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巻き戻った令嬢の帳簿には、私を殺した全員の名前が載っている  作者: やまご


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第25話 委員会までの二十日

 私は書斎の机で、ハーゲンに問うた。


 屋敷に戻ってきていた。喪中の令嬢が家にいるのは自然だ。監査局の官吏が二名、常駐している。


「委員会で貴女ができるのは、二つです」


 ハーゲンは指を立てた。


「ひとつ。委員会に対して、財務局への資料提出命令を求める動議を出す」


「はい」


「ふたつ。その動議に、賛成を集める」


 彼は言った。


「委員は十五名。過半数の八名が賛成すれば、命令が出ます」


 私は、机に紙を広げた。


「委員の名簿は」


「取り寄せました」


 彼は書類を出した。


 私は、十五の名前を読んだ。


 伯爵が四名、子爵が六名、男爵が三名、そして王族が二名。


「王族が二名」


「委員長は、第三王女殿下です」


 ハーゲンは言った。


「もう一名は、第二王子殿下です」


 私は、顔を上げた。


「――敵が、委員会にいるのですか」


「はい」


 私は、名簿を睨んだ。


「では、殿下の票は動きません。あと十四名で八票」


「そう単純ではありません」


 ハーゲンは言った。


「殿下が反対の姿勢を示せば、それに従う委員が出ます。私の見立てでは、確実に反対に回るのが五名」


「では、残り九名で八票」


「厳しいですな」


 私は、名簿の上に指を置いた。


「――ハーゲン様。この九名について、調べられますか」


「何を」


「金の流れです」


 私は言った。


「監査局は、王国予算を執行する機関を監査できます。議員は歳費を受け取っています。それは予算の執行です」


 ハーゲンが、少し驚いた顔をした。


「歳費の監査で、議員を脅すおつもりですか」


「違います」


 私は首を振った。


「脅せば、恨まれます。恨まれた票は、次で裏切ります」


「では、なぜ」


「知りたいだけです」


 私は言った。


「この九名のうち、誰が、どの利害に繋がっているか。誰が、この件で得をして、誰が損をするか」


 私は顔を上げた。


「説得の言葉は、相手によって変えなければなりません」


    ◇


 十日で、九名の素性が揃った。


 私は書斎の壁に、大きな紙を貼った。


 九つの名前。その下に、領地、主な収入源、姻戚関係、過去五年の議会での投票傾向。


 私は、一人ずつ見ていった。


「――ホーフマン子爵」


 私は言った。


「領地は南部。主産業は羊毛。この二年、羊毛の値が下がって、領収入が三割減っています」


「借金は」


「王都商業銀行から、四千ゴルド」


 私は言った。


「この方は、王国の補助金制度そのものに関心があります。南部の織物工房が、王国の補助を受けたがっている」


「では」


「補助金が不正に抜かれているという話は、この方にとって『自分の取り分が減っている』話です」


 私は次の名を指した。


「シュヴァルツ男爵。領地は東部。ご子息が二年前に病死しています。九歳でした」


 ハーゲンが、私を見た。


「……フォークト嬢」


「はい」


「それを、使うおつもりですか」


 私は、手を止めた。


 ――使うのか。


 九歳で死んだ子どもの話を、票のために。


 私は、しばらく紙を見つめていた。


「ハーゲン様」


「はい」


「使いません」


 私は言った。


「この方には、数字だけをお見せします。十一施設、三年、百五十名。それ以上は言いません」


「なぜ」


「言わなくても、伝わるからです」


 私は言った。


「言えば、それは取引になります。言わなければ、判断です」


 ハーゲンは、しばらく黙っていた。


「――フォークト嬢」


「はい」


「私は、貴女を試すのをやめます」


 彼は言った。


「もう十分だ」


    ◇


 説得は、一人ずつ行った。


 私は喪服のまま、九つの屋敷を回った。手土産は持たない。持てば、それは贈収賄になる。


 持って行ったのは、紙だけだった。


 補助金の支出額と、商会の受領額の差。十一施設の埋葬記録。薬種問屋の署名。ケラー商会の免許剥奪と起訴の事実。


 そして、こう言った。


「私は、この差額がどこへ行ったのかを知りません。知るには、財務局の支出伝票が要ります」


 私は、どの屋敷でも同じことを言った。


「委員会が、財務局に伝票の提出を命じてくだされば、それが分かります」


 六軒目、ホーフマン子爵は、書類を長く見ていた。


「――令嬢。これは、あなたが一人で集めたのですか」


「はい」


「なぜ」


「弟が、この薬を飲んでいました」


 私は言った。


「今は、飲んでいません」


 子爵は、顔を上げた。


「弟御は、ご存命か」


「はい」


「――そうか」


 彼は、書類を置いた。


「賛成しよう」


 私は、深く頭を下げた。


「ただし、令嬢。一つ言っておく」


 子爵は言った。


「私は、あなたのために賛成するのではない。南部の織物工房のために賛成する。補助金がどこかで抜かれているなら、うちの取り分も抜かれているということだからな」


「――結構です」


 私は言った。


「理由は、なんでも」


    ◇


 十七日目、賛成の確約は六名になった。


 あと二名。


 残る三名のうち、二名は態度を明かさなかった。最後の一名は、面会を断られた。


「――クレーマー伯爵」


 私は、書斎で名簿を睨んでいた。


「三度、文を出しました。三度とも返事がありません」


「あの方は難しい」


 ハーゲンが言った。


「王宮に近い。第二王子殿下と、狩りの仲間です」


「では、諦めますか」


「二名が態度を明かしていません。そちらに賭けるほうが」


 私は、名簿を見た。


 ――届かない相手が、一人いる。


 三年後も、そうだった。届かない相手がいて、そこで全部が止まった。


 私は立ち上がった。


「ハーゲン様。クレーマー伯爵の領地は、どこですか」


「北西部です。王都から二日」


「産業は」


「――麻です。麻布の生産」


 私は、頭の中で何かが繋がる音を聞いた。


「ハーゲン様。ケラー商会の押収帳簿を持ってきてください」


「今からですか」


「今からです」


    ◇


 見つけたのは、明け方だった。


 ケラー商会の仕入帳。薬草ではなく、雑貨の項目。


 ――麻袋、年間三千枚。仕入先、クレーマー領商会。


「薬を運ぶ袋です」


 私は言った。


「商会は、薬瓶を麻袋に入れて運びます。年に三千枚。五年で一万五千枚」


「それが」


「ケラー商会は、免許を剥奪されました」


 私は言った。


「もう薬を運びません。麻袋は要らない」


 ハーゲンが、目を見開いた。


「――クレーマー領は、年間三千枚の得意先を失った」


「はい」


 私は言った。


「そして、代わりに薬を納めている商会は、麻袋をどこから買っているか」


 私は別の書類を出した。ジークベルトが手配した代替商会の記録。


「――東部の、別の領から買っています」


 私は顔を上げた。


「クレーマー伯爵は、この件で損をしています。今も、これからも」


 ハーゲンが、髪をかき上げた。


「……フォークト嬢。それは、伯爵を敵に回す材料では」


「いいえ」


 私は言った。


「取引の材料です」


    ◇


 クレーマー伯爵は、四度目の文で会ってくれた。


 王都の屋敷の応接間で、六十がらみの厳つい男が、私を睨んだ。


「用件を言え。長くは取れん」


「麻袋のことです」


 私は言った。


 伯爵の眉が、動いた。


「――なに?」


「ケラー商会は、貴領から年に三千枚の麻袋を買っていました。免許剥奪で、それが止まりました」


「……よく調べたな」


「私が止めました」


 私は言った。


「申し訳ありません」


 伯爵は、しばらく私を見ていた。


「詫びに来たのか」


「いいえ」


 私は言った。


「取り戻しに来ました」


 私は、書類を出した。


「代替商会は、東部から麻袋を買っています。ですが、まだ一年契約です。私は監査局を通して、この商会の調達を監査できます」


「――脅すのか」


「違います」


 私は言った。


「私は、王国の補助金で買われる物品は、公正な入札で調達されるべきだと考えています」


 私は、伯爵を見た。


「今、代替商会は、随意契約で東部から買っています。入札ではありません」


 伯爵の目が、細くなった。


「入札になれば」


「貴領は、応札できます」


 私は言った。


「ケラー商会は、五年間、随意契約で貴領から買っていた。それは、貴領にとって安定していた。でも、商会が潰れれば終わる取引です」


 私は続けた。


「入札なら、商会が潰れても、次の商会がまた入札します。貴領は、商会ではなく、王国と取引することになります」


 沈黙が落ちた。


 クレーマー伯爵は、書類を手に取った。


「――令嬢」


「はい」


「なぜ、そこまでする」


「委員会で、一票が欲しいからです」


 私は正直に言った。


 伯爵が、突然笑い出した。


 大きな、腹の底からの笑いだった。


「正直な娘だ」


 彼は言った。


「殿下は、お前を『物欲しげな小娘』だと言っていたぞ」


 私は、動きを止めた。


「――殿下が、私のことを」


「言っておられた。狩りの席で」


 伯爵は、書類を膝に置いた。


「わしは、そのとき何も言わなかった。だがな、令嬢」


 彼は言った。


「殿下は、麻袋の値も知らん」


 彼は書類を私に返した。


「賛成しよう。ただし、入札の件は必ずやれ」


「やります」


「約束は書面にせよ。監査局の名で」


「はい」


 私は立ち上がり、深く頭を下げた。


 ――七票。


 あと一票。


 屋敷を出て、馬車に乗り込んだとき、私は膝の上で手が震えているのに気づいた。


 二十日のうち、十八日が過ぎていた。


 残り二日。


 あと一票を、どこから取るのか。


 馬車が動き出した、そのとき。


 窓の外を、黒衣の男が横切った。


 私は、窓に手をついた。


 馬車を止めさせて、扉を開けた。


 冬の風が、吹き込んだ。


 通りの向こうに、その人は立っていた。


 三か月ぶりの、黒い外套。


 ジークベルト・アーレンスが、こちらを見ていた。

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