……。知佳さんそういうことも得意だと勝手に思ってました」
「こいつのお菓子は酷い。本当にやばい。料理はできなくもないのになんでお菓子だとああなるかな」
「うっさい! もういいでしょ、それよりあんたは短冊ちゃんと用意してるんでしょうね」
当然。抜かりはない。
気合入れて用意してきたぞ。
「ほら。一人何枚でも書いていいぞ」
「……」
「……」
「……」
あれ、なんだろう。みんな机の上に俺が積み上げた短冊を見て黙ってしまったぞ?
「……先輩、花火の時も言いましたけどもう一回言わせてください」
え、なに?
「あほですか」
笹を設置している間、背中にチクチク刺さって来た沙耶と知佳の言葉のナイフが地味に痛かったです。
「こんなに山ほど短冊用意してどうするのよ」
「限度ってものがあるでしょう、先輩」
「どれだけ願い事あるのよ」
「強欲ですか」
こんな具合でしたとさ。
それぞれで短冊を書き始めたところでやっと終わってくれた……。
「短冊なんて書くの久しぶりです」
なかなかこういうのってやらなくなるもんなあ。
「なかなかこういうのってやらなくなるものねー」
……口に出してたら被ってたな。
「僕も久しぶりだなー。小学校のいつ頃か忘れたけど、その頃以来かな」
俺もそのくらいかもしれないな。
「そんなもんだよな。沙耶は?」
「あまり覚えてませんけどそんな感じですかね」
小学校の頃の沙耶……可愛かったんだろうな、写真とか見てみたい。
「……」
「ん、何。どうしたの沙耶?」
なんだか沙耶が俺の方をじとっとした目で見つめてきている。
「そんな見つめられると照れるよ?」
「見つめてません変なこと言わないでください」
即答ですか。
「さっき、何か変なこと考えてませんでした? 変な感じしたんですが」
本当、鋭いなあ。
「でも、いきなり七夕をしようだなんてどうしたのよ?」
ペンを止めた知佳が顔を上げて聞いてきた。
「いや、特に深い意味はないんだけど七夕って伝統的なイベントを逃していたことにふと気づいたから」
「先輩、その思いつきで行動するのはどうなんですか」
沙耶が溜め息でもつきそうに呆れ顔をしている。可愛いな。
「思い立ったら行動だよ、沙耶?」
「楽しいならいいじゃーん」
「ま、こういうのもたまにはいいけどね」
恭平は深く考えていないし、知佳もなんだかんだ言いながら付き合いはいいんだよな。
「嫌いじゃないですけどね」
「もう一声ランクを上げてくれると嬉しいな」
俺はどんな沙耶も好きだけどね。
「知佳さん、書けました?」
「ええ、書けたわよ」
「知佳さんがどんなお願いするのか興味あります」
「見せっこしましょうか」
「いいですね」
はいスルーですね。
「大人しく短冊書けば?」
ここは恭平の助言に従うのがどうやら正解のようだった。
「「せーの」」
俺が大人しく短冊に筆を走らせている横では女子二人が短冊の見せ合いをしている。
むむ、こちらからは見えない。
「なるほど、知佳さんらしいです」
「沙耶ちゃんは……ふうん」
「なんて書いたんだ? 僕は億万長者! 四字熟語だぜ!」
「四字熟語なあ……」
「ほんとに俗物ね」
俺と知佳の冷たい視線が突き刺さります。
「なんだよ、じゃあ知佳は何書いたんだよ!」
「家内安全よ」
「なんだ、僕と同じ四字熟語か」
「内容が全然違うけどな」
欲にまみれた恭平の願いと地に足着いた知佳の願い。同じ四字熟語でもここまで印象が変わるものなんだな……。
しかしそんなことはどうでもいい!
沙耶は何を願ったんだろう?
「それで、沙耶は短冊に何を書いたの?」
沙耶の方を向いて尋ねると沙耶は短冊をばっと隠した。
「教えません」
「知佳には見せたのに……」
「先輩には見せません」
何故なんだ……。
「なんか、何となくショックだよ」
「知りません」
すげない沙耶です。
可愛いからいいけどね。
「そういうあんたこそ、書けたの?」
「ん? 書けたけど。ほら」
聞いてきた知佳に短冊を見せる。
『沙耶がずっと笑っていられますように』
「いや、ほんとお前ってぶれないよね」
「ふうん、そう……」
「なんで願いの対象私なんですか」
三者三様の反応を返された。
半笑いのような恭平、無表情に近い知佳、呆れ顔の沙耶。
特に良い反応ではないことはわかるな!
「ずっと笑ってたら表情筋疲れます。それにずっと笑うって寝てる時もですか、怖くないですか」
「そんな三六五日二十四時間なんて意味じゃないよ! そんな気持ちってことだよ!」
その後、みんなで笹にそれぞれ短冊を吊るした。
「先輩、私の短冊見ないでくださいね」
「吊るされてたら目に入るのは仕方なくないかな」
「じゃあ今から笹に目を向けないでください」
「なんだか無茶を言われているようだけど、見ないように気を付けるよ」
沙耶がそこまで言うならね。
ふとパンパン!と手を叩く音が聞こえたので見ると恭平が手を合わせて短冊に熱心に願いをかけていたが、顔を上げて首を傾げた。
「これって何に願えばいいんだろ?」
「七夕だから……織姫と彦星じゃないの?」
知佳の答えで合ってるんだろうな。
「織姫がベガで、彦星がアルタイルだったかな」
「そうですね。デネブと合わせて夏の大三角形ですね」
そうだったそうだった。
「沙耶は星座とか詳しいの?」
「特別詳しいわけじゃないですよ。いくつか知ってはいますけど」
「僕は星座は興味ないから全然わからないなあ」
「でも恭平あんた、自分の部屋に星座観測できるような望遠鏡置いてなかった?」
そういえば昔遊びに行った時からあったな、そんなもの。
使っているところは見たことがないけど。
「あれ親のお下がりだよ。もらったけど使ってないんだ」
「せっかくあるなら使えよ」
もったいない。
「星座とか七夕って、色々小説とかでも題材として使われること多いですよね」
「そうだね、この前読んだ小説の中でも七夕やっててベガとアルタイルまでの距離とかキャラクターが話してたよ」
「ベガとアルタイルまで何年かかるから願いもそのくらい先のことを願うとかってやつですか?」
「そう、それそれ。沙耶も読んだことあるんだね」
趣味が合ってるってことかな、嬉しいな。
「趣味が合ってるとか思ってるかもしれまませんが、一応言っておくと私けっこう雑読なんで」
そうですか……。
そんなに変なことを書いたわけではないのに、何故だか先輩に見られるのは気恥ずかしくてあんな風に拒否してしまった。
それにしても、先輩の願い。
私がずっと笑っていられますように、だなんて。
そんなこと……。
そんなこと、七夕の願いにかけるのはお門違いだ。
いつも私の笑顔を叶えてくれるのは織姫彦星じゃなくて先輩ですよ。
私が短冊に書いた願いは。
『こんな毎日が続きますように』
ああ、本当に。
本当にこんな日々が続いてくれれば。




