第七話 ただの奴隷はいらない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「ありがとう」
アシュリーはギルドカードを受け取った。
魔力を流す。
刻まれた文字が変化する。
Eランク。
そこから。
Dランクへ。
一日での昇格だった。
受付嬢もどこか呆れた顔をしている。
「本来なら異例なんですけどね」
「そうなの?」
「そうなんです」
溜息混じりだった。
ゴンズとの決闘騒ぎも記憶に新しい。
だが誰も異議を唱えなかった。
唱えられなかった。
試験官ギルバートが即座に承認したからだ。
アシュリーは気にした様子もなく掲示板へ向かう。
討伐依頼。
討伐依頼。
討伐依頼。
討伐依頼。
次々に剥がしていく。
受付嬢が頭を抱えた。
「またですか……」
「またよ」
当然だった。
薬草採取に興味はない。
運搬にも興味はない。
あるのは討伐だけ。
戦えるから。
それだけだった。
依頼の束を受付へ置く。
受付嬢は諦めたように受領印を押していく。
「ほどほどにしてくださいね」
「善処するわ」
善処しない顔だった。
◇
市場は賑わっていた。
肉。
野菜。
果物。
香辛料。
行商人の呼び込みが飛び交う。
アシュリーは楽しそうに見て回っていた。
王城では見られない光景だった。
貴族街とも違う。
雑多で。
騒々しくて。
活気がある。
嫌いではない。
むしろ好きな部類だった。
「大分買えたわね」
袋の中を確認する。
胡椒。
岩塩。
乾燥香草。
少し珍しい香辛料も見つけた。
野営生活の質は大きく向上するだろう。
満足である。
その時。
「あら」
足が止まった。
少し離れた場所。
鉄格子と檻。
鎖で繋がれた人々。
獣人。
エルフ。
人間。
様々な種族が並んでいる。
「奴隷市……ね」
この国では奴隷制度は禁止されていない。
普通奴隷。
戦争奴隷。
犯罪奴隷。
借金や家計の問題で奴隷になる者。
戦争で捕らえられた者。
犯罪者として身柄を売られた者。
理由は様々だった。
珍しい制度ではない。
前世にも存在した。
今世でも見たことがある。
だが。
この国の奴隷市を見るのは初めてだった。
だから興味を持った。
それだけだった。
「面白そうね」
ミッフィーを連れて中へ入る。
店主が気付いた。
「お嬢さん、奴隷をお探しかい?」
「いいえ」
即答。
「見学よ」
店主は苦笑した。
珍しくもない客だった。
貴族の子弟。
商人。
旅人。
興味本位で見る人間は少なくない。
アシュリーは並んだ奴隷達を見ていく。
視線。
筋肉。
傷。
首輪。
姿勢。
呼吸。
無意識だった。
長年の癖。
戦力を見る。
人を見る。
才能を見る。
今さら捨てようとしても簡単には消えない。
「あら」
ある場所で足が止まった。
檻の隅。
痩せ細った少女。
亜人だった。
鱗。
角。
特徴は明らか。
竜人族。
状態は悪い。
顔色も良くない。
呼吸も浅い。
普通の人間なら。
もう長くないと思うだろう。
実際そうかもしれない。
だが。
アシュリーには別のものが見えていた。
「店主、この子は?」
店主の表情が露骨に曇る。
「ああ、そいつか」
面倒そうに鼻を鳴らした。
「もうダメだろうな」
「ふふ」
アシュリーが笑う。
「詳細を教えてくださる?」
店主の背筋を冷たいものが走った。
理由は分からない。
ただ。
目の前の令嬢が急に怖く見えた。
「りゅ、竜人族だ」
咳払いをして話す。
「戦争奴隷だよ」
「戦争奴隷」
「先の戦で流れてきたらしい。だが病気でな。ほとんど喋れねぇし、まともに食えねぇ」
店主は肩を竦めた。
「商品としては失敗作だ」
「そう」
アシュリーは頷いた。
そして店主から視線を外す。
少女を見る。
確かに病んでいる。
確かに弱っている。
だが。
目だけは違った。
死んでいない。
諦めてもいない。
燃えていた。
小さく。
消えそうなくせに。
確かに。
「貴女」
アシュリーはしゃがみ込む。
視線を合わせた。
「まだ生きたい?」
少女は答えない。
答えられない。
喉が潰れているのだろう。
だが。
その瞳だけで十分だった。
死んでたまるか。
そう叫んでいる。
アシュリーは笑った。
心から。
嬉しそうに。
「ふふ」
立ち上がる。
服についた砂を払った。
そして店主へ向き直る。
「店主」
「な、なんだ?」
「この奴隷」
微笑む。
「いくらかしら?」
店主が目を瞬く。
「あぁ?」
「聞こえなかった?」
アシュリーはもう一度言う。
「この子よ」
竜人の少女を指差す。
店主は困惑した。
「そいつなんざ買う価値ねぇぞ」
「値段を聞いているの」
穏やかな声だった。
だが有無を言わせないものがあった。
「……銀貨三枚」
安い。
あまりにも安い。
死にかけの商品。
それが市場の評価だった。
「銀貨三枚ね」
アシュリーは迷わず硬貨を取り出す。
「本当に買うのか?」
店主が尋ねる。
「死ぬかもしれねぇぞ」
アシュリーは竜人の少女を見る。
少女もこちらを見ている。
死にそうな顔で。
だが目だけは強かった。
だから。
アシュリーは自然と答えた。
「そう」
口元が少しだけ緩む。
「だから買うのよ」
店主には意味が分からなかった。
だがアシュリーには分かる。
病気ではない。
奴隷でもない。
彼女が見ているのは。
眠った才能だ。
磨けば必ず剣になる。
そんな確信があった。
契約が終わる。
首輪の所有権が移る。
店主はさっさと去った。
残ったのは。
アシュリーと竜人の少女だけだった。
「さて」
アシュリーは再びしゃがみ込む。
少女と視線を合わせる。
「名前は?」
返事はない。
「まあ、いいわ」
肩を竦める。
そして手を差し出した。
「生きたいのでしょう?」
少女の瞳が揺れた。
「なら生きなさい」
当然のことを言うように。
当たり前のように。
「私は死ぬ気の人間は嫌いだけれど」
少しだけ笑う。
「死にたくない人間は好きよ」
骨ばった小さな手を握った。
驚くほど軽かった。
「行くわよ」
少女を抱き上げる。
そのままミッフィーの方へ向かう。
「まずは治療ね」
そして。
本当に自然に続けた。
「その後、剣を教えるわ」
少女の目が見開かれる。
アシュリーは気付いていなかった。
同情ではない。
善意でもない。
ましてや正義感でもない。
彼女が買ったのは奴隷ではない。
病人でもない。
ただ一つ。
未来の強者だった。
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