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巻き戻った令嬢の帳簿には、私を殺した全員の名前が載っている  作者: やまご


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第47話 残された者

 ジークベルトが言った。


「監査を続けます」


 彼は、書類をめくった。


「関係者、ゴットハルト・ラインヴァルト」


 中央の机で、男が立ち上がった。


 顔色が悪い。毒を盛られてから、十日しか経っていない。


「――はい」


「四万二千ゴルドについて、伺います」


 ジークベルトは言った。


「六分野のうち、四分野の支出承認者は貴殿です。残る二分野の承認者は、貴殿の元部下」


「はい」


「合計四万二千ゴルドの乖離について、貴殿の関与を認めますか」


「――認めます」


 彼は言った。


 広間が、ざわめいた。


「すべて、貴殿の犯行ですか」


「――」


 ラインヴァルトは、答えなかった。


 私は、その顔を見ていた。


 彼は、机の上を見つめている。


「ラインヴァルト卿」


 ジークベルトが言った。


「四万二千ゴルドを、貴殿はどう使いましたか」


「――南方交易船に」


「九千ゴルドについては、そう証言されています」


 彼は言った。


「残る三万三千は」


 沈黙。


「同じく、投資に」


「船の名は」


「――記憶にありません」


「一度目の証言では、九千ゴルドについて記憶にないと述べられました」


 ジークベルトは言った。


「では、三万三千についても、記憶にない」


「はい」


「合計四万二千ゴルドを、記憶にない投資で失った」


「――はい」


 彼は言った。


 広間から、失笑が漏れた。


 私は、その顔を見た。


 ――苦しい。


 この人は、嘘が下手だ。


 そして、下手なまま、続けている。


 なぜか。


「――ラインヴァルト卿」


 私は、立ち上がった。


「補助監査人。一つ、伺わせてください」


 彼が、顔を上げた。


「貴殿は、先日、拘置室で毒を盛られました」


 広間が、静まった。


「事実ですか」


「――事実です」


「誰が盛ったか、ご存じですか」


「知りません」


「では、伺います」


 私は言った。


「なぜ、毒を盛られたと思いますか」


 彼は、答えなかった。


「口を封じるためですか」


「――違うと思います」


 彼は言った。


「なぜ」


「殺すつもりなら、私はもう死んでいます」


 彼は言った。


「あれは、警告です」


「何の警告ですか」


 彼は、しばらく黙っていた。


 それから、言った。


「――『まだ、できる』という」


    ◇


「ラインヴァルト卿」


 私は言った。


「貴殿の奥様の生活は、監査局を通した契約で保障されています」


 私は言った。


「証拠番号五十五。契約書です。フォークト伯爵家が支払人、監査局が保証人」


 私は、それを掲げた。


「この契約は、貴殿の証言の内容によって変わりません」


 私は言った。


「貴殿が何を話しても、話さなくても、奥様には年に四十ゴルドが支払われます」


 彼が、私を見た。


「――令嬢」


「はい」


「なぜ、それを今、公にするのですか」


「貴殿を、自由にするためです」


 私は言った。


「貴殿は今、奥様のために何かを守っています。守らなくていいと申し上げています」


 私は言った。


「そして、これは公開の場です。二百人が聞きました。記者が七人います」


 私は言った。


「明日の新聞に載ります。誰も、この契約をなかったことにできません」


 ラインヴァルトは、しばらく私を見ていた。


 その目に、何かが崩れていくのが見えた。


「――令嬢」


 彼は言った。


「私は、あなたの母上を死なせました」


「はい」


「そして、九年間、あの子の薬を黙認しました」


「はい」


「なぜ、私の妻を助けるのですか」


 私は、答えた。


「奥様は、何もしていないからです」


 私は言った。


「罪を犯した人の家族は、罪人ではありません」


 私は言った。


「それを認めなければ、私は、あなたたちと同じになります」


    ◇


 沈黙が、長かった。


 ラインヴァルトは、机に両手をついた。


 そして、顔を上げた。


「――四万二千ゴルドのうち」


 彼は言った。


「私の取り分は、五千ゴルドです」


 広間が、ざわめいた。


「残る三万七千は、どこへ」


「二つに分かれます」


 彼は言った。


「一つは、ヴァイマー審査官、ローゼンタール侯爵、その他の実務者への配分。合計、およそ八千」


「残る二万九千は」


 ラインヴァルトは、深く息を吸った。


「――王宮の、非公式会計です」


    ◇


 広間が、爆発した。


 槌が、鳴り続けた。


「静粛に。静粛に」


 ジークベルトの声が、広間を貫いた。


「――ラインヴァルト卿。非公式会計とは、何ですか」


「王宮には、公式の予算のほかに、記録に残らない資金があります」


 彼は言った。


「代々、そう呼ばれてきました。用途は、外交の裏工作、王族の私的な支出、そして――口止め」


 彼は言った。


「陛下がお倒れになってから、これを管理しておられるのは、第二王子殿下です」


 広間が、どよめいた。


「証拠は」


 ジークベルトが問うた。


「――ありません」


 彼は言った。


「非公式会計には、帳簿がありません。それが非公式ということです」


「では、貴殿の証言だけですか」


「私の証言と」


 彼は言った。


「――もう一つ」


 彼は、懐に手を入れた。


 監察官が、身構えた。


 彼が取り出したのは、小さな紙片だった。


「受領票です」


 彼は言った。


「非公式会計に金を納めるとき、納めた側は何も受け取りません。ですが、私は、一度だけ、控えを取りました」


 彼は言った。


「四百二十七年、第三の月。額、六千ゴルド」


 彼は、紙片を掲げた。


「受領印は、王宮出納の印です」


    ◇


 紙片は、その場で押収された。


 ハーゲンが、鑑定のために持ち出した。


「――ラインヴァルト卿」


 ジークベルトが言った。


「なぜ、控えを取ったのですか」


「怖かったからです」


 彼は言った。


「四百二十六年に、ヨナス・ヴァイスが死にました。ヴァイス商会の名義人です。胃の炎症、と」


 彼は言った。


「私は、次は自分かもしれないと思いました」


「では、なぜ十日前まで出さなかったのですか」


「――妻がいたからです」


 彼は言った。


「私が話せば、妻が路頭に迷う。そう言われていました」


「誰に」


「――使いの者に」


 彼は言った。


「名は知りません。年に二度、来ます」


 ジークベルトは、頷いた。


「記録を」


 彼は言った。


 そして、私を見た。


「――補助監査人。何かありますか」


 私は、立ち上がった。


「ラインヴァルト卿」


「はい」


「四百十九年、第十二の月。私の母は死にました」


 私は言った。


「直接の原因を、貴殿はご存じですか」


 広間が、静かになった。


 彼は、私を見た。


「――知りません」


 彼は言った。


「本当に、知りません」


 彼は言った。


「私は、書状を届けただけです。中身は封をされていました」


 彼は、続けた。


「ですが、令嬢」


「はい」


「一つだけ、申し上げます」


 彼は言った。


「書状を届けた日、伯爵は玄関で私を待っていました」


 彼は言った。


「そして、封を切って、その場で読みました」


 私は、身を乗り出した。


「――父は、何と」


「何も」


 彼は言った。


「ただ、読んで、それを畳んで、こう言いました」


 彼は、目を閉じた。


「――『妻には、言わないでくれ』と」


 私は、その場に立ち尽くした。


 ――言わないでくれ。


 父は、母に言わなかった。


 何を言われたのか。何を選ばされたのか。


 全部、一人で抱えて、そして十年、寝台から出なかった。


「ラインヴァルト卿」


 私は言った。


 声が、かすれた。


「ありがとうございます」


    ◇


 公開監査は、日没まで続いた。


 最後に、ジークベルトが立った。


「――本日の監査結果を、要約します」


 彼は言った。


「一。王国補助金六分野において、五年間で四万二千ゴルドの乖離が確認された」


「二。うち一万三千ゴルドについて、詐取の経路が特定された。ケラー商会、薬事局、財務局を経由」


「三。薬品の希釈と鉛白混入が確認され、十一施設において三年間で約百五十名の超過死亡が観察された。医学的因果は未証明」


「四。関係者ゴットハルト・ラインヴァルトは、四万二千ゴルドのうち二万九千ゴルドが王宮非公式会計へ納入されたと証言した。証拠として受領票一葉が提出され、現在鑑定中」


「五。第二王子アルベルト殿下は、五件の質問に対し、いずれも記憶にないと回答された」


 彼は、書類を閉じた。


「本監査の記録は、王国検察に送付されます」


 彼は言った。


「以上をもって、公開監査を終了します」


    ◇


 広間を出たのは、夜だった。


 王宮の階段の下で、私は立ち止まった。


 膝が、震えていた。


「イレーネ嬢」


 ジークベルトが、後ろから来た。


「――卿」


「立てますか」


「立っています」


 私は言った。


 彼は、私の隣に立った。


 二人で、夜の王宮を見上げた。


「卿」


「はい」


「勝ちましたか」


 彼は、少し黙った。


「――半分です」


 彼は言った。


「殿下は、何も認めませんでした」


「はい」


「ですが、受領票が出ました」


 彼は言った。


「あれが本物なら、王宮出納の記録と照合できます。非公式会計の存在が、初めて紙になります」


 私は、頷いた。


「卿」


「はい」


「私、あの子を守れましたか」


 彼は、こちらを見た。


「――守りました」


 彼は言った。


「明日、訂正申請が受理されます。レオ様は、フォークト家の血縁になります」


 私は、息を吐いた。


 長い息だった。


 そして、私は、階段に座り込んだ。


「――イレーネ嬢」


「少しだけ」


 私は言った。


「少しだけ、座らせてください」

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