第45話 読み上げ
「本監査では、直近五年間について、王国側の支出記録と、受領側の記録を突き合わせました」
私は、集計表を掲げた。
「十九分野のうち、一割以上の乖離が認められたのは、六分野。農業補助、鉱業補助、道路補修、橋梁維持、教育助成、貧民施設向け薬品」
私は、指を下げた。
「乖離の合計、五年で四万二千ゴルドです」
広間が、ざわめいた。
記者が、走り書きをしている。
「うち、四分野の支出承認者は同一です」
私は言った。
「王国財務局次官、ゴットハルト・ラインヴァルト」
中央の机で、ラインヴァルトが目を伏せた。
「残る二分野の承認者は、同卿の元部下二名です」
私は、次の紙をめくった。
「以下、貧民施設向け薬品について、詳細を述べます」
◇
私は、順番に読み上げた。
補助金の支出額、二万四百ゴルド。商会の受領額、一万一千四百ゴルド。差、九千ゴルド。
王立銀行の払出記録。二十件のうち十二件が、薬事局特別会計宛。
特別会計の支出、八百行。五十七の支出先。うち三つが、実体なし。
ジギタリス葉の仕入量から逆算した製造可能量、二千五百本。実際の納入量、六千六百十本。
薬師ハルデンの鑑定書。規定の三分の一への希釈。鉛白の混入。
十一施設の埋葬記録。三年で、比較施設に比べ約百五十名の超過。
私は、一つずつ、証拠の番号を示しながら読んだ。
三刻かかった。
誰も、口を挟まなかった。
読み終えて、私は顔を上げた。
広間は、静かだった。
「――以上が、記録です」
私は言った。
「これらは、私が集めたものです。集めた経緯は、すべて監査局に記録があります」
◇
「――質問がある」
声がした。
ローゼンタール侯爵ではない。ヴィルヘルムでもない。
薬事局長だった。五十代の、痩せた男。
「令嬢。あなたの示した死者数だが、薬との因果は証明されているのか」
私は、答えた。
「医学的因果は、証明されていません」
「では、無意味だ」
「無意味ではありません」
私は言った。
「証拠番号四十七。マルタ・キーファーによる、九年分の日次記録です」
私は、紙束を掲げた。
「薬の受領日、瓶の外観、そして服用者の状態。百八回分」
私は言った。
「四百二十四年以降、薄い薬が届いた翌日から三日以内に、服用者の症状が悪化した回数は、六十四回中、五十一回です」
「――一人の記録だろう」
「はい」
私は言った。
「一人です。ですが、九年、同じ人間が、同じ形式で記録し続けました」
私は、続けた。
「局長。医学的因果を証明するには、何が必要ですか」
「――解剖と、対照試験だ」
「では、伺います」
私は言った。
「王国は、救貧院で死んだ者を解剖しますか」
薬事局長が、口を閉じた。
「しません」
私は言った。
「身寄りのない者は、教会が埋葬します。記録は名前と日付だけです」
私は言った。
「医学的因果が証明されないのは、証明する仕組みが、この国にないからです」
私は、傍聴席を見た。
「そして、仕組みがないから証明できない、という理由で、二年間、誰も調べませんでした」
◇
「――令嬢に、伺いたい」
次に立ったのは、ヴィルヘルムだった。
彼は、痩せていた。目の下に隈があり、上着が体に合っていない。
「あなたは、私に婚約を解消された。事実ですね」
「事実です」
私は言った。
「そして、その後、私の家を監査対象にした」
「監査対象にしたのは、監査局です」
「あなたが情報を渡したのでは」
「渡しました」
私は言った。
「融資契約書の写しと、監査局への届出額との齟齬。二つの書類です」
「――私怨ではないのか」
「関係ありません」
私は言った。
「ヴィルヘルム様。仮に私が私怨で動いていたとして、契約書の金額は変わりますか」
彼が、動きを止めた。
「二百ゴルドと千八百ゴルド。どちらが本当かは、私の感情とは無関係です」
私は言った。
「あなたは、二百と申告されました。届出は千八百でした。その差について、説明してください」
ヴィルヘルムは、しばらく黙っていた。
「――父の指示です」
彼は言った。
広間が、ざわめいた。
ローゼンタール侯爵が、息子を見た。
ヴィルヘルムは、父を見なかった。
「私は、額を知りませんでした。父から、二百と言えと」
彼は言った。
「私は、言われたとおりにしました」
彼は、座った。
私は、その顔を見た。
――三年後、この人は堂々と私を売った。
今は、父を売っている。
同じことだ。この人は、いつでも、誰かに言われたとおりにする。そして、追い詰められれば、誰かを売る。
私は、何も感じなかった。
――本当に、何も。
◇
「――監査主任」
ジークベルトが、立ち上がった。
「参考人に、説明を求めます」
彼は言った。
「第二王子アルベルト殿下」
広間が、静まり返った。
王子が、椅子から立ち上がった。
「――どうぞ」
彼は言った。
落ち着いていた。声に、動揺がない。
「殿下。四百二十三年、第五の月十七日、フォークト伯爵邸を訪問されましたか」
「記憶にありません」
「証拠番号三十九、来客帳の一頁です」
ジークベルトが掲げた。
「アルベルト・フォン・ヴァイセンブルク。同行、G・ラインヴァルト」
「――偽造でしょう」
王子は言った。
「鑑定の結果、紙質と綴じ穴の間隔は、フォークト家の来客帳と一致しています」
「では、破り取られた頁が本物だとして、それを書いたのは執事でしょう」
彼は言った。
「執事は、令嬢の使用人です」
「――殿下」
ジークベルトが言った。
「同行者として記載されたラインヴァルト卿が、この訪問を認めています」
王子は、ラインヴァルトを見た。
中央の机の、その男を。
ラインヴァルトは、顔を上げなかった。
「――彼は、被疑者です」
王子は言った。
「終身の徒刑を前に、責任を転嫁している」
彼は言った。
「私を巻き込めば、量刑が軽くなると考えたのでしょう」
ジークベルトは、頷いた。
「では、伺います」
彼は言った。
「殿下は、レオ・フォークトをご存じですか」
広間が、どよめいた。
王子の表情が、初めて――ほんのわずかに、変わった。
「――誰ですか」
彼は言った。
「フォークト伯爵家の次男です。現在、九歳」
ジークベルトは言った。
「四百二十年、第七の月生まれ。出生届の母の欄は空白。受付は、財務局書記官ラインヴァルト」
「知りません」
王子は言った。
「そもそも、その子と補助金に、何の関係が」
「あります」
ジークベルトは言った。
「薬事局特別会計から、フォークト伯爵夫人アデーレへ、五年で三百六十ゴルドが支払われています。名目は調査委託費」
彼は言った。
「夫人は、これを口止め料であったと証言しています。何についての口止めかについては――」
彼は、言葉を切った。
「夫人ご自身に、伺います」
◇
継母が、立ち上がった。
黒いドレス。背筋が伸びている。
彼女は、広間を見渡した。
二百の視線を、平然と受け止めた。
「――アデーレ・フォークトです」
彼女は言った。
「私は、四百十七年から四百二十九年まで、フォークト伯爵家の帳簿から、合計千二百ゴルドを抜きました」
広間が、ざわめいた。
「動機は、実家の債務と、甥の将来です。ローゼンタール侯爵に持ちかけられ、応じました」
彼女は言った。
「私は、罪を認めます」
彼女は、続けた。
「そして、四百二十四年から、薬事局特別会計より、年六十ゴルドを受け取りました」
「――何についての支払でしたか」
ジークベルトが問うた。
「レオ様の出生について、知らないままでいることへの支払です」
「誰に、そう言われましたか」
「ラインヴァルト卿に」
彼女は言った。
「そして、四百二十三年、第五の月十七日」
彼女は言った。
「第二王子殿下が、当家にいらっしゃいました」
広間が、爆発した。
議長役の書記官が、槌を鳴らした。
「――静粛に」
「殿下は、レオ様の部屋を、扉の外からご覧になりました」
継母は言った。
「そして、私にこうおっしゃいました」
彼女は、王子を見た。
まっすぐに。
「――『あの子を、外に出すな』と」
◇
「――嘘です」
王子が言った。
声は、静かだった。
「私は、その屋敷を訪ねていない。その女に会っていない。そのような言葉を発していない」
彼は言った。
「証言は三つ。執事、被疑者、そして横領を認めた伯爵夫人」
彼は、傍聴席を見渡した。
「――いずれも、令嬢に近い者です」
彼は言った。
「そして、その令嬢は、私が委員会で名を挙げた人物です」
彼は言った。
「私は、財政委員会で、この令嬢の動機に疑義を呈しました。その直後から、私に関する証言が出始めた」
彼は、私を見た。
「――偶然でしょうか」
広間が、静かになった。
私は、その顔を見ていた。
――上手い。
全部、ひっくり返された。
証言は、全部、私に近い人間のもの。私は、王子に疑われた人間。だから、報復として証言を集めた。
そう見える。
傍聴席の空気が、変わっていくのが分かった。
「――監査主任」
王子は言った。
「私は、説明のためにここへ来ました」
彼は言った。
「まだ、何か伺いたいことがありますか」
ジークベルトが、口を開こうとした。
私は、その前に立ち上がった。
「――補助監査人、イレーネ・フォークト」
私は言った。
「殿下に、伺います」




