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第2話『テスト勉強』

 いつもと同じ放課後。

 いつもと同じ部室。

 いつもと同じ二人だけの文芸部。


「早いなあ、もう六月も終わりかなあ」

「で、なんでここにいるんですか」


 俺が感慨深く言うと沙耶が呆れたようにそんなことを聞いてきた。

 そんなの言うまでもないじゃないか。


「もちろん、沙耶(さや)に会おうと思っ」

「ああ、すいません。先輩にこんな聞き方した私が馬鹿でした。」


 ……あれ、今俺のこと馬鹿って言われたような気がしたよ?


「期末テスト一週間前になってるのにどうして部活する気満々で部室にいるんですか、ということを聞きたかったんです」

「だってもし沙耶が来てくれていたら、一人だと寂しいかなあと思って」

「そもそもテスト一週間前から終わるまでの期間は部活動は原則禁止って規則は無視ですか」


 そういえばそんな規則もあったなー。

 まあ、部活って言ったって普段から大したことをしているわけでもないし、部室に来るのは禁止されてるわけじゃないのだから、結局はいつもと変わらずでいいと思うけどな。


「なんか、ちゃんと伝わってる気がしないので言い換えますけど。テスト勉強しないんですか?」


 ……。


「ははは、沙耶は真面目だなー」

「先輩の期末テストの点数悪かったら、私文芸部辞めますよ。ちなみに判断基準は私の主観で」

「今からここで勉強します」


 そんなことは絶対に阻止する!



「ところで先輩、勉強はできるんですか?」


 英語のテキストを開いて練習問題をする俺の横で沙耶も古典の教科書を開いている。

 俺が一年前に使っていた物と同じだ。当たり前か。


「んー? 俺はそこそこかな。教科によって結構ばらつきがあるけど」

「得意科目と苦手科目の差が大きいってことですか?」

「そうそう」


 得意な科目なら学年で十位以内に入ることもあるけれど、苦手な科目は最悪の場合は最下位争いに参加したこともあるくらいだしね。

 なんともバランスの悪いことだとは自分でも思うけれど。


「国語と数学は得意だけど英語は全然できなくて――」

「そこ、過去形じゃなくて過去分詞ですよ」

「…………」


 なん……だと……っ?


「後輩から教わってしまうくらい苦手ってことですね、わかりました」

「こ、これは冗談抜きでショックだった……」


 俺、本気でまずいんじゃないか?


「まあ昔から英語の教室通ってるんで大学受験レベルの英語くらいは普通に解けるんですけどね」


 な、なるほど。俺が酷すぎるんじゃなくて沙耶がすごいのか。


「そうなんだ。よかっ」

「でも、それ抜きにしても先輩の英語は酷すぎですけどね」


 俺の希望を一撃で粉砕しながら俺の手元のテキストを覗き込む沙耶。

 もう精神的にぼろぼろなんですが。


「そんなので、いつもはどうしてるんですか?」

「いつもは幼なじみがテストに出る範囲を、赤点だけは回避できるように教えてくれるんだけど、今回は『いつも答えの選び方とか教えてるけど、内容を自分で考えて理解しないと意味ないってわかってる? とりあえず今回は私は助けないから』って言われて……」

「じゃあ私も助けませんね。ていうかそんな状況でよくもそんなに悠々と部室でのんびりできていましたね」


 俺の精神に九十のダメージ!


「お願い、沙耶! 英語を教えてください!」

「恥も外聞もあったものじゃないですね……」


 頭くらいいくらでも下げるさ、だって……。


「中間テストがぎりぎりだったから今回悪かったら夏休みが特別補修で全部つぶれるって英語教師に脅されてるんだよ! 今思い出した! 本当にお願いしますっ!」

「……はあ。そんなことよく忘れられますね。それで、どこから分からないんですか?」


 呆れ顔でため息をつきながらもそう言ってくれた沙耶。


「教えてくれるの?」

「教えますよ」


 沙耶大好き!


「とりあえずその不穏な空気消してくださいね」


 不穏って言われた……。


「仕方ないですしね。夏休みの予定も先輩に言われた日は空けてますから、先輩が補習に行っちゃったら暇になりますし」

「ありがとう沙耶!」

「その代わり、夏休みは毎日英語の勉強してくださいね」


 え? あれ、おかしいな。今なんだか変な言葉が聞こえた気がするぞ。


「沙耶、今なんて?」

「だから、夏休みは毎日英語の勉強してください」


 な、なんだって……。


「この先もそんなのじゃ駄目でしょう。最低限度は英語ができるようになってもらいます」

「そ、それって補習とあんまり変わらないんじゃ……」


 補習よりはマシかもしれないけどさ。


「してもらいます。わかりました?」

「うう……わかりました」

「はい。まあ私も教えますから」


 がんばります、はい。


「じゃあとりあえず目の前のテストからどうにかしましょうか。テキスト見せてください。今回の範囲はどこですか?」




「んー終わったー。沙耶、ありがと! これでテストは大丈夫な気がする!」

「全然駄目に決まってるじゃないですか。明日もやりますから部室来てくださいね」

「はい……」


 下校時間ぎりぎりまで沙耶に英語の今回のテスト範囲の部分を教わっていたけれど、沙耶は教えるのが上手い。この数時間だけで今まで分からなかったことが大分理解できた。

 わからないところをピンポイントで教えてくれたからかな。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「そうだね」


 ん、そういえば。


「沙耶は苦手な科目とか無いの?」


 勉強は普段から予習復習をやっているって言っていたけど。


「私は……その、数学が、ちょっと……」

「数学が苦手?」

「はい。どうしても公式の応用とか使い方が理解できないところがあって……」


 そうなのかー。あ、それじゃあ。


「それならさ、明日から放課後は部室で俺は英語を教えてもらって、沙耶には俺が数学を教えるってのはどう?」


 まあ、それでも後輩に勉強を教わることに変わりは無いから情けないのは情けないけどな……。


「いいんですか?」

「もちろん! 教わってばっかりだと俺いいところ無しだし。ちょっとは先輩らしいことさせなさいって」

「先輩が先輩らしくないのはいつものことですけどね」


 相変わらずの毒舌だなあ。ま、それも沙耶の魅力の一つだけど。


「それではよろしくお願いしますね、先輩」

「うん。こちらこそよろしくね」




「そこ、違います。さっきの問題と考え方は同じです」

「はい」

「ここも違います。というかこれは昨日やったところと同じですよ、少し形が違うだけです」

「はい……」


 それから期間中、沙耶に英語を教えてもらった俺だったが、どうやら相当に出来の悪い生徒だったようで沙耶先生にはかなり苦労をかけてしまったようだった。

 それに比べ……。


「そこはさっきの公式を応用するんだよ」

「ああ、なるほど。じゃあこれもそうですか?」

「そうそう」


 沙耶は要領が良いというわけではないが一度理解すると飲み込みは早いな。

 この範囲くらいならもう俺が教えなくてもほとんど解けそうだ。


「ありがとうございます、おかげで大分わかりました」

「いや、俺のほうこそお世話になってるし」

「先輩の英語が苦手だということがここまでだとは思ってませんでしたが」


 それに関しては俺自身も驚いてる。

 こんなに酷かったとは……知佳はよくこんな俺に毎回赤点を回避させていたものだと感心する。


「でもおかげで明日のテストでは今までで最高の点数が出せそうだよ」

「それくらいはしてもらわなければ困りますね」

「俺も困る」


 点数や成績なんてどうでもいいが沙耶が辞めてしまうのは嫌だ! あと夏休みの補習も嫌だ。


「不純な感情が見え隠れしています」

「そんなことはないよ、俺は学生の本分である勉強は大事だということを考えていたんだ」


 勉強は大事だ。沙耶と活動を続けるためにも。


「……まあ、いいです」


 そんな言葉とは裏腹に、沙耶の可愛い顔が不満に満ちているよ?


「きもいです」

「俺の心を読まれた! というかまさか以心伝心?」


 てか毒舌がストレートなんですが。


「いえ、口に出してました」


 そうか心が漏れ出ていたのか、気をつけよう。


「あと以心伝心とかきもちわるいことをさりげなく重ねないでください」

「大丈夫、沙耶の心はわかっているから」


 今すごい引いてるよね。




 そして期末テストを終えて数日。

 いつもどおり部室に行くと沙耶は先についていた。


「こんにちは」

「うん、こんにちは沙耶」

「もうテスト返ってきました?」

「きてるよ。沙耶も?」

「はい」


 お互いに教え合った勉強会の最後、お互いが教えた教科のテストを見せ合う約束をしていたことを受けての会話だ。


「じゃあまずは俺からね」


 鞄からさっき返してもらったばかりの英語のテスト用紙を取り出す。

 沙耶に胸を張れる点数だった。


「九十二点! 過去最高記録!」


 どやあ!


「本当にすごいですね……。よくあのレベルからその点数が取れましたね」


 沙耶に教わった以外にも英語は今回めちゃくちゃ勉強したからな。

 おかげで他の教科はいつもより落ちたけど。


「すごいのはわかりましたから、そのどや顔やめてもらえませんか。きもいです」

「はい」


 最近きもいと言われることが増えたなあ。


「次は私の番ですね」


 沙耶が取り出した数学の用紙。

 いつもは六十点台だと言っていたけれど。


「八十六点、すごいじゃない!」

「ありがとうございます。先輩ほどじゃありませんけど」

「沙耶は理解したら飲み込み早いからこれからも上がるよ」

「先輩は飲み込み悪いのに点数伸びましたね」


 自分でもびっくりでした。


「それで、どうかな。沙耶から見て俺のテストの点数はよかったかな?」


 元々俺がこんなに頑張ったのは沙耶が俺のテストの点数が悪かったら文芸部を辞めるだなんて言い出したからだ。

 まあこれなら大丈夫だろうけど。


「他のも見せてください」


 俺大ピンチ。

 今回のテストでは英語に力を注ぎすぎたせいで他の教科は軒並み大きく下がっている。

 お世辞にも良い点数とは言えない。

 しかし沙耶はじっとこちらを見て手を出している。

 出せと。はい。


「どうでしょうか沙耶様……」

「他の何かすごい下がってませんか」

「待って、沙耶。言い訳をさせてくれ」

「どうぞ」

「英語に集中しすぎました」

「本末転倒じゃないですか」


 言い訳のしようもないでやんす。

 どうしよう、沙耶が辞めてしまう!

 そんなの俺寂しくて死んじゃう!


「行かないで沙耶!」

「今急激に辞めるほうに傾きました」


 そんな!


「でも」

「うん?」

「私が辞めるのが嫌で、それで一番苦手な英語を頑張ったんですよね」


 結果的に全体は下がっちゃったけどね。


「……」

「辞めませんよ」

「え、ほんと!」

「元々私に構ってばかりの先輩が心配になっただけですし」


 よかった、本当によかった。


「そんなに嬉しいんですか?」

「うん! そりゃあもう!」

「そう、ですか」





 元より辞めるつもりなんて全然無かったけれど、辞めないということでまさかあんなに喜ばれるとは思わなかった。

 あんな、本当に心の底から嬉しそうな顔をされるとちょっと真っ直ぐには見れない。

 普段だったら赤点もあり得るほどだと言っていたのに、あの点数。そんなに必死になってくれたのか。

 ……本当に、この先輩は。

 やることが極端なんだ、まったく。


「沙耶、そろそろ帰ろうか」

「はい」

「これで補習もなくなったし心置きなく夏休みを迎えられるね」

「そうですね」


 風が吹いた。

 日差しが強い。

 ああ、夏が来る。

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