↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巻き戻った令嬢の帳簿には、私を殺した全員の名前が載っている  作者: やまご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/50

第28話 議場

 王国議会の議場は、円形だった。


 中央に低い演台。それを囲むように、十五の席が半円に並ぶ。その後ろ、一段高いところに傍聴席。


 私は、演台の脇に立っていた。


 喪服のままだ。装飾はつけていない。手には、書類の束。


 傍聴席を見上げた。


 二十人ほどが座っている。新聞記者が三人。監査局からジークベルトとハーゲン。そして、いちばん後ろの隅に――


 私は、息を呑んだ。


 黒いショールを被った女が、座っていた。


 継母だった。


 逃げたはずの人が、そこにいる。約束を守るために。


 ――見届けたいのよ。


 あの日の言葉が、耳に戻った。


 私は、視線を戻した。


    ◇


「――財政委員会を開会します」


 委員長席の第三王女アマーリエが、槌を鳴らした。


「本日の議題は、フォークト伯爵家当主代理代理、イレーネ・フォークト嬢による動議です。フォークト嬢、演台へ」


 私は、演台に立った。


 十五の顔が、私を見ている。


 右の端に、第二王子アルベルト。二十九歳。整った顔立ちの、背の高い男。彼は退屈そうに、指で肘掛けを叩いていた。


 私を見ていない。


 ――三年後と、同じだ。


 あの日、この人は天蓋の下に座って、私が死ぬのを見ていた。私と目を合わせずに。


 私は、書類を演台に置いた。


「フォークト伯爵家、イレーネ・フォークトと申します」


 声が、震えなかった。


 自分でも驚いた。


「動議を申し上げます。王国財務局に対し、貧民施設向け薬品補助金の支出伝票原本、直近五年分の提出を命じていただきたい」


 私は、顔を上げた。


「理由を、三点申し上げます」


    ◇


「第一点」


 私は、書類の一枚目を掲げた。


「王国財務局の支出記録によれば、同補助金として、五年間にケラー商会へ支出された額は、二万四百ゴルドです」


 私は、二枚目を掲げた。


「ケラー商会の押収帳簿によれば、同期間に商会が受領したと記録している額は、一万一千四百ゴルドです」


 私は、指を置いた。


「差、九千ゴルド。王国から出て、商会に届いていない金が、九千ゴルドあります」


 議場が、静かになった。


 私は続けた。


「第二点。同商会の薬は、規定の三分の一に薄められておりました。ジギタリス葉の仕入量から逆算すれば、作れる瓶は五年で二千五百本。実際に納入されたのは、六千六百十本」


 私は言った。


「増量剤として、鉛白が用いられておりました。薬師の鑑定書があります」


 委員の一人が、身を乗り出した。


「令嬢。それは薬事局が否定したはずだが」


「否定は撤回されました」


 私は言った。


「王立薬事局は、王暦四百二十九年、第十一の月十日付で、ケラー商会の薬品取扱免許を剥奪しております。虚偽記載を認定したからです」


「――なるほど」


「第三点」


 私は、三枚目を掲げた。


「王都および近郊の十一施設における、直近三年の埋葬記録です」


 私は読み上げた。


「三年前、合計百六十一名。二年前、百八十四名。昨年、二百九十七名」


 私は、指を移した。


「同商会が薬を納めていない四施設は、三年間ほぼ横ばいです」


 議場が、ざわめいた。


「令嬢」


 委員の一人が言った。


「その死者数と、薬の因果関係は証明されているのか」


「されておりません」


 私は即答した。


 ざわめきが、止まった。


「医学的因果は、証明できておりません。私は医師ではなく、解剖も行われていない」


 私は言った。


「私が申し上げているのは、因果ではなく、数字の一致です」


 私は、書類を置いた。


「補助金が抜かれ始めた時期と、薬が薄まった時期と、死者が増えた時期が、一致しております」


 私は、顔を上げた。


「この三つが偶然一致する確率を、私は計算できません。ですが、確かめる方法はあります」


 私は言った。


「支出伝票を見ることです」


    ◇


「――よろしいか」


 右端の席から、声がした。


 第二王子アルベルトが、初めて口を開いた。


 彼は立ち上がりもせず、椅子に深く座ったまま言った。


「令嬢。あなたの父上は、先月亡くなられたそうだな」


 私は、身構えた。


「はい」


「悔やみを申し上げる」


 彼は言った。


「そして、あなたは先ごろ、婚約を解消されたとも聞いた」


 議場が、静まった。


「新聞では、監査局を私的に用いて、婚約者の実家に報復していると書かれていたが」


 彼は言った。


「事実か」


 ――来た。


 私は、息を吸った。


 ここで感情的になれば、負ける。ジークベルトは言った。怒っている人間は、対応済みの箱に入れられる。


「殿下」


 私は言った。


「事実の部分と、事実でない部分がございます」


「ほう」


「婚約は解消されました。事実です。相手方から解消の申し入れがありました」


 私は言った。


「ローゼンタール侯爵家が当家に対し、千八百ゴルドの融資を行い、その契約に債務不履行時の財務執行権代行条項が付されていたことは、監査局に記録がございます」


 私は続けた。


「なお、ローゼンタール侯爵子息は、監査官の面前でこの融資額を二百ゴルドと申告し、後に二年前の届出額と齟齬があることを指摘されました」


 議場が、ざわめいた。


「――令嬢」


 王子の声が、硬くなった。


「私はあなたの婚約の話をしているのではない」


「私も、しておりません」


 私は言った。


「殿下がお尋ねになった『報復か』という問いに、事実でお答えしております」


 私は、王子を見た。


 初めて、彼が私を見た。


 ――目が合った。


 三年後、一度も合わなかった目が。


「殿下。もし私が報復のために動いているのなら、私は婚約者の家だけを追えばよいはずです」


 私は言った。


「ですが、私が申し上げている九千ゴルドは、ローゼンタール家の金ではありません。王国の金です」


 私は、演台に手を置いた。


「私が知りたいのは、王国の金がどこへ行ったかです」


    ◇


 採決は、その半刻後だった。


「動議に賛成の方」


 委員長の声が、議場に響いた。


 手が、上がった。


 私は、数えた。


 一、二、三、四、五、六。


 七。


 ――七だ。


 クレーマー伯爵の手が、上がっている。彼は前を向いたまま、私を見なかった。


「反対の方」


 手が上がった。


 五。六。


 ――七。


 未定だった二名が、両方とも反対に回った。


「七対七」


 委員長が言った。


 議場が、ざわめいた。


 第二王子が、椅子の背にもたれた。彼の口元に、笑みがあった。


 ――勝ったと思っている。


 委員長が採決に加わらなければ、動議は否決される。可否同数は否決だ。


 議事規則では、そうなっている。


「委員長」


 書記官が言った。


「可否同数につき、委員長の決裁を求めます」


 議場が、静かになった。


 第三王女アマーリエが、立ち上がった。


 彼女は、手元の紙を見下ろした。


 私が渡した、母の遺した紙束だった。


「――決裁票を投じる前に、一言申し上げます」


 彼女は言った。


「本委員会には、記録が残ります。十年後、誰かがこの記録を読むでしょう」


 彼女は、顔を上げた。


「私は、その誰かに読ませるために、これを申し上げます」


 彼女は、紙束を掲げた。


「ここに、王暦四百十六年から十九年の、同補助金の支出内訳があります。財務局の内部文書です」


 議場が、どよめいた。


「十年前、フォークト伯爵夫人エルフリーデが、同じ問題について財務局に照会しました。回答はありませんでした」


 彼女は言った。


「夫人は、その二か月後に死去しています」


 第二王子が、椅子から立ち上がった。


「委員長。それは本件と関係が」


「三年前」


 殿下は、王子の声を無視して続けた。


「私は王宮の会計監督として、四百二十六年度の同補助金に二千ゴルドの齟齬を発見し、財務局に照会しました」


 彼女は言った。


「三日後、私は職を解かれました」


 議場が、凍った。


「十年前と三年前と、今年。三度、同じ問いが立てられ、二度は封じられました」


 彼女は、紙束を机に置いた。


「私は、三度目を封じません」


 彼女は言った。


「決裁票を、賛成に投じます」


    ◇


 議場が、爆発した。


 委員たちが立ち上がり、傍聴席がどよめき、記者が階段を駆け下りていく。


 委員長の槌が、三度鳴った。


「動議は可決されました」


 彼女は言った。


「王国財務局に対し、貧民施設向け薬品補助金の支出伝票原本、直近五年分の提出を命じます。期限は、十日以内」


 私は、演台の縁を掴んでいた。


 膝が、震えていた。


 勝った。


 ――勝った。


 三年後、届かなかったところに、届いた。


 私は、顔を上げた。


 傍聴席のいちばん後ろ。黒いショールの女が、立ち上がっていた。


 彼女は、私を見ていた。


 そして、ゆっくりと、頭を下げた。


 深く。


 私が今まで見たことのない、丁寧な礼だった。


 顔を上げたとき、彼女はもう、扉のほうへ歩き出していた。


 私は、その背中を目で追った。


 ――お義母様。


 声には出さなかった。


 彼女は、振り返らずに議場を出ていった。


    ◇


 議場を出たのは、日が傾いてからだった。


 石段の下で、ジークベルトが待っていた。


 私は、階段を下りた。


 途中で、脚に力が入らなくなった。


 手すりを掴んだ。


「イレーネ嬢」


 彼が、階段を駆け上がってきた。


「大丈夫です」


「大丈夫ではありません」


 彼は、私の腕を支えた。


「――卿」


「はい」


「勝ちましたね」


「勝ちました」


 彼は言った。


「見事でした」


 私は、笑おうとした。


 うまくいかなかった。


 代わりに、視界が滲んだ。


「泣いても構いません」


 彼が言った。


「――今日は、勝った日ですから」


 私は、彼の外套に額をつけた。


 一度だけ。


 三年分の何かが、そこで抜けていった気がした。


    ◇


 その夜、屋敷に一通の文が届いた。


 差出人の名はない。封蝋も押されていない。


 私は、封を切った。


 一行だけ、書かれていた。


 ――弟は返してもらう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。