↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巻き戻った令嬢の帳簿には、私を殺した全員の名前が載っている  作者: やまご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/50

第45話 読み上げ

「本監査では、直近五年間について、王国側の支出記録と、受領側の記録を突き合わせました」


 私は、集計表を掲げた。


「十九分野のうち、一割以上の乖離が認められたのは、六分野。農業補助、鉱業補助、道路補修、橋梁維持、教育助成、貧民施設向け薬品」


 私は、指を下げた。


「乖離の合計、五年で四万二千ゴルドです」


 広間が、ざわめいた。


 記者が、走り書きをしている。


「うち、四分野の支出承認者は同一です」


 私は言った。


「王国財務局次官、ゴットハルト・ラインヴァルト」


 中央の机で、ラインヴァルトが目を伏せた。


「残る二分野の承認者は、同卿の元部下二名です」


 私は、次の紙をめくった。


「以下、貧民施設向け薬品について、詳細を述べます」


    ◇


 私は、順番に読み上げた。


 補助金の支出額、二万四百ゴルド。商会の受領額、一万一千四百ゴルド。差、九千ゴルド。


 王立銀行の払出記録。二十件のうち十二件が、薬事局特別会計宛。


 特別会計の支出、八百行。五十七の支出先。うち三つが、実体なし。


 ジギタリス葉の仕入量から逆算した製造可能量、二千五百本。実際の納入量、六千六百十本。


 薬師ハルデンの鑑定書。規定の三分の一への希釈。鉛白の混入。


 十一施設の埋葬記録。三年で、比較施設に比べ約百五十名の超過。


 私は、一つずつ、証拠の番号を示しながら読んだ。


 三刻かかった。


 誰も、口を挟まなかった。


 読み終えて、私は顔を上げた。


 広間は、静かだった。


「――以上が、記録です」


 私は言った。


「これらは、私が集めたものです。集めた経緯は、すべて監査局に記録があります」


    ◇


「――質問がある」


 声がした。


 ローゼンタール侯爵ではない。ヴィルヘルムでもない。


 薬事局長だった。五十代の、痩せた男。


「令嬢。あなたの示した死者数だが、薬との因果は証明されているのか」


 私は、答えた。


「医学的因果は、証明されていません」


「では、無意味だ」


「無意味ではありません」


 私は言った。


「証拠番号四十七。マルタ・キーファーによる、九年分の日次記録です」


 私は、紙束を掲げた。


「薬の受領日、瓶の外観、そして服用者の状態。百八回分」


 私は言った。


「四百二十四年以降、薄い薬が届いた翌日から三日以内に、服用者の症状が悪化した回数は、六十四回中、五十一回です」


「――一人の記録だろう」


「はい」


 私は言った。


「一人です。ですが、九年、同じ人間が、同じ形式で記録し続けました」


 私は、続けた。


「局長。医学的因果を証明するには、何が必要ですか」


「――解剖と、対照試験だ」


「では、伺います」


 私は言った。


「王国は、救貧院で死んだ者を解剖しますか」


 薬事局長が、口を閉じた。


「しません」


 私は言った。


「身寄りのない者は、教会が埋葬します。記録は名前と日付だけです」


 私は言った。


「医学的因果が証明されないのは、証明する仕組みが、この国にないからです」


 私は、傍聴席を見た。


「そして、仕組みがないから証明できない、という理由で、二年間、誰も調べませんでした」


    ◇


「――令嬢に、伺いたい」


 次に立ったのは、ヴィルヘルムだった。


 彼は、痩せていた。目の下に隈があり、上着が体に合っていない。


「あなたは、私に婚約を解消された。事実ですね」


「事実です」


 私は言った。


「そして、その後、私の家を監査対象にした」


「監査対象にしたのは、監査局です」


「あなたが情報を渡したのでは」


「渡しました」


 私は言った。


「融資契約書の写しと、監査局への届出額との齟齬。二つの書類です」


「――私怨ではないのか」


「関係ありません」


 私は言った。


「ヴィルヘルム様。仮に私が私怨で動いていたとして、契約書の金額は変わりますか」


 彼が、動きを止めた。


「二百ゴルドと千八百ゴルド。どちらが本当かは、私の感情とは無関係です」


 私は言った。


「あなたは、二百と申告されました。届出は千八百でした。その差について、説明してください」


 ヴィルヘルムは、しばらく黙っていた。


「――父の指示です」


 彼は言った。


 広間が、ざわめいた。


 ローゼンタール侯爵が、息子を見た。


 ヴィルヘルムは、父を見なかった。


「私は、額を知りませんでした。父から、二百と言えと」


 彼は言った。


「私は、言われたとおりにしました」


 彼は、座った。


 私は、その顔を見た。


 ――三年後、この人は堂々と私を売った。


 今は、父を売っている。


 同じことだ。この人は、いつでも、誰かに言われたとおりにする。そして、追い詰められれば、誰かを売る。


 私は、何も感じなかった。


 ――本当に、何も。


    ◇


「――監査主任」


 ジークベルトが、立ち上がった。


「参考人に、説明を求めます」


 彼は言った。


「第二王子アルベルト殿下」


 広間が、静まり返った。


 王子が、椅子から立ち上がった。


「――どうぞ」


 彼は言った。


 落ち着いていた。声に、動揺がない。


「殿下。四百二十三年、第五の月十七日、フォークト伯爵邸を訪問されましたか」


「記憶にありません」


「証拠番号三十九、来客帳の一頁です」


 ジークベルトが掲げた。


「アルベルト・フォン・ヴァイセンブルク。同行、G・ラインヴァルト」


「――偽造でしょう」


 王子は言った。


「鑑定の結果、紙質と綴じ穴の間隔は、フォークト家の来客帳と一致しています」


「では、破り取られた頁が本物だとして、それを書いたのは執事でしょう」


 彼は言った。


「執事は、令嬢の使用人です」


「――殿下」


 ジークベルトが言った。


「同行者として記載されたラインヴァルト卿が、この訪問を認めています」


 王子は、ラインヴァルトを見た。


 中央の机の、その男を。


 ラインヴァルトは、顔を上げなかった。


「――彼は、被疑者です」


 王子は言った。


「終身の徒刑を前に、責任を転嫁している」


 彼は言った。


「私を巻き込めば、量刑が軽くなると考えたのでしょう」


 ジークベルトは、頷いた。


「では、伺います」


 彼は言った。


「殿下は、レオ・フォークトをご存じですか」


 広間が、どよめいた。


 王子の表情が、初めて――ほんのわずかに、変わった。


「――誰ですか」


 彼は言った。


「フォークト伯爵家の次男です。現在、九歳」


 ジークベルトは言った。


「四百二十年、第七の月生まれ。出生届の母の欄は空白。受付は、財務局書記官ラインヴァルト」


「知りません」


 王子は言った。


「そもそも、その子と補助金に、何の関係が」


「あります」


 ジークベルトは言った。


「薬事局特別会計から、フォークト伯爵夫人アデーレへ、五年で三百六十ゴルドが支払われています。名目は調査委託費」


 彼は言った。


「夫人は、これを口止め料であったと証言しています。何についての口止めかについては――」


 彼は、言葉を切った。


「夫人ご自身に、伺います」


    ◇


 継母が、立ち上がった。


 黒いドレス。背筋が伸びている。


 彼女は、広間を見渡した。


 二百の視線を、平然と受け止めた。


「――アデーレ・フォークトです」


 彼女は言った。


「私は、四百十七年から四百二十九年まで、フォークト伯爵家の帳簿から、合計千二百ゴルドを抜きました」


 広間が、ざわめいた。


「動機は、実家の債務と、甥の将来です。ローゼンタール侯爵に持ちかけられ、応じました」


 彼女は言った。


「私は、罪を認めます」


 彼女は、続けた。


「そして、四百二十四年から、薬事局特別会計より、年六十ゴルドを受け取りました」


「――何についての支払でしたか」


 ジークベルトが問うた。


「レオ様の出生について、知らないままでいることへの支払です」


「誰に、そう言われましたか」


「ラインヴァルト卿に」


 彼女は言った。


「そして、四百二十三年、第五の月十七日」


 彼女は言った。


「第二王子殿下が、当家にいらっしゃいました」


 広間が、爆発した。


 議長役の書記官が、槌を鳴らした。


「――静粛に」


「殿下は、レオ様の部屋を、扉の外からご覧になりました」


 継母は言った。


「そして、私にこうおっしゃいました」


 彼女は、王子を見た。


 まっすぐに。


「――『あの子を、外に出すな』と」


    ◇


「――嘘です」


 王子が言った。


 声は、静かだった。


「私は、その屋敷を訪ねていない。その女に会っていない。そのような言葉を発していない」


 彼は言った。


「証言は三つ。執事、被疑者、そして横領を認めた伯爵夫人」


 彼は、傍聴席を見渡した。


「――いずれも、令嬢に近い者です」


 彼は言った。


「そして、その令嬢は、私が委員会で名を挙げた人物です」


 彼は言った。


「私は、財政委員会で、この令嬢の動機に疑義を呈しました。その直後から、私に関する証言が出始めた」


 彼は、私を見た。


「――偶然でしょうか」


 広間が、静かになった。


 私は、その顔を見ていた。


 ――上手い。


 全部、ひっくり返された。


 証言は、全部、私に近い人間のもの。私は、王子に疑われた人間。だから、報復として証言を集めた。


 そう見える。


 傍聴席の空気が、変わっていくのが分かった。


「――監査主任」


 王子は言った。


「私は、説明のためにここへ来ました」


 彼は言った。


「まだ、何か伺いたいことがありますか」


 ジークベルトが、口を開こうとした。


 私は、その前に立ち上がった。


「――補助監査人、イレーネ・フォークト」


 私は言った。


「殿下に、伺います」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。