夏の思い出3
「じゃあ、私はバケツに水汲んでくるので先輩は知佳さんと準備していてくださいね」
「え、俺が行くからいいよ。浴衣濡れるよ」
「いいですよ。すぐそこなんですし。先輩は過保護すぎです」
過保護か。そんなつもりはないんだけどな。
「じゃあ、気をつけてね」
「それが過保護だっていうんですよ」
沙耶は軽く笑って呆れたように言い、バケツを持って水道の方へ行った。
その背中を見送っていると、知佳に話しかけられた。
「ていうかさ、どうして沙耶ちゃんと二人で祭りなんか行ってたの?」
「ん? 沙耶に聞いてないのか? 文芸部の夏の活動だよ」
「どうして二人っきりで祭りに行くのが文芸部の活動になるのよ」
そう言う知佳は心なし不機嫌に見えた。
なんか気に障ること言ったか、俺?
「うちの学校、部員が五人以上いない部活は夏休みとか関係なく毎月活動記録としてなにか提出しなきゃいけないだろ」
で、われらが文芸部は部誌として小説なりなんなりをまとめて提出しているわけなのだが。
「どうせ夏休みなんだから『実際に行った祭りを参考にした小説』っていうようにしようというわけだ」
「ようするに遊びたかっただけでしょ」
「ま、そうとも言うな」
「……ふぅん……デートじゃないんだ……よ…っ……」
知佳が何か言っていたが、小さくて聞こえない。
「何か言ったか?」
「何も。それよりほら、準備するわよ」
「? おう」
特に何もなさそうだけど……なんであいつほっとしたような顔しているんだ? 変なやつ。
「大車輪―」
恭平が両手に束ねた花火を持って腕をブンブン振り回しながら叫んでいる。
「鬱陶しい」
「うぎゃっ」
知佳が背中を蹴飛ばした。
「ぶっ」
こけた。
両手に花火を持っているから顔面から。
「ぐぅっ」
おお、ぐうの音は出るみたいだな。
「先輩、はいどうぞ」
「お、ありがと」
恭平の扱いはいつものことだから気にもせず、沙耶が花火を渡してくれる。
立てた蝋燭で火を付けると明るい赤色の炎が吹き出してきた。
「あー、そういえば花火なんかするの久しぶりだな」
「そうなんですか?」
「ああ。中学に入る頃までは毎年、知佳とやってたんだけどなー」
知佳だけじゃなくて恭平もいたような気がする。
まあ大概の場合はあんな風にアホみたいにはしゃいで知佳に折檻されているのがオチだったけど。
「…………先輩と知佳さんって幼なじみなんですよね?」
「知佳に聞いた?」
「はい。でも軽く聞いただけなんで詳しいことは全然知りませんけど」
「あー。俺があいつと初めて会ったのは幼稚園の時でさ」
「別に聞きたいとか言ってないのに勝手に昔語りに入るんですね。別にいいですけど」
なんか軽く罵倒されたというか呆れられたような……いや、そんなことはないはず。
ええと……そうだ、知佳と初めて会ったのは幼稚園にいた時、四歳の時だった――
――知佳は俺達が幼稚園の年少の年度、って言ってもほとんど終わりの冬の最後に俺の家の隣に引っ越してきた。
「で、幼なじみになって今に至る」
「一応突っ込みますね。端折りすぎです」
「うん。何か面倒になって……」
「別に取り立てて聞きたいわけじゃないですけど、話し始めたものはちゃんとしましょうよ」
「んー、わかった。簡単に言うと、初めて会った日に喧嘩したんだよ」
「喧嘩?」
「そうそう――」